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リアクション
二重、三重にと張られた防御ラインを次々と突破していったバァルたちは、ついに視界に城門を捉えることに成功した。
だが開けた城門前の街路には、やはり魔族兵の一群が隊列を整えて待ち受けている。槍を構え、剣を抜いた精鋭たち。その後ろには魔弾を放つ魔族兵が立っている。その数およそ30。
対する東カナン勢は、だれもが満身創痍だった。傷を負っていない者は1人としていない。息をあえがせ、血のまじった汗をぬぐう。
それでも――それでも、彼らはあきらめなかった。
上空で、門で、街路で、今も戦っている仲間のためにも。後に続く者たちを信じて、彼らのための道を作る。
「ここはやっぱり、俺の出番かねぇ」
つぶやいたのは、バルバトスに魂を奪われた代償に強化された再生力で真っ先に回復を果たした月谷 要(つきたに・かなめ)だった。
スプレッドカーネイジを構え、城門前の街路へと走り出る。接近する彼に気付いたとたん放たれた無数の魔弾を避けつつ銃で応戦しているうち、要は自分が1人でないことに気付いた。
霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が追いつき、彼と併走することで魔弾の攻撃を二分している。
「悠美香ちゃん、危ないよ?」
「危ないのは要も同じでしょ。まったく、相変わらず無茶ばっかりして。不死身だからって傷を負わないわけでも、痛みを感じないわけでもないのに。
あなたの無茶にいつもいつも付き合えるのって、私くらいのものよ?」
そう言い置いて、悠美香は走る速度を速めた。要がカーネイジを連射し、魔弾を放つ魔族へけん制をかけるうちに悠美香が距離を詰める。クラースナヤと白漆太刀「月光」、逆手に持った二刀をふるうたび、光の剣線がまるでテールランプのごとくうす闇の中を走った。
そう間を置かず、武器をレーザーマインゴーシュに持ち替えた要が彼女の死角をつくようにして横合いから突き出された槍を蹴り砕き、袈裟懸けに斬り伏せる。
「悠美香ちゃん、さっきの話だけど」
「え?」
「俺、まだまだ死ぬ気ないから。安心して」
話す間も、2人の剣をふるう手が動きを止めることはない。
上段から振り下ろされた剣を二刀で受け、すり流し、相手が剣を引き戻す暇もなく胴を割る。たっぷりとそれだけの間を置いて、ぽつっと悠美香はつぶやいた。
「信用できないわ。アガデでのことがあるもの」
「――うっ」
それを言われると弱かった。あのときも死ぬ気はなかったが、結果的に要は死の瀬戸際まで追い込まれた。魂を奪われることで生きながらえることができたけれど、それは要の努力による結果ではなく、単に運が良かっただけにすぎない。
どうしたら信じてもらえるだろう? ぐるぐると頭の中で考えを巡らせていた要を、不意に悠美香が振り返った。
「だから、約束して? これがすんだら……地上へ戻ったら、一緒にクリスマスを過ごすって。そうしたら、信じてあげるから」
冗談まじりの軽い言葉でほほ笑む悠美香。けれど、目じりにかすかに涙がにじんでいるのを見て、要は今さらながら彼女の中に自分が残した傷の深さを思い知った。
「悠美香ちゃん……」
そのとき、踏み出した要の足元すれすれに上空から魔弾が撃ち込まれた。
「くそっ!」
たたらを踏み、バランスを崩しながらも奈落の鉄鎖を放つ。1人はそれで引きずり下ろせたが、魔族兵は2人だった。残った1人が要に向けて槍を投擲しようとする。
「させっかよ!!」
いつの間に距離を詰めていたのか。地上の魔族兵の背を足場に、七刀 切(しちとう・きり)が跳躍した。すれ違いざま、抜刀術で敵を切り裂く。
だが着地した瞬間、彼はがくりとその場に膝を折った。
「切!」
「切くん!」
「……へーきへーき。古傷に響いただけだって。
それよりホラ」
心配して駆け寄った2人に、切は後方を指し示す。そこには、魔鎧黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)のリカバリで回復したバァルたちと一緒に、合流を果たしたセテカたち塔攻略部隊の姿があった。
「すまない。そして、ありがとう」
3人の脇を抜け、バァルたちが分断した中央を塔攻略部隊が駆け抜ける。
城門を抜ければ、あとは前庭を駆け抜けるだけだ。しかしここが最後の砦とばかりに舞い降りてくる魔族兵が行く手をふさぐ。侵入されまいと、彼らも必死なのだ。そんな敵魔族兵に対抗し、塔攻略部隊をできる限り無傷で突入させるため、切や要たちも参戦して彼らへの攻撃を防ぐ盾となり、剣となって、前方で密集隊形を組んだ魔族兵を散らす。
「皆さん、離れてください!」
やがて、詠唱を終えた御凪 真人(みなぎ・まこと)が、禁じられた言葉で底上げされた天のいかづちを見るからに重厚な扉へ向けて放つ。耳をつんざく凄まじいまでの大音響と破裂音が続けざまに起き、衝撃波の風が吹き荒れたのち、ついに城内へと続く突破口は開かれた。
セテカを先頭に塔攻略部隊が中へ侵入を果たす。
これでバァルたちは塔攻略部隊の道を切り開くという1つの任務を終えた。しかしそれは、新たな任務へと移行したにすぎなかった。今度は彼らが塔を攻略し、バルバトスを討つまでこの場を死守しなくてはならない。そしてこの場を離れられない分、難度は上昇していた。
知らず知らずのうち、城の破壊された入口を背に扇状となって武器を構える彼らの前、上空に、地上に、魔族兵が続々と集まり始める。
「みんな、頑張って! じきに鋼鉄の獅子隊が追いついてくるわ!」
ルカルカが剣を掲げ、声の限りにクライ・ハヴォックを放つ。そして率先して彼らの先頭に立ち、一番密集した魔族兵の一群に飛び込むやいなや強烈なスタンクラッシュをたたき込んだ。
「やあああああーーっ!!」
そのまま、敵が体勢を整える間を置かずアナイアレーションを発動させる。まるで重量というものを感じさせない敏捷さで彼女が剣を振るたび、風が巻き起こった。敵兵は皆等しく、剣先がわずかにかすめただけでさながら旋風に翻弄されたかのごとく天高く舞い上がり、地にたたきつけられる。
何より見る者を驚かせたのは、彼女がそれをただ振り回しているのではなく、剣技として操っていることだった。
外見だけを見ればかわいい少女が身の丈ほどもある大剣を自在に操り、眼前の敵を苛烈に捌いている。その驚異に、敵味方を問わずだれもが目を奪われた。
それはバァルとて例外ではない。彼女が戦士として戦う姿はこれまでにも目にする機会があったが、それでも今回は群を抜いている。
劣勢にあって、仲間を護りたいという意識がそうさせるのか……まさに100人の兵を得たに等しい。
「ルカルカに続け!!」
彼女の奮闘を見て勇気と力を得た者たちが、わっと前方敵魔族兵に突貫していく。
各々の戦いが繰り広げられる中、バァルは魔族兵を倒したあとしゃがみ込んだまま立とうとしない七刀 切(しちとう・きり)を見つけて走り寄った。
「切、どうした! 傷を負ったのか!?」
「だい……じょうぶ。ちょっと、休んでた、だけ……」
なんでもないとにこにこ笑って見せていたが、その顔は血の気を失って青白く、額には脂汗がにじんでいる。
「痛みで動けなかったくせに」
音穏がひと言で切の努力を無にした。
「大丈夫だって。ちょっとばかり、差し込んだだけ……だから」
できる限り軽口を装った言葉。しかし腹部にあてた手ははずさない。
「ばかを言うな。ロンウェルでは内臓破裂で即死していておかしくない傷を負っていたんだぞ。リジェネレーションだけでそんなすぐに治るものか」
その言葉に、バァルがはっと息を呑んだ。
「切、もういい。セテカたちは突入した。少し休め。すぐほかの者たちも追いついてくる」
「バァルこそ……セテカと行け、ば? アガデを、あんなにした魔神が……待ってんじゃね?」
バァルは首を振った。そして切がうつむいたまま、見えていないことに気付いて言葉を添える。
「いや、わたしはここに残る。ずっとともに戦ってきたおまえたちがここで戦うというのなら、わたしの戦う場もここ以外ない」
「バァル……」
顔を上げた切を思いやるよう、手に手を重ねた。
「切。シャンバラ人の初めての友。シャンバラと敵対していたにもかかわらず、わたしを信じ、味方でいてくれた……あの大荒野での出会いから、わたしたちはともに戦ってきた戦友だ。そうだろう?」
カナンだとかシャンバラだとか。領主だとか、関係なく。わたしたちは「友」だった。ずっと。
「……へ、へへっ……」
切は照れ隠しのように笑い、そして大太刀・我刃を地に立てた。ぐっと力を込め、立ち上がる。
「休憩終わり! まだまだ、いけんぜぇ!」
今度こそ、絶対にバァルを守るんだ。まだ半分しか終わってないってのに、こんな所で、倒れるわけにはいかんなぁ!!
「切」
「それに、さ」
まだ心配げに自分を見ているバァルを見下ろして、ニカッと笑う。
「こーんな戦いなんざさっさと終わらせて、やりたいこともあるしなぁ」
「そーそー。あの拡大プリントしまくった写真、バラまかないとねぇ」
彼らへの攻撃を防いで戦っていた月谷 要(つきたに・かなめ)が同意する。
「な、に……?」
「バァル。傷を負って、気絶したまま淵くんに運ばれて帰ってくるのを「無事に」とは言わないんだぜ?」
やれやれと首を振り、素っ気なく肩をすくめるしぐさがかなりわざとらしい。
「そーそー」
「バァルがグーグー寝てる間、こっちは徹夜でプリントしまくってたんだからな。いやあ早くあの写真、東カナンへばらまきに行きたいなぁ」
HA・HA・HA。
「おまっ……おまえたち!!」
「バァル、おちつけ。ザナドゥでは機械はまともに動かないからプリントはできていないはずだ……多分」
ダリルが羽交い絞めているうち、要と切はきゃーっと声をあげ、その場から走り去る。
「おまえたちのような者を戦友とは言わない!! 悪友だ!!」
バァルの絶叫が戦場にこだました。