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春フェスに行こう!

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春フェスに行こう!

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 袋が、宙に浮いている。──観客たちは、それを見上げている。
 大きな、大きな袋だ。いっぱいに膨らんだ、ひとかかえ以上はあろう、とても大きな袋。
『いっくよー!』
 それは、ステージ上。そこに立つユニット……PINKY☆UMAの月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)のサイコキネシスによるものだ。
『せー……のっ!』
 やがて、彼女の声とともに、袋が空中に弾ける。
 その中からふわり、あちらこちらの客席へと飛び散っていくのはひとつひとつ、可愛らしい包装に包まれた、キャンディの袋だ。
 巨大な袋という卵から孵った、さながらそれは鳥の羽根のように観客たちの手の中に舞い落ちていく。
 そして。
『ディオー!』
 デュエットの片割れ、もうひとりのボーカルでありユニットのリーダーでもある霧島 春美(きりしま・はるみ)が、パートナーの名を呼ぶ。
『おっけー!』
 コーラスとして参加していた、さながらウサギのような外見の獣人。
 ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)。呼ばれた彼女は大きな籠を抱えて、空へと羽ばたいて。
『こっちもいっぱいだよっ! せーのっ!』
 やはり客席へと、降らせていく。あちらがキャンディーならばこちらはクッキー。観衆の上空をゆるやかに舞い、けっして偏ることがないように。
 群集心理というのは正直だ。熱狂する観客たちは彼女たちからの思わぬ贈り物に、思わず手を伸ばす。その喧騒が、より会場のボルテージをヒートアップさせていく。
『次の曲! 行くよっ!』
『『光』っ!』
 背中合わせになったヴォーカルのふたり、あゆみと春美が叫ぶと、バックバンドもまた激しく各々の楽器をかき鳴らす。

「……すげェなぁ……」

 そんな熱狂の様子を、ただただ感心しながら黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は、相棒の少女、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)とともに遠くから眺めていた。
 ああいうパフォーマンスもあるのか。ユリナともども、ぽかんと口を開けて目を丸くすることしきりである。
 舞台上の面々は、バックバンドの幾人か──例えばヴァイオリンを担当している青年、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)であったり──が執事風の衣装であるのを除いて、ヴォーカルやコーラスの面々はそれぞピンク色の、統一されたデザインの可愛らしい服を身に纏っている。
 帽子に、外套に。チェック模様のそれらは探偵を模している。
 時折、コーラスのミディア・ミル(みでぃあ・みる)が虫眼鏡を覗く仕草をしてみたり。
 くどくなく、くさすぎないくらいにたっぷりと、そこに愛嬌があった。
「そうですね、ほんとうにすごい。だけうちのバームクーヘンだって絶品でしょう?」
 そんな、パフォーマンスによる盛り上がり全体に対し感嘆し、圧倒されたがために漏れ出た呟きだったのだけれど。
 竜斗たちの座る屋台の主、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は単純に、彼女たちの振舞うお菓子のこととしてそれを捉えてしまったようだった。
「いや。そういうことじゃなくてさ」
 美味いよ? たしかにここのバームクーヘンも紅茶も、屋台のものとは思えないくらい、美味しいけどさ。そうじゃなくて。
 ユリナと顔を見合わせ、苦く笑う。当のリュースはというと、屋台のカウンターに頬杖をついて遠くに見えるステージの演奏に耳を傾けている。
 バームクーヘンや、焼き菓子や、紅茶。
 小洒落たラインナップがメニューに並ぶ屋台の周囲には、竜斗たちの座るものも含めて、八つあまりのベンチとテーブルとが並んでいる。
 いずれも、その中心には花瓶に生けられた黄色の花一輪。
 屋台そのものも、春らしい色とりどりの花に飾られて、訪れる者を歓迎している。
 そう──……ちょうどテーブルのひとつの脇へと立って雑談に興じている少年。リュースの弟、リクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)のコーディネイトによるものだというから、なかなかに大したものだ。
「……って」
「?」
 オイ。──リクトと話し込んでいる相手に目を遣って、思わずそんなノリつっこみじみた言葉を竜斗は吐きそうになった。
 ユリナが、がくりとなった竜斗の様子にきょとんと、目をぱちくりさせている。
「警備担当じゃなかったのかよ、あいつ」
 黒野 奨護(くろの・しょうご)、だったか。
 バームクーヘンなんか食べつつ、紅茶なんか飲んじゃって。
 警戒中で巡回中だ、なんて言って話しかけてきたくせに。サボりじゃないのか、あれって。

 ──不審者のひとりふたり、いないもんかねぇ。

 不謹慎だろ、オイ。
 聞こえてきた会話に対し思いつつ、奨護とともに屋台を訪れていたはずの、彼の連れを竜斗は探す。
 すぐ近くに、いた。
 時折、ちらちらと呆れたような表情で奨護のほうを見遣りながら。けれどもはや諦めているのか、止める様子もなく、その少年、セイヴ・グランツ(せいぶ・ぐらんつ)はジュース片手に行き交う人々の波に視線を追わせていて。
 時折、言葉を来場者たちと交わしている。
 友達百人作りそうな勢いのあちらも、それはそれで本筋から外れていないだろうか?

『──それっ!』

 それらを見ていて。強まった歓声と、ステージからの声とに、竜斗は我に返る。
 話し込んでいたリクトや奨護も、カウンターのリュースも。任務に真面目に取り組んでいたセイヴもまた同様に、ステージへと視線を奪われる。
 獣人コンビ。ミディアが、ディオネアが、舞台の上を躍動していた。
 あゆみと春美、メインヴォーカルふたりの歌声がユニゾンした。
 カリギュラのヴァイオリンが、バックバンドのドラムやギターに負けないくらいの力強い音を、奏でた。
 一目瞭然、それは違いなく、彼女たちのパフォーマンスのクライマックスだった。

未来が分からないのは
それは人間(きみ)の力だけでたどりつける
場所に答えがあるからだよと笑ってみせた

 ぱん、と小気味よい音が聞こえてくるかのようだった。
 右手にマイクを手にした春美の左手と。
 左手にマイクを握ったあゆみの、右掌が。
 おもいきり、打ちあわされた。──ぴたり、曲の終焉と等しいタイミングで、寸分違わず。

いいよ、今日は無垢な子供みたいに
あなたの話にのせられてあげる

今日だけ、今だけ、
あなた好みの素直な女でいてあげる──

 そんな歌詞を、ハモりながら。
 そして、背中合わせ。大きく息をふたり、吸い込んで。
『ありがとうございましたぁっ!』
 手と手握り合い、少女たちがお辞儀をする。

 瞬間、歓声が爆発をする。
 舞台に立つ少女たちの顔に、満面の笑顔が広がる。

『さあーて、お次はこの子!』
「おお?」

 そして頷きあい、背中合わせだったヴォーカルの二人は左右へと分かれていく。
 その、二人の間に開いた空間。その背後へとせり上がってくる足場。
 とても大掛かりな舞台装置だ──そしてそこに立っているのは、次なる演者だった。
桜坂 千鶴(さくらざか・ちづる)ちゃん!』
 白髪の、男装の麗人が双眸をゆっくりと開き、上がりきった足場から舞台上へと降り立つ。手にしたマイクもその衣装と統一した装飾が施されている。
 先ほどまでのPINKY☆UMAの曲調とは打って変わり、ロック調の激しいビートをバックバンドたちが刻んでいく。
 つい先ほどまでとは、まるで違う。なのにこれもまた、いいものだと竜斗は思った。