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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第七章 葬送曲

 ネージュは歌の調子を変えて、懐かしい旋律をならせ始めた。それは、彼女の生まれ育った地球のとある地域に歌い継がれる鎮魂歌。
 歌に合わせて調子を変えながら、黎は思いきり絃を震わせる。終夏は安定したリードを保ちながら時折自分でアレンジを加える。
 練習してきたわけではないから、曲はすべてその場の即興だけれども、だからこそ「今」まさに感じる想いを奏でることができる。
 メロディを重ね、旋律を重ね、祈ることは馬鹿みたいに同じことばかり。
「どうか誰かの大切な人に、この歌が届きますように」

 いつか必ずやってくる
 この時を今 笑って迎えよう
 澄んだ青空に響く鐘は
 あなたの旅立ちを告げる音

 パァン……!!
 空に向けて、真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)が弔砲を放つ。音を絶やさないように、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が派手な魔法で景気よくつなぐ。

「ねぇ要、あなたも本当は送るものがあったんじゃないの?」
 出航してしまった船を見て、今なら追いかけて乗せることもできるんじゃないかとマリー・エンデュエル(まりー・えんでゅえる)が小型飛空艇を鳴らす。けれど、普段の彼とは打って変わって月谷 要(つきたに・かなめ)は静かに首を振るだけだった。手の中にはドッグタグが握りしめられていた。
「(みんなごめん。返すつもりだったこれ、まだ僕には必要みたい)」
 だから、マリーもそれ以上は言わずに、ただ二人小型飛空艇でもうしばらく空をドライブしていることにした。

 同じく小型飛空艇で旋回しながら、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)はちらりと相方に目を走らせる。
「タツミはおねえーさんに想いを届けなくてよかったの?」
「ああ、伝えたいことも話したいこともたくさんあるけど……」
「うん」
「いつか会えた時、自分の口で伝えるさ……直接な。今日はみんなのために、盛り上げていこうじゃないか」
「うん!」
 加速していく飛空艇で雲を描きながら、巽は葬儀屋の部屋から預かってきた大量の花を降らせはじめた。

「きれいだな……」
 どこか非現実的な、けれどもいつも隣り合わせのはずの光景を眺めながら大神 静真(おおがみ・しずま)はそっとつぶやいた。手には最期の日に家族全員で撮った写真のネガ。プリントアウトしたものは、家族のみんなに届けばいいと船に乗せていた。
 ほんとうは、俺も一緒に事故で死んでいたかもしれない。
 家族で旅行に出かけようとしたあの日、家の戸締りをしてみんなの元へ急いでいた俺は、目の前でみんなが交通事故に巻き込まれるところを目撃することになった。
 それっきり。大事なものを、簡単に失ってしまった。
「そういえば、初めて出会ったのは墓参りにいらしたときでしたよね」
 イノセンス・フォースガルド(いのせんす・ふぉーすがるど)は時折思う。もう少しはやく出会って契約していれば、何か変わったのだろうかと。やはり何もできなかったかもしれない。けれど、「もしかしたら彼の家族を救えたかもしれない」という仮定はぬぐえない。
 自分の知らない二人の過去に何があったのかは裏 伊達文書(うら・だてぶんしょ)には想像すらできない。表情の暗さから、きっと悲しいことがあったことはわかる。そして、二人に元気を出してほしいとも思う。
「つーかイノっ。お前が暗くなっててどうすんだよ!兄上も!ほら、供養のお菓子もらってきたから一緒に食べようぜ!うまいものを食ったら元気出るし、兄上が笑顔で見送ればそれも供養になるんじゃねぇ?」
「……ありがとう」
「うわっ!!」
 急に静真に抱き上げられ、伊達文書は慌てて青年の姿から子供の姿へと切り替えた。
「……こういうっ……別に、俺はいいけどよっ、その、視覚的にいろいろ問題が出んだからこーゆーことするなら先に言えよな!」
「ごめんごめん」
 伊達文書の小言にかすかに微笑むと、静真は言う。
「梵天丸の言うとおりだ。こんなにも大事なパートナーができたんだから、笑って報告しないとな。俺にはもう、お前たち……イノや梵天丸がいる。一人なんかじゃない、そうだろ?」
「ええ。約束します……これからもずっと、一人になんてしないと」
「俺ら、言ってみたらもう……家族みたいなもんだろ」
 迷いのない二人の言葉に、静真が頬をゆるめる。イノセンスは「救われているのは自分たちの方だ」と言うけれど、やっぱり自分にとっては二人が心の支えなのだ。
「うん」
 日本よりも空に近いこの地で、家族に見てもらいたかった。自分はこれほど素晴らしいパートナーに恵まれて、今は幸せなのだと。


 焔の衣と風の翼をまとったなら
 あなたの体は高く高く舞い上がる
 ああ この空と一つになる
 ああ なにも縛るものがない世界

 再び時が満ちるまで、瞳を閉じ、眠りにつく
 願わくば 次もどうか平穏でありますように
 願わくば 次もどうか幸せでありますように


 何物にも興味を持たない孤独な吸血鬼が、気まぐれに人間の孤児を拾って愛を知った。
 孤児の少女はやがて立派なレディへと成長し、吸血鬼を愛した。
 けれど、所詮吸血鬼と人間が結ばれるはずはないのだと自身に言い聞かせ、応えてあげられないうちに、少女は魔女裁判にかけられて、吸血鬼の元からは永久に失われてしまった。
 目を閉じればノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)の脳裏には、今も彼女の姿が生き続けている。
 ……そして、目を開けても。
「誰を偲んでいたの?」
「(……君を)」
 ノインの前には、記憶の少女と同じ姿をしたマリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)がそこにいる。
 幾世期経て生まれ変わってきた娘の魂。マリアは当然、何も覚えてはいないけれど。
「遠い昔、私にヒトの心を与えてくれた者にですよ。……そろそろ、行きましょうか」
 にっこりと笑むノインはつかみどころがなくて、マリアはただうなずいて立ち上がった。大切な女の話を、ノインはマリアにしたがらない。
 どんな女性だったんだろう……?
「マリア」
「?」
 マリアが顔を上げると、ノインが優しく微笑んで言った。
「貴女を愛していますよ」
 当時は言えなかった言葉。今なら、なんどでも彼女に送ろう。ノインはそっとマリアの手を引くと、船に背を向けてひっそりとその場所を後にした。

 たくさんの蛍火を生み出しながら船を送る六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が、ポロポロととめどなく泣いている理由を大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は知らない。どうして人の輪から少し逸れて、一人で嗚咽をもらしているのか、それも知らない。
 感じるのは、一人にしてほしいというこの件に関しては一切を受け付けない頑なな拒絶。
 ただ、鼎が大切なものを失って、一人では耐えられないだろうことは見ていてもわかった。
 ――こんな時に限って、言葉は無力だ。
 何かしてあげたい。声をかけてあげたい。けれど、かける言葉を自分は持っていない。
「…………」
 泰輔は、ただ黙って鼎にハンカチを差し出した。
 鼎は、無意識に手を伸ばし、彼の好意をぎゅっと受け取った。