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伝説の教師の新伝説 ~ 風雲・パラ実協奏曲【1/3】 ~

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伝説の教師の新伝説 ~ 風雲・パラ実協奏曲【1/3】 ~

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 さて。
「楽しい食卓を囲むためには、四回も勝たなければならないのか。思えば、結構遠い道のりだな」
 第五試合に出場するセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、改めてトーナメント表を確認して溜息をついた。
 優勝まで勝ち抜くことが出来るだろうか? 少なくとも、これまで一回戦の四試合を見たがそれぞれにハードな戦いが繰り広げられている。食材を真剣に狙っている参加者もおり、勝負に賭ける執念が垣間見えた。
 ただの胡散臭い大会ではないことは確かだった。
「すでに【量産型饕餮】がパワードスーツ隊に敗れている。この不吉な暗示は何を意味するのか」
 セリスが持ち込んできたイコン、カイザー・ガン・ブツもまた、【量産型饕餮】である。先ほどの参加者と違うところは、オリジナルにかなりの改造が施されていることと、乗組員がパラ実生ではなく、曲者であるということだ。
「やれやれ、現世に降臨した気高い仏と、登場した時から負けることが決まっていた雑魚とを混同するとは、セリスは余程腹が減っていると見える」
 パートナーのマネキ・ング(まねき・んぐ)は、優勝商品が手に入ることは確実であると自信を持っていた。何しろ、マネキはアワビを愛しアワビの神様のご加護があるのだ。
 米と乾燥椎茸があれば、養殖しているアワビの良き食材になるだろう。たっぷりと食べさせてやるから安心せよ、とマネキはセリスに言う。
「それならいいが。俺たちも、そろそろ行こうか。第五試合が始まる」
 セリスは、カイザー・ガン・ブツを操り舞台へと向かった。
「全く嘆かわしい。賞品に釣られてやってくる下々の民たちは、なんと欲深くさもしいことでしょうか。衆生救済の為、心の荒んだパラ実生と景品に醜く群がる参加者たちに、このワタシのありがたい説法を授けましょう」
 両手を合わせた神々しい姿はまさにこの世の生き仏。パートナーの願仏路 三六九(がんぶつじ・みろく)は、ンフフフフ〜、と鷹揚に微笑んだ。
 その彼と同じ姿のイコンがカイザー・ガン・ブツなのだ。
「ワタシの姿を模りしこの大いなるワタシも心の荒みきる無知蒙昧な衆生を救済すべく力づくでその威光を知らしめねばなりません!」
 三六九は使命感に溢れていた。この大会は自分達に与えられた大いなる試練。是非とも勝たねばならない。
 セリスたちのイコンが会場に現れると、観客たちが驚きの声を上げた。あまりにも派手な出で立ちで目だって当然だった。
「ははっ、皆見ているな。今のうちに存分に拝んでおくがいいぞ」
 マネキはご機嫌で観客たちに手を振った。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたやありがたや〜」
 すでにリングに登場していたソレンジャイを率いる鳴神 裁(なるかみ・さい)は、両手を合わせてカイザー・ガン・ブツを出迎えた。
「ガンブツって贋仏って事でしょ。インチキ仏を退治するかと思うと、胸が熱くなるよね」
 裁はニッコリ微笑んだ。手を合わせたのだって、あの世へ送るための挨拶だった。
 パワードスーツ隊でイコンに勝つ。それがパワードスーツ隊の需要を高めることになるのだ。あの巨大なイコンはその格好の標的だ。
「両者とも準備は出来てるみたいだな?」
 桂輔は余計なパフォーマンスをすることなく審判を勤める。セリスと裁は頷いた。
「では、一回戦第五試合。レディー・ゴー!」
 戦いの幕が切って落とされる。
「仏罰覿面!」
 カイザー・ガン・ブツは、さっそくウェポンの【ビームアイ】をリングすれすれを狙って撃った。敵が逃れる方向が分かればそちらに攻撃を向けやすいという誘導攻撃だ。射程が長く、効果が分かりやすいので、相手がひるんでくれると好都合だ。
 続けざまに【無尽パンチ】を繰り出す。腕の関節部が半永久的に伸長し、信じられないほど遠くまで伸びるパンチだ。これで相手をまとめてなぎ払うことができる。
 巨体を屈みこませ、リングすれすれをこするようにぐるりと腕を振った。
 相手は小さなパワードスーツ隊だ。ルールで飛行が認められていないので、上空へ逃れることは出来ない。太い腕に捕まってそのままリング外へと弾き出されるしかないのだ。
「おっと、もう終わってしまったようだな。食卓の準備をするか」
 カイザー・ガン・ブツで、リングを一掃し終えたセリスは一仕事終えた口調で言う。敵のパワードスーツ隊の姿は見えない。場外に弾き飛ばされたのだろう。口ほどにもない連中だった。
「待って。余裕でかわされてるんだけど、どうしましょう!?」
 パートナーのメビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)が【機内オペレーター席】から突っ込んでくる。
 これまで台詞がなかったが、彼女はずっとセリスたちと一緒に居たのだ。必要な時だけ必要な事柄を告げる。今回オペレーターとしての役割を担う彼女にとって、それで十分だった。 
「【無尽パンチ】の速度についてきて、リングを一週回っただけなんだけど」
 対戦相手をよく観察していたメビウスは、ソレンジャイがカイザー・ガン・ブツの腕の陰でくつろいでいるのを見つけていた。まあ、威嚇みたいなもので、当たる必要はないんだけれども。
「ふははは。甘いな。今のはほんの30%程度の攻撃である。我にはアワビの神がついている! 100%の攻撃力を思い知るがいいぞ」
 マネキは【無尽パンチ】の動きを早めて、パワードスーツ隊を追った。威力を増した分当たれば一撃だ。
 ソレンジャイは鼻歌混じりに、腕の動きについてきた。逆に腕の動きをせかすようにピタリと寄ったままやりすごした。
「う〜ん。インパクトとしてはいまいちだね。もっと他に面白い技ないの?」
 裁はカイザー・ガン・ブツを物足りなそうに見上げて言った。
 飛ばないイコンなど、彼女にとっては動くアトラクションも同然だ。当たらない攻撃など敵が居ないのと同じ。
 ソレンジャイは、機動特化型に魔改造してあるパワードスーツ隊なのだ。スペック上のデータでは『機動400』という無茶な数値。
 その速さの秘訣は後ほどスポットを当てるとして、彼女らの動きをこれから順を追って見てみることにしよう。
「……ん?」 
 ふと、セリスは嫌な予感に囚われ始めた。
 なんなのだ、この展開は。まるで登場した時から負けが決まっている、図体だけでかいやられ役が辿る流れのようではないか。
 いや、気のせいだ。セリスは不安を払拭する。
 そうはさせじと、彼女は【ツァールの長き触腕】を放った。異世界から魔物の触腕を召喚して敵を襲わせる、恐るべきウェポンだ。
 何処からか生えてきた無数の触手が、敵を叩き落そうと裁たちに襲いかかった。触手は広範囲に広がり、裁たちの居た場所を包み込むように波打った。
 ソレンジャイの姿が見えなくなったのを確認して、三六九は両手を合わせた。
「決して己の運命を呪ってはいけません。御仏のお導きにより、彼らは天に召されたのです。きっと来世では良いことがありでしょう」
「ん?」
 セリスはもう一度クビをかしげた。
 やはり嫌な感じだ。得意げになって凄い技を次々と見せ付けるものの、結局はやられてしまう悪役のようではないか。
 果たして。
 ガキリ! とカイザー・ガン・ブツのボディに何かが引っかかった。
「ん?」
 セリスは何が起こったかわからずに、辺りを見回す。
「敵が、カイザー・ガン・ブツに取り付いてるわ」
 メビウスが言う。
 難なく魔物の触手をかいくぐり死角へと逃れていた栽は、【パワードスーツ用特化型格闘セット】の鉤爪を使ったパルクールアクションで、カイザー・ガン・ブツの巨体をよじ登り始めていた。【陸上競技】と【歴戦の立ち回り】のスキルを使った行動だ。
 彼女が狙うのは、敵イコンのコックピットだ。操縦者を直接狙い、仕留める。その計画のための用意は全て揃っていた。
「逃がさないわ!」
 メビウスが栽の動きを追うが、捕らえきれていなかった。
 栽もまた、天御柱学院のイコンパイロット課程を専攻しているエキスパートなのだ。センサーの死角を把握しており、絶妙な位置取りで目的地を目指していた。
「ええい、ちょこまかと! 離れるのだ!」
 カイザー・ガン・ブツは身体に付いた小虫を振り払うように、全身をかきむしりはたきはじめた。もちろん、感覚と速度ビンビンの栽はそんな抵抗などものともせずにかわしていく。
 とうとう、カイザー・ガン・ブツはその場で踊るように全身を動かし始めた。何としても敵を振り落とすのだ。その仕草はコミカルで、仏様の威厳など微塵もなかった。
「ああ」
 セリスはあからさまに落胆した。やはりやられ役のパターンだ。トーナメントのクジ引きの時点でこうなるように仕組まれていたのだ。これは陰謀だ。恐らく、邪悪極まりない書き手の意図に違いない!
 怒りを覚えたセリスは、【機内オペレーター席】の外装が破壊されるのに気づいて我に返った。ここまで登り着いた栽が、【ギロチンアーム】でこじ開けてきたのだ。
「くっ!」
 セリスは迎え撃つ。何としても操縦用のリモコンを奪われるわけには行かない。
 そう、実はこのカイザー・ガン・ブツは乗組員たちが操縦しているわけではないのだ。外部からリモコンで操縦するタイプに改造されており、【機内オペレーター席】のセリスが一人で動かしていたのだった。
「チェックメイト! だよっ」
 オペレーター席に侵入してきた栽は、躊躇うことなくリモコンに狙いをつけて攻撃した。バキ! とリモコンはあっけなく壊れる。
 カイザー・ガン・ブツは制御を失って暴れ始めた。栽は、オペレーター席から飛び降りリングに着地する。
 程なく、カイザー・ガン・ブツは、そのままどこかへ走り去っていった。観客たちも唖然と見送る。
「場外」
 審判の桂輔は無表情で言った。もう何が起こっても驚かない。
「勝負あり! 勝者はソレンジャイ!」
 桂輔は第五試合の勝負の決着を宣言した。
「ひゃっは!」
 栽はVサインで勝利をアピールした。完全に作戦勝ちだった。それもまだ、全然本気を出していない。
「……」
 出番のなかったパートナーたちは、無言だ。
 これで、パワードスーツ隊の需要は増えるだろうか? それは後のお楽しみということにしておこう。
「カイザー・ガン・ブツ、回収してきます」
 上空のアルマは、ウィスタリアを旋回させ、カイザー・ガン・ブツを追いかけて飛び去っていった。上手く連れて帰ってくることが出来ればいいが……。
「……」
 桂輔も観客たちも黙ったまま見送る。
 こうして……。なんとも言い難い微妙な空気が漂う中、第五試合は終わったのだった。