空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●イルミンスール:校長室

「アーデルハイト様。あなたがシャンバラ王国に何も話さずにザナドゥへ赴いた挙句自由を奪われ、今回の戦争の戦火を切った責任、どう償うおつもりですか? EMUの派閥争いでシャンバラ王国が損なった国益の責務を、どう償うおつもりですか?」
 久し振りに校長室に揃ったエリザベートとアーデルハイトを前に、イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)が激しく言葉を浴びせかける。
「状況は既に、アーデルハイト様一人で償えるものではありません。イルミンスール魔法学校全体で償わなければなりません。
 ……償うつもりがあるならば、方法を具体的に示してください。示せないなら、私は『世界樹イルミンスールからイルミンスール魔法学校の退去、および世界樹に関する全ての権利の放棄』を提案します」
 イルゼの提案は例えるなら、負債を破産によって処理することに近い。また、自らを親シャンバラとするイルゼのこと、国家神と世界樹が別々になっている今の状況を、シャンバラ王国に統一化出来る機会と捉えているかもしれない。
 ただ、シャンバラ王国はもう、一つの学校を潰してまで世界樹を手に入れようとは考えないだろう。それよりは、学校の中でも奔放的な色の強いイルミンスールが王国にしっかりと根付いてくれる方を取るだろう。何せ、エリザベートの意思一つでイルミンスールは、シャンバラを離れどこか別の大陸に移動することが出来てしまうのだ。学校を潰せば、ただの契約者となったエリザベートがシャンバラに留まる理由がない。
「……この期に及んで黙秘を貫く……そうですか、それがあなた達の意思ですか。
 見損ないました、アーデルハイト様。もう私から言うことは何もありません」
「今の様子は、全て記録したであります。覚悟するであります!」
 シュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)が最後に言い放ち、先に背を向け立ち去るイルゼの後を追って、校長室を後にする。しばらくの沈黙が流れた後、エリザベートとアーデルハイトがはぁ、と息をつく。と同時に、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が隠れていた場所から顔を出す。この三人とエリザベート、アーデルハイトとで『これからどうするつもりなのか』を話し合っていた所イルゼが現れ、一旦席をはずす形になった、というわけである。
「言った通りでしょ? 校長、超ババ様、これからが嫌われ役としての本当の戦いだって」
「大変ですねぇ。でもそれだけのことを私たちはしたのですから、仕方ないですねぇ」
 エリザベートの発言は、まるで他人事のようにも聞こえるし、何か達観しているようにも聞こえた。……実際エリザベートは、これから自分を校長の椅子から降ろそうとする者、あるいは殺しに来ようとする者が現れるであろうことを予想していた。その一方で、自分の力になってくれる者、助けてくれる者も多くいることを分かっていた。
「……それで? 壮大な親子喧嘩と夫婦喧嘩に世界中を巻き込んで、親子で殺し合いして、人にも魔族にも多くの犠牲を出して。
 超ババ様の望む、理想の世界は手に入ったのかしら?」
 エリスの問いに、アーデルハイトは問いになっていないような回答を口にする。
「……ルシファーの望んだ世界は、『上も下もない世界』じゃった。地上は天空から監視を受け、地下を見下す。それはこの世界が成り立った時からずっと続いてきた。ルシファーはこの理に挑み、そして敗れた。私が彼を見つけた時は、失意のどん底におったな」
「大ババ様、それいつの話よ?」
 アキラの問いに、アーデルハイトが腕組みして答える。
「シャンバラ王国崩壊より二、三百年ほど前じゃったか。……それから彼は地下に降り、あっという間に魔族をまとめ上げ、ザナドゥを地上に顕現させようとした。天空で為せなかったことを、地下で為そうとな」
「げ、マジかよ。状況はちげえだろうけど、パイモンが五千年かかった所をたった二、三百年でやってのけたってのか」
 驚愕の表情を浮かべるアキラ。話を聞くとそうかもしれないが、これには隠された真実がある。隣のルシェイメアは、同性であるが故に気付いているかもしれない。……いや、ある程度察しはついている。ただ口にしないだけで。
 つまり、ルシファーはアーデルハイトに惚れていたのだ。最初は崇高な目的の元に行われていたものが、いつしか一人の女のために行われてしまうとは、つくづく男の愚かさである。そしてアーデルハイトはというと、ルシファーを失意の底から救い、その気にさせておきながら、いざとなると封印してしまうという行為に出ている。
「女とは、男が思っとる以上に複雑な生き物なのじゃよ。男にはそれが一生分からんであろうな」
「……そこまで捻じ曲がっとるのは貴様くらいなもんじゃ」
 流石に口を挟むべきと踏んだか、ルシェイメアのツッコミが入る。確かに、世の中の全ての女がアーデルハイトほどに複雑な性格をしていたら、男は尽く現実に失望するだろう。男は夢を見たがるのだから。
「……話を戻そう。私はルシファーの望む世界が、実現しないとは思わん。だが、現実は三度失敗した。その間多くの犠牲が生まれた。世界を変える以前に、この負債から逃げてはならんであろう」
 その言葉に、アキラがいつでも飛び出せる準備をする。アーデルハイトが一人で責任を取るつもりなのではないか、そう思ったから。
「……何も今死ぬなどとは言わんぞ。しかし実際、考えられる選択肢は一つくらいなもんじゃろう」
 その言葉を、否定するものはない。死んで責任を取れるものでもないだろうし、だからといってのうのうとイルミンスールに留まり続けるのも許されない。となれば。
「……ザナドゥへ、行くんですねぇ」
 ぽつり、とエリザベートが呟く。前に生徒に言われた、『ザナドゥに千年』はさておき、アーデルハイトがザナドゥに出向という形で戦後処理を担うことは、負債を返す方法としては最も適切であるように思われた。
「ずっと、行きっぱなしになるのか?」
「それはなかろう。……そもそも、そうさせぬために私を連れ戻したのじゃろう? その後に自らが負う責任も考慮した上で。
 ……向こうを見よ」
 周りが何かを言う前に、アーデルハイトが一点を指して言う。そちらの方角へ視線を向けると、今まで顕現していたクリフォトがはらはら、とまるで木の葉が散るように崩れ落ちていくのが見えた。
「元々、仮の姿じゃったからな。どうやら全ての決着がついたようじゃ。
 エリザベート、後は分かっておるな?」
「はいですぅ」
 頷くエリザベートが、状況がよくつかめていない者たちへ向けて告げる。
「これから、イルミンスールをあの場所まで戻すですぅ。
 そして、クリフォトと繋いで道を作るですぅ。ザナドゥと地上とは、世界樹を通して行き来が出来るようになるですぅ」

『騒乱の時は過ぎ去り 今再び世界に静寂が訪れる
 思いの交錯した時は過ぎ去り 今再び世界が一つになる

 空に憧れ 地に夢を馳せ
 国や 友や 愛しい人のため

 貴方は 時の狭間をすり抜けて
 旅立って行った

 光の魔王よ 闇の天使よ
 名も無き勇者たちに 永遠の安息を

 静寂の時は過ぎ去り また再び世界に騒乱は訪れる
 永遠の安息の地から 永遠の騒乱の地を
 どうか 見守っていて』


 消え逝くクリフォトを見つめながら、アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)の鎮魂歌が響く。
 この世界が存在し続ける限り、どこかで騒乱はまた繰り返される。それは世界がどうであろうと、変わらぬ定め。
 『みんな仲良く』は、絶対に、手に入らない。……だからこそ何時の時代も、生物が追い求めるものなのである。

●イルミンスール:一室

「……ふぅ。報告書はこれでいいかな、っと……。
 ねえ、ルイ姉。大ババ様の処遇、あれでいいんだと思う?」
 ノルベルト・ワルプルギスへの報告書――エリザベートとアーデルハイト、ルーレンにEMUでの顛末を伝え、了承を得た旨記載されていた――をまとめ終えたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が、隣で今後設立されるであろう生徒会について方針を詰めるための資料を用意していたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に問いかける。
「ザナドゥに赴く……ザナドゥが今後開かれた姿勢を取るのであれば、決して大ババ様がパラミタの表舞台から去ることにはならないでしょうし、他に適した処遇が思いつきません。現時点では妥当、とするべきではないでしょうか」
 フレデリカは、アーデルハイトがパラミタの表舞台から去る処遇を選ぶ、もしくは選ばされることは、責任逃れでしかないと思っていた。失った信頼は、行動によってしか取り戻すことが出来ないだろう、とも。その意味では、事を起こしたまさにその舞台で行動することは、理にかなっているように思えた。
「そう、よね……」
 ふぅ、ともう一息ついて、フレデリカが視線を外す。
(……そして、イルミンスールはこれから、忙しい時を迎える。そこでフリッカはアレコレやらなくてはならないけど、直接的な評価を受けることは難しい)
 ルイーザの懸念は、フレデリカの行動がEMUと結びついている、と取られることであった。今現在、EMUの評価は地に落ちているといっていい。EMUへの不満がフレデリカに向けられることを、ルイーザは何より危惧していた。
(どうにかしてあげられないでしょうか?)
 そう思った所で、コンコン、と扉が叩かれる音がする。フレデリカが扉を開けると、立っていたのはフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)だった。
「……フィリップ君!? ど、どうしたのこんな所に」
「あ、えっと。僕にも何か手伝えないかなって。フレデリカさん、これまでずっと頑張って来たのに僕、何も出来なくて。
 もしかしたらもう、遅いかもしれないけど、でも――」
「ううん! 全然、そんなことない!」
 フィリップの言葉を遮って、フレデリカが断言する。と同時に、堪えようのない嬉しさが込み上げてくる。
 ――自分のしたことを、見ていてくれる人がいた。それも、私の――
「入って! 一緒に、手伝って頂戴」
「わ、とと、分かりました、だから手を、うわぁ」
 半ば引きずり込まれるようにして中に入れられるフィリップの前に、フレデリカが書類を用意していく。その様子を横で見ていたルイーザが、ふふ、と笑みを浮かべる。
(フレデリカにとっては、これが一番いいのでしょうね)