薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

春フェスに行こう!

リアクション公開中!

春フェスに行こう!

リアクション


 そう。どのステージもクライマックスが近いのだ。
 三つが三つ、何れも。『ブルー』。『スカイ』。『スクール』。あわせて一体何組が歌い、演奏をし、盛り上げていっただろう。
 どこも、クライマックスに向かってラストスパートをかけている。
 ステージの上も。観客も。参加者たち、すべてが。
 盛り上がりのボルテージを最高潮に、持っていこうとしているのだ。
「だからといって、羽目を外しすぎるのもよくないんですよ?」
「すいません、すいません」
 いやもう、ほんとごめんなさい。
 トランス状態のままちょっと意識が違う世界へとトリップしてしまったパートナー、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)をその膝の上に抱えたまま、ただただひたすらにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は今、頭を下げていた。
 数人の、警備担当スタッフに囲まれて。
 セレアナ自身はけっしてなにも、けしからんことも至らないこともしでかしたというわけではないにも関わらず。
「じゃあ。本当にただ、興奮しすぎただけなんですね? 具合が悪かったりとかはどこも、ないんですね?」
 原因はすべて、他ならぬこの膝の上で眠っているパートナーだ。
 さながら、酔い潰れた酔っ払いのようにぐーすか気持ちよさそうに彼女は、セレアナの苦労も知らず眠りこけている。
「うん、ほんとごめん。この子の、いつもの悪いクセが出ただけだから。ほんとに、なんでもないのよ」
 ──医務室に連れて行くか、もしよければこの場で簡単にでも治療を。……そんな風に言ってくれた警備スタッフのひとり、イナ・インバース(いな・いんばーす)の邪気のない目が見ていて心苦しい。
 そうだとも。結局はセレアナにこのコートの下のレオタードを着せた張本人である、セレンの一人相撲なのだ。
 眠りこける彼女はセレアナと違い、コートすらもう羽織っていない。豊かな胸と、腰周りを隠すビキニの水着、ただそれだけの半ば半裸。
 彼女に──祭り好き、ハイテンションの上に脱ぎたがりの性分であるセレンにスイッチが入ったのは、ほんの数十分ほど前のことだ。
 興奮すると、彼女はとにかく脱ぎたがる。
 朝から会場をまわっていて、フェスの盛り上がりを目の当たりにして、よくぞそこまで堪えていられたとむしろ評価すべきかもしれない。
 だが、とにかく。スイッチの入った彼女はおもむろに水着の上着として羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
 そこからはもう、完全に彼女だけの世界。トランス状態へと没入し、パートナーたるセレアナさえもおいてけぼりに最高潮に熱狂し。
 セレアナが止める間もなく、全力で駆け出した。
 慌てて、どうにか見失わないよう、セレアナは彼女の後姿を追いかける羽目となった。
 随分とまた溜まっていたのね、なんて自分でも不思議なくらい冷静に彼女のことを評しながら、彼女のあとを追った。
「それは、また──……なんとも」
「大変だったねぇ」
「……そりゃあ。この子はパートナーだもの。私の」
 ご愁傷様、といった感じにセレンとセレアナの事と次第を聞いてリアクションを見せる警備スタッフたち。セルマ・アリス(せるま・ありす)に、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)
 走り去ろうとするセルンを──彼女を追って、どうにか追いついて。その手を引いて引き止める頃には随分とステージを遠くに望む場所まで、来てしまっていた。
 多分、半裸で蒼空学園じゅうを走り回り、吼え回る彼女と追いかけるセレアナの様子は多くの人々に目撃されたことだろう。
 追いつくだけでも大変ではあったけれど。同時にここまでどストレートに感情を表現し発散できる彼女が多少羨ましくもある。
 少なくとも、私にはできない。セレアナはそう思うから。
 思いきり発散しきって、トランス中の感情を十二分に満足させて。
 そのまま問答無用でガス欠とばかりに、セレンは気付けば眠りこけていた。……これも、才能だ。うん。
 膝の上に彼女を抱えたとき、イナやセルマたちに肩を叩かれたのである。
 この人たちから通報を受けたんだけど、と。
 フリルのついた衣装のゆる族少女と、パンフレット片手の少年のペア。
 少年……アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)と、その肩に乗った少女……アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)のほうを彼女たちは示しながら。
「いやもう、ほんとに迷惑を」
「ああ、いいって、いいって。いきなり走ってきて倒れたもんだから、びっくりはしたけどさ」
「まったくデス」
 な、アリス。警備チームへと通報をしたペアは言って、頷きあう。
 なんともないなら、よかった。……彼らからそう言ってもらえるのはセレアナとしても心底、ありがたい。
「しかし、ほんとうにここでいいのか? 別に救護テントに運ぶくらい、手伝うぞ? それだって警備の仕事のひとつなわけだし」
「ありがと。でも、大丈夫」
 セルマの申し出だって、そうだ。でも、それには及ばない。
 だって、空は雲ひとつないし。
 陽気はぽかぽかとしていて、風だって気持ちいいし。
「ここは静かで、歌もよく聞こえてくるし。もう少し眠って目覚めたら、この子も落ち着いてると思うから。せっかくだから静かに、ここでフィナーレまでフェスを眺めてるわ」
 芝生の上で、大切な人とふたり静かに音楽に身を委ねる。それもまた一興。
「そう、か」
「……いいですね、それ、なんか」
 イナが、セルマが。納得したような表情でそれぞれ、頷いた。
「あ! どうヤラメインイヴェントのはじまりみたいデスヨ?」
 そして一同、──声を発したアリスも、アリスを肩に乗せたアキラも全員、彼女のりんご飴が指した方向に目を向ける。
 ギターが。ベースが。ドラムが。そしてキーボードが、ヴォーカルが。
 ステージ上へと躍り出る。これが──ラスト。フィナーレを飾る、一組。
「いよいよだね」
 唯一まだ眠りこけているセレンだけは、そのことに気付いてはいない。
 だから。──……はやく、起きなよ。もったいない。
 見ようよ。一緒に。
 心中でこっそりぽつり、そうセレアナは彼女へと、呟いた。