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リアクション
歌だ。ああ、……いい歌だ。
背中を預けたステージと裏手とを仕切る壁の向こうから澄み切った空の下、聞こえてくる声はなんとも美しく、この空の青さのようにクリアな色をそこに感じさせる。
まさしくそれは、歌姫の声。きっと『彼女』みたいな声の主のことをそう呼ぶのだろうと、花京院 秋羽(かきょういん・あきは)は汗みずくの頭に被ったタオルの下、そんなことを思う。
蒼空学園全体が今、晴天のもとで春フェスの活気に溢れている。それは秋羽のいる『スクール』ステージも無論例外ではない。
そうとも。熱狂に包まれたこのステージが、秋羽のデビューの舞台。つまり、秋羽の踏んだ初ステージだった。
「……もうちょっと、納得いくパフォーマンスできると思ったんだがな」
足元に置いたミネラルウォーターのボトルを手に取り、呷る。
水分の足りていない五臓六腑に、水分が染みていく感覚がわかる。
全力。精一杯を出し切ったステージだった。
満員の観衆とその熱狂を前にして、秋羽は歌った。そこは間違いない。
けれどけっして余裕たっぷりだったかといえば、そんなどっしりと気持ちを構えてなどいられなかった。
なにぶん、場数に乏しいのだ。デビューの舞台で緊張するなというほうが、無理な話である。
やる前は、自信満々だった。だけれどまだまだ発展途上の、駆け出しの自分を知った。そんな舞台だった。
「……あ。最後にプロダクションの宣伝。……やっべ、忘れてた」
そんな余裕も、なかった。
たった今ステージの上で歌っている人物──迦 陵(か・りょう)のようには、いかなかったのだ。
彼女は秋羽の舞台にサポートの、バックコーラスとして協力をしてくれた。
そして今、今度はソロでその見事としかいいようのないしっとりとした歌声を聴衆の前に披露しているのだ。
もっと経験をつめばあるいは、彼女のごとく泰然と、舞台に臨むことができるのだろうか?
自分の歌った歌の歌詞を、反芻する。
──後悔だけはしたくない
だから桜のように咲き誇るんだ──
……なかなか、歌詞のようにはいかないな。後悔というか。反省ばっかりだ。くしゃくしゃと、タオル越しにブルーの髪をやって溜め息を吐く。
「やあ。いいステージだったね」
「……どうも」
あそこをああすれば。いや、こうするべきだった。そんなことを歌声響く中、彼は思う。思う彼にそして、声掛けるの影が者ひとつ、ふたつ、みっつ。
「まあ、あんなもんだ。まだまだ、だな。せっかく手伝ってくれたのに、拙いパフォーマンスで申し訳ない」
「なに。初めてであれだけできれば上等だよ。いいステージだった、そう思う」
秋羽のステージにて、サポートのバックバンドとしてドラムを担当した椎名 真(しいな・まこと)。肩を竦めて自嘲をする秋羽へと彼は、元気付けるように肩を叩く。
「うん。見ててもはじめてとは思えなかった。すごく落ち着いたいいステージだったよ」
彼とともに現れたひとり──眼鏡の少女、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が続いて、同様に言う。
自信持ちなよ。小さくガッツポーズを作って見せながら、秋羽を励ますように。
出番を終えたばかりの少女が、笑う。
「……ん、ありがとよ」
「そー、顔あげて。しゃきっとする、しゃきっと」
そう言ってもらえると正直、秋羽もいくぶん心が軽くなる。笑顔を向けるフィーアに、微笑を返す。
やがて持ち上げた視線で、やってきたもう一人を、見上げる。
「んで、次。あんたの出番か」
「うん、そうだよー。堂々、午前のトリなんだ」
えっへん。向けられた視線と言葉とに、赤毛をショートに整えた少女は胸を張る。
赤城 花音(あかぎ・かのん)。やはりバックバンドに真たちを従えて、ソロの彼女がこれから『スクール』ステージの舞台に立つ。
「『虹色の絆』。歌うボクも大好きな曲だから。よかったら、聴いていって」
「ああ。もちろん」
ぱぁん、と小気味よい音とともにフィーアと花音がハイタッチをする。
秋羽も握った拳を差し出して、彼女のそれに突きあわせた。
その間にも、歌姫の奏でる声は続いている。雑音に感じさせる要素、一切なく。──美しく、鼓膜を揺らしていく。
「あー、コラ。ここはスタッフと出演者以外立ち入り禁止だぞ」
「──……?」
もともとは、雑音の混じらない。そんな中へと不意に加わり混じる、ノイズのようなやりとり。
聞こえてきたそれに、一同揃ってそちらを見る。
「え?」
スタッフTシャツを着た男が、かがみこんだ少女を見下ろしていた。
男も、そこまで大柄な部類ではない。だが立ち上がった少女はそれに比べてもより一層、小柄。結局随分と上から見下ろすというその構図は、変わらない。
「ったく。迷子か? 一体どこから……」
迷惑そうに溜め息を吐き、きょろきょろと周囲を見回すオールバックの男の名は、弥涼 総司(いすず・そうじ)と言った。裏方の、特に機材担当。要するに、……機材に詳しいらしく、あれこれ指示している姿を、秋羽たちも見た。
そして。
「あの」
「──うん?」
男に腕を掴まれて。引っ張っていかれようとしてなお冷静に言葉を吐いた少女の名は、
「私、迷子じゃありません。スタッフです」
制服の前を開いてそこに現れた、男と同じスタッフTシャツの胸元の名札には『堂島 結(どうじま・ゆい)』とあった。
つまり、彼女自身の言のとおりに──れっきとした機材スタッフ。
面を食らったように、総司は目を瞬かせて硬直をした。
遠くで見ていた秋羽や真たち四人も同様に、目が点になって固まった。
そんな。どう見ても迷子にしか、見えなかったのに。
「その。……なんだ、すまん」
「いいです。わりと、慣れてますから」
制服の下にTシャツ着てた私が悪いんです。
小さく肩を落としながら、同じくスタッフであるところの男に対して結は言った。
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