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第九章 〆 〆 〆のお時間です 〜闇鍋に触手はつきもの――なわけはない〜

 鍋いっぱいあった具材も気付けば残り僅か。
 気付いたクロセルと依子は箸を止めて、残りの食材や出汁の追加に大忙しだ。

 そこここで闇鍋を堪能し終えた人たちの笑い声や呻き声、はたまた嗚咽が聞こえてくる。
「な。こんなに参加者がいる闇鍋は地球の伝統的文化だぜ! 最初からそう言ってるだろ」
 笑顔で木崎 光(きさき・こう)はパートナーのラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)に鍋をすすめた。
「ふむ。その様だな。しかし何故嗚咽が?」
「ありゃ、故郷を思出だして感涙にむせんでんだよ。な、お前に俺様の郷の文化を知って欲しいんだ」
 今の言葉は建前である。歯が浮くのを堪えながら光は言葉を続けた。
「ラデルのパラミタ白菜もよく煮えてるはずだぜ。ほら」
 ちなみに本音は「冷静ぶっているラデルがヘンなもの喰って倒れないかなー。倒れろー。倒れろー」である。
 笑顔がどことなく邪悪に見えるのは、その本音が透けて見えるからに違いない。
 ふむと頷くとラデルは箸をとった。
 パラミタ人とは思えない綺麗な箸使いで具材を掴むと無造作に口に運ぶ。闇鍋の危険さに理解がないゆえの大胆さだ。
「どうだ?」
 ワクワクしながら様子を伺う光にラデルは笑顔で応じる。
「これが地球文化か。好きになれそうだな」
 どうやら、ラデルの今年の運勢はいいようだ。
(くそー面白くねーぜ!)
 目論見が外れて面白くない光だが、すぐに何かを思いついて、満面の――但しとても黒い笑顔を見せる。
「そいつは良かった。俺様がとってやるよ。さ、ラデル。あーん」
 いつにない状況だが、なんとなく雰囲気に流されてラデルは光の箸に食いつく。
「これが地球の食文化というものか……」
 次の瞬間――ラデルの上体が揺らいだ。
「わー♪ ラデルしっかりしろー。優しい俺様が膝枕で介抱してやるぜー」
 心底満足気で楽しそうな光の声が会場に響いた。
  
「ありゃ。出遅れちゃったか」
 火も落ちかけ、〆のご飯にうどん、餅、そば米がくつくつと炊かれている鍋を見て、芦原 郁乃(あはら・いくの)は残念と呟く。
 お正月の残りの伊達巻を持ってきたのだが、今鍋に入れてもあまり面白みはなさそうだ。
「仕方ないなぁ」
 諦めたような声に、隣でビクビクしていたパートナーの荀 灌(じゅん・かん)がパッと顔を輝かせた。
 闇鍋怖いとここに来る間中上目遣いで訴えていてのだが、却下され続けていたのだ。
「お姉ちゃん! そ、それじゃあ、食べなくてもいい――」
「だーめ! 闇鍋の醍醐味は箸で掴んだものを恐れずに食べること!!」
 大変に良い笑顔で灌の提案は、やはり瞬時に却下された。
「すみませーん。お箸とお椀くださーい」
「……なんだって、こう物好きが……おらっ。お前ら飯も喰うか?」
 文句を言いながらも莫邪が郁乃に箸とお椀、ついでに白米が差し出す。
「ありがとー。あ。じゃあ、良かったらこの伊達巻食どうぞー」
「おお! 全ての食材はご飯のおかずであります!!」
「いただきます!」
 伊達巻はご飯のお供として鍋ではなく子幸と玲の胃袋の中に消えて行った。
 背後ではまだ諦めがつかないのか、灌がううう〜と呻いている。
「ごめんねー荀灌。でも運試しだよ。何でも言うこと聞くから許してよぉー」
 何でもという言葉が響いたのか。それとも覚悟を決めたのか。灌は箸を受け取ると顔を上げた。
「えぇ〜い! 女は度胸です!」
「そうこないとね! じゃ、いくよ! 荀灌」
 ――ぱくり
 口の中に濃厚で味わい深い風味が広がる。
「味染みてて豆腐が美味しい〜」
「あ、おいしいです。鶏団子?」
「吉だね! まだまだ上を狙っていけるね」
 てやと郁乃が果敢に鍋に挑むのを横目に灌は不安そうに呟いた。
「…でも、これで今年の運使い切ったわけではないですよね…」

「さぁ、ルーシェリア」
 レジャーシートの上に洗面器、水、胃薬などを並べるとアルトリアはパートナーの名前を呼んだ。
 万が一にもルーシェリアが倒れた時の準備はばっちりだ。
 救護所につめているミルディアたちに遠慮せずに倒れた時は連れてくるよう言われたのだが、
パートナーの介抱は自分の勤めと洗面器などを借り受けてきたのである。
「――行きますぅ〜」
 アルトリア、そして、リリィとみことに見守られルーシェリアは鍋に箸を伸ばす。
「ん……一番じゃないけど、好きなもので良かったですぅ」
 続く言葉にアルトリアの安堵の吐息が重なった。
「良かったですね。ルーシェリアさん。それじゃあ、ボクも――」
 好物が当たりますように……と目を閉じ祈りながら、みことは箸を入れた。
 引き上げられた具材を見てリリィは首を傾げる。
 みことの箸先には糸をひく豆の塊――納豆があった。
「発酵食品は体にいいんですよ。いただきます」
「――って、こんなの食材にあったかなぁ」
 比較的長い間鍋奉行のそばにいたリリィは凡その食材を把握しているのだが、納豆は見かけた覚えがない。
 ひょっとしたら、これこそが古王国五千年の匠の技なのかもしれない。
 リリィの呟きをよそにみことは幸せそうに温まった納豆を頬張った。

「ヘルシーだし、つるつるしてるね。……でも、イケメン入れたかったのになぁ」
「そなた、また言うておるのか。あきらめろ。人は食材ではないぞ」
 物騒なことを呟きながら春雨をすするレキにミアが呆れたように突っ込みを入れる。
「それに、ボクの米粉のパスタ入ってないし……」
「熱でとけたのではないかの? 聞けば〆の具材は終わり頃にいれるそうじゃ」
「ま、美味しいからいいや。ミアは食べないの?」
 箸を手にする気配すらないパートナーにレキは素朴な疑問を口にした。
「―なに。わらわは見ておるだけで十分なのじゃ。そなたの運も試せたしの」
 眼鏡も曇るしのと笑顔で話を切り上げるとミアは小さく舌を出した。
(何しろ、【ディテクトエビル】に反応ありじゃからな)

 具材の出汁が染み込んだ雑炊が出来上がる頃。
「豆腐は好きだけど――ね、荀灌。お肉ちょーだい」
「はい、お姉ちゃん。どうぞ」 
「もう、おしまい――なら、おかわり」
「あのぷちぷちした食感を楽しみたかったであります」
 最早何杯目になるかわからないおかわりを玲が胃袋に納めれば、そば米にあたらない子幸はしょんぼりとおひつのご飯を口に運ぶ。
「……椀の中に飯いれてやろうか? 雑炊っぽくはなんだろ」
 莫邪の提案に子幸が顔を輝かせるとすかさず玲がお椀を差し出した。
「お願いします」
 物々交換が行われたり、残った汁に勝手にご飯を投入したりとなかなかのカオスっぷりである。
「――お嬢さん」
 鍋の最後の仕上げに取り掛かっていた依子の前に一輪の花が差し出された。
「あぁん!? なんだてめぇは」
「人は俺のこと鍋若様と呼ぶ」
 ドスの効いた誰何の声を気にした風もなく笑顔を見せるのはエースだ。
「その若様が俺様に何の用だ」
「本日の功労者にお礼を。君の味付けは賞賛に値する」
 それだけ言うとエースは踵を返す。
「待ちな!」
 振り返ると雑炊がてんこ盛りにされた鉄鍋が差し出された。
「持ってきな。――残したら鉛玉ぶち込むから覚悟しな」

 一方、戦国ONABEの席。
 凶の結果を引き当てたライゼたちがぐったりとしていた。闇鍋の掟に従った結果である。
 そこへ鍋を抱えたエースが戻ってきた。
 食べ物の気配にお腹に余力のある仲間達が集まってくる。
「じゃ、よろしく。鍋奉行」
「オレ?! 仕方ない。雑炊食う奴は並べー」
 我先に集まってくる仲間と他の参加者のお椀に〆の雑炊が配られた。
 そのベースは米だけに留まらず、そば米、うどん、きしめん、ペンネ。更に掬い損なったのだろう野菜、肉、魚介類まで入っており
〆にしては些か重い。
 だが、多くの出汁を吸い込んだ深い味わいの雑炊は正に闇鍋の最後を飾るのに相応しいものだ。 
 その列には気付けば子幸、玲、詩穂の姿もあった。
「おうどんにご飯ならハズレはないですよね〜♪」
「これがないと鍋を空けたって感じがしないよね♪」
 エルミルが舌鼓を打てば、詩穂が笑顔で応じる。
「まぁまぁかな」
 味付けを賞賛したわりにエースの感想は手厳しい。
 配り終えたカオルも仲間にならい箸をつけた。
「コメは日本の心だな――ってちょっと甘酸っぱくないか? この雑炊」
「詩穂、リンゴ入れたんで、そのせいかもしれません」
「へーリンゴ……ってカレーじゃないから!」
 更に食べすすめるカオルは次々不思議なものに遭遇した。
 ――シャリ、ゴリ、ミョーン
「……きゅうり? ……これは穴子? こっちは――かんぴょう……海苔?
 誰だー!? 巻き寿司入れた奴はー!?」
 
 一足先に岐路についていた陽子は誰かに呼ばれたような気がして神社を振り返った。
「どうしたの? 陽子ちゃん」
「いえ……今、誰かに呼ばれたような……」
「気のせいだよ。やっちゃん待ってるし、早く帰ろうよ」
「――そうですね。行きましょう、透乃ちゃん」