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【六 脱サラリーマン・ネオ】

 実のところ、他の場所でも違う戦いが続いていた。
 公衆便所前での、ガチハンティーvsその他諸々の面々である。
「ひとつだけ教えてよね……あなたと店長さんの眼鏡には、一体どんな因果関係があるの!?」
 両方の鼻の穴に鼻血止めの栓を突っ込んだまま、ルカルカが鼻声で叫ぶ。
 美少女が両方の鼻の穴に詰め物をしているという図も中々壮観だが、鼻から息が出来ない為に変な鼻声になってしまっているのは、もっと貴重な図であるといって良い。
 エースやメシエのもとで冷やかしをしていた筈のガチハンティーだが、まるで何事も無かったかのように公衆便所前に戻ってきて戦いの続きをやっているというのは、どうかしてるぜ。
 それはともかく、ガチハンティーはルカルカの問いかけに、ふふんと鼻を鳴らした。
「因果関係だと? 笑止……深い理由などない。俺が奴の眼鏡を欲するのは、美味い料理を食するが如くだ」
 要するに、ひととして自然の理だ、とガチハンティーはいうのである。
 こりゃ駄目だ、とルカルカの隣でルカが内心、やれやれと溜息をついている。もうまともな話が通用する相手でないことは、そろそろ理解出来ていた。
 ガチハンティーが、眼鏡強奪の欲求を自然の理だといい切るのなら、変熊の挑戦もまた、自然の理といって良いのではなかろうか。
「ど、どうだ……褌が駄目ならブーメランパンツだ! これなら、モザイク不要の規格ばっちり対策だ!」
 実はここまで行殺どころか、ろくな描写も無く、ことごとく出番が省略され続けてきた変熊だったのだが、それでも尚、必死に頑張ってガチハンティーとどこかでひっそりと戦い続けてきたのである。
 涙無くしては語れない、全裸の努力であった。
 いや、全裸は余計か。

     * * *

 その間も、雷華の計画は着々と進行している。
「あぁー! それ、わたくしのヅラ!」
「ゴム材が足りないのよ! 後で返すから!」
 雷華が魅華星のヅラを強奪して、エコな家に駆けていってしまった。
 魅華星がネオの頭に張りつけようと用意し、結局出番がなくなってしまったヅラが、まさかこのような形で有効利用されることになろうとは。
 しかし、ヅラを巡って争うふたりの美少女というのは、余りにもシュール過ぎる。

 一方でリューグナーは、断熱材が足りないということで、啓に無理矢理、着ぐるみの一部を剥ぎ取られてしまうという憂き目に遭っていた。
「だぁぁ! ちょっと、やめてよ! それ、ボクの着ぐるみ!」
「コントラクターが固いこというな! 今度新しいのを買ってやるから!」
 良い年した大人が、九歳の男児から着ぐるみを奪うという図は、如何なものであろう。
 それにしても、リューグナーも踏んだり蹴ったりである。雅羅とはろくに接触も取れず、挙句の果てに着ぐるみまで持っていかれるとは。
 余談だが、踏んだり蹴ったりというのは、表現として誤ってはいないか。
 主体は受身なのだから、踏んだり蹴ったりではなく、踏まれたり蹴られたりというのが正しくないか。
 と、九歳のリューグナーが思ったとか、思わなかったとか。

 ともあれ、雷華の立てた計画に、調査チームのほとんどが積極的に協力してくれたお陰で、シェケナ爺ィのくしゃみ豪風をエコな家に流し込む改造は、半日程度で完了した。
 相手がシェケナであると知って、後輩のアザラクさんは文句もいえず、そのままエコな家の涼化に賛同せざるを得なかったという。
 同じくミスター・ドンキーも、折角のアンモニア臭やら糞尿臭がことごとく吹き飛ばされ、幾分不満げではあったが、シェケナに逆らう訳にもいかず、大人しく改造を受け入れたらしい。

 こうして無事に、ネオの引越し先がエコな家に確定し、エースとメシエが立てた肥料サービスも実現する運びとなった。
 喜ばしい限りである。
 ところが、最後の最後で、意外な結末が待っていた。

     * * *

 後日、蒼空学園校長室。
 校長山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、渋面を浮かべたまま、手にした報告書に視線を落としている。報告書提出者の雅羅と夢悠は、幾分居心地が悪そうに、執務デスクの前で直立不動の姿勢を取っていた。
「社会人実地訓練コースの修了、ご苦労さんでした、といいたいところなんだが……何で、その報告書が漫画なんだ?」
 山葉校長が手にしているのは、週刊少年シャンバラ夏の増刊号である。
 雅羅と夢悠は、互いに変な表情を浮かべて、顔を見合わせる以外に無かった。
 この週刊少年シャンバラ夏の増刊号に特別掲載されているのが、脱サラして漫画家デビューを果たしたネオの処女作『プロジェクトQX・契約者たち』だったのである。
 ネオに漫画家転身を勧めたのは、おなもみであった。
 同じく週刊少年シャンバラに漫画を掲載中のおなもみにしてみれば、ネオの四コマ漫画の力量が捨て難く、今回の引越しの一件を漫画に描かせたのだという。
 それが『プロジェクトQX・契約者たち』なのだが、この作品が週刊少年シャンバラ編集部の目に留まり、あまりに見事な出来映えだった為、そのままネオは漫画家デビューすることになったのだという。
 この『プロジェクトQX・契約者たち』を読めば、ことの顛末に関わった全員の行動が詳細に記されており、雅羅と夢悠の報告書も、この作品によって兼ねることが出来る、という訳であった。
 しばらく誌面上に視線を落としていた山葉校長だったが、不意に執務デスク脇に山積みされている黄色いジャケットの束に、あからさまに嫌そうな顔を向けた。
 それら黄色いジャケットの山は、リカインが腹いせに送りつけてきたものであった。
 当初、リカインの意図がまるで分からなかった山葉校長だが、『プロジェクトQX・契約者たち』を読んで、ようやくその意味が理解出来たらしい。
「これ、どうすんだよ……俺にゲッツ・ストリーム・アタックをやれってか?」
 真剣に呟く山葉校長だったが、その様が余程可笑しかったのか、雅羅と夢悠は思わず、ぶほっと変な声で噴き出してしまった。

     * * *

 ところで、余談であるが。
「師匠……すんませんでした、師匠」
「もう、エエねやっ」
 桔夜はまだ、サニーさんの家に出入りしているらしい。渾身のボケをサニーさんに否定されるのが、桔夜としては心底悔しいらしい。
 アシュリーは相変わらずその辺でぐぅぐぅ寝ているのだが、ここまでくると、もう桔夜も意地である。
 何が何でも、サニーさんに馬鹿笑いさせてやろうと、必死になっていた。