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リアクション
■■■
保健室の前に現れる影。その影はカンナ様を密かに追ってきたシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)に繋がっていた。
彼女の行方を追っていくうちに、保健室にたどり着いたのだ。
「なぜカンナ様がこんな事をしだしたのか気になるんだよな。
……しかもわざわざ念入りに吊り橋、落とし穴、鏡部屋まで作るなんて何か考えがあるのかもしれない」
彼はカンナの思惑を考察しながら、一人で呟く。
もしかしたらカンナ様にお近づきになれるチャンスかもしれない。と、期待していた。
「お菓子も、用意しましたからね」
シルバのパートナーの雨宮 夏希(あまみや・なつき)は、カンナに渡せるようにとその手に甘いお菓子を持っている。
「単なる風紀の引き締めだけとは、やっぱり思えないよね」
「学園内にしかけをしてまでの今回の企画には何か裏があるように思えますね」
神和 綺人(かんなぎ・あやと)とパートナーのクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)もシルバに続く。
「って、なんだってこんなにここにいるんだ!?」
シルバが後ろを見ると、シルバと気持ちを同じくした生徒が頭を重ねていた。
「だって、こんなチャンスまたとないと思いますし♪」
エルミル・フィッツジェラルド(えるみる・ふぃっつじぇらるど)は笑顔でそう言うが、その思惑はただひとつ。カンナの秘密を握るため。
ふふふっと笑いを隠せないエルミル。
「……か、カンナ様に変なことしたらいけないんですからね」
影野 陽太は坊ちゃん刈りがなんとも臆病なオーラをかもし出しながら、強気な彼女を威圧するように注意をした。
「みなさん、仲良くねぇ。でもぉ、それにしても本当にカンナちゃんが何をしたいのかよく分からないねぇ。
ゲームみたいだし、生徒が怪我をするってことはないと思うんだけどぉ」
カンナ様を密かに追って、望まずとも集まってしまったカンナ追跡隊。
そんな彼らを見守るのは蒼空学園のおっとり新人教諭、藍乃 澪(あいの・みお)。
彼女は突然の校長の行事決行に心配を隠しながら、生徒たちの気性をやんわりなだめる。
そんな中、前方を颯爽と歩いていたカンナは保健室へと入っていく。
「保健室に何の用でありましょうか!?」
比島 真紀(ひしま・まき)が、さまざまな詮索をするも、答えは見つからず
「とりあえずこのままじゃ拉致があかないであります。入ってみるであります!」という結果に行き着いた。
すると、白いシーツがパリっと光るベッドで何やらモゾモゾと動くのが目に入った。
「な、なんだろう?」
絢人が目をこらし見てみると、急にそのベッドから一人の女の子が飛び出してくる。
「……おぬしらはなんなのじゃ」
眠い目をコシコシ擦って五明 漆(ごみょう・うるし)がカンナ追跡隊の様子を不思議がって保健室から姿を表す。
とろ〜んとした目、艶やかな漆黒の長髪、大きな胸。
まるでお人形のような子だと陽太は思った。
「あれ、カンナ様はどこに行ったでありますかっ!?
皆が漆に気をとられていると今までいたはずのカンナの姿がないことに真紀が気付く。
「あちゃ〜……」
「モニター室じゃないかしらぁ?」
澪が手を叩くと、
「え、この学校 そんな設備のある部屋もあるんですね」
驚く綺人。この学校にはまだまだ知らないことが多いなぁ。
「たぶん、生徒さんには教えてないのかなぁ。今回だけ特別ってことで、みんなには内緒だよぉ」
澪のおっとりした口調に、誰もが「教えていいのかよ!?」と心配になったのであった。
■■■
保健室のやり取りを、反対側の校舎から一部始終眺めていた生徒が一人。
双眼鏡で位置を確認する男、大草 義純(おおくさ・よしずみ)だ。
そのレンズの中に写るのは保健室の周りでウロウロしているシルバやエルミル、綺人や陽太のカンナ追跡隊の姿ではなく、
彼らの追撃を気にもせず先へと進む蒼空学園校長のカンナ本人だった。
足早に廊下を歩くカンナを、余裕の笑みで監視する義純。他のメンバーを出し抜き、冷静に距離をとって監視したのが正解だった。
しかし、彼はゆえに気づかなかった。
背後に振り上げられる、重々しい大剣の影に。
「危ない!」と、女の声。
唐突な声に反応できないまま、義純の体は撥ねられたように横へ飛ばされた。
体を起こしてなんとか義純は状況を把握しようとする。
その目に映ったのは、自分を突き飛ばし助けた金髪の女性。カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の姿。
そして、自分に振り下ろされるはずだった大剣を防ぐ緋山 政敏(ひやま・まさとし)。
「カチェア、あんまり無理をするな!」
普段温厚な政敏の怒鳴り声。
反抗しようと振り返るカチェアだが、自分を守るために大剣を受け止める彼にかける言葉は「あ、ありがとうございます」の一言。
「まあ、自分は斬るつもりなんて始めからなかったんだが……」
大剣を振り上げた張本人、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)は、まるで悪ぶれる様子もなく、政敏から大剣を下げる。
これに激怒したのは言うまでもなく義純だ。
「斬るつもりがないって! ……んなもん当たっただけでペッタンコやんけ!! 死んでまうぞ!!」
キレる義純、段々と地が出て怒鳴る言葉に方言が混じる。
「ふん、自分は背を向けた者は斬らない。今のは、ただの挨拶代わりだ」
的は外さない。と言わんばかりに、ぶんぶんと正確な素振りを魅せつける。
「自分が意義を申し立てたいのは、他のどれでもない。この蒼空学園の制服について、だ」
「はぁ? ったく、そんな理由かよ」
政敏はかったるそうに頭を掻きながら、ため息を吐く。
「そんな理由とはどういうことよ!」
そんな政敏にベアのパートナー、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が噛み付く。
「だいたいね、この学校は変なんだよ! あの女子制服のピンクとか……ダサい、ダサい、ダサすぎるよっ!」
いやだいやだ。と、身震いをしてみせるマナ。制服がかなり気に食わないらしい。
「何より、女子の制服姿を見て年頃の男子生徒に、こう……みなぎってくるものがないってのは大問題だぜ!」
「その感覚はよく、分からないけど。……ほんっと、ベアの言うとおりだよっ!」
ベアの言葉にマナは考えなく勢いで続いた。
「……わかってないですね」
そんな会話の中、冷静さを取り戻した義純が間に入る。
「決められたもの、その中でいかに個性を出すかが、制服の醍醐味なのですよ」
その言葉を言う義純の姿は、というと――制服の胸元がざっくりと開かれていてそこから刺青がちらりと見える。
言葉の通り、制服を着ていながらも『個性』というものが滲み出ている。
胸を張る義純の存在に圧倒されていると、その隣であきれた様に声を出す政敏。
「ま、着るものなんてなんでもいいんじゃねーの?」
その投げやりな台詞がベアとマナの感情を逆撫でする。、
「そもそも、お前はなんで風紀側にいるんだ? めちゃくちゃ私服じゃないか」
「そういえば、そうよね」
「たしかに、そうですね……」
まじまじと政敏の姿を見つめるベアとマナ、確かに彼はばっちり私服で、風紀側の義純ですら凝視してしまう。
「いやぁ、えーと……、まぁ」
面倒くさい場所に居合わせてしまったな。と、バツが悪そうに頭を掻く政敏。
「政敏、逃げるのがかったるかったって、素直に謝ったほうが良いのでは?」
カチェアは政敏に耳打ちをすると、「なんで、俺が謝らないといけないんだよ」またため息をつく。
「私は見てみたいなぁ、政敏の制服姿。あ、でも学ランの方が似合いそうだわ。大正レトロみたいでカッコいいもの」
両手を合わせて一人で納得するリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)。
きっと時代劇ドラマと区別できずに大正レトロ風なドラマでも観たのだろう。場違いな発想で政敏を和ます。
「それよりも、あんた。追いかけるべき人がいるんじゃねーの?」
リーンの場違いなテンションと間を利用して義純に話しかける。それとなく話をそらすことに成功した。
政敏の一言で我に帰った義純は、自分がするべきことを即座に思い出す。
「あ、そうでした。校長です!」
窓を開けて体を乗り出すも、校長の姿はすでに確認できず。
「……あんたらも、こんなところで油売ってねぇーで、なんだったら校長にそのまま直談判すりゃあいいだろ」
話をそらすついでに、もうこのまま丸くまとめてしまおうと、いきなりまじめぶる政敏。
ベアもマナも、よきアドバイスに顔を合わせて考えるが、彼は重苦しい表情で顔を上げる。
「確かに、一理ある意見だ。……参考になった。しかし、こちらも風紀側に追われる身を買って出た次第だ」
胸元につけた赤文字で書かれた【フリーダム】のゼッケンを強調し、改めて大剣を構えなおすベア。
「そして俺とマナは風紀委員を目の前に逃げようなんて思わない。この際ミネ打ちでいい。ついでだから全員ぶった斬ってやる!」
ギョッとする一同。校長を必死に探す義純もベアの方を注目し、名指しされたパートナーのマナも少しながら驚いているようだ。
「いざ。……いくぞ、マナ」
「うーん、まぁ。ベアが言うなら、いいか!」
マナも少し考えたが、彼の言うとおり、風紀側を蹴散らすという意味では間違っていないと思い、素直に同意。
二人は怒涛の勢いで走り始めた。
リーン、カチェア、政敏、そして義純の四人は揃ってベアの大剣から逃げ惑う。
振り回される大剣を後ろに、その剣にミネもケサもねぇだろ。とか思いながら走る政敏だが、
あえて声に出さないのは余裕がないわけではなく、彼の協調性の低さが滲み出ているからだ。
ぼんやり考えながらまっすぐに逃げ続けるていると
「政敏、こっち!」と、リーンとカチェアが腕を引っ張り、政敏は教室へと流れ込み、ベアの追撃を擦れ擦れで逃れた。
ベアとマナも、政敏たちに気づかなかったのか、もしくは戻るのが面倒だったのか、義純だけに的を絞って追撃する。
「だぁー、なんで僕だけ!」
本当なら追う身のはずの義純だが、ベアの力圧に押されて結構全力で逃げてしまっている。
焦りながら廊下の角を曲がると、急に現れた少年に激突する。
「うおっ、なんだあんた? 風紀か?」
驚いて飛びのいた生徒は、バカっぽく両手を前に出して構える。瀬島 壮太だ。
「あ? そんなん今はどーでもえぇ、逃げるぞ!」
「はぁ?」
わからない。と、首をかしげる壮太。しかし、義純にそれを説明している暇はなく、
「ちゃっちゃか逃げる!!」
「わ、おい!」
壮太の腕を掴み、力いっぱい走り出す。
「うぉぉおおおおお!!」
訳もわからず走り出した壮太だが、背後から雄叫ぶその声に、緊張感が走って、腕を振るのに力が入る。
「おい! 前のあれ! あれ、絶対落とし穴だ!」
「ほんまか?!」
ホンマホンマ。と、頷く壮太の前方には明らかにベニヤ張りの床。
「よし、あそこに落とそう! タイミングよくジャンプだ!!」
義純の力強い一言でベアたちを落とし穴に落っことす作戦を把握した壮太は、これまた力強く答える。
「お、おう!」
タイミングを計るため、ペースを少しだけ落とすと、ベアとマナはすぐに二人の後ろまで追いついた。
落とし穴の直前まで距離をつめると、二人はそろって、
「……今ッ!!」
と、声を合わせ、ベニヤを飛ぶ。
すると、すぐ後ろでベリベリと薄い木製が砕ける音がして、同時にベアとマナの悲鳴が木霊する。
「うおぉぉぉ!?」
「きゃあぁぁ!?」
落っこちてゆく脅威を後ろに「ふぅ」と一息つく二人。
その時だ。
ベリッ! バリッ。
「って、うわぁ、なんで僕だけぇぇ!?」
落っこちてゆく大草 義純。
どうやら、彼が着地したところもまたベニヤだったらしい。
運良く一人残された壮太はあっけにとられた様に呟く。
「……なんだったんだ」
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