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リアクション
第四章 闇鍋訓示 〜闇鍋奉行 かく語りけり〜
「あっはっはっはっ。闇鍋が俺を呼んでいる。闇の鍋奉行の力見せてあげましょう!」
鍋会場にいつの間にか足場が組まれていた。
巨大な鉄鍋が見渡せるその場所で黒いローブ――改造したインスミールの制服の上から黒いマントを羽織った仮面の男。
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が拳を握り、高らかに宣言する。
だが両手は大ぶりの菜箸とお玉がふさがっていて、なんだかイマイチ冴えない。
「御託はいいから火力下げな。せっかくの出汁がえぐくなんだろがよっ」
その少し下。これまた鍋を囲むように作られた足場の上で頬から背にかけて龍の刺青を纏った日笠 依子(ひりゅう・よりこ)が吼えた。
強面なその外見とは裏腹に実に手際よく灰汁を掬っている。
二人はそれぞれに鍋奉行としてこの鍋判じにやってきて、あっと言う間に主導権を握ってしまったのである。
「むむ。しかし、火力の調節には時間がかかります。ここは――」
「あー。わーった。わーった。こんぶ上げろってか。みなまで言うんじゃねぇぜ」
ツーといえばカー。けして仲良く協力しているわけではないがコンビネーションは悪くないらしい。
(……なんだ。思ったより大人しいじゃないか。クロセルの奴)
足場の近くで鍋の様子を眺めていた鬼崎 朔(きざき・さく)は少し拍子抜けしていた。
同じ学校のクロセルが闇鍋につられてほいほい出て行ったのを監視の為に追って来ての闇鍋参戦だ。
だが、そんな朔の隣には彼女にしか見えないフラワシの『アシ』の姿がある。
このアシ――フラワシの中でも僥倖のと言われ、使役者に幸運をもたらすとされている。
(そろそろ、あの異名もなんとかしたい。いい結果がでるといいのだけど……)
背後では監視対象が声を張り上げて、闇鍋のルールの説明をはじめていた。
「それでは。本日お集まりの紳士淑女の皆様、心してお聞き下さい。
闇鍋道訓示。一つ、己が食べれるモノのみ入れるべし! いいですか? 食べ物以外はいれちゃいけません」
「あと、入れる順番は俺様の指示に従ってもらうぜ。さ、まず出汁の出る鶏肉、魚類を持ってきた奴! いれな!」
言いつつ、依子も持参したワニ肉の肉団子を放り投げた。
わーと歓声が上がり該当するものが鍋に投入されていく。
その中に楽しそうに魚介類を投入するリリィの姿もある。
「グーテルアーベント。国からイキのいいメーリスフリュヒテ(魚介類)を用意してきたよ!
まずはアバネーロ(鮑)にアウスター(蛎)。定番だねっ。それからクラッベ(蟹)、フマー(海老)。
切り身はラックス(鮭)、ザルディーネ(鰯)、ボニート(鰹)、シェルフィッシュ(鱈)、トゥーンフィッシュ(鮪)」
「おお。なかなか素晴らしいチョイスです。では、俺も失礼して」
クロセルも懐から赤いパイナップルのような物体を取り出す。ガソリンのような独特の臭いが周囲に漂った。
「お。それはホヤだね……やるね。そのまま入れるの?」
「殻を取ったものもちゃんと用意してあります。まぁ、これは言わばラスボスのようなものですよ」
「じゃーあたしも。最後のネタを……メソ……」
クーラーボックスの一番下から取り出された謎の切り身が鍋に落とされた。
また方々から鶏のつみれ、普通の肉団子が鍋に沈んでいく。
朔もお手製の味付け肉団子――カレー味、唐辛子味、味噌味、チョコレート味を鍋に入れた。
「わたくし、本格的な日本のお鍋は初めてです。色々と作法や順番があるのでしょうね。鍋若様はご存知ですか?」
「なんだ。鍋公爵もはじめてかい」
鍋のつくあだ名で呼び合いながら調理する様を眺めているのは鍋公爵ことエルミル・フィッツジェラルド(えるみる・ふぃっつじぇらるど)と鍋若様のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。
それぞれ持参したズッキーニとペンネを入れようとしていたのだが依子の言葉で手を止めていたところだ。
「鍋に放り込まれた食材を次々と完食していく闘い――と聞いたが」
「食にして闘い。なるほど。日本式の鍋は奥が深いですね」
「いや。それ違うから! 闘わないから! 闇鍋っていっても基本はフツーの鍋だから!」
気が付けば周囲に集まっていた鍋役職の名を持つ仲間の一人からツッコミが飛ぶ。
「――だが、非情な掟があると聞いたぞ? 戦国鍋時代からの伝統だと」
きっとそんな時代は地球のどこにもなければ、パラミタにもない。
エースはそんな話をしてくれた仲間と足場の上で訓示を続けている鍋奉行を交互に見やると肩を竦めた。
「そんなことより鍋童子のオイラとしては、もう待ちきれないヨ」
くつくつと鍋肌から煮え始めた鍋を見てクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は唇を突き出した。
「さっき、具材いれたばかりだぜ。もう少し待ってろよ。鍋童子。それから鍋底なしと鍋小悪魔も大人しくしてろよ」
言い置くと苦労性な鍋奉行は人数分のお椀をとりに席を立つ。
「育ちざかりには待てはないのだっ。アブラカダブラ〜」
背中が見えなくなるのを確認するとクマラは手にしたしゃぶしゃぶ用豚肉を勢い良く放り投げ、【ギャザリングヘクス】を発動させた。
ポムと小さな音がして七色の煙が上がる。
「これぞパラミタ五千年の味! 古王国の匠の技をとくと味わうがいいっ★」
「何事ですかー!?」
「なんじゃこりゃー!?」
足場から二人の鍋奉行が異口同音に悲鳴を上げる。
鍋は魔力的な干渉を得て、一気に煮立ち始めたのだった。
「何事だ? ん?」
様子を伺おうと腰を上げたエースの袖を引く者がいた。レキである。
「どうしたのかな? お嬢さん。俺に何か――」
最後まで言わせずレキはエースの手をとり鍋の方と引っ張っていく。
その途中で擦れ違ったカオルも両手がお椀と箸で塞がっていたため、為す術なく連行される羽目となった。
「な、何だ? どうなってんだよ? 鍋若様」
「俺にもわからん、鍋奉行。ちょ、お嬢さん。積極的なのは悪くはないが」
気付けば、目の前には鍋――焼けた鉄とぐらぐらと煮立つ出汁がある。
軽く背を押されれば、若様も奉行も闇鍋具材の仲間入りである。
「ボクの食材はイケメンだよ!」
引き攣る二人にレキは笑顔で言い放った。
「あ。あなた、闇鍋訓示聞いてましたか?! 食べられないものはいれちゃ駄目ですよ!!」
「――出汁はとれるかもな。だが、カオスな闇鍋にも仁義はあるぜ。俺様は食えないものは認めねぇ!!」
鍋奉行が立ちはだかり、足場はちょっとした騒ぎだ。
それに気付いたのはミアと朔だ。
「――やはりっ! 暴走しましたか。クロセル! お仕置です」
いや、今回はクロセルはとばっちりです。これも日頃の行いが生む誤解なのだろうか。
叫ぶや否や、朔は目を閉じ意識を集中する。最大出力の【カタクリズム】がクロセルに綺麗にヒットした。
「んがっ」
――ヒュルルル、ポテ
念力をぶつけられた体は情けない悲鳴をあげ、地面にキスをした。
鍋にキスをせずにすんだことだけが、不幸中の幸いだ。色んな意味で。
――ポカ
レキの頭にミアの拳骨が落ちた。
「あいた」
「レキ、それは食材ではないぞ。入れるのは食べ物だけじゃろうが」
(――別の意味で食べる事は……)
大人な思考は口に出さす、ほれとレキが持ってきた紙袋を手渡してやる。
「じゃあ、米粉のパスタでいいよ」
中身を見ずにレキは袋をひっくり返した。
ポチャンと音を立てて袋の中身は鍋の底へと沈んでいく。
こうして、闇鍋にイケメンが投入されるのは阻止された。
だが、しかし。
擦り変わってしまった淵のチョコ大福が本人の預かり知らぬところで、闇鍋に花を添えたことには誰も気付いていなかった。
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