校長室
リアクション
「うにゃにゃ〜っ! ど、どんどん大暴れするようになってきたよ〜!」 愛しき日々は 僕らを導くと信じてる この歌に込められた想いは 永遠だから 僕は歌い続けよう この愛しい日々を 歌は最後の歌詞を繋いでいく。 信じ合う絆を。幸せだった気持ちを。還るべき笑顔を。戻るべき場所の安心を。 (絶対に……絶対に取り戻せるはずです!) 輝は、瑠奈の背中とナナを見上げてそう信じた。 魔狼の暴走は過熱化して、動くたびに力の波動が衝撃波を生む。瑠奈の身体はそれに切り裂かれているが、いまは歌を止めるわけにはいかなかった。それが、瑠奈と自分の願いだから。 衝撃波は、仲間たちを守るために懸命に矢を放つアムドゥスキアスの身体も疲弊させていた。 そんな彼に、わずかながら魔狼の視線が動く。 まるで、一生懸命に手を伸ばしつつも、余計なものを排除する子どものように、その腕がアムドゥスキアスを狙って振りかぶられる。 「危ない!」 とっさに――フィーグムンドの影から飛び出したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、彼を抱いて横っ飛びに跳んだ。 間一髪で逃れることのできたアムドゥスキアスとローザマリア。 「良かった……ギリギリまで隠れていて正解でしたね」 一息をついて、ローザマリアがそう漏らした。 《狂血の黒影爪》の力によって影の中に潜んでいたのだ。むろん、今の彼女は変装してフィーグムンドの使い魔ロゼを名乗っている。アムドゥスキアスがそれに気づいているかどうかは定かでないが、彼は「ありがとう」と礼を言って、再び魔狼に対峙した。 「くそ…………早く、取り戻さないと……」 このままでは、ナナの心そのものが破壊衝動に飲み込まれて、完全な魔獣と化してしまうかもしれない。 「もう……ダメなのかな……?」 再び、弱気で、隠せない不安が表に出てきた。 だが、そんな彼に、フィーグムンドが言った。 「あきらめるな、アム」 「フィー……」 「忘れようと……忘れ果てようとしても、忘れられるものではない。魔族も人も、必ずどこかに抱えて生きているものがあるさ。あいつらは……それを分かって、戦っているんだ」 フィーグムンドたちが向けた視線の先――。 アムドゥスキアスとともに戦っていた神条 和麻(しんじょう・かずま)が、歌を背中に乗せて魔狼の前に立ちはだかった。 (カズ兄、お願いするのです。彼女を止めたいです) 魔鎧となって和麻の身体に身につけられるエリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)が、心の声でそう願いを唱えた。 魔狼の放つ衝撃波によって生まれた風にはためく、真紅のマフラー。エリスという魔鎧でもあるそれが、いまは彼女の心のざわめきを示しているようだった。 (ナナはエリスの大切な友達なのです……。だから、これ以上誰かを傷つけさせたくないのです!) 叫びが、心に響く。 「もちろんだ。絶対に傷つけさせやしない。誰も、そして、あいつ自身もな!」 エリスの声に応えて、和麻は跳んだ。 それに続いて、無限 大吾(むげん・だいご)も声を発した。 「ナナちゃん、こんな戦いもう止めるんだ! 友達同士が戦って何になると言うんだ!」 彼は、ナナの本来の姿を目にしたことはほとんどない。 それでも、パートナーの西表 アリカ(いりおもて・ありか)が友達と呼ぶ彼女を放っておこうという気にはならなかった。 戦わなければいけない時はある。だが、戦いと言うものが全部殺し合いという訳ではない。これは大吾にとって、友を救うための戦いだった。 地震と衝撃が戦場に広がるなかで、アリカは魔狼の身体に飛び乗った。魔狼の腕は彼女を振り落とそうと振り回されるが、もう片方の腕や、背中に飛び渡りつつ、彼女はナナに呼びかける。 「ナナちゃん、もう止めて! そんなことをしても、エンヘドゥさんは喜ばないよ!」 哀しき咆吼が、天を撃った。 それでも―― 「一緒に帰ろう! そして……皆で遊ぼう! 笑い合おうよ!」 アリカは呼びかけ続ける。 それに続いて、背中に飛び乗った和麻も、彼女の耳元に向けて呼びかけた。 「そうだナナ。一緒に帰るんだ。みんな、待ってるんだぞ!」 そう。 待っている。 前方で、衝撃波をその身に受けてくずおれそうになりながらも戦う杜守 三月(ともり・みつき)と、それに守られる杜守 柚(ともり・ゆず)。 「ナナちゃん、今はみんなを信じて! みんないる……モモちゃん、サクラちゃんも……アムくんも!」 思い出を胸に、柚が、 「大吾と、和麻さんと、柚ちゃんと、わたしと、みんなと! そして…………エンヘドゥさんとっ!」 願いを胸に、アリカが、叫んだ。 そして。 魔狼の瞳に――ナナの瞳に、涙が浮かび上がった。 それは頬を伝い、地に落ちて大粒の音を鳴らす。 「もう……お前が悩まなくていいんだ。エンヘドゥなら俺達の仲間が助けてくれる。バルバトスが襲ってきたら俺が守ってやる……。だから、もう…………誰かを傷つけなくていいんだ」 巨大なその身体に触れた和麻が、そう言って、鋭利な爪を伸ばした大きな手にそっと触れた。 やがて。 闇の獣の姿は、元の姿を取り戻す。 「エンヘちゃん…………エンヘちゃ…………」 周囲にあふれていた歌の魔力が光を発し、それに包まれるように、ナナは、元のあの幼い少女の姿へと戻ってきた。 「「ナナちゃん〜…………ナナちゃん〜!!」」 エンヘドゥの名前を呼び、泣き崩れる彼女を、モモとサクラが駆け寄って抱きしめた。そして、そんな幼い三人の姉妹を、柚と和麻が挟むように抱きしめた。 「ナナちゃん、もう……一人で苦しまなくていいんです。モモちゃん、サクラちゃん……わたしたちも、みんないます」 「オレたちが、ずっと一緒だ」 「ナナちゃん〜!! うううぅ……ナナちゃん〜」 ナナの無事を見て、ぐずぐずと泣きはらすアリカ。 「泣きすぎだ、アリカ」 大吾は、呆れるような微笑を浮かべてその頭にポンと手のひらを置いた。 「だがまあ…………本当に無事で良かった。俺も、心から嬉しいよ」 「…………」 「ん? …………初対面なのに助けてくれたのはなんでって顔してるな?」 大吾はそう言って、笑う。ナナは、涙をぬぐって、こくんとうなずいた。 「関係ないさ。アリカの友達は、俺の友達だ。だったら、俺は君を守る。それが、友というものだ」 大吾はまったく恥ずかしげもなく、まっすぐにナナを見つめてそう言い切った。 ……まあ、なかにはくさい台詞だなぁ、と思う者もいなくはなかったが、それが今は誇らしくもある。それに、それが大吾らしくもあり、彼の優しさと姿勢だ。 ナナも彼のその良さに、気恥ずかしくも嬉しそうに、ほほえみを返した。 「いろんな人と出会って知って触れて感じて、そして、少しずつ変わっていける…………魔族も人も、そんなに違わないかもしれないね」 ズタボロになった服と砂や土で汚れきった顔の三月は、座り込みながらそうつぶやく。視線は、柚たちと笑い合うナベリウス三姉妹を見ていた。 「そうかも」 それに応じるのは、アムドゥスキアスである。 彼の服もボロボロになっていて、戦闘の波動が強烈なものだったことを物語る。 「……ボクは、変わったかな?」 「たぶん、ね」 三月は笑いかけた。 「魔族は怖いものだって思ってたけど…………今は違うって、知ってるよ。そうして、僕たちも少しずつ変わっていくんだろうね。お互いを知ってさ」 「……そうだね。……きっと」 それは感じたことのない、晴れやかな心で。 きっと、誰かを救えたことに、自分のなにかが打ち震えているんだろうと、アムドゥスキアスは思った。 「センチメンタルなのはいいけど、そうものんびりしてられないよ。エンヘドゥの欠片の最後は、バルバトスが持ってるらしい」 と――士郎が、声を挟んできた。 「まったく、少しは空気を読んでよ〜……」 「ごめんごめん。七ッ音の《銃型HC》に情報が入ってきたから、慌てちゃってさ」 「ア、アムさん、ごめんなさい」 士郎の横にいた七ッ音が申し訳なさそうに頭を下げる。 「別に七ッ音が謝る必要はないって。ほら、全部、士郎くんのせいだから」 「…………ちょっと」 「――まあ、冗談はおいてといても、確かにすぐに向かわないといけないね」 アムドゥスキアスの瞳が鋭いものに変わった。。 その視線を向かう先は、バルバトスがいるであろうメイシュロットの居城のもっとも高き尖塔。 「決着をつけよう……バルバトス様」 最後の欠片を手に入れるために、アムドゥスキアスたちはバルバトスの元に向かった。 |
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