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リアクション
【二 風通しの良い家】
風通しの良い家。
と、ひと口にいってしまうと、開放的な日本家屋を連想してしまったネオと雅羅だが、実際に目にしてみると恐ろしく重厚な屋敷のような外観の建築物であった。
「いやぁ……こりゃちょっと、予想外だったかなぁ」
この風通しの良い家の調査員として同行していた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、感心した様子で天を衝くかの如きでそびえる正面主塔を、のけぞりかえるような格好で眺めている。
「美羽先輩、風の邪精霊については、何か知ってます?」
雅羅が美羽の隣で同じように主塔を仰ぎ見ながら訊いてきたのだが、美羽とて今回が初耳の相手である為、素直にかぶりを振るしかない。
「う〜ん、それがねぇ……私もさっぱり分かんないんだよねぇ」
流石に美羽も、この時ばかりは自信なさげな表情を浮かべて小さく唸ってしまった。とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方が無い。
一同はとりあえず、重厚な金属製門扉を押し広げ、予想外に広い前庭を横切り、これまた妙に重々しい彫刻が施された巨大な木製扉の前に立った。
さぁいよいよ、この重たそうな扉を開け放って風の邪精霊とご対面だ、という段になって、不意に風通しの良い家調査チームのひとりである佐野 和輝(さの・かずき)がすっと前に進み出て、ネオや雅羅といった面々と対峙する位置を取った。その面には、どこか覚悟めいたような色が浮かんでいる。
「ひとつ、提案させてください」
妙に改まった口調に、一同互いに顔を見合わせる。しかしそんな彼らの不思議そうな面持ちに対し、和輝は相変わらず緊張した様子で更に言葉を続けた。
「この中には、風の邪精霊と戦うことを前提に、ここまで来られた方もいらっしゃると思いますが……俺としては、穏便に済ませられるのであれば、出来るだけ話し合いで解決したいと思っているのです」
曰く、人間とは違い、彼らは良い意味で素直に感情を表現できるのだから、武力ではなく話し合いで住居者との共存を容認してもらいたい、というのが、和輝の思いであるらしい。
ここまで真剣に語りかけられると、戦う気満々だった美羽などはすっかり出鼻を挫かれた形になってしまい、何ともいえない表情で漫然と佇むしかなかった。
しかし和輝のいうように、相手の事情も斟酌せず、いきなり喧嘩腰で臨むのはあまりに短絡過ぎる。ここはひとつ、和輝の交渉術に任せてみようではないか、ということで、一同の意見は一致した。
「それじゃあ和輝君。ちょっくら君に任せてみるから、ちょちょいと話ぃつけてもらえるかなぁ」
ネオが頼もしげに笑いかけると、和輝は力強く頷いた。その様を、何故か雅羅は不安げに眺めている。
和輝の論理と彼のやる気にけちをつけるつもりはないのだが、いかんせん、カラミティと呼ばれて忌み嫌われてきた自分が参加しているのである。そう簡単にことが運ぶかどうか……その疑問が、雅羅の抱く不安のおおもとであるらしい。
木製扉が開け放たれ、強烈な陽光が玄関ロビー内を明るく照らし出す。
正面奥に大きな階段が待ち受ける広大な空間が、ネオ一行の前に姿を現した。扉が開いた瞬間、早速豪風が襲いかかってくると身構えていたのだが、意外や意外、室内からは微風すらも吹き出してくる気配が無く、一同は拍子抜けした。
この調子なら、何とかなるかも……和輝がそんな希望の光を胸の奥に抱いた瞬間、どこかから、
「えぇっくしっ!」
と、しゃがれた声で男性のくしゃみする響きが一同の鼓膜を衝いた。
すると、その直後、どの方角からなのかは分からないのだが、凄まじい突風が玄関ロビーを盛大に吹きぬけてゆき、風通しの良い家調査チームの面々は、およそ数メートル程、勢い良く吹っ飛ばされてしまった。
「ちょ、ちょっとぉ! いきなりなぁにぃ〜!?」
派手に玄関外まで飛ばされたものの、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がいち早く起き上がって、玄関ロビー内に視線をめぐらせる。
すると――。
「あぁ〜、これはこれは失礼。あんた方が、今度いらっしゃるハウスシェアの皆さんかのぅ?」
真っ白なロン毛を腰の辺りまで伸ばし、やたら鋭角的なサングラスをかけ、全身光物だらけの妙にファンキーな爺ィが、ロビーの階段をひょっこひょっこと下りてきた。
まさかこんな展開が待っていようとは――美羽にしろ和輝にしろ、完全に虚を衝かれた様子で、いささか呆然と、このファンキー爺ィをしばしの間、眺めてしまった。
誰もがぽかんと口を開けてしまう中で、ひとりレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)だけは、いつもの調子でのんびりと笑いかけた。
「ありゃまぁ……もしかしてぇ、あなたがぁ、風の邪精霊さんですかぁ〜?」
「ん? 何の話じゃ? わしは新しいハウスメイト候補がやってくるっちゅう話を聞いて、心待ちにしておったんじゃが」
どうも話が違う。
この場に居る全員が聞いていた話では、この風通しの良い家には、風の邪精霊が住み着いており、家屋内が常に突風に晒され、とてもではないが普通に生活出来るような状況ではない、という内容の説明であった筈なのだが、今ここに現れたのは、ファンキー過ぎて若干アクが強そうではあるものの、物理的には全く無害なひとりの老人に過ぎなかった。
だが、油断は禁物である。
ここで葉月 可憐(はづき・かれん)がお近づきの印といわんばかりに、妙な色合いの謎料理が入ったプラスチック製タッパーを持ち出しながら、にこやかにお辞儀した。
「初めまして、こんにちはぁ。私、葉月可憐と申しますぅ。宜しければおひとつ、如何ですかぁ?」
可憐が手にしたタッパーの蓋を開けると、謎のファンキー爺ィは好々爺然とした明るい表情で、ほっほっほっと軽やかに笑った――と思ったのも束の間で、次の瞬間、
「えぇっくしっ!」
と、再び爆裂せんが如きの豪快なくしゃみを一発。
すると、どうであろう。
凄まじい豪風が一同を襲い、可憐の謎料理が人々の頭上に舞い、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がひぃぃと青ざめ、神皇 魅華星(しんおう・みかほ)が手にしたバーコード禿げタイプのヅラが風にたなびくのを満足そうに眺めつつ吹っ飛ばされ、スノー・クライム(すのー・くらいむ)がアニスに用意したズボンを穿かせようとしたが失敗し、週刊少年シャンバラを立ち読みしていたひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)が豪風に押された少年シャンバラの綴じ目に顔面を強打して悶絶していた。
「あぁネオさん、やっと追いつきました」
見ると、ラインキルドがそこに居た。
行殺完了。
* * *
改めて自己紹介を受けたところでは、ファンキー爺ィの名はシェケナ・ザ・スピリットというらしい。本人曰く、精霊であるのは間違い無さそうだが、風の精霊などではなく、事業仕分けの精霊であるという話であった。
事業仕分けに精霊が宿るのかという突っ込みが誰の胸にも浮かんだが、しかし今ここで起きている問題は、そこではない。
「あのさぁ……すっごく嫌な予感がするんだけど」
いいながら、風通しの良い家調査チームの一員五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、手にしたメモをその場の全員に披露した。
そこには、
『風の邪精霊』
と、記されている。誰もが事前に知らされていた情報である。今更説明の必要は無い。
いや、その筈であったのだが、しかしここで理沙は、その情報そのものが間違いだったのではないかと、根底を覆すひとことを放った。
「あら、理沙……どういうことですの?」
いつもならすぐに武力解決に走りがちな理沙が、今回ばかりは珍しく頭を使っているということで、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が興味津々とばかりに理沙の差し出したメモ書きを覗き込んでくる。
他の面々も、理沙が何をいわんとしているのか、その一点に注目していた。理沙は苦虫を噛み潰したような表情でペンを取り出し、メモ上に記されている内容を、次のように修正した。
×風の邪精霊
○風邪の精霊
誰もが、あっと声をあげた。
何故かおなもみが、『風の神さん、風ぁ邪ひぃてまぁんねん』と、変なおっさん声を無理矢理搾り出して呟いている。
だが確かにいわれてみれば、ファンキー爺ィことシェケナは、先程から豪風を伴う強烈なくしゃみを何発も放っては、調査チームの面々を盛大に吹き飛ばしている。
しかしシェケナ本人には決して悪気は無い。むしろ、シェケナ自身も風邪に悩まされているという悲哀を背負っており、非難されるべき咎は何も無いといって良い。
恐らくは、オアシス不動産の調査員が『の』を書く位置を誤ったのであろうが、しかしそれにしても、一字違いで大違いである。
困ったのは、美羽と魅華星である。
美羽はとにかく風の邪精霊を木っ端微塵に撃ち砕く腹積もりだったのだが、ここに来てものの見事に自身の意図が逆に木っ端微塵とされてしまった。
「やば〜い……私、超やらかしちゃったかもぉ」
すっかり青ざめている美羽。
流石に蒼空学園の生徒会副会長たる者が、爺ィ虐待のスクープを自ら広めてしまった日にゃあ、しばらくツァンダには居られなくなるだろう。
一方の魅華星も、手にしたバーコードヅラと、シェケナのやたら面積の広い額と、どう考えても無理があるとしか思えない強引なロン毛とを、かわるがわる見比べていた。
(もし今、ここでこんなヅラを提供しようものなら……)
魅華星は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
てっきり風の邪精霊が無邪気な子供だか何かと思い込んでいたのだが、相手が精霊年金暮らしの爺ィということであれば、話は全く変わってくる。
下手にこんなヅラを差し出そうものなら、逆鱗に触れてしまいそうな雰囲気がぷんぷんと漂っていた。
如何に魔王の転生体(魅華星・談)といえども、ご老体に鞭打つ行為は慎まねばならない。要するに美羽と同様、魅華星も『やっちゃった』気分なのである。
すると、その時。
「あれ〜? 皆どうしたのよ? 随分引きつった顔しちゃって」
何故か土木工事現場の親方然とした格好のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、安全第一と記された黄色いヘルメットの鍔口を指先で押し上げながら、不思議そうに顔を覗かせてきた。
現場の経験など何ひとつ無いのに、いきなり親方である。相変わらず、大胆不敵といって良かろう。
するとその傍らで、リフォームの匠を思わせるスーツ姿のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、伊達眼鏡のフレームを人差し指で軽くつまんで持ち上げて、曰く。
「何でこう、揃いも揃って、やっちゃった、みたいな顔してるのかしら?」
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