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【三 エコな家】

 風通しの良い家で、驚愕の事実が調査チームの面々を慄かせていた頃。
 こちらエコな家調査チームは、矢張り厄介な局面に出くわそうとしていた。
 エコな家は風通しの良い家と同じく重厚な造りの石造建築家屋なのだが、広さの点でいえば、エコな家の方がひと回り程小さいかも知れない。
 しかし小さいとはいっても、エコな家特有の問題は絶対に解決されなければならない。
 ところがエコな家の抱える問題は、意外な程に強力な壁となって、エコな家調査チームの前に立ちはだかることとなっていた。

 まず、完全に予想を外してしまったリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、エコな家に住み着いている肥やしの精霊ミスター・ドンキーという存在に、四苦八苦させられていた。
 当初リリは、地熱によってバイオマス用のガスが過剰発生して漏れ出している、と予想していたのだが、事実は全く異なっていた。
 単純にミスター・ドンキーがエコな家の中に住み着いて、糞尿の悪臭を振り撒いていただけの話である。
「ハーウ! ディッ! ホーゥ!」
 意味不明な挨拶口上と共に、陽気な笑顔でリリ達の前に現れたミスター・ドンキー。
 当然ながらリリは、面食らってしまった。
「ちょ、ちょっと待つのだ! リリが聞いていた話では、地熱温度の高熱が、肥溜めシステムから漏れ出る異臭を家屋内に充満させているという筈だったのだが!?」
「悪臭だって? 僕にとっては爽やかなアンモニアの香りだよ!」
 聞くだけ無駄だったかも知れない。肥やしの精霊には、この臭いこそがアロマのようなものなのだ。
 しかし、全くの嘘だったという訳でもなさそうであった。というのも、このミスター・ドンキー自身が肥溜めシステムそのものであるらしいからだ。
「ねぇリリ! あのミスター・ドンキーを追い出さないと、この悪臭はどうにもならないんじゃない!?」
 ユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)が、鼻先を指でつまみながら叫ぶ。普通に鼻から呼吸していると、凄まじい嘔吐感が襲ってきて、もうにっちもさっちもいかないのだ。
 ユノの指摘は尤もそうにも聞こえるのだが、しかしここでリリは残念そうにかぶりを振った。
「駄目なのだ……ドンキー氏が去ってしまえば、肥溜めシステムそのものが失われる。それでは、ここがエコな家たる所以を失うことになってしまうのだ」
「えぇ〜、そんな〜」
 残念そうに鼻声を搾り出すユノだが、流石に、本来の性情である猪突猛進さを発揮する訳にはいかない。ここで突っ込んでしまうと、折角の美しい黄薔薇が茶色い肥え薔薇に早変わりしてしまうだろう。
 だがとにかく、ここは一旦退いて、別の手を考える必要がありそうであった。
「た、退却するのだ! 何だかメタンガスが充満して、視界が黄色く見えて仕方が無いのだ!」
「ちょ、ちょっと! あたしの薔薇は、もともと黄色いんだからね!」
 かくして、リリとユノは慌てに慌てて、エコの家を飛び出さざるを得なくなった。

 実はこのエコな家、他にも厄介な住人が存在した。
 その、もうひとりの厄介な住人と遭遇してしまったのは、エコな家の改修を試みようとしていた杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)のふたりであった。
 柚と三月が改修しようとしていたのは、エコな家の冷房システムであった。
 当初は雅羅を誘って改修作業に乗り出す筈だったが、雅羅が先に風通しの良い家に足を運んでしまった為、仕方無く柚と三月のふたりだけで、先に作業に着手したのであるが――。
「きゃ〜! ちょ、ちょっと待ってください〜! 私達、そんなつもりじゃ〜!」
「だ、駄目だ、柚! あのひと、目がいっちゃってる! とてもこちらの話を聞いてくれそうにないよ!」
 柚と三月はとにかく、必死になってエコな家の周囲で逃げ回っていた。
 ふたりを追い回しているのは、幽霊みたいに真っ青な顔つきと、死人のように白濁とした眼球が酷く印象的な女性アザラクさんであった。
 後で知ったことだが、このアザラクさんはエコの精霊であるらしいのだが、同時に極度の冷え性で、しかも現在クーラー病の真っ最中だったとか。
 そんなアザラクさんが、地熱による高温で屋内が蒸し風呂状態となっているエコな家を大層気に入り、住み着いてしまっていたのだという。
 そこへ、エコな家の屋内温度を下げるべく、色々案を練りだして改修作業に入ろうとしていた柚と三月に、アザラクさんは激怒したらしい。
 しかしそれにしても、アザラクさんの追跡は、その見た目が酷く怖い。
 何故か四つん這いになりながら柚と三月を追い回しているのだが、映像を早送りでもしているのかと錯覚する程に、彼女の四つん這いは超高速であった。
 加えて、長い黒髪を地面に引きずるようにして垂らしており、もうそれだけで、泣く子が更にギャン泣きしそうな怖さを醸し出していたのである。
 本人は極度の冷え性らしいが、周りの者は彼女を見ただけで背筋が凍えてしまうことだろう。
 当然、柚もそのあまりの恐ろしげな風貌に、涙目になってしまっていた。
「だ、だからぁ! 誤解ですってばぁ〜!」
 柚の弁明など、恐らくは全く届いていないだろう。逆にアザラクさんはといえば、
「ギ……イィィィィィィアァァァァイィィィィィ……」
 と、背筋がぞっとするような、耳障りな唸り声を搾り出しながら、尚も柚と三月を追い回している。三月は両手で耳を塞いだが、それでもエコ精霊パワーは鼓膜を刺激し続けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! な、何だかすっげぇ呪われてる気分!」
 三月のこの悲鳴を聞き届けてくれる者は、今のところ現れてはいない。

     * * *

 そうかと思えば、この癖の強い灼熱と異臭の家屋を、ビジネスに利用しようと考える者も居る。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、エコな家での直接的な行動ではなく、バキア集落の中央広場で、集落のひとびと相手に、あるビジネスプランを披露していた。
 それは――。
「さぁさぁ、ひとつ聞いていってよお立会い! この園芸王子のエースさんが、皆さんに素晴らしい肥料サービスについて存分に語っちゃうよぉ!」
 曰く、エコな家が所蔵する強力な肥溜めシステムを、バキア集落全体に開放する、というのである。
 過酷な荒れ地の過疎集落で人材派遣会社がやっていくには、そもそものニーズから作り出さなければならないというのがエースの発想であるが、更にそこから発展して、痩せた土地が多いシャンバラ大荒野近隣では、肥料の需要は相当に高い筈であった。
 そこでエースは思いついた。良質の肥料を無料で配布するサービスを始めれば、今後のビジネスに大きな発展が見られる筈である、と。
「なるほど……面白い発想だね。ここで顧客を確保すれば、ネオ氏による事業拡大が上手くいき、社長殿の覚えも良くなるというもの」
 メシエも、エースのアイデアには基本的に賛成であった。
 彼は、今回の異動は左遷と考えるよりも、議事録の失態を返上するチャンスであると捉え、積極的に事業拡大を目指してみるのは吉である、という発想を抱いていた。
 そういう意味では、エースの肥料サービスプランは非常に魅力的であり、ネオの名誉挽回にはうってつけだと判断したのである。
 ところが、ここで思わぬ妨害が入った。
「ふっふふふ……貴様ら、ネオに与する者どもか」
 エースの説明講演会に群がる集落民を押し退けて、ガチハンティーがその巨躯をのっそりと割り込ませてきたのである。
 かねてより、ガチハンティーの噂を耳にしていたエースとメシエは、露骨な程に警戒心を浮かべ、ふたり揃って身構えた。
 だが、そんなエースとメシエの真剣な表情を嘲笑うガチハンティー。どうやらこの自称格闘家は、少しでもネオに味方する者であれば、叩き潰さねば気が治まらないという性分であるようだった。
「現れたなガチハンティー! 君が妨害しようとしても無駄だ! 俺達のプランは完璧だからな!」
「然様……果たして、私達のプランを突き崩す論理武装が、そう簡単に見つかるものですかな?」
 ところが、ガチハンティーは腹の底から響くような低い笑いを、殷々と響かせた。エースとメシエは、依然として緊張した面持ちである。
 ガチハンティーは、そのいかつい口元を大きく歪ませ、嘲るような笑いを浮かべた。
「貴様ら、根本的な問題を失念しておるようだな……もしネオが、エコな家なる物件を選ばなかった場合は、どうするつもりだ!? あの家にネオが居住しない限りは、肥溜めシステムには手出しひとつ出来んのだぞ!」
 さすがにこの時ばかりは、エースもメシエも、あっと驚きの声をあげるしか無かった。
 確かにガチハンティーのいう通り、ここで幾らエコな家の有用性を説いてみたところで、肝心のネオがエコな家を選択しなければ、エースのプランは全て白紙に戻ってしまう。というのも、現状、エコな家の住人はミスター・ドンキーとアザラクさんだが、この両者が肥料無料提供に応ずるかどうかについては、まだ何も分かっていないからだ。
 エースは悔しそうに、ぎりりと唇を噛み締めた。対するガチハンティーは、勝ち誇った表情でせせら笑う。
「頭でっかちになり過ぎたな! その詰めの甘さは例えるならば、うんこ食ってる時にカレーの話をするようなものだ!」
 相変わらず意味不明なたとえ話を持ち出してくるガチハンティー。そして更に悦に浸るかの如く、狐樹廊から強奪したひげめがねを自らの顔面に装着し、天に向けて大きな高笑いを響かせる。
 これに対し、エースは腹の底から情熱の限りを込めて、盛大に叫んだ。
「おい、勝手に決めつけてくれるな! 俺は、スカトロ趣味じゃない!」
「……突っ込むのは、そこですか」
 エースのガチハンティーへの突っ込みに、メシエが呆れ果てた様子で更に冷淡な突っ込みを浴びせた。