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バレンタインに降った氷のパズル

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バレンタインに降った氷のパズル

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「『諦める』ですか、それは俺の一番嫌いな言葉ですね」
 図書館から一歩外へと出て、壁に背を預けながら、携帯電話に向かい真人がそう口にした。
『それで今ね、みんなが冬の女王の肖像画を修繕しているみたいなのよね!』
「冬の女王の肖像画、ですか。それならば――肖像画の様なチョコなら、形に流し込んで作ったんじゃないですか? だとすれば、その形を利用して、割れたチョコを復元してやれば良いんですよ。形の凹凸に当てはめていけば、普通に組み立てるより早く完成させられないでしょうか?」
『違うわよ。チョコで出来た肖像画じゃなくて、氷のオブジェらしいのよ! それで、さっき外で、パズルのピースと、後ちらっとしか聴いてないから分からないんだけど、粉? が降ったみたいなの!!』
 携帯電話越しに聞こえてくるパートナーのセルファの声に、真人は窓の外を一瞥した。
チョコが固まった話しから、不意に肖像画の話しへと転じた物だから、早合点してしまったらしい。
 また視線を向けた先、雪の踏み固められた外には、確かに至る所に蒼い欠片が散っているようだった。それらにまとわりつくように蒼く輝く光の点がいくつもいくつも見て取れる。真人は窓へと歩み寄り、更に様子を伺おうと、硝子を開けた。すると階下の会場から、アスカの声が響いてくる。
「はいはーい、皆さんご注目!! 肖像画公開前にちょっとしたイベントを行いまーす!!」
 威勢の良いその声に、集まっていた人々が顔を上げていく。彼らの多くは、不思議そうに、パズルのピースを拾っている所だった。
「はい、そこの貴方!! 今、貴方が持っている空から舞い降りた氷のパズルのピース、今からそれを集めて下さーい! 一つでも集めた方にはもれなく、イベント限定の特製フォトフレームをプレゼントしまーす。――ちなみに作ったのは私なのでご希望があれば無料で皆様の名前を彫らせていただきますよぉ? 折角の素敵な日取り…一つ素敵な思い出を増やしませんか? あ、氷のピースはこのカゴに入れてね」
 彼女のその声を耳にしてから、真人は窓を閉めた。丁度、皐月と七日が手にしたピースを籠へと入れているところだった。
「なるほど、ピース集めをしている方がいるようですね」
『多分。それと、こっちで聴いていた限り、パズルを修繕している人達もいるみたい。あなた、そういうの得意でしょ!?』
「――そうですね、人助けをするのに理由は要りませんから、ここは協力させて頂きます」そう返して、真人は通話を終了した。
 携帯電話をしまいながら、名残惜しそうに私設図書館を一瞥し、彼は歩き出す。


 開放されている図書館の扉の奥、書棚の前からも、遠ざかっていく真人の姿は良く見て取れた。しかしながら、書籍の渉猟に夢中だった、ミハエルはその事には気がつかない。
「冬の女王、か」
 呟きながら几帳面に文献の頁をめくり、彼は黒い髪の奥から、怜悧な赤い瞳を活字へ向けた。満夜が肖像画に描かれていた人物についてオーナーに話を訊くということだった為、彼は自身の記憶をたぐる参考にと、図書館を訪れたのだ。なにせ彼のパートナーである満夜は外部から来た人間である。シャンバラ、こちらの世界については詳しくない。ミハエルはそう考えていた。
「オーナーはイルミンスールで学んでいたというし、冬の女王について自分の記憶にあれば、助言の1つでもできるのだが……」
 彼がそう呟いた時、図書館の中へと、イランダがやってきた。彼女は、たまたま歩いていた図書館外の回廊で、真人の声から、チョコが固くなったという話しを耳にし、後を追おうか考えたのだが、そんな時に響いてきたミハエルの声で、方向を変えたのである。聴く気はなかったが、漏れ聞こえてきた真人の電話内容の中にも、『冬の女王』という語があがっていた気がする。そう思い出した彼女は、縦ロールの髪を揺らしながら、ミハエルへと歩み寄った。
「冬の女王って何? それにチョコが固まったって聴いたんだけど、本当?」
 唐突に声をかけられたミハエルが、驚いて目を向けた。するとイランダの緑色の瞳と視線が合う。彼女は小柄な体躯ながらも、その自信に満ちたよく通る声で、ミハエルを堂々と見上げている。可憐な彼女の声に、同様に図書館にいたテスラもまた顔を上げた。
 テスラは、イルミンスール魔法学校の歴史や、冒険者について点字翻訳された書籍から、展示会場にて洩れ聞いた冬の女王について調べようとしていたのだ。テスラは完全に盲目というわけではないのだが、視力が弱いため、屋内でもサングラスを着用している。ミンストレルであるテスラは、バレンタイン当日は、恋人たちが幸せな時間を過ごせるよう、広場でストリートミュージックを披露し、幸せの歌を唄う事を予定していたのである。
ところがイベント直前に事件が発生し、それを繋ぐのは冬の女王ではないかと考えて、こうして図書館へと訪れていたのだ。
「私もあなた方同様、冬の女王について知りたいと思っています」
 青い髪を揺らしながら、ミハエルとイランダの元へとテスラが歩み寄った。丁度その時、そこへルカルカがやってきたのだった。
「あれ、もしかして冬の女王について調べてるっ?」
 頷いた一同を見て、彼女は傍の席に座った。
「ルカルカもなんだよね。さっき下で、冬の女王として描かれていた人の事は、オーナーから詩穂が聴いてくれたんだけど、もう少し詳しく知ってから、肖像画を見に行こうと思ってるんだよねっ、ルカルカは」
「描かれていた者の事が分かったのか?」
 ミハエルの問いに、ルカルカは静かに微笑むと、その豊満な胸を図書館のテーブルの上に載せながら、先程の階下でのやり取りを、皆に伝え始めた。


 ルカルカがチョコ作り教室を後にする数分前。
 段々と本当に落ち着きを取り戻し始めたレンナに向かい、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が歩み寄ったのだった。
「むむ、事件ね、お任せQX!! 乙女のピンチに颯爽と現れるレンズビューティ、それがピンクレンズマンあゆみ!」
 QX、即ち了解の旨を告げながら、あゆみは解決時だとふんで、ピンクの髪を揺らしながら、一歩前へと出たのである。すると周囲が、呆然とするように視線を向けた。
「ちょっと……なに、この空気……痛い子が来たみたいな目で見ないでよ」
 優しそうな外見をした彼女は、ツインテールの片側を弄りながら、周りからの注目に、おろおろと視線を彷徨わせた。
「見て!! この銀河パトロール隊エンブレム……まぁ、単にヴァンガードエンブレムを加工して作った奴だけど……それに、見て!! この左手の輝くレンズを!! キラリン……ってこれも偽ものなんだけど、だけど大丈夫だもん。さてさて、あゆみのレンズによると氷製パズルの冬の女王の絵というのがメインの問題みたいね。チョコが固いのはパズルをなおせばなんとかなりそうね。さてさてさて、オーナーさん、あの冬の女王について教えて!!」
 その言葉に小首を傾げながらも、詩穂は続けてオーナーに尋ねる事にしたのだった。
「もしかしたらですが、その方は『氷術』や『アルティマ・トゥーレ』等の氷系の術の使い手だったから『冬の女王』という名で呼ばれていた、とか?」
 彼女の言葉が終わると、ゆっくりとオーナーが頷く。
 それを聴いてからルカルカは図書館へと向かったのだった。


 そうしてチョコ作り教室から出て行くルカルカの姿を、その時邦彦とネルが回廊で見守っていた。猫を追いかけてきたところの二人だった。どうやらチョコ作り教室へ向かおうとしていたらしい猫のアリスが、邦彦の手で抱きあげられる。ピースを収集している内に、アリスが教室へ向かって走り出したのだ。
「よぉし、良い仔だ。一体どうしたんだ?」
 猫の喉を撫でながら、邦彦が呟く。方向感覚に自信があり、捜索が得意な彼でなかったならば、アリスは見失われていたかも知れない。
「俺がいけなかったか? 怖がらせてしまったのかも知れないな。怖がらせないよう優しく接しなければ。いや――初対面だし餌付けも必要か。お腹は減っていないか? あ、むやみに触るのも駄目だからな、ネル。おい、ネル? 聴いてるか?」
 そんなパートナーの言葉に、ポニーテールの髪を揺らしながら、ネルが嘆息した。視線は、アリスを捉えている。
「オーナーさん達には悪いけど……なんだかほっとする仕事ね。普段の仕事が物騒なだけかもしれないけど」
「仕事は仕事だ」
「ま、引き受けた以上しっかり働くというのは同意見だよ。……ただな、邦彦」
 ――邦彦のことだからちゃんと仕事はこなすんだろうけれど。
 ネルはそう考えながらも、スッと目を細めた。
「いくらそんな風にキリッとした真面目な顔でまともな事を言われても、猫を抱きながらじゃ全然説得力が無いぞ」
「な、なにを言う。きっと今だって何か理由があったから、このアリスちゃ――猫は、私の手から逃れて、この教室の方へとやってきたはずだ。きっとそのはずだ」
 昂ぶると人称が俺に変わる邦彦は、努めて冷静に反論したようだった。そんな彼に対し、ネルは妖艶な体躯を両腕で抱きしめるようにしながら、冷静な目で、教室の扉を一瞥する。
「じゃあ中へ入ってみる? 飲食物を作っている所だと思うけど、問題はないかな」
「なんでも至る所でチョコが固くなってしまったらしいじゃないか。恐らくこの中もそうだろう。効率よく肖像画を修繕するためにも、ここは一つ、現在の猫の動向を慎重に判断して、中へ入った方が良いと私は思う」
「まぁその通りだね」
 頷いたネルは、両手がふさがっている邦彦の代わりに、チョコ作り教室の扉を勢いよく開けた。


「あ、その猫、さっき肖像画にぶつかったって言う……」
 入ってきた二人に視線を向けた貴瀬が、思わずそう呟いた。
「なるほど、その猫が元凶なのですね――っ!! このような事態、断じて見逃す訳には参りません!!」
 聴いていたルートヴィヒが、銀色の瞳に涙をためて、つかつかと歩み寄った。吸血鬼である彼は、後ろで一本の三つ編みに結った髪を激しく揺らしながら、アリスに向かって険しい瞳を向けた。吸血鬼モードの彼は、猫のアリスに詰め寄って、どんどん威圧していく。恐怖している様子のアリスは、邦彦の腕の中で縮こまるように目を見開いている。耳が項垂れ、明らかに怯えているようだった。それだけルートヴィヒの、パートナーであるフラガに対しての想いは強いのかも知れない。
「すとっぷ、すとっぷッ!!」
 そこへ割ってはいるように、ミディア・ミル(みでぃあ・みる)が声を上げた。猫に変身できる獣人の彼女は、人化せず日々を猫の姿のままで送っている。
「――ということは、問題は、そのにゃんこなのね。じゃあ今のままパズルを組み直しても、また同じ事をするかもしれないわね、この仔」
 やり取りを見守っていたあゆみが、小刻みに頷きながらそう言った。それから、パートナーのミディアを見る。
「ミディー、あのコの通訳お願い」
「おっけ、ミディーは猫ちゃんとお話してみるね」
 頷いたミディアは、猫のアリスの傍へと静かに近づいた。そして頭を撫でる。
「なんでパズル壊しちゃったの?」
 するとルートヴィヒの方を見て、アリスは一声鳴いた。
「うーん、なんだか怖がってるみたい」
 その様子に、フラガがルートヴィヒの袖を引いた。
「ルーイ、ちょっと下がっていて」
「しかしフラガさん……御心の侭に、マイレディ」
 どことなく腑に落ちない顔をしてはいたが、ルートヴィヒは静かに一歩下がる。それに安堵したのか、再びアリスが鳴いた。


「ええと、悲しい? ……寂しい? それで壊しちゃったの?」
 アリスはミディアの言葉に、何度も何度も頷くように声を上げる。
「会いたい? いない? えっと、オーナーさんになにか言いたいみたい。オーナーさんのために壊したって事なのかな? どういうこと?」
 完全に意思疎通が出来るわけではない獣人と動物であるため、伝わってくるアリスの心情に混乱しながらも、ミディアは続けた。
「でもね、あの肖像画が壊れて、飛んだ粉のせいで、みんなのチョコが固くなっちゃったんだよ……え、関係ない?」
 ミディアの言葉に、瞳を震わせるように、猫の言葉など分からない周囲の人々でも悲しみが伝わってくるような声で、アリスは鳴いた。
「わわわ、泣かないで、泣かないで――ええと、名前は」
「アリスだ」
 抱きかかえていた邦彦が、簡潔に応える。
「そっか。ミディーはアリスちゃんの味方ニャ」
 そう告げ彼女は、アリスの目からこぼれ落ちそうになっている涙を舐め取った。
「言いたいことがあるなら、ミディーがオーナーさんに頑張って伝えるニャ。オーナーさんの話しもミディーが通訳したげる。努力するニャ。だから、きっと大丈夫だよ」
 そんなやりとりを教室の奥で見守っていたレンナが、アリスという名を耳にした瞬間、不意に立ち上がった。
「まぁ! アリスじゃないの、本当に久しぶりねぇ、嗚呼、アリス……貴方が、肖像画を」
 彼らの元に歩み寄ってきたオーナーを追いかけるように、初花も扉の傍へとやってきて、猫を覗き込んだ。
「一体、どういう事ですか?」