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第一章 黒薔薇の森へ 5

 同じように、集団で行動することで確実に黒薔薇に近づいている者たちがいた。
「ちっ、さっきから触手どもがうるさいな……!」
 一行の先頭を歩いていた金城 一騎(かねしろ・いつき)が舌打ちしながらランスを振り回す。
 まるでそれぞれを引き離そうとするかのように、木々の隙間に垂れ下がっていた触手のようなものが足などに絡みつき、強く引きずろうとしてくるのだ。
「どうせならさっさと吸血鬼本人にご登場願いたいんだが、臆病風にでも吹かれてるのか」
 同じく並ぶようにして先頭を歩いていた四之宮 雅國(しのみや・まさくに)も、自身に絡みついた触手にデリンジャーを押し付け撃ち抜き、力を失ったその紫色の奇妙なツタのようなものを払いのけた。
「アイツ以外の吸血鬼を見てみたかったんだけどな。この触手も吸血鬼たちの趣味ってことか」
 薔薇の学舎の生徒には、吸血鬼と契約を交わしこのパラミタへ渡ってきた者が比較的多い。
 地球人を嫌って襲う者もいれば、好んで契約する者も、利用しようとして契約する者もいて、一口に吸血鬼と言っても一枚岩ではないようだ。
「俺はなるべく吸血鬼には会わずに終わらせたいぜ」
 一騎は次々と触手を突き、なぎ払いながらそう言った。薔薇や吸血鬼等には興味はなく、ただ試練として示されたこの初仕事ともいうべきものをきちんと遂行したかった。
「これはなかなか掃除しきれませんね……」
 二人と共に前衛気味に歩いていた竜王寺 花歌(りゅうおうじ・はなか)は少し下がりながら、仕込み箒の刀で応戦しつつ触手を「掃除」していく。
 たとえ霧に包まれ、鬱蒼と茂った森だとしても、なるべく日のあるうちにすべてを済ませたかったが、これがなかなか片付かない。
 触手に阻まれるまでは隠れ身で先行していた雪催 薺(ゆきもよい・なずな)も、戦闘状態となったため、一行の中ほどの位置でダガーを振るい触手を切り刻んでいく。
「吸血鬼の奴ら、こんなんで人を堕とせるとでも思ってんのかね。俺を堕としてぇなら、ホンキの覚悟で来いってんだ」
 見た目の幼さからは想像しにくい、冷たく乱暴な言葉が薺の口から零れる。表情はまったく変わらない。
 大方、触手を使って捕らえ分断した上で、一人ひとり襲うつもりだったのだろう。しかしされるがままになる気などなかった。
「でもこれじゃキリがねぇ……なっ?!」
 叩きつけられるなどして傷を負った仲間を癒していた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)の声が上ずる。
 仲間達の状態に気を配るあまり、自分の身の安全を後回しにしてしまっていたのだ。
「虚雲!」
 後方より背後や全体を把握することに努めていたシャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)がいち早く気づき、虚雲を捕らえ引きずろうとしていた触手の一本をランスで貫いた。その一本はのたうちながらシャンテのランスを絡め取ろうとするかのように巻きついてくる。
「くっ」
 シャンテはそれを振りほどくように捻りながらランスを引き抜き、虚雲をいまだ放そうとしない残る一本の根元に、連続で突きを食らわせた。
 さらに気づいて駆けつけた薺も、顔色ひとつ変えずに冷静にダガーを突きたて、絡み付いてなかなか離れなかった触手の先端部分を引き剥がした。
「……助かったぜ……」
 ひとりで行動せずに仲間といてよかった、と心底思った瞬間だった。
「皆さん無事ですか?」
 花歌が後方を気にかけつつも、すぐに前方へと視線を移す。
「今、あちらに飛び去った影がありました。もしかしたら、吸血鬼が個別に襲えずに諦めて去ったのかもしれません」
 諦めたというよりは、もっと襲いやすそうな獲物を見つけたのかもしれないが。
 どちらにしても、他にも近くに人がいるような気配が感じられるようになっていたため、目的の薔薇が近いのかもしれない、と全員が予感した。