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襲撃の『脱走スライム』

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襲撃の『脱走スライム』

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救出



 鉛色の空に竜が泳ぐ。
 低空で滑空するルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)の竜に相乗りするルカルカ・ルー(るかるか・るー)は眼下に広がる光景に辟易とした。
 避難所がある東側から、スライムの発生場所がある西側へと移動してきたが、現場は東の比ではなかった。
 ほとんどがスライムに埋没し、まるで海である。建物という建物がスライムの重さに耐え切れず軋んで、接着の弱い場所は既に崩壊していた。
「なんて酷い」
「ルカ」
「うん」
 ぎりぎりに難を逃れ無事に残っている屋根の上に取り残された村人を発見したルカルカは、片手を挙げ左右に大きく揺り動かした。
「大丈夫ですかー」
「今助けますー」
 アコがルカルカの言葉を引き継ぎ、魔法詠唱を始める。
 他に救助者がいないか周囲を見渡したルカルカはスライムに足を取られ身動きできない男を見つけた。駄目元でやってみるかと同じく魔法詠唱に集中する。
「「空飛ぶ魔法↑↑」」
 同時に唱えられた魔法効力に対象者である村人たちが空に浮いた。
 スライムの海に足を突っ込んでいた男もスライム一体を足につけたまま難なく浮き上がった。浮かばないのではとの考えが自分の杞憂であったことにルカルカは安堵しながら、このスライムの海が、四方三十センチ程度のサイズのスライムが寄り合わさっているだけで融合してないことを知った。
 あんなにもネバつくスライムはしかし互いに統合することなく、簡単にバラける。
 その性質は何を意味するのだろうか。ルカルカは直ぐさま知り得た情報を皆に流し空から見える範囲に救護を求める人間が居ないのを確かめて、ロッソ・カネーノを構えた。
「これより脱走スライムの駆除を始めます」
 アコに村人の移動をお願いしたルカルカは教導団員の眼差しも冷たく高らかに宣言した。
「さぁ、ルカと”踊って”くれるかな?」



 東エリアから西エリアに跨ぐ中間地点で、今まさにナメクジに塩作戦を決行させた大岡 永谷(おおおか・とと)は塩が入っている袋を小脇に抱えた形で、小さく「縮ま、ない?」と、疑問の声を上げていた。
「縮まない、ですね」
 体の下半分をスライムに囚われている女性もまた呟いた。
「水で増えるって聞いたからナメクジみたいなのを想像して来たんだが、どう見てもカエルの面に水だぜ」
 そして、スライムの表面にまぶされた塩が溶ける気配も無かった。粘度があると聞いていたが、とてもそうには見えず、触りたい衝動に狩られる。
「あの、引っ張ってもらってもいいですか?」
 遠慮がちに請われ、永谷はハッとした。女性があまりに冷静だったもので失念していたが、状況は緊急を要している。雲行きは増々と怪しくなって来ていて、こんな会話をしている時間も惜しいのだ。
「失礼」
 相手が婦人ということもあり、扱いはとても丁寧に永谷は彼女の体をスライムの山から引き抜いた。
 つるん、とあっけなく大根の様に引き抜かれた女性に、想像とは違った感触に永谷は軽く拍子抜けた。
「剥がれ、やすいのか?」
 女性の足に五体のスライムがべっとりと張り付いているものの、スライム同士は接着しないらしい。
 二次被害を恐れて塩と同じく持参してきたタオルを上手く使って女性からスライムを引き剥がしにかかる。
「気持ち悪いだろうがすぐに終わらせるんで、もう少し我慢して欲しい」
 女性の身でこの感触は嫌悪を与えるだろうが、スライムの増殖の恐れがあり水等が使えず、我慢を強いることを詫びた。その永谷の背後で、少々離れた場所から屋根に取り残された村人が優しく空に浮き上がり安全な場所を求めて飛行していった。



 ルカルカ、永谷の連絡を受けて、スライムに捕まった村人は人力でも簡単に助けられることを知らされたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は俄然やる気になった。
 直接の接触は控えるのが良いと聞いていて、スライムの山や壁を相手に対処を苦慮していたが、実態が知れるにつれて余裕と意欲が湧いてくる。
「他に困っている人はいないかなぁ?」
 エースの隣でリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は呟き、周囲に注意を巡らせた。
「観察するほどに全く生物に見えません。水を吸って増えるなんて、古い王国の考は斜め上で想像も難しい。土嚢、でしょうか。いえ、違いますね――」
 スライムの正体が気になるのかメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は口元に手を添えて首を捻った。どこかで聞いたことがあるような、記憶に妙に引っかかるも思い出せない。
 と、エースとメシエが同時に互いを見た。リリアがぱちぱちと目を瞬く。
「あらあらどうしたのん?」
「子供の泣き声がする」
 静かに、と唇に人差し指を立てられて、エースに促されるままリリアも聞き耳を立てた。
「確かに子供が居るな」
 合流してきた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が同じく泣き声を聞き止めて靴底で地面を擦り上げる。
「早く助けだしてやろうぜ」
「建物の中からじゃの。だが、スライムが多すぎるのう」
 道と家を丸々飲み込んでいるスライムの塊を見上げ、苦言を呈する草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)になんだ弱音かと甚五郎は自分のパートナーを煽った。
「気合が足りないなぁ! 気合がぁ! 例え山でも、これだけ頭数揃ってんだ、出来ないことはない」
 考えても拉致があかない。考えている時間も惜しい。ならば実力行使の一点突破を狙うのも一興と甚五郎は吠えた。
 火力不足などとは言わせない迫力の目配せを受けてエースもまた甚五郎に頷いてみせた。メシエが広範囲魔法の円陣を描く。
「一つの水玉みたいなもんじゃろう? 一気に炙って中身が沸騰とかせんのか?」
「私がフォローします」
 羽純の疑問にリリアが名乗りを上げた。幻獣の加護とファイアプロテクトの二重防御の印を組んで、泣き声が聞こえる建物を対象に術を展開させる。
 人命第一に、消失の時限まで待てない上、聞こえてくる泣き声が明らかに幼い少女のものと判ればエースは早く安心させたくて気が逸る。
「一気に行くぜ!」
 甚五郎の獅子吼を合図に四人の契約者による強大な火属性攻撃に大気すら沸かさんばかりの豪快な火柱が上がった。