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リアクション
【五 解決への道】
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、いささか焦っていた。彼が会いたいと願っているラインキルドが、一向に見つからないのである。
当初は、人口の少ないバキア集落だから、聞き込みでもしていればそのうち見つかるだろうと踏んでいたザカコだが、いざこうして捜索してみると、足取りは何となく掴めるのだが、いざラインキルドに迫ろうとすると、何故かいつもニアミスの連続で、全く会えないのである。
(おかしいですね……それなりに立場のあるひとですから、普通に捕まえられそうな気もするのですが)
内心何度も小首を捻りながら、ザカコは繰り返し、ラインキルドの行方について聞き込み調査を続けていたのだが、ひとつ、思わぬ障害が彼の前に立ちはだかろうとしていた。
ラインキルドのフルネームが、ザカコにとっては非常に発音しづらいという問題が浮上してきたのだ。
最初は何とか『ラインキルド・フォン・リニエトゥトェンシィ』とゆっくり発音して、何とか正確な名前を聞き込み相手に伝えていたのであるが、そのうち焦ってきてしまい、
「ラインキルド・フォン・リニエトゥチェンシィ」
「ラインキルド・フォン・リネェトチェンシー」
「ラインキルド・盆・リネンとチェルシー」
「裸体チルド・オン・利便とセクシー」
などと、後になればなる程、もう全然違う人名になってしまっていた。
流石にこれは拙いと考えたザカコは、再度手元のメモをじっと凝視し、ひたすら頭の中でラインキルドのフルネームを暗唱した。
すると、人間頑張ってみるものである。
集落の大通りで、鬼のような形相を浮かべながら暗唱を続けていたザカコの前に、ラインキルドがひょっこり姿を現したではないか。
「おや、あなたは確か……ザコビッチさん?」
思いっ切り名前を間違えられたザカコだが、ともかくバキアの支店がこれが初なのか、或いはラインキルドのフルネームの発音難易度や、ラインキルドにひとの心があるのかなども聞いてみようとしたのだが、これ以上は行数が許さない。
そう、相手はラインキルドなのだ。
行殺完了。
* * *
ザカコ惨敗の様子を、風通しの良い家の屋根の上から眺めていたセレスティアだったが、彼女の手の中にある風見鶏は、シェケナの鼻水でべとべとになっており、このままではとても役に立ちそうにはなかった。
最初は家の中に設置する方針だったのだが、風力計もろとも、くしゃみの嵐に巻き込まれ、鼻水と唾液にまみれてしまい、見ているだけでも悲惨であった為、仕方無く、屋外に設置しようと考えていたのである。
するとそこに、梯子を登ってくる人物の姿がある。
須藤 雷華(すとう・らいか)であった。
彼女のすぐ後に、同じく北久慈 啓(きたくじ・けい)が続く。
「おや、君達は……確か、エコな家の方に向かってたんじゃなかった?」
理沙が出窓の向こう側からひょっこり顔を出して問いかけると、雷華が神妙な面持ちで、はすむかいのエコな家を顎でしゃくりながら、曰く。
「色々調べてたんだけどさ、どうにも上手くいかなくってね……で、ふとこっちの家を見た時、ちょっとしたアイデアが浮かんだのよ」
「へぇ……一体、どんな?」
理沙が興味深そうに、上体を乗り出してくる。
実のところ、理沙とセレスティアは別棟案を最後の手段として考えていたのだが、本棟があまりにも立派な建物である為、遊牧民の可動式ゲル風住居のような簡易家屋を設置するのは、見た目的にもショボ過ぎて、どうにも手をつけかねていたのである。
だが、ここで他にもっと良いアイデアがあるというのなら、それに便乗しても良い――ぶっちゃけ、もうそういうところまで追い詰められていたのである。
「俺から説明しよう」
啓が、手にした図面を広げながら説明を開始する。
簡単にいってしまえば、風通しの良い家とエコな家の欠点をそれぞれ結合させて、互いの問題を相殺する、というのが雷華の立案だった。
「シェケナさんのくしゃみから生じる風力を、エコな家の中に流し込むのよ。鼻水、唾液、風邪のウィルスはフィルターをかけて浄化し、風力だけを送り込めば、地熱による高温とミスター・ドンキーの放つ異臭をいっぺんに吹き飛ばしてくれるんじゃないかな、なんて思って」
啓の説明が終わったところで、雷華が改めて立案の内容を解説すると、理沙とセレスティアは感心したように何度も頷いていた。
すると、そこへ――。
「それ、採用!」
いきなり親方姿のセレンフィリティが屋根の反対側の傾斜面から、物凄い勢いで駆け上がってきて、啓が広げている図面をビシっと指差した。
正直なところ、セレンフィリティはセレアナから作業上の数々の指摘を受けまくり、そろそろ辟易し始めていたのである。そこへ雷華が画期的なアイデアを持ち込んできたものだから、ここぞとばかりに逃げの一手に入ろうとしていたのだ。
「もう良い加減、くしゃみに吹っ飛ばされながら金槌振り回すの、飽きてきたんだよねぇ」
「……セレン、適当な仕事を他人のせいにしてはいけないわ」
セレアナの容赦無い突っ込みに引きつった笑いを浮かべつつも、セレンフィリティは雷華のアイデアを皆に伝えるべく、大急ぎで梯子を降りていった。
一方、雷華の新しいアイデアを伝えられたリリ、ユノ、柚、三月ら改修組の面々は、特に断る理由も無い為、風通しの良い家からの豪風伝導経路の作成作業に取り掛かった。
「こちらの配管はリリ達に任せるのだ。ちびっこナースとそのお供君は、風通しの家側の改造に向かってくれ給え」
「は〜い、了解しましたぁ!」
リリの指示で、柚と三月はエコな家の敷地から飛び出し、通りを挟んではすむかいに建つ風通しの良い家へと走り去っていく。
尚、この時アザラクさんが柚と三月に追いすがろうとしたのだが、柚達とすれ違う形でエコな家に向かってきたレティシアが、アザラクさんと対峙する格好となった。
「申し訳ないんですけどぉ〜、アザラクさんには少ぉしの間ぁ、じっとしてて貰いますわね〜」
にっこり笑いながら得物を構えるレティシア。
流石に柚達とは違い、戦闘能力ではアザラクに引けを取らない。
するとその時。
「あー! 私も混ぜてー!」
シェケナ相手に自慢の蹴り足を披露することも叶わず、ひとり悶々としていた美羽が、アザラクと対峙するレティシアの姿を見つけて、酷く嬉しそうに走り込んできた。
エコな家には戦う相手が居ないと思い込んでいた美羽だったが、こうして戦闘意欲を発散させてくれる相手が出現したのだから、便乗しない手は無い。
ところが、そこへ。
「いやいやちょっと待ってください。そのひとも精霊なら、話し合いで解決出来るんじゃないですか?」
ここでも和輝が、アニスとスノーを従えて口を挟んできた。どうやら彼には、精霊との対話に賭ける執念のような気合が、密かに宿っているらしい。
その気力の根本が何であるのか、アニスとスノーにはよく分からないのだが、とにかく和輝が頑張る以上は、サポートしない訳にはいかない。
だが、相手は怒り狂っている冷え性患者である。上手く交渉出来るかどうか。
「和輝には悪いけど、あちらさんが交渉に応じずに戦う姿勢を見せたら、容赦無くいくからね」
「えぇ、分かってますよ」
スノーの釘刺しに対して一応そのように答えた和輝だが、結局スノーのいう通りになった。つまり、アザラクさんは全く聞く耳を持とうとせず、いきなり襲いかかって来たのである。
「んもう! だから無理なんだってば!」
「ここはひとつ、激しい運動で体を温めてもらいましょうかね〜」
美羽とレティシアがスノーと共に、アザラクさんとの戦いに身を投じる。アザラクさんは飛んだり跳ねたり四つん這いになったりと、色々仕掛けてきたものの、相手が悪かった。
幾ら不気味な容貌であっても、美羽とレティシアの戦闘力を相手にしては、余りにも分が悪過ぎるというものである。
そんな戦いの様子を、少し離れたところでラインキルドが呑気に茶を飲みながら眺めている。
奇特にも、そんなラインキルドと一緒にお茶したい可憐とアリスは、その傍らで名前をいい間違って口の中を噛みまくっているザカコの奇声を優雅に聞き流しつつ、ラインキルドとのお茶を楽しんでいた。
行殺完了。
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