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≪スプリングカラー・オニオン≫と魔法学校の編入試験

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≪スプリングカラー・オニオン≫と魔法学校の編入試験

リアクション



=====act3.≪スプリングカラー・オニオン≫収穫=====


「遠足ですか?」

 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の話を聞いて、ポミエラは収穫していた手をとめた。

「そう、遠足っていうのはね。
 クラスや学年の皆で遠出する日帰り旅行なんだ。
 普段行かない珍しい場所で皆が協力して勉強したり遊んだり、そういうことをしてると『仲間だーっ』て感じられるんだよ」

 手を大きく広げて語る夢悠。
 ポミエラは目を輝かせながら聞いていた。

「とっても楽しそうですわ。
 皆さんで珍しい場所に行って、勉強したり、遊んだり……ドラゴン巣とかも行ったのですか?」
「いや、さすがにそれはないけど……あるかもしれないね?」

 それって楽しいのかと思いながらも、夢悠は苦笑いを浮かべて答えていた。
 ポミエラにとってドラゴンのイメージは、怖い生き物ではなくぬいぐるみだった。

「二人ともこっち向いて!」

 想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)の声に、ポミエラと夢悠に振り返る。
 すると、フラッシュがたかれ、一瞬視界が真っ白に染まった。

「写真ですの?」

 戻っていく視界にカメラを持った瑠兎子が映る。

「そう、記念にポミエラの写真をとっておこうと思ってね」
「なぜ強調したし……」

 夢悠が瞬きを繰り返しながらぼやく。
 しかし、瑠兎子は鼻を鳴らしながら、暫し上機嫌で無視した。
 ポミエラと仲直りできたことが、本当に嬉しかったようだ。

「まぁまぁ、いいじゃないの。
 それより、後二枚どうする?」
「え、二枚って写真のこと? もう、撮れないの?」
「違うわよ。夢悠がポミエラちゃんと一緒に映っていいのは、後二枚だけってことよ」

 人差し指を立てて、ウインクしてみせる瑠兎子。
 夢悠は目を見開いてパチパチさせていた。

「なっ、なにそれ!? 何でオレそんなに少ないの!?」
「それはポミエラちゃんに悪い虫が付かないようにでしょ♪」
「それ、瑠兎姉が言うこと……?」

 瑠兎子に文句をいう夢悠。

「ふふ……」

 すると、ポミエラはいきなり笑いを漏らし、慌てて口を押えた。

「ごめんなさい。でも、やはりお二人は仲がよろしいのですわね」

 二人の様子を見ながら、ポミエラは自分も兄弟が欲しかったなと思った。

「ポミエラ、ちょっと来てくれるか」

 すると、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が声をかけてくる。
 ポミエラは立ち上がると、歩き出したダリルを追いかけた。
 ダリルは畑の脇に置かれた白いテーブルの前で立ち止まる。
 傍にはルカルカ・ルー(るかるか・るー)の姿もあった。

「なんでしょうか?」
「ああ……」

 ポミエラが不思議そうにしていると、ダリルがテーブルの上に紙の束を置いた。

「こ、この大量の紙の束はなんですの?」
「これは学会誌やネットで検索して集めた、≪スプリングカラー・オニオン≫についての論文とかだな。レポートの参考にでもしてくれ」

 ポミエラは恐る恐る紙の束を捲った。
 ビッチリと並べられた文字。難しい言葉。
 何度か読み返してみたが、専門知識のないポミエラの頭は混乱するばかりだった。

「うぅ〜。見ても全然わかりませんわ」
「そこに書いてあるは、あくまで『原因の可能性』だ。
 結局は『未だに解明されていない』ということだそうだ」
「ありゃ、それって骨折り損?」
「どうだろうな……」

 ルカルカの言葉に、ダリルはふっと鼻を鳴らした。
 そして、ダリルはポミエラの瞳を見つめる。
 
「いいかポミエラ。
 勉学というのは教わるつもりなら無為となり、学ぶ姿勢で臨めば果実を生むんだ」
「え、え? 「むい」に「かじつ」ですの?」
「……硬すぎ」

 ポミエラはダリルの言葉を必死に脳内で繰り返そうとした。
 だが、突然ことで部分的にしか記憶しておらず、ダリルが伝えたいことを理解できなかった。
 ルカルカは額に手を当てて、首を横に振った。

「もうっ、ダリルが難しい言い方するから、ポミエラにちっとも伝わってないじゃない」
「ん、そうか。……悪かったな」

 ダリルは腕を組み、何が悪かったのだろうと首を傾げていた。  
 仕方ないので、ルカルカはしゃがみ込むと、代わりに説明した。

「えっと、ダリルが言いたかったのは、入学したら無駄に過ごしちゃだめだってことなの。
 勉強は習うより、自分で学ぼうとする意志が大切だって」
「なるほど……」
「それでここからはルカの言葉なんだけど、学校というのは友達と一緒に色々頑張るのが楽しいの。
 だから、ポミエラもたくさん友達を作って、楽しく勉強して欲しいな♪」

 ルカルカは楽しそうに笑っていた。
 するとポミエラは頬を赤く染め、左右の指を絡ませながら恥ずかしげに尋ねる。

「あの、わたくしにお友達をたくさん作れるでしょうか?」
「ポミ―なら、じゃなかった」
「ポミーでいいですよ」
「じゃあ、ポミーならきっと大丈夫だよ」

 ルカルカはポミエラの頭を優しく撫でた。
 ポミエラは恥ずかしげにしながらも、嬉しそうだった。
 その様子を見ていたダリルは、不意にルカルカの視線を感じた。
 ルカルカは無言でダリルを睨みつけ、時折顎でポミエラを示していた。
 ダリルはそれが何を示しているのかわからなかった。

「もうっ!」

 黙って見守っていたダリルは、いきなりルカルカに足を踏まれた。

「――っぅ」
「ゴホン! ダリルもポミーなら大丈夫だと思うよね?」
「あ、ああ。ポミエラなら大丈夫だろう」

 痛みに引き攣った笑いを浮かべながらも、ダリルはようやくルカルカの意図を理解した。

「ありがとうございます」

 ポミエラは嬉しそうに笑っていた。
 そこへ、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がやってくる。

「みんな、楽しそうね」
「ん、リリアか。どうかしたのか?」
「ダリルにお願いがあってきたの」
「俺にか?」

 ダリルはテーブルに片手を付きながら聞き返した。
 するとリリアは、背中に隠していた収穫したばかりの≪スプリングカラー・オニオン≫を見せてきた。

「実はね。このタマネギちゃんが、ダリルみたいな男の子に調理して欲しいって、言っているのよ」
「……は? なんだそれは?」
 
 リリアの言葉を聞いたダリルは、唖然としていた。
 ダリルは冗談か何かかと思ったが、リリアの表情は至って真剣だった。

「何、聞かれてもこの子がそう言ってるんだから仕方ないわよ。
 ちゃんとスキルで聞いたんだから」

 状況の理解に苦しむダリルは、唸り声をあげていた。
 その時、ルカルカが呟く。

「オニオンスープ、いいなぁ……」
「ルカ?」

 ダリルが振り返ると、ルカルカがぼんやりと虚空を見つめていた。
 口元からジュルルと、涎をこらえる音が聞こえてきそうである。
 ルカルカは瞳を輝かせて、ポミエラを見つめる。

「ポミーも食べたいよね、オニオンスープ!!」
「え、オニオンスープですか? あの、わたくしは――」
「春は心がウキウキするよね!
 だったら、≪スプリングカラー・オニオン≫で作ったオニオンスープもウキウキした味になるんだと思うの!」
「ウキウキ味……」

 目を閉じて想像するポミエラ。
 次に瞼を開けた時には、ルカルカと同じように瞳に大量の星を宿していた。

「ダリルは頼んだら、いつも作ってくれるよね?」
「うっ」
  
 煌く星を宿した四つの瞳が、ダリルを見つめる。

「この玉葱でも作ってくれるよねー?」
「いえ、俺は――」

 否定しようしたダリルの腕を、リリアとポミエラが捕まえてくる。

「玉ねぎちゃんのために作ってくれるよねー?」
「ねーですわ?」

 期待に満ちた瞳が六つに増えていた。
 詰め寄ってくる少女達に、ダリルの顎を大量の汗が流れる。
 そして――

「……わ、わかった。作ればいいんだろう」

 ダリルは諦めた。
 少女達から解放されたダリルは、どっと深いため息を吐いていた。


「それにしても間に合って本当によかったわ」

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、土から緑の葉を出す≪スプリングカラー・オニオン≫を見つめていた。
 それらは以前、セレンフィリティが手伝いに来たときに植えたものだった。
 すでに周囲は収穫され、茶色い土がむき出しになっていたが、何故かここだけは綺麗に残されていた。

「そうね。男爵もセレンが植えたことをちゃんと覚えててくれたみたい。
 ……と、いうよりこれのおかげかしら?」

 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が土に突き刺さった木製の看板を指さした。
 そこには油性マジックで『セレン』と書かれていた。

「さてと、どんな感じかなぁ……」

 セレンフィリティは鼻歌まじりにしゃがみ込むと、軍手をはめた手で土をかきだし始めた。
 ≪スプリングカラー・オニオン≫の緑色の葉を握りながら、セレアナは不思議そうにセレンフィリティを見つめていた。

「何やっているの、セレン?」
「う〜ん。せっかく植えたんだし、綺麗に取りたいじゃない?」

 セレンフィリティは見えてきたピンク色を指でなぞると、息を吹きかけていた。
 セレアナがくすりと笑う。
 
「まるで、化石を発掘しているみたいね。
 ブラシとか持ってくる?」
「お願い! 後、綺麗な水とタオルも!」
「はいはい」

 道具を取りに立ち上がるセレアナ。

「後少しだから待っててね……」

 振り返ると、セレンフィリティは地面に寝そべりながら語りかけていた。


 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)は収穫した≪スプリングカラー・オニオン≫を、いくつか纏めてビニールテープで縛った。

「朝斗、終わりました」
「ん、早いね。
 じゃあ、終わったのはそこの箱に入れておいて、次のをお願い」
「わかりました」
 
 アイビスは指示された通り、≪スプリングカラー・オニオン≫を箱に入れていく。
 その横では榊 朝斗(さかき・あさと)が、手に持った≪スプリングカラー・オニオン≫を好奇の目で見つめていた。

「それにしても、本当に春色なんだね。
 なんだか、玉葱のイメージが変わりそうだ」
「……そうですね」

 アイビスは手を止めて、掴んだ≪スプリングカラー・オニオン≫をじっと見つめていた。
 まるで心ここにあらずといった様子のアイビス。

「どうかした?」

 朝斗に尋ねられたアイビスは答えるべきか、逡巡していた。

「別に言いたくないならそれでいいけど……」
「い、いいえ。そういうわけではありません。
 ただ……以前親子丼を作った時のことを思い出していました」
「ああ、≪黄金の玉ねぎ≫か」
「そうです」

 アイビスの表情がずんと暗くなる。

 それは朝斗達が親子丼を作る依頼を受けた時のことだった。
 良質な食材を手に入れるためにこの村の野菜をいただいた際、玉ねぎ男爵から≪黄金の玉ねぎ≫を貰い受けた。
 だが、いざ調理しようとすると、≪黄金の玉ねぎ≫に顔が浮かびだし、いきなりアイビスに求婚を迫ったのだった。

「玉葱……玉葱が……」
「ちょ、アイビス!?」
「はっ!?」

 朝斗に手を掴まれ、正気に戻るアイビス。
 思い出しているうちに浮かび上がってきた負の感情で、アイビスは思わず≪スプリングカラー・オニオン≫を握りつぶそうとしていた。
 指の間を汗と共に溢れ出した汁が流れた。

「すいませんでした」
「うん。……まぁ、うまく料理すれば、まだ食べれそうだから大丈夫だよ」

 朝斗は苦笑いを浮かべながら、歪んでしまった玉ねぎをビニールで包んだ。

「ここにある玉葱は黄金のやつみたいにしゃべったりしないよ。安心して」
「……はい」

 アイビスは反省しつつ、首を振って気持ちを切り替えることにした。
 作業に戻ろうとした時、アイビスはルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の姿がないことに気づいた。

「先ほどまで作業していたルシェンの姿が見えませんが、どこに行ったのでしょう?」
「ああ、なんか玉ねぎ男爵に挨拶してくるとか言ってたよ」
「玉ねぎ男爵……」

 口にした瞬間、何やら悪寒が走った。 

「……なんでしょう。すごく嫌な予感がします」

 ルシャンと玉ねぎ男爵。
 アイビスは不安を抱えながらも、作業に戻ることにした。


「始めまして、グラルダよ」
「あ、えっと、ポミエラ・ヴェスティンですわ」

 収穫作業に集中していたポミエラは、目の前で収穫していたグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)に気づかなかった。

「事が上手く運べば、アンタの先輩になるわ」

 グラルダの鋭い目に、入学前に上級生に目を付けられたと思ったポミエラ。
 助けを求めようとキョロキョロする。
 すると、グラルダはそっと手を伸ばしてきた。

「大丈夫。ただの挨拶よ」

 淡々と述べるグラルダ。
 ポミエラは勘違いだったのかと、胸を撫で下ろした。
 土まみらな手を伸ばすポミエラ。すると、グラルダが伸ばしていた手を握って拳を作った。
 いきなり握手を中断されてポミエラが戸惑っていると、グラルダが握った拳を向けて真似をするように指示してきた。
 訳が分からず作ったポミエラの拳に、グラルダの拳が触れる。

「こういった挨拶もあるのよ」
「そ、そうなんですの!?」
 
 ポミエラは驚きつつも、知らなかったことが恥ずかしかった。
 学校には他にどんな礼儀作法があるのだろうと、心配になってきた。

「ね、賭けをしない?」
「賭けですか?」
「ええ。アンタが無事に試験をパスしたら、アタシが学食でランチを一回奢る。アンタが落ちたら、その逆」

 ポミエラがムッとした表情をする。
 賭けの内容から、グラルダが「ポミエラは受からない」と言っているように思えたのだ。

「わたくしは絶対に落ちませんわ」
「そうだといいわね」

 ポミエラは立ち上がって強く畑の土を踏みつけると、グラルダを見下した。

「皆さんと協力してたくさん収穫しますわ。
 レポートだってちゃんと完成させますわ」


 グラルダは悪戯そうな笑みを浮かべて、ポミエラを見つめ返してた。
 その表情からは何を考えているか読み取れなかった。

「わたくし、他の方の手伝いをしなくてはいけませんので、失礼しますわ」

 ポミエラは収穫した≪スプリングカラー・オニオン≫を入れた籠を担ぐと、プンスカしながら立ち去った。
 

 シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)はグラルダとポミエラのやり取りを、離れた場所で窺っていた。

「残念ながら賭けは貴女の負けのようです、グラルダ」

 シィシャにはグラルダの意図が読み取れた。
 賭けの顛末を想像して、自然と笑みがこぼれた。

「……貴女の予想通りに」

 生徒達の収穫は順調に進んでいた。