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楽しい休日の奇妙な一時

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楽しい休日の奇妙な一時

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 ショッピングモールの広い休憩所は、吹き抜けの広場に等間隔の木々が植えられ、それに合わせてベンチが設置されていた。
 空間にはゆったりとした音楽が流れ、微かな鳥のさえずりまで聞こえてくる。

「お父さんとお母さんはご一緒じゃないのですか……?」

 数あるベンチの一つで、男の子と視線を合わせるように片膝をついた白雪 椿(しらゆき・つばき)が心配そうに尋ねる。
 絶望に満ちた様子で首を横に振る子どもを前に、椿は困った顔でネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)を見た。
 しかし、彼も同様に困った表情を浮かべている。

「迷子……ですか……」

 椿の後ろへ隠れるようにしながら様子を見ていた白雪 牡丹(しらゆき・ぼたん)が、小さい声でつぶやく。
 その声に泣きだしそうになった男の子だが、小さな手をぎゅっと握り寸前で堪える。

「あう……お父さんとお母さん……きっと心配してます……」
「そうね……ほら、もう大丈夫。一緒に探しましょうね」

 牡丹が震えるその手を優しく握る。
 その様子に、ネオスフィアもしぶしぶと同意した。彼も極度の方向音痴で、迷子が他人事とは思えなかったのだ。

「ほら手を貸せっ、また迷子になったのではかなわないからな」

 ネオスフィアが男の子の手を握ると、反対側では椿が牡丹の手を取った。
 手と手で四人が繋がる。

「ふふ、みんなで一緒に探しましょうね」

 椿の声に、四人は広大なショッピングモールへ歩き出した。

 ◇


 お腹から響く音がすれ違う人に聞こえないだろうか。
 そんなことを考えながら、げっそりとした顔の矢雷 風翔(やらい・ふしょう)はショッピングモールの入り口に来ていた。
 隣では平然とした様子で小野寺 裕香(おのでら・ゆうか)が歩いている。
 裕香の作ろうとしていた料理が、風翔はおろかキッチンにまで壊滅的な傷跡を残し、外食をする羽目になったのだ。

(まあ、ショッピングモールなら飯を食った後で洗剤とかの買い物もできるし、丁度いいだろう)

 帰ってからのキッチンの後片付けを想像して、風翔はため息をついた。
 そんな風翔の様子に裕香はハテナマークを出しながら後をついていく。
 飲食店の並ぶ区画へ近づくと香ばしい匂いが漂ってくる。
 しかし風翔は、それを吹き飛ばすぐらいの嫌な気配を感じていた。

「妙な悪寒が……」

 げんなりとした表情で風翔がつぶやいた瞬間、悪寒の現況が目の前に現れた。
 くりくりとした瞳が輝きを放つように可愛い、しかし中年の男性である。
 ウィンクしながら周囲にハートマークをまき散らしているが、右手に蝋燭、左手には鞭を持ったボンテージ姿だった。

「や……っぱりい〜〜〜〜」

 くねくねとしなをつくりながら迫る変態に、風翔は全速力で逃げ出していた。
 一人取り残された裕香が慌てて後を追う。

「もう! なんでまたトラブルに巻き込まれるんですかー!」

 ◇


「フラン、見つかった?」
「んー……こっちは全然。まいったわね……」

 混雑したショッピングモールの中で、オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)フランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)は視線を床に貼り付けたまま歩いていた。

「確かこのへんで落としたと思うんだけど……」

 二人が探しているのは、オデットがいつも身に着けているアンクレットだった。
 高価なものではないが、パラミタに来るときに記念に買ったものなのでそれなりに愛着がある。

「ごめんね、フラン。せっかくの休日だったのに」
「あら、そんなこと気にしなくていいのよ〜。後で笑い話になるんだから、たまにはこんな日もいいわ♪」

 オデットの頭をぽんぽんと撫でながらフランソワがにっこりと笑う。
 その時。
 二人は、何かが足元を素早く通り過ぎた気配を感じた。
 気配のした方を見ると、柱の影から猫がこちらを振り返ってじっと見ている。

「あっ!」

 驚いたオデットが声を上げる。
 毛のふわふわした猫の首に、探していたアンクレットがひっかかっていたのだ。

「あらら……随分と可愛い泥棒さんね」

 フランソワが、苦笑しながら少しずつ猫に近付いていく。
 猫は耳をぴんと立て、様子を伺っているようだった。

「フラン、何か気を引くものを出してみるのはどう?」
「そうね、じゃあ……」

 オデットの提案にフランソワはポケットを探り、いつも持ち歩いているキャンディを取り出す。

「猫さん。お願いだから、それ返してくれないかしら。代わりにこれをあげるわ」

 手のひらの上でキャンディをころころと転がしてみせると、猫は興味を引かれたように目を見開いた。