|
|
リアクション
●イルミンスール:校長室
「……以上の者が、魔族の協力を得る名目で個人の権限を超えて『地上に魔族の国を作る』約束を交わしています。
ザナドゥとの戦争が魔族の人間への不信に起因していることから、最初から履行不可能な約束を結んでは、それこそ過去の再現にしかなりません」
イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)を伴い、校長室でルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)と面会した宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、ザナドゥでの顛末を報告した上で、戦後処理について持論を展開する。
『建国の約束を『ある程度履行』するため、クリフォトが顕現した場所を『租借地』としてザナドゥに貸し与える』。租借地とは、『ある国が条約で一定期間、他国に貸し与えた土地のこと』を指す。租借期間中は、貸した国には潜在的な主権が存在するが、実質的な統治権は借りた国が持つ。立法・行政・司法権は借りた国に移る。今回の場合、『貸した国』はシャンバラ及びカナン、『借りた国』はザナドゥと当てはまるだろう。
(……シャンバラ、カナン両国はおそらく、ザナドゥの滅亡を望んでいないでしょう。出来ることなら対話と交流を望もうとするはず。
その橋渡し役の一端をイルミンスールが担えば、今回の戦争を引き起こした責任の償いになる。それに……)
頭の中で考えをまとめたルーレンが、先にアーデルハイトから聞いた話を加えた上で、自らの考えを口にする。
「アーデルハイト様によれば、今現在地上に顕現しているクリフォトは、今の魔王がその気になれば一瞬で消すことが出来るのだそうです。
戦争に勝つことが条件ではありますが、その際はクリフォトを消滅させた上で、イルミンスールを元の位置に戻すことを提案なされています。これはエリザベートさんも承諾していますし、わたくしも異論はございません。森を再生するためには世界樹の力が必要ですし、わたくしたちは森を再生する責務を負う必要があると考えています。
……そして、ここからはわたくし自身の意見なのですが、イルミンスールを臨む地にザンスカールを復興させ、そこをわたくしたちと魔族の共存する都市としようと考えているのです」
これは先に、イナテミスに魔族を受け入れる案が浮上していることを耳にしたことから生まれた。既に精霊と人間が共存している所に、魔族を加えるのは流石に軋轢が強すぎる。それよりは、破壊されたザンスカールを一から作り直す時に、ルーレンたちヴァルキリーと魔族(悪魔)とが共存する都市として作り変える方が、まだ軋轢が少ない。当然反発はあるだろうが、そこはザンスカール家の長である自分がまとめる。……ルーレンの中にはそういった考えが生まれていた。
「ここからは魔族の土地。ここからは地上人の土地。……たとえ最初はそうしなくてはならないのかもしれませんが、いつまでもそのままでは良くないとわたくしは思うのです。どこかに、地上の民と魔族は共存出来る、そのモデルを示す必要があるとわたくしは思うのです」
「そのモデルが、ザンスカールである、ということですか?」
イオテスの問いに、ルーレンが頷く。精霊との共存のモデル都市がイナテミスなら、魔族との共存のモデル都市がザンスカール、というわけだ。
●精霊指定都市イナテミス
「こちらになります。……くれぐれも、お気をつけて」
「無理言ってごめんね、ありがとう」
ここまで案内してくれた職員に礼を言って、五月葉 終夏(さつきば・おりが)はセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)と共に、さる人物の元へ向かう。
「……誰かと思えば、貴様か。何の用だ?」
その人物――エリザベートたちに敗れ、イナテミスの囚人収容施設に放り込まれた、アーサー――は終夏を見、決して友好的ではない態度で応対する。
「……あの時、アーサーさんが言った言葉を、訂正しに来たんです」
「……どういうことだ?」
訝しむアーサーに、終夏が言葉を続ける。
「「不幸なものだな、敵の親玉が自分の家族に連なる者とは」。アーサーさんはそう言いましたよね。
確かにそれは、悲しい事だと思う。だけど、決して不幸ではない。家族だから全て分かり合えるというわけではないけれど、家族だからこそ届く言葉もある。
それは微かな希望だけど、信じていてこそ叶うものだってある」
「……それだけのことを言いに、わざわざ我の所へ来たというのか? 下らぬ」
言い放ち、アーサーは背を向けてしまう。
「……これは、アーサーさんにも言えること。本当に救いようのない人なんて、いないのだから」
「…………」
終夏の最後の言葉に、返る言葉はない。それでも、言葉はアーサーに届いただろう、そう思うことにした。終夏が振り返ると、セオドアが何やら企んでいるような顔を向けてくる。
「ねえねえ終夏君。……弾いちゃえば?」
楽器を弾く真似をしながら言うセオドアに、終夏がきょとん、とした顔を浮かべる。
「ほら、よく「音楽は人を救える」って言ってたじゃない。精霊達と初めて触れ合ったのは音楽だった、とも言ってたよね。
……あ、ちゃんと許可は取っといたから」
ちゃっかりしているセオドア、しかしまあ、この収容施設にはアーサーと連れのパートナーしかいない。多少音を立てても問題はなさそうだ。
「救いようのない人なんていない、って言うならさ。それを形にしてみようって思わない?」
「……分かった、分かったよ。私が弾かずにいたら、いつまでも続けそうだし」
「そんなことないよ。終夏君が本当に弾きたくなかったら、言わないもの」
つまりセオドアは、私が弾きたいと思っているというわけか。いっそ違うと言ってやりたくなる。
……だが実際は、肌身離さず持ち歩いているヴァイオリンを構え、弦を弾き始めていた。
(そう……アーサー君の事だけじゃない。今続いているこの戦いが決して悲しい終わりを迎えぬように、祈りと、願いを込めて)
終夏の音楽と、セオドアの祈りは、果たしてどこまで届くのだろうか――。
●イルミンスール
カタカタと、キーボードを叩く音が部屋に響く。
「……よし、これで情報は一通り揃ったか。尾長、後の作業は任せる」
ノートパソコンと向き合っていた七篠 類(ななしの・たぐい)が、自分の打ち込んだ内容に目を通して確認した上で、尾長 黒羽(おなが・くろは)のノートパソコンにデータを送信する。
「ええ、任されましたわ。……もちろん、わたくしに頼むことの意味を、理解してますわね?」
「……程々にしてくれ」
やれやれと呟く類を見、満足したらしい黒羽が送られてきたデータを暗号化し、一旦それを外部記憶へコピーした後、『コーラルネットワーク』に繋がっているPCにデータをコピー、そこからカナンに滞在している武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と武神 雅(たけがみ・みやび)の下へ転送する。……コーラルネットワークは本来、世界樹専用回線とでも言うべき代物で、一般の通信機器ではアクセス出来ないはずだったのだが、先のパイモンによるハッキングを受けて、【カナン諜報室】の面々が暗号化技術を提供した所、見返りというわけではないがイルミンスールとセフィロトの間で通信用の回線を開いてくれた……ということにしておく。決して、全ての機器が世界樹を通じて通信可能になっているわけではないことを重ねて追記しておく。
●カナン:キシュ
「……む、イルミンスールから情報が来たか。愚弟、暗号の解読は任せる」
ネットワークに繋がっているPCから情報をダウンロードした雅が、やはりそれを外部記憶にコピーして牙竜に渡す。
「……そうか、イルミンスールはこのような方法を取ってきたか。しかし、魔族との約束の件……一部の者が先走ったとはいえ、カナンでも対応を検討する必要があるな。俺はイナンナ殿にこのことを伝えてくる」
雅に留守を任せ、牙竜は一路、イナンナの元を目指す。その道の途中で牙竜は、葛葉 翔(くずのは・しょう)とアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)に遭遇する。二人はこの状況下でイナンナ襲撃を企む者たちからイナンナを護衛するため、控えていた。幸いにしてこれまで、神殿に爆発や襲撃者の侵入は起きていない。
「失礼、イナンナ殿はこの先におられるか?」
「つい今しがた、戻られたようだ。今なら面会できるだろう。先客がいるはずだ」
「やっと、セフィロトが安定したみたいです。私がここを離れても、もう侵入されることはないだろう、って」
あくまでクールに自らの任務を全うする翔、どこか安堵した様子のアリアに挨拶して、牙竜は先を急ぐ。
「ベリアルとの約定をどう扱うのか。魔王を捕らえた場合、どう裁くのか。女神、カナンの国家神として、判断を仰ぎたく思いますわ」
広々とした空間に出た時、牙竜はイナンナに話しかけているエミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)の声を耳にする。コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)が牙竜の姿に気付き礼を返し、牙竜がそれに応えて彼らの元へ進み出る。
「話の途中、すまない。今話に挙がっている件について、イルミンスールの対応を交えながら今後の対応を検討したく参りました」
ヴィーナに失礼を詫び、牙竜は目の前に佇む女神、イナンナへ頭を下げながら用件を告げる。
「分かりました、牙竜さん、あなたが知り得た情報を教えて下さい」
「はい、イナンナ殿。では……」
イナンナの求めに応じ、牙竜が話し始める――。
「……そうでしたか。イルミンスールはそのような対応を……」
イナンナが思慮に耽る。自身の姉であるアーデルハイトが考えた結果なのだろうか、そういったことを考えているのだろうか。
「わたくしの意見としましては、最終的な判断を下す前に、一度ザナドゥの魔王と話し合いの場を持ってはいかがでしょうか。
イルミンスールの校長とパートナー、さらに可能であればシャンバラの国家神も同席させ、四者間で協議するのです」
「完全に白紙化してしまうのでは、魔族に『人間は約束を守れない』という考えを植えつけてしまうことになりかねません。
全てを実現する必要はなく、現在のカナンにおいて実現可能な範囲で履行を検討してみてはいかがでしょうか」
エミリアとコンラートが、相次いで意見を述べる。……もちろん本人達の意思であろうが、魔族と約束を結んだのが自分たちと同じシャンバラ教導団所属であることが、話を難しくしていた。シャンバラ国軍でもあるシャンバラ教導団の者が、敵対する者を引き入れた話になる。取り方次第ではあるが、カナンはシャンバラの尻拭いをさせられることになるし、当然様々な権利や見返りを主張しても、おかしいことではない。
「そう……ですね。私は、ザナドゥの滅亡を望んでいるわけではありません。叶うことなら対話と、交流を望んでいます。これはカナンの国家神としての意思と取ってもらって構いません。牙竜さん、このことをイルミンスールにも伝えてもらえますか?」
「了解した。必ず伝えると約束しよう、イナンナ殿」
深々と一礼し、牙竜がその場を後にする。イナンナが周囲を見渡し、自分のために集まってきてくれた者たちへ声を発する。
「私の我侭であることは、十分理解しています。……ですが、相容れないものに蓋をするのが、最善とは思えないのです。
今すぐではないかもしれません……ただその時が来た時には、私は話を、してみようと思うのです。今まで封じ込めてきた、それ以外の方法を模索するために。
……その時には、皆さんには迷惑をかけてしまうかもしれませんが――」
「迷惑、なんてことないです。イナンナ様が決心なされたことでしたら、私は出来る限りのことはいたします。
自信を持ってください、イナンナ様……。それが皆さんにとって一番の力になると思います」
クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が進み出、イナンナに告げる。実は、イナンナがこうして皆の前に姿を現せているのは、ひとえに彼女の働きがあったからである。彼女がイナンナのために祈り、自身の魔力を(イナンナは、彼女の行動に支障が出ない程度に留めていた)捧げたからこそ、セフィロトを安定させる作業が予定よりも早く済んだ経緯がある。
クエスティーナの言葉を、イナンナは微笑みを浮かべて受け取る。……そう、私は自分ですべきことを決めて、その責任を持つ。時には持ち切れないこともあるかもしれないけど、その時は皆さんが、私を支えてくれる。
「……お話中、すみません。イナンナ様に報告すべきことがございます。先程、ザナドゥの戦況報告が届きました」
サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)がイナンナの前に進み出、自身が得た、『ベリアルとパイモンの結末』『他魔神の生存・死亡の確認』について知らせる――。