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バレンタインに降った氷のパズル

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バレンタインに降った氷のパズル

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 突然始まったそんなイランダと北斗のやりとりを、暫し呆然と見守っていた一同は、それから一人、また一人と我に返るように周囲へと視線を向けながら頷き始めたのだった。
「兎に角肖像画の事も分かった事だし、パズルを作る現場へと戻ろうか」
 貴瀬がそう言うと、そばにいた満夜が頷いた。
「確かにこの情報については、パズルを修繕している人達にも公開した方が良いと思います。やはり猫と肖像画の女王──この両者をつなぐものこそ、今回の事件の鍵でした。肖像画も見てみたいですし、私も行きます」
 言葉を交わした二人が先んじて出て行くのを見送りながら、天音がブルーズへと視線を向ける。
「固くなった理由は、先程オーナーから肖像画にかけられていた魔法について聞いたし見当がついた。僕たちも戻ろうか。オブジェが元に戻れば解決でしょ」
「ふむ、そうだな」
 頷いたドラゴニュートは、元来からの思慮深い性格を滲ませるように、深く頷いた。こうして二人もまたチョコ作り教室を後にした。


 その時、入れ違うように、アスカが室内へとは行ってきた。
「あ、いたいたオーナーさん。ちょっと肖像画の完成図の為に、見本の絵をスケッチさせて欲しいんだけど」
「それは良い考えですね」
 聴いていた初花が頷きながら、レンナにホットチョコレートのおかわりを渡す。
「私も見てみたいです、どんな方だったのか。冬の女王が」
 初花の声に、レンナは室内を一瞥した。
「そうねぇ、ええ、マクスウェルさんのように中世的で、とても美しい人だったの。同じように凛としたつり目で――後は、彼女の方が胸は大きかったかしら」
「じゃあ、モデルになってもらえると良いんだけど」
 アスカの声に、初花が頷きながらマクスウェルの腕をひいて、椅子へと座らせる。
「待ってくれ、自分は――」
 冷静な青い瞳に、一瞬だけ狼狽の色を宿したマクスウェルに対し、初花が微笑んだ。
「大丈夫ですよ、マクスウェルさん、お綺麗ですから」
 そんなやりとりをする彼らの傍で、ついに千歳が、猫のアリスへと手を伸ばそうとしていた。
「ぬ、ぬこ、ぬこ……ぬこだ!!」
「千歳」
 頬をゆるませながら、今にもアリスの頭を撫でようとしているパートナーの手を、イルマが制した。彼女は穏やかな笑みこそ浮かべていたものの、千歳が好きすぎる猫への感情で、壊れる姿を周囲に露見させたくはなかったのである。
「先程も申しましたが、くれぐれも、百合園の名を汚さないようにしませんとね」




 チョコ作り教室でそうした会話が成されている中、一足早く修繕現場へと向かっていた満夜と高瀬の元へ、ミハエルが合流した。
「オーナーからは、特筆すべき話を聴く事が出来たか?」
 パートナーのその声に、満夜が静かに頷く。重力に逆らいツンツンとしたミハエルの黒い髪を見上げながら、彼女は少しだけ悲しそうに瞳を揺らした。
「バレンタインの日に帰ってくるって約束して冒険に出た人が、肖像画には描かれていたんだって」
「ならば今日、あるいは来年、いやそれ以降も、毎年帰ってくる目安があって良いであろう。何故そんな顔をしているんだ?」
 基本的に死という概念のない吸血鬼であるミハエルの声に、満夜が顔を上げた。切りそろえられた前髪が揺れる。元来の優しい性格から、戻らない冬の女王の安否について心配していた彼女は、ミハエルの声に穏やかな笑みを浮かべた。
「そうですね。確かに、毎年戻ってくる可能性があるのですから――不安に駆られて心配ばかりをしていても仕方がありませんね。少し元気が出ました。また頼ってしまったのかも知れません。――いつもいつもミハエルに頼ってばかりじゃいけませんものね、私も気持ちを切りかえます」
 二人のそんなやりとりを見守っていた高瀬が、吐息と共に優しい笑みを漏らした。
「確かにね。俺も気まぐれな方だから分かる気がするんだよ、そのうちふらっと冬の女王も戻ってくるんじゃないのかな、ってね」
 冬の女王についての明るい予測を胸に抱き、歓談していた彼らの元へ、天音とブルーズが追いつく。そこへ、肖像画の見本を描き終え、これまでに収集していたピースの入った籠を携えたアスカと、同様にいくつかのピースを収集していた邦彦とネルが合流したのは、そのすぐ後の事だった。


 皆で戻った展示会場裏の二階では、相変わらずおろおろとパズルを見守っている新の傍で、既に集まっていたピースの分別をしたり、外側からはめていったりと、皆が奮闘していた。
 邦彦が自分の収集したピースを、分別されているピースの中に、手際よく追加していく。几帳面ながらも速度あるその手腕を一瞥してから、瀬伊が貴瀬に尋ねた。
「何か有力な情報は、得られたか?」
「毎年希望が訪れるみたいだよ、今日というこの日に。毎日を退屈ではないものに変えるエッセンスとしては、有力な情報だったかな」
「つまり何も得られなかったという事か」
 現実的な瀬伊の声に、貴瀬が肩をすくめる。
「後でゆっくり話してあげるよ。気が向いたらね。それよりも、パズルの修繕具合はどう?」
 貴瀬の言葉に、深々と嘆息した瀬伊が元来妖艶さを滲ませる瞳を、オルベールへと向けた。
「随分集まったわね。良かった、フォトフレームも無事に処分できたのね」
 銀色の髪の毛先を、指で巻き取りながら、オルベールは微笑んだ。
「完成版をネット販売しようと思ってたんだけど、サンプルを公開する手間が省けたわ。あのフォトフレームはアスカが練習で作った作品なのよ。しかも大量に作っちゃったから、処分にも困っていたところだったし。ね、アスカ」
 パートナーの言葉に、アスカが頷きながら、パズルの傍らに見本の絵を置く。それを見据えてレキが微笑んだ。
「助かるね、これがあると」
「そうじゃのう」
 ミアがお茶を飲みながら頷く。彼女は目が疲れたため、空いている椅子に腰をおろしてお茶を飲んでいる所だった。するとレキが目を細める。
「ミア、サボっちゃダメだよ!」
「サボってはおらぬ! 休憩時間じゃ、少しは年寄りを労わらんか!」
 そうした二人のやりとりには構わず、オルベールが続ける。
「安心して、練習でも品は一級品の芸術よ。ガラス製の作品だから冬のイメージにも合ってるでしょ?」
 オルベールの声を耳にしながら、少し前にこの場所へ駆けつけていた真人が頷く。彼は正確にピースをはめながら、先程窓から響いてきたアスカの声を回想していた。
「なんでも、そのパズルのピースを全てはめ直せば、固くなったチョコは元に戻るらしいよ」
 よく通る声で、ネルが皆に事情を説明する。


 それを聴いていたヴェルが、煙草を口にくわえながら、傍らのノートルドへと視線を向けた。
「だそうだ。良かったな。これで無事、あうらに渡せる」
「うっうっ、僕もパズルの修繕頑張るよ」
 応えたノートルドの隣で、?千代が俯いた。
「なんとか今から用意を……」
 そのつぶやきを耳にしていた満夜が、視線を向ける。
「イランダさんが、この騒動が起きた後、本当につい先程からチョコ作りを始めたみたいですよ。階下の教室で」
「なんと、貴殿のその話は本当か?」
 顔を上げた?千代に対し、近くにいたアスカも頷く。それを見て取った?千代は、ヴェルへと顔を向けた。
「私も作りに行ってきても良いか?」
「まぁノートルドの事は、オレに任せていってきたらどうだ」
 その声に何度か頷き、?千代がその場を離れた。
「ピースも全部集まったみたいだし、後ははめるだけだよね」
 理知が微笑みながらそう言うと、傍らで申し訳なさそうに、新が項垂れる。
「宜しくお願いします」
「気にしちゃだめだもん。私だって、折角美味しいチョコを買ったのに、固くて食べられないんじゃ困るからね」
 理知に励まされ、感謝するように小刻みに新が頷いた。


「これはこっちだよね……それより、この角のそばの……」
 隣で真剣な色を金の瞳に宿し、智緒が呟く。すると真人が、さっとその隙間へピースを宛がい、それから智緒に向き直った。
「今、手に持っているピースは左の――そう、そこのものだと思います」
「はまった!!」
 真人の言葉に、パズルをはめた智緒が嬉しそうな顔をする。
「ええと、それじゃあこれは……」
 黙々とピースをはめる作業を再開した真人の後ろで、次の品を手に取り智緒が首を傾げる。
「左下だな」
 智緒の手を一瞥して、邦彦が呟く。
 こうして続々とパズルは完成に近づき、ノートルドがピースをはめた様子を見守りながら、瀬伊が腕を組んだ。
「あと一つだな」
 その呟きに、周囲が視線を走らせる。
 ――だが、もうその場にピースはない。
 捜索を得意とする者が、瞬時に辺りを調べるも、無い。
「困ったな」
 エースが難しそうな顔をして呟く。


 すると緊張が支配するその場へ、あゆみとミディアが息を切らせて走ってきた。後ろからは、猫を抱きかかえた加夜がついてくる。
「オルベールがさっき言ったとおり、猫は、ここにつれてきちゃ駄目よ」
 慌てたようにオルベールがそう告げると、あゆみが大きく首を振りながら、ミディアへ視線を向けた。
「ミディー、説明お願い」
「アリスちゃんが一つピースを持ってたみたいニャ」
 二人の説明を補足するように、加夜が、アリスの首輪に視線を落とした。
「ここに挟まっていたみたいで」
 彼女の青い瞳を眺めながら、エースが大きく頷く。
「成る程、首輪の魔力で、気づかなかったのか」
 あゆみが手にしていたピースを、傍にいた智緒へと渡した。その隣で、加夜が新にアリスを手渡す。戻ってきた猫を抱きしめながら、新は、最後のピースの姿を見守った。
「やった、完成したよ!!」
 そこへ初めてパズルをした智緒の嬉しそうな声が響き渡った。
 瞬間、会場中のチョコレートの硬化は解け、メインオブジェも無事に修繕されたのだった。