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襲撃の『脱走スライム』

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襲撃の『脱走スライム』

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盗人



 避難所での聴き込みを終えてリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は増々と首を捻った。
「こ、考古学者の先生は人払いがお好きみたいです」
 手がかりになればと、逃げてきた村人に事情を伺うも、男一人暮らしでは大変だろうと手伝いの申し出も断られた、村の会議にも顔を出さない、そもそも二ヶ月前に越してきたというのに挨拶も満足にしていないと、聞けば聞くだけ不満ばかりが噴出していて、それらしい発言が見当たらない。
 マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は気落ちしないでと彼女の肩を軽く叩く。
「あ、でも最近それっぽい人間がお家を訪ねて来てたっていってたよ」
「顔を覚えてないとい、言っていました」
 せっかくの情報も怪しい出で立ちだったからこそ関わり合いたくないが為に記憶していなかっと言われてしまえばそれまでだった。
 人間関係の構築に難が有るらしい。そう言えば打ち合わせ時の態度もあまり良くなかった。
「村人のみんなも怪しそうな人はいなかったしねえ。にしてもなんで盗みになんて入ったんだろう。スライム見てる限りじゃ価値あるものにも見えないし……その核ってのが宝石かなんかってならわかるんだよね」
 貧しさから思い余ってなどの、魔が差した犯行で挙動不審になっているような人物もいなかった。
「と、とりあえず犯人探しは続行するのです」
「あー、ねえねえ、村人に聞き回ってるのって貴女たちの事?」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の二人が声をかけてきた。
「情報を交換しましょう。私達も盗人達を探してるの」
「達? ひ、ひとりではないのですか?」
「あ、いや、仮定の話よ。仮定の。気持ちの問題ね」
「で、ではこちらからもあまりご提供できるも、ものがありません」
 尻すぼみに言葉をなくしていくリースに、聴き込みからの収穫を望めなかったさゆみは私も同じだからと彼女に肩を竦めてみせた。
 そんな彼女らの傍らを騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は全速で避難所近くの目立たぬ一角を目指し駆け抜けていった。
 超感覚を纏ったきつい形相の詩穂の様子に、明らかにスライム目当てではないことを感じ取ったリースとさゆみは互いに顔を合わすとどちらともなく頷き合い、それぞれパートナーの名前を呼んで後を追いかけるために地面を蹴り上げる。
 パニックを起こし話し合いの最中ですら手放さなかった保護容器の蓋を考古学者の手から貰い受け、サイコメトリと超感覚で浮き彫りになった特徴を記憶術にて忘れないようにした詩穂は正直顔を隠さず押し入った盗人に感謝していた。
 そして何食わぬ顔で村人になりすまし、しかし村人に不審がられないように立ちまわる狡賢さに怒りを募らせてもいた。
 詩穂に追いついたさゆみは彼女の眼差しを辿った先で三人の男を発見した。
「こら、あんたたち! これだけの騒ぎを起こしたんだからきっちり落とし前付けてもらうわよ!」
 そしてその男たちがこちらに気づき顔色を変えたのを契機にさゆみは叫び、同時に軽身功と先の先ふたつのスキルを発動させて自身に加速を促すと、三人の内一番手前の男の懐に文字通り飛び込んだ。
 先手を打ったパートナーにアデリーヌは空かさずイナンナの加護をこの場に居る契約者全員を対象に含め、展開した。次いで自身には歴戦の防御術を重ねる。
 いち早く逃げ出そうとした男に詩穂はワイヤークローを繰り出した。剛神力の名に相応しい威力と速度で男の足に絡みそのまま地面に引きずり倒す。強かに肩を地面に強打しながら、それでも逃げようとした男に反対の方角から騒ぎに気づき駆けつけたのは、スライム対策に火炎瓶を片手に持つ湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)だった。忍は逃がすかとばかりに男の前に立ちはだかろうとしたが、それよりも先行した影が在った。
「カカカ、あたいの色気にあてられたが最期でござるのよ!!」
 自信満々声高々に地面に這いずる男に急接近したロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)はバットを持たない手でその顔面に婚姻届を叩きつけたのだった。
「クァーーーッカッカッカ、あとはおぬしの個人情報を聞き出し、書き込むだけで婚姻成立でござるよ! なに長い人生、一度くらいはあたいと結婚するのも良いでござろ?」
 目の下を悪どく染めて囁くロビーナにただならぬものを感じたのか男の顔は既に蒼白になっている。その真隣りにさゆみの等活地獄を全身で受け気絶した男が転がってきた。
「すみません。お願いします」
 詩穂は手慣れた手つきで二人の男を拘束すると残る一人を追いかける為、忍にその場を託し再び超感覚を身に纏い走りだす。
 託されてしまった忍は手にしている火炎瓶をスタンガンに持ち変えると興奮しているロビーナを落ち着かせて、婚姻をせがまれている方の男の前に片膝を落とした。
「やぁ」
 と、手始めに軽く声をかけてみる。
「荒事はマジ苦手なんだわ、ほんと。だからさ、素直に吐いてくれるといいんだけど、なんてか、一応聞きたいわけよ。 ……スライムを狙うのは金のため?」
 わざわざ前置きを敷いた忍の口ぶりに男はこれは高度な交渉術かと警戒しきつく唇を噛み締める。
 その態度に忍は眉間に皺を寄せた。
「金、じゃないな?」
 これは物取りが捕まった時の反応ではない。拷問すら受けて立とうとの意志を見取り、忍は勿論リースもさゆみも示し合わせたように発言を控えた。
 説法も脅迫も沈黙を通すだろう予想と、例え喋らせることに成功しても言質の取り合いになるだろう予感に誰もが言葉選びに慎重になり自然と口は閉ざされていく。



 スライムは自ら触らなければ全くの無害。非難した村人がそれぞれ自宅の状態を心配して胸を痛めている中、自らの身の危険を感じて村から逃げ出しそうと全速で駆け抜ける姿はどうみても不自然であり、怪しすぎた。
 侵入者探しに集中している葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の目には、その姿は自ら侵入者は私ですと名乗り上げているのも同然であった。
 迅速に動き出した吹雪にコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)は遅れること無く追随する。
 火炎放射器の射程範囲を調節し、逃げることに必死になっている男を死角より追い立て、残されているスライム側へと追い詰めることに成功した。
「上手い事紛れ込んでいたでありますな。打ち合わせが終わった時にすれ違ったのを覚えています」
 さて、尋問の時間だと、見下す瞳の色も冷たく吹雪は一歩男に近づいた。
 左右は射程の長い火炎放射器、正面に容赦を知らぬ目をした吹雪。背後は注意深く避けていたスライム。否、生態も解明されていない生物と断言してもいいのかすら疑わしい未確認軟体生物。
「窒息と火葬のだちらがいいでありますか?」
 状況が飲み込めたらしい男に吹雪は問いかける。
「これ」
 と、横からコルセアが目だけで吹雪を指し示す。
「よくやりすぎるから素直に話したほうがいいわよ?」
 決して、脅しではない。脅しではないから、問いかけるのだ。
 どちらが良いかと、選択肢を与え答えを聞こうとするのだ。せめてもの慈悲にと好きな方を選ばせるために。
 四方を囲まれ窮地に立たされた男はそれでも、それでも沈黙したままだった。
 あくまで黙秘するのかと吹雪はパンドラソードを持つ手に万力を宿す。
 最後の一人を探す詩穂の耳にやりすぎだと吹雪を止めるコルセアの声が届いた。