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リアクション
◆ 特殊講堂 1 ◆
秋月 葵(あきづき・あおい)とパートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、お茶会用の道具の準備をしていた。
「特殊講堂で紅茶って……合わないですかね?」
不安そうな顔をしているエレンディラに、葵は笑ってみせた。
「そんなことないよ。和室だろうと何だろうと、美味しいものにはみんな目が無いから」
「……そうですね」
「お茶の準備はお願いね。エレンみたいに美味しく淹れられないから、あたしはお手伝いするよ」
「了解しました」
エレンディラに、ようやく本当の笑顔が戻る。
「エレン……まだ怖い?」
途端に笑顔が凍りつく。
「あ、あぁああぁ、ごめん、思い出させちゃった! もし何かあったらあたしが必ず守ってあげるから。だから安心して!」
「葵ちゃん……」
「お茶しながら楽しいお話でもすれば、気持ちも落ち着くと思うし──皆と一緒にお茶会やって、お菓子もいっぱい用意して」
「そして私が皆様に紅茶を淹れてさしあげるんですね」
「ハーブティーには精神を落ち着かせる効能もあるし……あたしがずっと横にいるから」
エレンディラがいつも櫛で梳かしている、薄茶色の柔らかい髪の毛が揺れる。
思わず抱き締めたい衝動に駆られたが、それを堪えて、代わりに葵の手を取り、ぎゅっと握った。
「ありがとう、葵ちゃん……大好き……」
学院内の家庭科室から、良い匂いが漂ってくる。
遠鳴 真希(とおなり・まき)はふらふらと、引き寄せられるように中に入っていった。
「…歩、ちゃん……?」
「真希ちゃん?」
突然やってきた真希に驚いて、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は目を丸くする。
「真希ちゃんが、どうしてここへ?」
「それはあたしの台詞だよぉ、何してるの? こんな所で」
「何って……見ての通り、クッキー作り☆」
「クッキー? なんで?」
「……真希ちゃん、もしかして忘れてる? 今日あの日……だよ」
「え? ……へぇ? え、ぇぇえあああぁあぁ! 思い出した!!!」
「行くでしょ? 講堂に。だから皆と一緒に食べようと思って。……力になれるかは分かんないけど、何か食べてた方が気がまぎれると思うし、お菓子とか持って行って仲良くなれたら良いなとも思って……」
「忘れてたぁ…忘れてたよ、綺麗さっぱり……!」
途端に恐怖心が芽生えてきた。
「あ、あたしも、手伝っていいかな」
思い出してしまった以上、誰かと一緒にいたい! 何かやっていた方が、絶対良い!
「……え!? 本当? 手伝ってくれるの?」
「うん」
「わぁい! ありがとう真希ちゃん! やっぱりさ、やっぱりさ、夜食になっちゃうし、カロリー控えめなのが良いよね! ダイエットクッキーとかが良いよね」
歩が焼きたてのクッキーを一つ掴むと、真希に頬張らせる。
「ん? んん、おいふぃー!」
もぐもぐと口を動かしていると、自然と顔が綻んでくる。
「良かったー。さっき一回焼いたんだけど、これじゃ全然足りなかったんだ。もう一度タネ作り始めなきゃ」
「うん!」
「ふふっ、誰かと一緒にお菓子作りするのって楽しいね」
「今のクッキー1枚で、怖かった気持ち一瞬忘れちゃったよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、頭の中で、謎の言葉を反芻していた。
「聖句は確か……方角が……」
特殊講堂へと足が向かう。
白百合団の一員として、ロザリンドは百合園生に危害を与える相手は光条兵器でズドンと一撃で終わらせたいと思っていた。
だが実際に起きるのかどうかも分からないことに、軽はずみでやってしまえる行為ではない。
不安な人の心を少しでも軽くするために一肌脱ごうと思った。
──この1ヶ月間を使って図書館やネットで調べ物をした。
噂程度でもいいから幽霊回避方法や撃退方法が無いか、ありとあらゆるものを調べた。
「本やネットで調べたおまじないの類を適当にミックスして一般生徒の皆にやってもらいましょう」
でっちあげ話で一先ず安心させて。
病は気からって言いますし!
「ピアスさんからの回避方法も当てになるのか分からないから、色々やってみるべきです!」
カバンの中にはたっぷりの塩。
これで盛り塩を作って……
『ぴーーーーひゃぁーーーーー』
リコーダーの音が、いきなり耳に飛び込んできた。
「な、なな…?」
笹原 乃羽(ささはら・のわ)がこの前と同じく、リコーダーを吹いている。
「あなた! 驚かせないで下さい」
心臓に悪い。
「あれ、驚いた? おっかしいなぁ」
「ふ、吹くなら吹くと言って頂ければ、驚くことはないですよ」
「怪奇現象が発生したら、あたしが笛を吹きならして応戦するから! この前の事件でパワーアップした私の笛でイチコロよ! そして皆を楽しませる!」
「会話がかみ合っていないような気がしますが……つまり、皆を守りたい気持ちの表れ、なんですね」
「もちろんだよ! みんなを元気付けるためなら、喉から血が出てもリコーダーを吹き続ける!」
「いえ……そこまでは誰も求めていないかと」
ロザリンドは苦笑した。
「一緒に行きましょうか」
「うん!」
乃羽はリコーダーをしっかり握った。
「ずっとお外に出られないのって辛いですよね……」
あのピアスがした、誘拐された少年が部屋に閉じ込められていたという話。
エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は、子どもの頃、病弱で外に出させてもらえなかった自分と少年とを重ね合わせ、勝手に共感を感じて切ない気持ちになっていた。……何かが間違っている。
「いつ幽霊さんからお部屋にご招待されても良いように、心の準備は出来ています。そして絶対、お友達になってみせます!」
「えっ……」
パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)が、エルシーの言葉に、愕然とした表情を浮かべた。
「…え、エルシー様? 少年の霊なんて出てきませんよ?」
「? そんなことないですよ。今日、絶対に会いに来てくれます」
「……もし、あの話が本当の事ならば、情報を知った人全員のもとに少年が訪れなければならない訳で」
「はい、私もそう思います。幽霊さんは一人しかいないので、さすがに全員の所には無理な気がします。──きっと選ばれるんですよ!」
「と、図書館へ行って『なる話』について調べてみましたが、記録も見つかりませんでした。真実であるなら、あれ程の事件が取り上げられていないわけがありません。話自体、成り立たないんじゃないでしょうか?」
「きっと騒がれるのが嫌だったんですねぇ……我慢したんですよ」
しみじみとした口調でエルシーが呟く。
「…あぁ……」
「指の皮が剥けたり爪が剥がれたりしてると思うので、手当ての為の消毒液や包帯を用意しました」
エルシーは、持ってきたカバンをぽんと叩く。
(だ、誰か……誰か、エルシー様を止めてください……!)
「──ねぇねぇそこの人〜! もしかしてこれから特殊講堂に行くー?」
振り向くと、大きな荷物を抱えたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)と、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がこちらに向かって来ていた。
「ボク達も一緒していい〜?」
エルシーとルミは顔を見合わせると、大きく頷いてみせた。
近くで見て気付いた。
カレンの手には、何故か簡易コンロ。
空腹の少年のために特製スープを作り、食べさせたいと思っていたのだ。
天然のビリーバーなカレンは、ピアスの『なる話』に怖がるよりも、話を聞いてから一ヵ月後の今日、時間軸を超えて現れる(と信じている)少年のために料理を作り、スープを食べて、是非天国への階段を上ってもらいたいと考えた。
「きっとお腹と背中がくっつく位、はらぺこだったんだろうね……ボクの特製料理で、天国に導いてあげないと!」
「……現れるわけないだろう…」
「ん? 何か言った、ジュレ」
「いいや別に」
ジュレールはカレンに頼まれ、ドアノブの少年が現れたらすぐに知らせることになっていたが、ジュレール自身カレンとは違い、この『なる話』を全く信じていなかった。
「うわぁ〜もしかして、それであの子にお料理を作ってあげるんですか?」
エルシーは歓喜に満ちた視線を向けると、カレンは照れながら小さく答えた。
「うん……口に合うと良いんだけど……」
「絶対大丈夫ですよ! 私も傷の手当てをする道具、持ってきましたし!」
「わぁ、一緒だね!」
「はい!」
「…………」
カレンとエルシーの会話を聞きながら、パートナー達は苦笑する。
「お互い苦労しますね」
「そうなのだよ、困ったもんだ」
人の口に戸は立てられない──
風の噂で、何故か『なる話』を聞いてしまった月島 悠(つきしま・ゆう)とパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)は、百合園へやって来ていた。
「きょ、今日は講堂で、皆と一緒にいられるんですよね?」
「そうだよ。だから私がこんな格好してるんでしょ」
憮然としながらも、流れるような青く長い髪をちょっとだけピンで留め、袖も襟元もフリル付き、教導団にはいなさそうな可愛いタイプ──『女の子モード』で、悠はそこにいた。
こんな自分を、知り合いや……特に教導団の連中にだけは見られたくない。
恥かしすぎる!
出来るだけバレないように、悠は周囲を気にしながら移動していた。
「うぅ……こんな姿見られたら生きていけない……」
「バレませんよ。どこから見ても、百合園の可愛い可愛い生徒です」
「翼のその左腕でバレバレだろう!?」
「うぇえ!? ボクのせいですか? そんなぁ…」
翼は、途端に情けない顔になった。
悠はがくりと肩を落とす。
「もういいよ……なるようになれ、だ」
「きっとそのうち、ピアスさんから回避方法を聞いた皆がやって来て、丸く収まるはずですよね」
「本当に一刻も早くそうなってほしいよ……」
「ボク、心霊現象だけはダメなんです」
「……知ってる」
悠はくすりと笑った。
「とりあえず、皆と一緒に遊んで楽しんで、気を紛らわそう」
私まで怖がってしまうと、翼の恐怖心が増長されそうだからね。
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