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リアクション
2
人から伝え聞いたものと、実際に目の当たりにしたものがまるで違う。
水晶の街は、まさにそれを体現したのような存在だった。
見渡す限りのクリスタル。連なる家々や街路樹はもちろん、道ばたに転がる小石に至るまで、全てが水晶で出来ているのだ。
陽光を受けて輝く様は、この世のものとは思えぬ美しさであった。
その幻想的な光景に、
「おおお……!」「ああ……」
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)とアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)は感嘆の呻きをもらし、
「素晴らしいッ! 素晴らしすぎるぞぉおおおおッ!」
青 野武(せい・やぶ)は感動に打ち震えて吼えた。
「青。テンションが上がりすぎであります」
黒 金烏(こく・きんう)は冷静に青をたしなめたが、彼の声音にも隠しきれない高揚が見え隠れしていた。
神秘の絶景は機械にも衝撃を及ぼすようで、ロボットであるはずの楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)でさえ、
「い、癒される……っ! ここここの光景を彼女にも見せてあげたい……っ!」
と、何やら挙動がおかしくなっていた。
もはや居ても立ってもいられないとばかりに、皆、各々が用意した機材を構え撮影・記録を開始する。
狭山 珠樹(さやま・たまき)も、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が構えるカメラの前へ、マイクを片手にいそいそと立った。
何故か軽快な音楽も流れている。ラジカセまで持ち込まれていた。
「いかがかしら、ハインリヒさん。髪型、乱れてなくて?」
「大丈夫ですよ。モヒカン、イイ感じにビンビンです! それでは、3……2……1……」
「ハイ、皆様ごきげんよう。現場のタマでございまーす! 今回の我々は何と! 今、最も注目を集めている謎の遺跡、水晶の街へとやってきましたのですわーっ! フロンティーガーさん、今のお気持ちを一言!」
「僕はなぜドロシーと一緒に来なかったのだろうか。後悔で一杯です」
「ハイ! 初っぱなから暗いお答えをいただきましたわーっ!」
インタビューに答えるフロンティーガーの後ろでは、ゲルデラーが鼻息を荒くして指示を出していた。
「アマーリエ! 君はそちらから撮りたまえ! 私は、こ、こっちから!」
「はいっ!」
「なんと美しいっ! これ程の、これ程のっひょぉおおおお!」
抑えきれなくなった何かが奇声となってほとばしったようだ。
「アマーリエさん、今のお気持ちをどうぞでございますー!」
「なんだか興奮しすぎて鼻血を吹きそうです……っ!」
「うむ、うむっ! 存分に吹きたまえ!」
「ぬぉわははははははは! 我輩など、とっくに吹いておるわ!」
「威張ってないでさっさと拭くであります」
高笑いする青に、黒はハンカチを差し出した。
そんな異様な盛り上がり方をしている連中を見て、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)とマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は顔を見合わせた。
「博士たち、いい感じにハイになってるなぁ」
「仕方ないよ。実を言うと、うん。私も結構感動してる」
「ははっ。俺もだ。想像してたより、ずっとスゲェんだもんな」
マナは微笑んで、足元に転がっている水晶の欠片を一つ、つまみ上げた。
「これくらいなら記念に拾って帰っても大丈夫かな?」
「いいんじゃないか? 取り敢えず、サンプル採取って名目で持ち帰ってさ。後で、青木中尉の判断を仰いでみようぜ」
「うん、そうしよう。じゃあ、せっかくだし珍しそうなのにしよっと。可愛いのないかなー?」
「可愛いの? ははっ、やめとけ、やめとけ。マナには似合わねーよ」
「うっさい、ばかくま」
ベアの悪態に、マナは「いーっ」と歯を剥いた。
そんな、仮にも作戦中とはまるで思えぬ様子を遠巻きに見ていた士 方伯(しー・ふぁんぶぉ)は、付き合ってられないとばかりに大きな溜め息をついた。
「ったく、はしゃぎすぎだろう。ピクニックに来たんじゃねぇんだぞ……」
背を向け、街の奥へと歩き始める。
それをジュンイー・シー(じゅんいー・しー)が呼び止めた。
「方伯、どこへ行く」
「めんどくせーから、先に行く」
「正規ではないとはいえ、作戦行動中だぞ。あまり規律を乱すな」
「こんな状態で規律もクソもあるかよ」
「まぁ、まぁ。そうカリカリしなくても。可愛らしいお顔が台無しですよ? お嬢さま」
カメラを構えたハインリヒがなだめて入った。ラジカセからはムーディーな曲が流れている。だが、それらは逆効果だったようだ。
方伯は目尻を釣り上げた。
「オレは、オ・ト・コ・だ!」
「おや、これは失礼を」
ハインリヒは柔らかな笑顔で謝罪して、ムーディーな曲を止めた。
その横から珠樹がマイクを向ける。
「今のお気分はいかがでして?」
「最悪だ」
「あら」
「方伯の気持ちもわからなくない。確かに少々はしゃぎすぎだ」
ジュンイーは呆れて首を振った。
「いやぁ。傍目に見てると、ちょっとアレでナニですが、仕事の中身はきっちりとしたものですよ」
「そりゃ結構な事だけどよ。まだほんの入り口だぜ。時間も限られてる。いい加減、先に進まねぇと」
「ああ。先行している部隊……特に、戦闘チームと離れすぎるのは危険だ」
今回編成された救助隊は、大別すると三つのチームに分けられる。
調査団員を救出・保護するチームと、調査団を襲った未知の敵との戦闘を主たる目的としたチーム。そして、彼ら。作戦が万が一失敗に終わった時に備えて、水晶の街の情報を記録するチームだ。
作戦が成功しさえすれば彼らは別に居ても居なくても構わないのだから、そういう意味では色々と一番軽いチームであった。
三チームのうち、一番最初に街へ入ったのは戦闘チームである。敵を引き付けて倒し、他のチームの進路を確保してくれているはずだった。
救助チームがそれに続き、しんがりを務めるのが記録チームという具合だ。
「あまり遅れすぎると、戦闘チームが道を切り開いてくれた意味がなくなる」
「そうでございますわね」
珠樹はフロンティーガーらへ向き直ると、バスガイドよろしくマイクを構えた。
「ハイ皆さーんっ! それではそろそろ次のポイントへ参りましょーう!」
撮影に夢中になっていた面々が顔を上げる。
「ぬぉわはは! いや申し訳ない! つい熱が入りすぎてしまったようじゃのう」
「魅力的すぎるのも困りものですな! ふはははは」
そうして、一同がようやく先へ進もうとした瞬間。
ゲルデラーのポケットから、間の抜けた電子音が鳴り始めた。
「あ、電話。しばしタイム!」
「いい加減にしてくれ……!」
方伯は、今日何度目かの溜め息をついた。
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