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召しませ! 吉凶鍋判じ

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第六章 悪法無法 食欲魔人推参 〜鉄鍋は以外は食べられます〜

「いただきます」
 礼儀正しく手を合わせたのは束の間のこと。
 次の瞬間懐から取り出されたマイ箸が次々に鍋から具材を掴んでいく。
 正に神速の箸技を披露するのは獅子神 玲(ししがみ・あきら)だ。
「おいしいです! おかわり!!」
 お椀にいれた具材をぺろりと平らげると、間髪いれずに鍋に箸を戻す。
 そこから先はまさに見事な反復運動としかいいようがない。
 しかも運がいいのか、玲の箸が掴むのは肉や魚介類ばかりときている。
「おかわり!!」
「オイラも!!」
「僕だって!!」
 自分の大好物が目の前で攫われていくのに危機感を覚えたクマラとライゼも負けじと箸を突っ込む。
「凄い勢いだなぁ。ね、鍋魔法少女、あたしたちは落ち着いてから食べようか」
「そうだな。鍋防人が言う通りかもな。でもこのワイワイっぷりが鍋だよな」
 あまりの勢いに押されて気味の日奈々に千百合が声をかければ、垂も賛同するように言い添える。
「じゃあ、俺は鍋の功労者を労いに言ってくるぜ。鍋童子、羽目を外しすぎるなよ」
 エースは何か思いついたのか、腰を上げ様パートナーに釘をさすが、返事はなかった。
「あたしも、あたしもー!!」
「みんながいるんだから、ほどほどにな」
 鍋に頭から突っ込みかねない勢いのマーリアに鍋調理から戻ってきたばかりのカオルが忘れずに釘を刺す。
「やはり本格的な日本式鍋は戦いと見ました」
 目の前の争奪戦をエルミルがそう評して、自分を箸を掴んだ。
「思うままに箸を突っ込み具材を掴むためには――鍋公爵、いざ参ります!」
「……ん?」
「美味しいヨ。オイラ幸せ」
「んー脂おおくない? このお肉。ビミョー」
 持ってきた豚肉を掴んだクマラが幸せそうに咀嚼する隣でマーリアは箸を止め複雑な表情で呟き、ライゼは駆け出した。
「あはは。でも、鍋パンダが言うように鍋って感じでいいね」
「…匂いで分かるのに…みんな、どうしたのかなぁ……」
 それぞれの反応を見ながら千百合が笑う。
 その隣で視力が悪い代わりに感覚の鋭い日奈々は首を傾げるのだった。
「たたで食べれておいしいとは、闇鍋はいい。おかわり!!」
 そして、玲は休むことなく箸を動かしていた。

「む? これは――」
 礼儀正しく、落ち着いて鍋に箸を入れた淵は掴んだものを見て眉を顰めた。
 掴んだ先にはセロハン。煮ても焼いても食べ物ではない。
「食事の基本を忘れおって……ん?」
 苦々しい思いで捨てようとして、表面にプリントされた『チョコ大福』の文字に淵は愕然とした。
「……よもや――俺のせいではないが……」
 ぶっちゃけ、誰のせいでもない。強いて言うなれば今年の運勢はあまりよくないのかもしれない。
 と、そこにライゼが猛スピードで駆け込んでくるなり、、淵のお椀にピーマンと玉ねぎを投げ入れた。
「な?! 何を鍋小悪魔」
「鍋武将にプレゼントだもん!」
「どう見てもこれは御主の好き嫌いではないか!?」
 ――ズガガガガ……ドゴォン!
 何かの稼動音がしたかと思えば、壁ならぬ背後の紅白幕が切り裂かれた。
「――好き嫌い?」
 懐中電灯で下から顔を照らしながら登場したのは、一人の少女。
 誰が呼んだか――コンクリート モモ(こんくりーと・もも)! の登場である。
 夜の闇の暗さと薄い明かりが相俟って、けして血色の良いとは言えない青白い顔が更に怖い。
「……悪法でも法」
「「な」」
「さぁ、全部残さず食べなさい……」
 思わず抱き合うように固まる二人に愛用の削岩機を突きつけるとモモはにたりと笑った。
 数分後、淵とライゼは涙目で掴んだ食材をどうにかこうにか飲み込むことに成功した。
「……うふふ。最初から大人しく食べればいいのよ……法は誰にも絶対よ」
「じゃ、じゃあ、あんたも食べるんだよね?!」
「そ、そうだ。御主も鍋を食べたらどうだ。そのために来たのだろう?」
「……え?」
「ほら、お箸とお椀。逃げようったそうはいかないんだから!」
 モモが言葉に詰まったのを誤解したライゼがその手に強引に箸とお椀を握らせる。
 ちなみ挙動不審なのは、鍋をすすめられたのが嬉しいからである。
 なかなかその胸の裡を理解されない、モモはそんな女の子なのだ。
 数分後――
「はむっ! この屠殺された獣の、はふっ! ちぎれた死肉っ! うまっ」
 掬い上げた肉を貪るモモとそれを呆気にとられて見守る淵とライゼの姿があった。

「――」
 その一部始終を見ていた維は淵の元に逃げ込むのを諦めた。
 トボトボと自分の席に戻れば、真一郎とルカルカが鍋に箸を入れようとしていたところだった。
「兄者、ルカルカ姉者。給仕が必要であれば自分が」
「いーの、いーの。自分で取るのが闇鍋だしね」
「それもそうだな。さ、姜 維。今日はお前もゆっくり食べるといい」
 言われて恐る恐る鍋に箸を入れ、掴んだものを口に運ぶ。
「…あ。おいしい…」
「うーん。この、まったりとした味わい……舌先でとろける食感……茹でてもでんすけスイカは美味しいよ」
 どこぞの料理評論家よろしく解説をはじめるルカルカ。
 でんすけスイカの評価に関しては個人差があることだけを付け加えておく。
 真一郎はそれを聞きながら静かに口を動かして、言った。
「うむ。みんなが持ち寄った食材で作っただけのことはある」 
 維の口の中に広がる味も――それは確かに美味しいといえるものだった。