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リアクション
●That’s The Way
「さあ、切り分けますよ」
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が呼びかけると、あまたのお化けたち、つまり仮装した人々が、待ってましたとばかりに集まってきた。
それもそのはず涼介の前には、目にも眩しいパンプキンプディング、大皿に乗ってぷるぷる揺れる小高い山が、カラメルの甘い香りを漂わせ鎮座しているのだから。
これだけ大きなプディングだ。作る苦労も並大抵ではなかった。
少し読者にも、彼の経てきた道を知ってもらいたい。つまり、プディング作りの道を。
裏ごししたカボチャに砂糖、コーンスターチ、卵を合わせ滑らかなクリーム状にする。こう書くと簡単そうだが、量が量だけに相当の力仕事だった。
それにバニラエッセンスや生クリームをきっちりと計量して加え、バターを塗ったリング型にするすると小川のように流し込み、そこから湯煎焼きにする。湯煎焼きにこだわったのは、仕上がりが滑らかになるためだ。逆に言うと、ここで手を抜いてしまうとこれまでの作業がすべて無に帰しかねない。
そして、焼きあがったら大皿に取り出しカラメルソースを敷き、蒸して星型にくりぬいたカボチャを添えて完成だ。カボチャの甘さとクリームの食感はまさに絶品、ハロウィンパーティーにふさわしいお菓子に違いない。
「プリン食べた〜い」
まっさきに並んだのは、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)の小柄な姿だった。黒と赤を基調としたゴスロリ風のドレス、ツインテールに結った髪で普段と違う自分を演出している。葦で編んだバスケット籠に、お菓子を一杯に詰めたものを結奈は腕に下げてもいた。どうやらここに来るまでに、たくさんのお菓子を会場で得たようだ。
「トリック・オア・トリート! トリック(いたずら)はしないから、ちょうだい」
満面の笑顔、結奈の瞳には星が輝いていた。ひらいた両手を揃えて上に向け、「乗せて」という顔をする。これほど純粋におねだりされたら、本物の悪魔でも思わずお菓子を探して自分のポケットを探り出しそうではないか。
まして彼の扮装はカソックを着た神父様、断るはずがないのだ。
「はいどうぞ」
涼介は少し屈んで、小皿に取り分けたプディングを彼女の掌に載せた。
「ありがとう」
添えられたスプーンが、ちりんと音を立てた。
このとき、すっ、と木立の陰から、闇そのものの化身となったかのように、音もなくエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が姿を見せた。
エースの仮装は吸血鬼、こういうときの定番だが定番だけに会場にもよく馴染んでいる。燕尾服を着用、黒いマント状のコートを羽織っていた。
「これは素敵なお嬢さん、プディングのお伴に、ハーブティーなどいかがかな?」
結奈に優しく語りかけると、エースの口の端から白い牙がのぞいた。「うん」という返事を受けて、テーブルにささっとソーサーとカップ、置いてお茶の準備を整えた。ジェントルなエースである。椅子を引いて彼女をエスコートするのも忘れない。
「庭で丹念に育てたハーブだから結構美味しいと思うよ」
そしてすかさずポットから、こぽぽと特製ハーブティーを注ぐのだ。
「さあどうぞ……」
とエースが顔を上げたときにはもう、結奈はほとんど一口でプディングを平らげ、これまたすごい速度で茶もいただいてしまっていた。
「おいしかったよ。ありがとう!」
次の瞬間には、結奈はもう涼介の元に飛んでいっている。
「おかわり!」
「元気な子だなー」
こっちまで元気になってくるね、とエースほ微笑して、そこで一人の女性と目が合った。
「おや、こちらも素敵なお嬢さんだね」
お茶でも、とエースが言うと、彼女は悠然と歩み寄った。するりと猫のように彼に身を寄せ、
「あら、お茶だけぇ?」
雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は意味ありげな視線を向けたのである。
彼女は魔女の仮装だ。ミニ三角帽子はハロウィンモチーフのコサージュ付、ボディコンドレスで胸元を強調し、黒みがかった濃い紫のマントをその細い肩に飾る。艶冶たる唇は赤、アイシャドウに彩られた瞳(め)は誘うような形に歪んでいた。
エースはリナリエッタから、陶酔してしまいそうなほど甘くて濃い『女』の香りを感じた。
しかしエースとてティーンエイジャーではなかった。花は愛でるのも好きだが摘むのもためらわない。
彼女の目力をしっかりと受け止めて笑みを返した。
「いや」
どこからか一輪、薔薇を取り出して、
「素敵なお嬢さん、花をどうぞ。君の美しさには、及ばないかもしれないけれど」
「あら、鋼の薔薇?」
花を受け取るとリナリエッタは、うかつに触れれば手を切りそうな花弁を爪先で弾いた。
ティン――と、冷たい音がした。ゴシックペイントを施したつけ爪の色が、鏡のような薔薇に映り込んでいた。
「本物の薔薇だと吸血鬼が触れると枯れてしまうけど、これなら大丈夫だからね」
「本物の吸血鬼は女を虜にするものだけど、ハンサムさん、あなたも本物に、その点では劣っていないようねぇ」
「どういたしまして、けれど吸血鬼も、時として参ることがある。絶世の美女が相手ならね」
「あら、お上手」
ニヤリと笑うと、だしぬけにリナリエッタはエースの両頬に左右の手を添え、彼の顔を覗きこんだ。
お礼よぉ、と、リナリエッタは言う。
「私、人の目の動きで相手の考えていることが分かる瞳占いが得意なのぉ」
ところがこれが大嘘、リナリエッタの目から溢れるのは誘惑光線なのである。
妖しく胸が乱れ、平衡感覚が失われていく…………エースは脳幹に、痺れるような甘美を感じた。
この後の彼の運命や、如何に。
さてそうした人間模様の間を縫って、アルバイトに精を出す……正確には、アルバイトに精を出さざるを得ない人物の姿もあった。
「金欠……世知辛い世の中になったもんだぜ……」
彼の名はジャック・オ・ランタン男、ではなく七刀 切(しちとう・きり)だ。
現在、彼を彼とわかる者はおるまい。黒い服の上から黒いぼろ布を羽織り、頭はカボチャのマスクをすっぽり被っているのだ。しかもそのカボチャの目が、煌々と光っていたりする。
緊迫する経済事情は切の食費すら危うくし、本日彼は給仕のアルバイトである。あっちへ飲み物こっちへオードブル、運んで運んで運ぶ一日を過ごしていた。アルバイトであろうと切は手を抜かず、この一時間に限ってもすさまじい数の運搬を行っているのだった。
(「ふっ、これというのも……」)
カボチャ顔を切は夜空に向けた。
(「ようじょ……いやパイのため……ワイってけっこう、けなげ」)
パイは正しくはクランジΠ(パイ)といい、元・塵殺寺院の少女型殺人兵器である。彼女は塵殺寺院を裏切り、一人逃走を開始したのだという。
そんな彼女にもう一度会うべく、最近の切は私財をなげうって(というほど私財はないのだが、ともかく)その行方を捜しているのだ。
だって、しょうがないではないか。
切の献身的な愛と優しさで、パイは人の心に目覚めたのだから――と、言えたらいいなぁ、というのが切の希望である。
実際のところパイの気持ちはわからないが、会ってそのあたりも訊きたいものだと切は思っている。
(「さて、仕事仕事、労働に没頭するかねぇ」)
すぅ、と音もなくエースの背後に近づき、ジャック・オ・ランタンな切は、そっとお盆の飲み物を差し出した。
カクテルグラスが持ちあげられた。そこで切は手を差し出した。
チップ代わりにお菓子を貰うぐらいの役得はあってもいいだろぅ? と、いうことだったのだが、しかし、
「?」
切の手に乗せられたのは鋼の薔薇だったのである。
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