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第一章 黒薔薇の森へ 3

「どうやら助けは必要なさそうですね」
 少し離れた位置で様子を伺っていた年齢不詳の妖艶な美女が、静かにパートナーを振り返る。
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)、こちらは波羅蜜多実業高等学校に所属する生徒だった。
「この辺はまだ森の入り口とも呼べる程度の場所じゃけん、油断は禁物じゃ」
 問われたパートナー、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)はそう答え、この場を離れることを促す。
 美しい少女素体の機晶姫なのだが、どうにも話し方に違和感があるのは、宿る人格のせいなのだろうか。
「はい、先生。今回の目的は黒薔薇の確保。そのためには無茶はしません」
 静かに答えるガートルードを、シルヴェスターは嬉しく思いながら、しかしそれを顔には出さずに見つめうなずいた。
 厳密にはシルヴェスターは教師ではないのだが、ガートルードへの「指導」は今のところ受け入れられているようだ。
 二人がさらに警戒を続け進んでいくと、一人の少し派手めな印象の女性がなにやらいらだたしげに歩いているのに出くわした。
「まさかここまで鬱蒼(うっそう)としているとは……」
 標準的な男性よりも高いほどの位置にある頭にツタや枝などがぶつかるたび、蒼 穹(そう・きゅう)はため息をつく。
 こちらはシャンバラ教導団に所属している生徒だった。軍用のバイクも乗り入れることが叶わず、仕方なく途中で降りて歩いてきていた。
 できれば栽培可能な状態で入手し、商売でもできればと考えていたのだが、今回は植生地域の確認に留まってしまいそうだ。
 穹とガートルードは互いの姿を確認したものの、互いに妨げる気はないことを察し、そのままつかず離れずの状態でそれぞれに探索を続行した。

 薔薇の学舎の生徒たちが、漆黒の薔薇を探すという試練に挑戦している。
 その噂がどのようにしてどこまで広がったのかはわからないが、黒い薔薇を求めて訪れる外部の者はまだまだいた。
「生徒を辱める卑劣な吸血鬼には、正義の鉄槌を下さなければいけないんです!」
 どうしても、かわいらしい少女が無理に男装をしているかのように見えてしまうクリス・クリストファ(くりす・くりすとふぁ)は、同じように男装をさせたパートナー、各務 霞(かがみ・かすみ)にそう言い聞かせた。
「でも、あの、なぜわたくしまでこのような格好を……」
「本当の正義の味方は密かに活躍するものです。それに、ここの吸血鬼はそのような趣味があるそうですしね」
 本当はクリス自身が、男性としての格好などしたくなかったのだが、どうしても霞の男装姿を見てみたかったのだ。
 そしてその姿にほんのちょっと見とれてしまった瞬間。
「うわぁっ!」
 すぐ近くで、羽ばたくような音と男性の悲鳴が聞こえてきた。
 木々をかいくぐり駆けつけてみると、通常の三倍はありそうな大きなコウモリが三体、イルミンスール魔法学校の生徒らしき青年に襲いかかっていた。一対三では不利もいいところだ。クリスはすかさず火球を呼び出し、一体に放つ。
「大丈夫でございますか?」
 鋭い爪で傷を負ってしまったその青年、千葉 ふふふよ(ちば・ふふふよ)を霞が癒す。
「ありがとう」
 コウモリたちの集中攻撃は止み、態勢を立て直してふふふよも反撃を開始した。
 ランスを連続で繰り出し、二体のコウモリを突く。
 合わせてクリスが再び火術を操り、あっという間に三体のコウモリを倒した。
「助かったよぉ。キミたちも黒薔薇を探しにきたの??」
 ふふふよの問いに、クリスは首を振った。本当はそうなのだが、霞にそれを最後まで教えたくなかったのだ。
 それでも、三人ならば危険も少なそうであることや、真の目的である黒薔薇の入手に少しでも近づくために、真意はすべて隠した状態で同行を受け入れることにした。
 すぐ近くで、さらに派手な喧騒が聞こえたから、というのもある。