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 第四章


「何か欲しい物ある? 買ってあげるよ」
「刃物、買ってちょうだい」

 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)の言葉にノヴァ・ルージュ(のうぁ・るーじゅ)が即答する。
 え? と思ったが、普段からサバイバルナイフを常備しているノヴァなので、紅鵡は深く考えないことにした。
 案内図を見ながらそれらしい店を探す。
 たどり着いた店には刃の付くものが大量に置いてあった。
 普通の包丁や出刃包丁、サバイバルナイフにブラックニンジャソード。様々な刃物が並べてある。
 二人がそれらを興味深く眺めていると、紅鵡の足元に一匹の猫がやってきた。
 紅鵡はにっこり笑って撫でようとするが、猫は分身が見えるほどの素早さで回避する。

「……あれ? すばっしっこい、なっなめられてる!」

 猫パンチを食らいながらも猫に触れない紅鵡が諦めて床に座り込んだ。

「まいった、キミのフットワークには降参だよ」

 紅鵡の宣言に勝ち誇った猫は、次の標的とばかりにノヴァへ飛び掛かる。
 瞬間、鋭い音と共に血しぶきが舞った。
 ノヴァに切られた猫がぽとりと床に落ちる。

「た、大変だ! この辺りに動物病院は!? さっきの案内図で!」

 慌てて負傷した猫を抱きかかえた紅鵡が、叫びながら店を飛び出ていく。
 幸い猫は一命を取り留めたが、この後ノヴァは何度も何度も叱られるのであった。

 ◇

 少し照れくさそうに歩くベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の横を、いつもの様にほんわかとした表情でフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が並んでいる。
 ベルクの提案で、二人は空京にあるショッピングモールを訪れていた。

「マスター、今日は良い買い物ができると良いですね」
「あ、ああ、そうだな」

 賑わいを見せる中央通りを眺めながら楽しそうなフレンディスに、ベルクは反射的に相づちを打つ。
 上手くフレンディスだけを誘えたことに安堵しつつも、二人だけという状況にベルクは緊張していた。
 毎回どういう訳か、二人の間に何かしらの邪魔が入っている気がする。
 そんな状況が続いたため、いざゆったりとした雰囲気の中でベルクは戸惑っていた。

(こういうときは、そうだまずは買い物から……)

「えぇと、先程から側に子供の幽霊さんがいらっしゃるのですが、マスターいつ呼び出ししたので?」

 普段と変わらぬフレンディスに言われて意識を取り戻したベルクは、二人の間に子どもの影があることに気付く。
 半分透けている姿は幽霊の男の子だった。

「これはどういうこった? 俺は呼び出した覚えはねぇからな!?」
「そうでしたか。どこの幽霊さんでしょう」

 フレンディスは微笑みながら幽霊の男の子を撫でている。
 またか、と落胆したベルクだが、その光景を眺めながら、

(将来こうしてフレイと一緒に子供の面倒を……)

 と、思ってしまうのだった。

 ◇

「せっかくのゴールデンウィークなんだしさ」

 新装オープンしたショップの前で、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は力説していた。
 黙って話を聞いていたアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は、桂輔が息継ぎをしたタイミングを見計らって移動しようとする。

「ちょ、待って!」

 腕を取って引き留める桂輔に、アルマは小さなため息をつく。

「だから何度も言ってるではありませんか。別に現状で服に困っているわけではありません。ならばもっと生活に役立つ物を買った方が良いと思います」

 アルマは無表情にそう言うと、今度は逆に桂輔の手を引っ張り始めた。
 そこへ、不意打ちの様に砂煙をあげた猫の大群が通り過ぎる。
 狙われたんじゃないかと思うぐらい綺麗に巻き込まれた二人は、気が付くと床に座り込んだまま、去っていく猫たちをぽかーんと眺めていた。

「身体への損害無し、衣服への被害も軽微です。さあ、行きましょう」
「そうは言っても汚れてるじゃないか。いい機会だしやっぱり服を買おう。それに……」

(アルマも女の子なんだし、少しはお洒落したほうがいいと思うんだよね)

 と心の中で付け加える。
 先ほどと同じように断るアルマだったが、諦めずに説得する桂輔へ次第に折れていった。

「但し、あんまり派手な服とか持ってきても着ませんからね。そこは気を付けてくださいね」

 ◇

 久々のショッピングモールを満喫したロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は、カフェテリアで休憩していた。
 飲み物を片手に、朝から回ってきたショップの話題に花を咲かせている。

『しくしく……しくしく……』

 テーブルの下から小さな声が聞こえてきた。
 ロレンツォが覗き込むと、そこには半透明の男の子がうずくまっている。
 顔に手を当てて、どうやら泣いているらしい。

「あれ、迷子かな? 君、おとうさんか、おかあさんは?」

 ロレンツォが心配そうに尋ねると、男の子は泣いたまま別の席を指差した。
 そこには談笑しているカップルが向い合せに座っており、幽霊の指はまっすぐ男性の方を向いている。

『あれ……おとうさん。おかあさんと、ボクを捨てた……おかあさん、泣いてばかり……』

 驚くロレンツォとアリアンナに、男の子はさらに泣き声を上げてこう続ける。

『フリン、キライ……おとうさんを、家に帰して……』

 その言葉が火をつけたのか、アリアンナが眉間にしわを寄せて立ち上がった。

「待ってください!」
「……止めないで。とりあえず説教してみるわ。それでも直らないようなら……」
「いや、私も一緒にいきます」

 二人がそろって男の前に立つと、突然後ろから笑い声が聞こえてきた。

『うっそだよー、騙されたなキャハハ』

 そう言い残すと、幽霊の男の子は笑いながら消えていった。
 しばらく呆然とするロレンツォとアリアンナ。
 気を取り直した二人は怪訝そうにこちらを見ている男性に謝ると、すぐさまカフェテリアから逃げ出した。

「なんか酷い目にあったわね」
「でも良かったです」
「え?」
「あの話が嘘で良かったです。もし本当だったとしたら、あの子がどんなに苦しんだことか……」

 ロレンツォの言葉に、そうね、と微笑むアリアンナだった。