|
|
リアクション
*
「涼司くん、こちらに顔出しましたか?」
不意に呼びかけられて、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)とそのパートナー、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)は双方、視線を落としていたノートパソコンのモニターから顔をあげた。
ここは、『スカイ』ステージのほど近くに置かれた運営本部テント。
設営されたその場には、彼の膝に載せられたものを含めて数台のパソコンが、電源ケーブルに繋がれ稼動している。
凶司はこれらすべてを駆使して、会場内の情報を統括し──各所へと送っている。運営側にも、参加者の側にも。観客に対しても、だ。
それが彼とそのパートナーが引き受け課せられた、広報としての役目だから。
「……つい、今しがた。さっき出てったとこですよ」
「ふむ、そうか。……だとさ、加夜?」
凶司が眼鏡の奥からの眼光で見据え、見上げる先で、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が残る二人を振り返りつつ、そんなことを言う。
少年──マクスウェルとともに現れたのは、会場警備担当のふたり。
「入れ違いか。残念だったな?」
「べ、別に。お仕事の最中なんですから、私、少し気になっただけで」
「何をそう、動揺している。気にすることはないであろう? 加夜。貴様にとって奴が──……」
「状況確認なら端末見てもらえると助かるんですがね?」
セリア・ヴォルフォディアス(せりあ・ぼるふぉでぃあす)と火村 加夜(ひむら・かや)。かたやいじり、かたやいじられ。女二人、そこにいる。
特に加夜は校長・山葉涼司が行ってしまったと聞いた瞬間に一瞬見せた残念そうな表情を俯きがちにほのかに、赤らめながら。
凶司にしてみれば、環境雑音はライブの喧騒だけで十分間に合っている、といいたいところなのだけれど。
「特に異常はなさそうだな?」
「まあ。ここから見てる限りではですけど、ね」
仕方ないから、画面に再び視線を戻しつつマクスウェルへと応対をする。
今のところ、大きな問題はさしあたって、起こってはいない。凶司ら広報が立ち上げた公式ホームページのリアルタイム速報も、つつがなく進行を伝えているだけだ。
「そうですね、あとは──……」
いくつか、ウインドウを切り替えてチェックをしていく。
マクスウェルと、エクスも同じ画面を覗き込む。
その間にも左右に動かす眼球をちらと、僅かに凶司は加夜へと向ける。
ちらちらと、どこか落ち着きがない。あちらこちらに目を遣って。向こう側であがった歓声に、振り返る。
そして聴こえてくる、『スカイ』ステージからの歌声。
たしか、今の時間帯は──ウインドウのひとつをクリックして、プログラムを確認する。
皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)と、佐々良 縁(ささら・よすが)。それら二名の生徒の名と彼女らの率いるバンドの名が、そこにはあった。
演奏のセットリスト……曲目のラスト、つまりクライマックスの曲名は、『おもいのひかり』。二人がユニゾンさせた、デュエットの声がその歌詞を、紡いでいく。
二人の手にしたマイクが、その歌声を会場に拡散させていく。
はじめてみた君は とてもまぶしくて
心の色を 知りたくなって 届けたくなって
そっとそっと 手を伸ばしたんだ
愛しい人と 呼びたくて 呼ばれたくて
手をつなぎ始めて 目を見開いた
こんなに世界が変わるなんて 思わなかった
はじめての君のよう きらきらと瞬いて
素敵も大変も これから二人の宝物
──やれやれ。この歌詞じゃあるまいし、そんなにうわついてて、警備なんてできるのかね。
普段、もう少し落ち着いている人物だと聞いていたし、思っていたのだけれど。あるいは、春フェスの開放感が彼女をそうさせているのか。
声には出さないものの、思う。そして代わりに溜め息をひとつ。
「あとは?」
「あー、いや。だから、端末に送っておきますから」
だから。
「だからとりあえず、頭いっぱいにしてる相手のこと、探してきたほうがいいんじゃないですか?」
「え?」
そんなんじゃあ、警備の業務にも差し支え出るでしょ。とっと涼司と連絡をとって、合流すればいい。
「あっちにバームクーヘンの屋台とか、珍しい店も出てたことだし。一緒に回ってくればいい。でしょ?」
どうせ、警備だって人手が足りないわけでもなければ、単なるボランティアなのだから。やりたいように、やればいい。
「そうだな。違いない」
「う。……セリアさんまで、そんな」
凶司の言に、セリアたちも頷き同意を示す。
集中砲火的に冷やかされた形の加夜は一層赤くなって、縮こまるように俯く。
そんな彼女を尻目に、凶司はパソコンに繋がっているステージ撮影用カメラへと、モニターの画面を切り替える。
『ありがとー!』
『ほんと、ありがと! ありがっと!』
熱狂の中、パフォーマンスを終えた舞台上の璃宇と緑が、肩を組みそれぞれに手を挙げて、歓声に応えていた。
二人も、バックバンドのメンバーも満足そうに。
ステージ上の演者たちが手を振るたび、歓声が一段、また一段と大きくなっていく。こういう風な盛り上げ方もライブにはあるのだな、と素直に感心する。
「──ん?」
その、画面の中。ふとした違和感に、凶司はマウスを動かしていく。
いや。そこに映るその光景自体は、なにも不思議なものではない。
女がひとり──別の女を、口説いている。それについては、こういう派手なイベントの場だ。出会いの形として両者がやっている、その導入だってあり得ることだろう。
が。
「こいつ、確か」
口説いている側の、一見女性に見えるその姿、顔立ちに見覚えがあった。
そして少し離れた場所でそれを見守っている三人組の、男たちについても、だ。
「どうした?」
「いや、ええと。たしか、名簿に写真が──……」
警備チームの参加者を網羅した、写真つきの名簿ファイルを開く。
……あった。
「やっぱり」
そりゃあ、たしかに会場警備自体はボランティアだし、ライブを楽しみつつで大いに結構、とは聞いているけれど。
「なにやってんだ、あいつら」
ルメンザ・パークレス(るめんざ・ぱーくれす)に、三人の 男(さんにんの・おとこ)。仕事そっちのけでナンパって。まったく、一体なにをやっているんだか。
ぎしりと、背を軋ませて凶司は椅子に体重を預けた。
おそらくは涼司へと連絡をとっているのだろう、すぐ傍に屈み込んだ加夜が端末の口許を押さえ、声を潜めてその向こうと言葉を交わしていた。
このくらい、人目を憚って──いたらナンパなんて、うまくいくはずもないか。
凶司はひとり、モニターと脇に屈んだ少女とを見比べつつ、そんなことを思った。
『ありがっとー!』
マクスウェルやセリア、エクスの視線もまた、モニターや警備に注意を光らせるより、ステージから降りていく璃宇と緑のバンドへといつのまにか、注がれていた。