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リアクション
7
レベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)は中央広場で水晶と戦いながら、北へ移動し始めていた。聖堂に向かっているのだ。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
アリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)は不安そうに尋ねた。
周りの仲間が戦っているのに抜け出す事を後ろめたく感じているのだ。
「サッサと原因を確かめて、この水晶を止めた方がよっぽど効率的ネー」
レベッカに向かって、四本の槍が迫った。レベッカは素早くステップで距離を取り、手にしたメアーズレッグ……ソウドオフしたレバー・アクション・ライフルの光状兵器、グレイハウンドを腰に構える。
「Toodles♪」
次の瞬間には、もう水晶槍は砕け散っていた。
ループレバーを取り回し、銃身をくるりと一回転させてリロード。ランダルカスタム特有のリロードアクションだ。
「落とせない相手にいつまでも付き合ってられないヨ」
そのまま振り返る事なく、レベッカとアリシアは中央広場を抜けた。
「ブゥゥゥレェェェイクッ!」
中央広場にレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の雄叫びが響き渡った。
繰り出したドリルで真っ向から槍を『削岩る(ドリる)』。
続いて襲いかかってきた第二波、第三波を、飛び上がってえぐり、振り向きざまに破砕した。
疲労の事など全く考えていない派手な戦い方だった。
「ブレイクッ!」「ブレイク!」「ブレイクなのじゃー!」
周囲からも次々と『ブレイク』の声が上がっていた。
レオンハルトの周りに集う、
シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)、
イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)、
レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)、
前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)と仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)、
セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)とファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)、
本郷 翔(ほんごう・かける)とソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)。
彼らこそが【シャンバラブレイク小隊】なのだった。
襲いかかってきた水晶をハンマーで打ち壊し、レイディスはレオンハルトを向いた。
「隊長。こいつらキリがねぇぜ!」
「おそらく」
と、翔が歩み出た。
「どこかに水晶を操っている核……本体のようなモノがあるのでしょう。それを何とかしない限り、攻撃が止まる事はないと思われます」
「さすが。博識だな」
イリーナは淡々と讃えた。
「で、その核とやらはどこにあるのだ?」
風次郎の問いに翔は、
「……さぁ?」
肩をすくめた。
「さすが。薄識だな」
イリーナは淡々と貶(けな)した。
だが、レオンハルトは閃いたようだった。
「問題ない!」
「何やら策があるようじゃのう」
セシリアが期待を込めた目でレオンハルトを見つめる。
「なぁに、探そうとするからいけねぇんだよ。何処に核があるのか判らないなら……片っ端からブッ潰していきゃあいいじゃねぇか!」
ひどい策だった。
だが、小隊の面々からは歓声が上がった。
「仕方ないから付き合ってあげるよ」「悪くないぞ」「さすが隊長だぜ!」「それは名案だな」「見事でござる!」「やはり私の見込んだ男じゃのう」「セシリア様が良いというなら良いと思います」「感服致しました」「無茶だろ、それは」
「よし、野郎ども! まずはアレからだ!」
レオンハルトが指さした家に向かって、全員が突撃していく。
「ドリドリドリドリィッ!」「えいっ!」「どりどりどりどり」「砕けろォ!」「奥義ッ!」「叩き伏せる!」「魔女ドリルじゃ!」「レフト・ドリル! フルスピン!」「必殺、でございます」「いや、俺はやらないよ?」
チームワークよく連続して繰り出される最大攻撃に、ターゲットとなった家はものの数分で瓦礫と化した。
一同は粉砕した家屋の前へと並び、バッチリとポーズを決めた。そして、声を合わせて叫ぶ。
「BREAK OUT!!」
それと同時に、背後の瓦礫が爆発したように吹き飛んだ。
破片が尻に刺さった。
「い゛でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーッ!?」
潰されたヒキガエルのような声で泣き叫びながら、シャンバラブレイク小隊は転げのたうち回った。
ただ一人ポーズを取っていなかったソールは、驚愕に目を見開いていた。
シャンバラブレイク小隊は確かに家を瓦礫に変えたが、爆発までさせていない。
水晶は、自ら砕け散ったのだ。
× × ×
「飽きました」
「……」
優梨子はつまらなそうに唇を尖らせた。隣の亡霊も頷いた。
「飽きたって、そんな」
一が苦笑する。
「捜索に行った方が楽しめたかもしれません」
溜め息と共に、優梨子は後悔の声を上げた。
連絡消失点捜索チームは、現在、二手に分かれていた。あづまペア、朝霧ペア、フリッツペア、雫ペア、メイベルペアは、他の要救助者を捜すべく走り回っているのだ。
優梨子たちは留守番……救出した要救助者の男の護衛をしていた。
「わたくしは飽きるというよりも、疲れてまいりました……」
リフレシアは、ぐったりした様子で投げやり気味に火術を飛ばした。槍は炎で燃えるのではなく、火球の核となっている魔力が着弾した衝撃でへし折れた。
「……」
亡霊が、何やら優梨子にジェスチャーで意思表示をしている。
「えーと、なになに……? 『疲れてるなら、吸精してやってもいい』」
それは、幻惑されて疲れに気付けなくなるだけだ。何の解決にもなっていない。
「残念ですけど、今回は遠慮させていただきます」
リフレシアは微笑んで辞退した。
「リフレシア」
おいでおいでと呼んで、ドナドールは背を向けて膝をついた。
「ありがとう。ドナドール」
リフレシアはドナドールの背に負ぶさった。
おんぶ。戦場ではあまり見ない光景だ。
一は何が起こっているのか少し理解できなかった。
「そ、それ……何かがおかしくない……?」
「いつもの事どすぇ」
ドナドールは平然と言い放った。
「リ、リフレシアさん、後ろの結界で少し休んでたらどう!?」
一の言う結界とは、先ほど発見した調査団の男が休んでいる結界だ。あと数人ほどなら座れる余裕がある。
「ありがとございます。でも、もうちょっと頑張ります」
ドナドールにおんぶされているその姿は、まるで頑張っていなかった。
「あなた方、もう少し真面目に戦って下さいまし……!」
彼らの何とも気の抜けた様子に、ミラが頬を引きつらせていた。
「ご、ごめんっ」
何故か一が謝った。
「へへ、ごめんな。こんな雑魚相手にとやかく言いたくないんだけどさ。もう悪寒がずっと消えなくてな……!」
確かに、仁とミラの額にはじんわりと脂汗が滲んでいた。
「悪寒ねぇ……」
呟きながら、優梨子は槍を右に一歩避けた。
だが、その瞬間、槍が砕け散った。
爆散した破片が優梨子の左腕に幾つも突き刺さる。
「ぇぅッ!?」
声にならない声をあげ、優梨子は身体を二、三歩たたらを踏んで後退った。その軌跡を追って鮮血がしたたった。
「藤原!」
回復魔法をかけるべく、仁が駆け寄る。
だが、
「結構です」
優梨子は制した。
「お陰様で、またちょっとだけ、楽しくなってきましたので」
面を上げたその瞳には、微かながらも愉悦の火が戻っていた。
× × ×
水晶は、その含有物によって色を変えるが、基本的に無色透明である。
だからと言って、水晶で出来たこの街を、端から端まで見通せる訳ではない。
光の屈折で像は歪むし、空気の泡などのインクルージョンが多い部位もある。
その視界は通常の街と大差く、捜索にもそれなりの時間が掛かっていた。
空を駆ける二組のペアが居た。
高月 芳樹(たかつき・よしき)とアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)のペアと、支倉 遥(はせくら・はるか)とベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)のペアだ。
彼らは救助チームに属していたが、これといった担当地区を決めていない遊撃隊であった。消失地点班とキャンプ班の連絡係も兼ねている。
「キャンプで六人、消失地点で一人。俺たちゼロ。……はぁ」
「まだ七人。せめて半分は助けてあげたいところだけど」
芳樹とアメリアがうめいた。
「調査団の人、全然見つかりませんね。みんな何処へ逃げたんでしょう」
ぼやいたのは遥だった。
「普通はベースキャンプか、街の外か、だよなぁ」
「パニックになって、とんでもない所に逃げてしまう者もいるだろう。そういう者を探すのが我らの役目だ」
と、ベアトリクス。
「早く助け出さないと、残念な姿で見つかる結果になるかもしれん」
「こっちだって信号弾を上げたり戦闘したりやってるんだ。生きてるなら、俺たちに気付いてもいいよな」
「意識がないのかもしれないわ」
「それにしたって、見つからなさすぎだろ。今日もう結構見て回ったけど、俺たちまだゼロだぜ」
「案外、街の外に出ちゃってたりしてね」
「それなら別に構わないんだけれど」
「でも……本当にちょっと、おかしなくらい見つかりませんよね」
遥は目を伏して首を傾げた。
「たぶん、まだ誰も見つけてないと思いますよ」
「何を?」
「その……例えば、死体とか。調査団が襲われた痕跡とか」
遥の意見に芳樹はハッとした。口元に手を添え考える。
「そう言えば、そうだな……。……残り十三人、何処へ消えた?」
× × ×
「しつっこいぜ!」
苛立ちをぶつけるように放った二連撃が、水晶を叩き切った。
「こいつら、一体どれだけ湧いて出てくるんだよ……!」
ベアは額の汗を拭った。
戦いが始まって、どれほどの時間が経ったのだろうか。記録チーム一同の顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。
それに加えて、水晶の攻撃方法の変化。これは実に厄介だった。
刺突から炸裂弾のコンビネーションは避けにくい上にダメージも大きい。だが、それを警戒して大きく動き回ると、すぐに体力を奪われてしまう。おまけに、槍を叩きに行ってカウンターを喰らう可能性まで出てきた。だからといって放置していては動線を塞がれる。
そんな中でも、
「くそーっ!? 直らんっ!」
「一体どうなっとるんじゃーっ!?」
ゲルデラー博士と青は、まだカメラをいじくりまわしていた。
「博士、いい加減にしなさい! 死にたいの!?」
「青! 止めるのであります!」
間髪入れず、アマーリエと黒、それぞれの助手に怒鳴りつけられる。
「いや、さっきからたまに何か映るのだ。もう少しで直りそうなのでな……」
「おうおう、我輩の方も、さっきからチラチラと……」
二人は顔を見合わせ、ビデオカメラのモニタを見合わせた。
どちらのモニタも真っ暗な映像の中に、同じ部分が光っていた。
「ひひひかかかかりりりりいいいいいいい」
「まさか……」
フロンティーガーもまた、モニタに映る場所と同じ所を指さしていた。
一見、何の変哲もない街路樹の根本だ。
「そこーっ! ……かな?」
二人は銃で撃ち抜いた。
乾いた音と共に弾丸が街路樹の根本にひびを入れる。
それで、終わりだった。
「え、本当に?」
「止まった?」
街が、静けさを取り戻していた。
「攻撃がやんだ……」
「ど、どういう事ですの?」
「すすすすいいいいしょおおおおおしししし」
「うわっ」
ずっとフロンティーガーを支えていたハインリヒは、いきなり隣で大声を出されて驚いた。
だが、その声に二人は合点がいったようだ。
「水晶振動子!」
「それが異常の原因か!」
「え? 何?」
ゲルデラーはコホンと一つ咳払いをすると、
「水晶振ど……」
「どうせ解らないから飛ばしてくださらない?」
珠樹が一刀のもとに切り捨てた。
「う……。ま、まぁ、携帯やパソコン、デジタル機器には、水晶が使われているのだよ」
「それがこの街の影響を受けて、機器の動作に異常を来したと。そういう事ですか?」
と、ハインリヒ。
「だが、そのお陰で敵の核を観測できるようになったようじゃ」
「影響を受けていたフロンティーガーくんには、最初から見えておったのだな」
「そそそのとととぉりりり」
ガクガクと怪しい挙動ながらも頷く。
「我輩はてっきり、天国のお迎え的なものかとばかり……」
「で、それは、どんなカメラでも?」
ハインリヒは問うた。
「異常をきたした映像機器であれば、恐らく」
「ぬぉわはは、弱点発見じゃあああ!」
「ふはははは、反撃の狼煙をあげるのだ!」
皆の顔から疲労の色が消し飛び、瞳に力がみなぎった。
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