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リアクション
6
空に青い信号弾が上がった。『要救助者発見』の合図である。
これで三発目。最初の二発は、ベースキャンプ付近から。三発目は消失地点近くから上がっていた。
ほうきに乗って上空から街を観測しているナナ・ノルデン(なな・のるでん)は、無事に救出作戦が進んでいる事を知って顔を綻ばせた。
「天気は良いし、街は綺麗だし、作戦は順調なようだし。最高ですね」
「同じ上からでも、地図と実物じゃ印象が随分違うもんだね」
地図を片手に街を眺めているのはズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)。ナナのパートナーだ。
「そりゃ、地図はあんなにギンギラギンに輝いてませんから」
ズィーベンは提案した。
「ねぇ、ナナ。ボクらも後で下に降りてみようよ」
「そうですね。地上から見た街並みも、是非カメラに収めておきたいところです」
鼻息も荒く意気込むナナであったが、すぐにその表情にかげりが落ちた。
「ん……?」
何やら街の様子がおかしい。外周部が淡く赤く光り始めたのだ。
「な、何?」
陽炎のように揺らめく赤光は、徐々にその強さを増していく。
「ナナさん!」
ナナと同じく、上空で撮影していた赤月 速人(あかつき・はやと)とカミュ・フローライト(かみゅ・ふろーらいと)が小型飛空挺で駆け付けてきた。
「これって、いったい何が起こってるんだ?」
「私にも何が何だか……」
「ねぇ、ナナ。取り敢えず、地上班に連絡してみよう!」
頷き、ナナは携帯電話を取りだした。
数回のコール音の後、電話が繋がった。
「もしもし。上空観測中のナナ・ノルデンです。気を付けて下さい。街の様子がおかしいんです! 何て言うか、赤い光が……もしもし?」
急に通話に雑音が入り、音声が聞こえづらくなった。
ノイズはどんどん大きくなっていく。それに伴い通信状況も悪化した。
「も、もしもし? もしもし!?」
やがて音声は断片となり、そしてそのまま電話は切れた。
「だめ……。ノイズがひどくて繋がりません」
速人も自分の携帯電話を取りだしてみたが、電波強度は圏外を表示していた。
「そんな。さっきまで普通に使えてたのに」
「もしかしなくても、この光のせい……なんでしょうね」
ナナは唇を噛んだ。
「ナナさん。俺、ちょっと下に行って様子を見てくる」
「ええ!?」
「もともと途中から下りるつもりだったし。丁度いい。じゃあ!」
「ちょ、ちょっと!」
言うや否や、速人らは行ってしまった。
「さ、先を越されてしまいましたよ……」
と、その時。空に再び信号弾が上がった。一発だけではない。二発、三発、四発。
その色は全て、街を包む光と同じ色……赤。
その意味は。
「……接敵……っ!」
ナナは息を飲んだ。
× × ×
連絡消失地点付近を捜索していた雫とアルルは、細い裏路地の行き止まり、その最奥の片隅でうずくまるようにして倒れているフィールドシャツの男を発見した。
二人は駆け寄って声をかけたが、男は気を失っていた。
「ど、ど、ど、どうしましょう!? アルル!」
「ちょっと落ち着いてよ。今、人を呼ぶから」
言ってアルルは信号弾を取り出し、打ち上げた。
光球が空に上がり、青く輝く。
「これでよし!」
男は簡易結界本体を抱きしめるようにして気を失っていた。
簡易結界には二つの種類がある。携帯タイプと設置タイプだ。
携帯タイプは、身につけるだけで結界の効果を得る事ができる。お手軽で便利だが、そのぶん持続は短く力も弱い。
設置タイプは携帯タイプと異なり、それなりに強い結界を張る事が出来るが、一度展開すると効果が切れるまで動かせなってしまう。無理に動かそうとすれば効力を失ってしまうのだ。
男が倒れていた場所には、設置タイプの簡易結界が施されていた。
雫は結界を壊さないよう注意して男の身体をほどき、楽な姿勢になれるよう横たわらせた。
男に目立った外傷はなかったものの、衰弱が激しかった。今にも息絶えようかという様子だ。
程なくして二人の元に駆け付けたのは、メイベルとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)だった。
不安げだった雫の表情がパッと綻ぶ。
「ポーター!」
「お待たせしましたぁ。セシリアぁ」
「うんっ!」
メイベルとセシリアは同時に回復魔法、ヒールの詠唱に入っていた。
ヒールは本来、傷を癒す魔法である。失われた体力を回復するという点から見れば、その効果はあまり高くない。だが、それでも数を重ねれば。
二人は幾度となくヒールを重ねがけしていった。
やがて消失地点付近を捜索していた面々全員が集まる頃には、土気色だった男の顔に僅かながらも赤みが戻っていた。意識は未だ失ったままだが呼吸は安定しており、生命の危機は脱したようだった。
「良かった……」
雫は胸を撫で下ろした。
「この男性、どうしましょう〜。結界はまだ生きてますから、現状ではこのまま此処でお休みしていただくのが……」
メイベルの言葉を、仁とミラがさえぎった。
「来る!」「来ますわよ!」
背筋に走った言い様のない悪寒に、二人は身構えた。
その様子に促され、周りのメンバーも臨戦態勢へと移る。
皆、救助した男を守るように外向きの円陣を組んだ。これなら360度、どの方向から敵が来ても対処できる。いくら結界に守られているとは言え、万能ではないのだから。
しかし、攻撃はまるで予想外の所から飛んできた。
「垂!」
名前を呼ぶより早く、あづまは垂の襟首を掴んで引き倒した。
「きゃっ!?」
垂が小さな悲鳴をあげたのは、尻餅をついたせいか、目の前の光景に驚いたせいか。
つい先ほどまで垂が立っていた場所には『槍』が生まれていた。
水晶化している地面の一部が隆起し、結晶の鋭い先端を突き出したのだ。
「フン!」
フリッツはランスを振るい、すかさずソレを叩き折った。
「だ、大丈夫!? 垂!」
ライゼが泣きそうな顔で垂にしがみついた。
「大丈夫だ。さ、ほら」
垂は素早く立ち上がり、
「あづま。ありがと、う……ッ!」
垂はあづまの肩手をつかんで自身と共にムリヤリ身体を折り曲げさせた。
直後、先ほどまであづまの頭があった空間に、壁面から伸びた水晶の槍が突き出されていた。すかさずローランドがメイスで殴りつけて砕く。
「はは、お互い様だったな」
微笑んで、垂はエプロンドレスから信号弾を取り出し空へと放った。
水晶の異変は、それだけでは終わらなかった。
左手にデリンジャー、右手にハンマーを構えた優梨子へ向けて、今度は木々から二本の槍が同時に襲いかかった。
優梨子は身を捻ってそれをかわし、デリンジャーによるゼロ距離射撃とハンマーの一撃で粉砕した。
「あはっ。ドキドキしてきました!」
満面の笑みだった。
フリッツ、仁、ミラ……三人のナイトは腰溜めに盾を構えていた。結界内で眠る男を守るように陣形をとる。
大地から次々と繰り出される水晶を盾で受け止め、各々の武器で破壊していく。
一は飛来した水晶の槍をひらりとかわし、手にしたアサルトカービンのストックでそれを叩き折った。
だが、槍の攻撃はそれで終わりではなかった。一の背後へ更なる攻撃、水晶槍の第二波が既に迫っていた。
「うわぁっ!?」
踏み込んだ勢いのまま前転して、一は何とかそれをかわした。
雫が、その空を切った槍をハンマーで叩き折る。
そしてスウェーで槍をかわして来たアルルと合流し、背中合わせに身構えた。
「まさか、調査団の方たちが言っていた『水晶が襲ってきた』という言葉が本当にそのままの意味だったなんて……」
「でも……。それって、さ。街が全部まるまる敵ってことだよねぇ……?」
「あ……!」
見れば、キィ、キィ、と軋むような音を立てて、大地から、樹木から、家々から、街の至る所から、先のものとは比べ物にならない無数の『槍』が生まれ始めていた。
「む、無理無理、そんなの無理ですよーっ!」
× × ×
「……と、最初は思ったけど、案外大丈夫なもんだな」
記録チームの護衛であるベアは、襲い来る槍をえいやっと叩き斬った。
「そうだねぇ」
マナは携帯をかけながら槍をかわしていた。
携帯電話にコールはかからず、電波状態が悪い事を知らせるアナウンスだけが流れた。
「やっぱ携帯だめだよ」
「上で何かあったのか……?」
上空で観測しているナナからの連絡が謎のノイズで途切れてしまった為、こちらからかけ直してみようという事になったのだ。
「チッ、何がどうなってんだ。イラつくぜ!」
ぼやきながら、方伯は飛び出してきた水晶の槍を右に一歩だけ動く事で避け、斬り落とした。
そのまま素早く周囲に目を光らせ追い打ちが来ない事を確認すると、中途半端に折れた槍を根本から叩き折った。こんな物に動線を邪魔されでもしたら笑い話にもならない。ついでに地面に転がる無数の破片も、足で隅に追いやっておく。
みな、水晶との戦い方を理解しつつあった。
確かに水晶は硬い。だが壊せない程ではないし、槍として細く長く伸ばした分、折りやすくなっているのだ。
加えて、水晶はどうやら一直線にしか伸びないようだった。
それは点を狙った攻撃しか出来ないという事と同義だ。
最初は思わぬ方向からの攻撃に戸惑ったが、馴れてしまえばどうという事もない。単調な攻めでしかなかった。スピードも、不意さえ突かれなければ問題のないレベルだ。
全方位からの攻撃だけは多少厄介だが、それも凌ぎきれないという程ではなかった。
記録チームは幾つかの重い撮影用機材も運搬している為、他のチームに比べて苦しい戦いを強いられているはずだったが、それでも楽勝。
はっきり言って、モンスターとしてはかなり弱かった。
だが。
「ちょっと皆さん助けて下さいまし! ふ、ふ、フロンティーガーさんの様子が……!」
「ちょ、ちょっ、なん、ダカ、あ、う。ドドウナナ、ってててて……るるるるる」
ロボットであるフロンティーガーの様子がおかしくなっていた。ガクガクブルブルと震え、挙動も言動も明らかに正常のものではなかった。
珠樹が、半分涙目になってオロオロと慌てている。
「な、何だか急にこんな風になってしまって……。わ、我は別に変なボタンとか押してませんわよ?」
フロンティーガーは戦闘どころではないようだった。
いくら槍の攻めが単調だからと言って、さすがにこれではただの的だ。
すかさずハインリヒとジュンイーがフォローに回った。
「ハ、ハインリヒさん! これは大丈夫なのでありますか? 何だか凄い事になっているであります!」
「ひひひひひ光、光が見えみみみみえええええ……」
「わたくしにも判りませんよ! フロンティーガー殿! 気を、気をしっかり持て下さい!」
だがフロンティーガーにはハインリヒたちが眼中にないのか、あらぬ方向を指さしながら、
「ヒヒヒカリがが見えるるるるよおおおおおお、ピカピカ、光」
「な、何か、生きている人間が見てはいけない光を見ているような気がするであります……!」
「か、帰って来て下さーい!」
そこへ更に、
「ぬぉわあああああああああっ!?」
青の悲鳴が上がった。
「今度は何だァ!」
「ハ、ハンディカメラが映らなくなってしまったんじゃ!」
「こちらもであるぅううううう!」
ゲルデラー博士も嘆きの悲鳴をあげた。
ハンディカメラの外部液晶モニタも、真っ黒な映像を流すだけになっていた。もちろん、撮影はできていない。その他、様々な機器に異常が出ているようだった。
「せっかく、この未知のモンスターを撮影する余裕が出てきたのに……」
「い、今まで撮った分は大丈夫なのであろうな!?」
「……あんたら、いくら何でも余裕かましすぎだろ……」
方伯は呆れながら、首だけを横に捻って槍を避けた。
× × ×
「余裕、なくなってきましたー!」
太陽戦士ラブリーアイちゃんこと愛は、ゴロゴロと転がって槍の猛攻を避けながら、悲痛な叫びを上げた。
「シャンバラン・キィーック!」
キックと言いながら剣で水晶を切り裂き、パラミタ刑事シャンバランこと正義は転がり逃げていたラブリーアイちゃんを助け起こした。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます。しゃ、シャンバランさん……」
「気にするな。ラブリーアイちゃん! ……はぁ、はぁ……」
二人は肩で息をしていた。随分と疲れているようだった。
「はぁ、はぁ……。くそ! 今度の鏖殺寺院(おうさつじいん)の怪人は手強いな……ッ! まさか、シャンバラン唯一の弱点を突いてくるとは! ……はぁ、はぁ」
シャンバランの弱点。それはお面を被っているせいで、あっという間に息が上がってしまう事だった。この弱点はラブリーアイちゃんも同様である。
「鏖殺寺院のカイジンかどうかは別として」
「確かに厄介です」
そう言ったイーオンとアルゲオに向かって、合計十二本の槍が飛び出した。
迫り来る凶刃を全て確認し、しかし、二人はすぐに避けようとはしなかった。
ギリギリまで引き付け身を逸らし、イーオンは僅かに一歩、後退る。アルゲオは前に大きく踏み出し、身を屈めた。
たったそれだけで、十二本の水晶は全て彼らの身体から外れていた。
水晶の攻撃は点でしかないため、このように簡単に避ける事ができるのだ。
「ハァッ!」
イーオンは間髪入れず、両手で握ったエンシャントワンドを振るった。打ち砕いた槍は四本。残った槍を、アルゲオの振り上げた剣が切り裂く。
追い打ちが来ない事を確認し、二人は軽く息を整えた。
「イーオン。腕の力に頼りすぎです。あなたは非力なのですから、もっと身体全体の筋肉を使って打ち込まなければいけません」
「はぁ、はぁ……。くそ、なぜウィザードのオレが近接戦闘などしなければならんのだ」
イーオンは額に滲んだ汗を拭った。
「前衛も後衛もない攻撃を仕掛けてきますからね。それに、こんな戦いで常に魔法を使っていたら、すぐに弾切れになってしまいます」
「わかっている!」
「まぁ、何事も出来ないより出来る方が良いでしょう。安心して下さい。あなたは筋が良い」
「当たり前だ。オレは天才なのだぞ」
「イエス・マイロード」
「まずいな」
八本の水晶をランスの一振りで叩き折り、黒龍は呟いた。
正義と愛、イーオンとアルゲオ、そして黒龍も。皆、疲れ始めていた。
水晶は弱い。だが、手強くて厄介だった。
倒す事ができず、延々と防戦を強いられる。
幾ら単調な攻撃とは言っても、それが一時間二時間と続けば、いつかはやられてしまうだろう。人間の体力には限界があるのだ。
それまでに倒さなくてはならない。
だが、どうすれば。それがわからなかった。
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