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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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黒羊郷探訪(第1回/全3回)

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6‐05 迫る、黒羊旗

 傭兵の一人が、酒場に入ってくる。
「お、おい。北の森からよー、何か黒尽くめの軍勢がよー近付いて来てるってんだがよー。どうする?」
「軍勢?」
「丘の上からちらっと見えたってんだ。詳しくはわかんねえ」
 何人かが、外へ出て行った。
 店内が、騒然となる。
「今だ」
 イレブンらは、店の奥にさっと移動し、下男に裏口へ案内してもらった。



「おっ。この騎狼は……イレブンのだぜ?」
「どうしたのであろう。青年。まさか、酔いつぶれているのでは……」
 北の森から、情報を持って逃れてきたデゼル林田
 軍勢は、追っ手を出すことはなかった。
 ゆっくりとした速度で、バンダロハムの境界へ迫って来ている。
「デゼル、林田」
「イレブン」「青年」
 三人は少し話し込む。
「……教導団に敵対する勢力?」
「とにかく早いとこ、本営に戻らねえと」
「待ちんされよ、兄ちゃん」
 皆、酒場の裏口を振り向く。
 相席していた老人。ナイフをしゅるしゅると手に回している。
「面白そうじゃねえか。ただ、それだけじゃ」
 ざ。もう一人、歩み出た。「……」蛇の杖を手にした青白い顔の術師だ。確か、テーブルの隅にいた。
「俺もだ」髭の男。管槍の使い手らしい。「俺は、これだ」手でマネーのサインをしてみせた。
「さあ、早くこの狼の乗り方を教えてくれ。まあ、俺はもと騎兵だ。早いぜ」
「ちょっと! これはあたしの騎狼!」
「カッティの後ろに乗っていけばいいよ。本営には予備の騎狼が待機している」
「そんなぁ……」
「じゃあ、わしは青年……イレブンと言ったか、の後ろで。わしは馬は乗れんよ?」
「付いてくるのは、これだけか?」
 岩造だ。
「そんな筈はないだろう」
 岩造は、誰もいなくなった酒場の表口を出て、丘陵に集まる人々の群れに、叫んだ。
「食い詰め者ども聞けい。
 教導団に味方してくれるならば、貴様らを雇い入れる!!」
 岩造は本営で、騎凛教官に、浪人達を龍雷連隊に雇い入れる許可を貰おうとしたが、騎凛はもういなかったのだった。
 それに今や、許可を待つ余裕もない。
 岩造のもとに集まる食い詰め者達。
「あ、あいつ……」
 傭兵達が、顔に見覚えありと、岩造の方を見ている。
「貴様ら。私が、龍雷連隊が隊長、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)だ!!」

 北の森から、続々と、黒の甲冑達が隊列をなして出てくる。
 掲げるのは、黒羊旗だ。



 さて多くの食い詰め者達が、教導団に雇い入れるという岩造のもとへなびく中、頑と動かなかった集団がある。
 彼らは、彼らの塒へ一旦戻っていた。
 少々、この状況を考え込むこの男……
「おい、本当によかったのか、五月蝿い……いや、五月蝿ひろし殿」
 五月蝿 ひろし(さつきばえ・-)
 ここに潜入、……いや参加し、数日。
 末席より彼らの会話に注意深く耳を傾け、行動を監視、……いや、注意深く眺めてみたが、単なる金目当てというだけでなく、騒動好きというだけでもない。かと言って、何か根深い怨恨に根付いているのでもない、ただ彼らは彼らで必死で食うために、ある者は自らの家族を養うために、近辺を襲ったり、あるいは、山林で狩りをすることなどの方が多いのだが。しかし、これでよいとは思えなかった。考えもなしに、襲撃などを繰り返しても、命を落とす危険は常にあるし、相手の勢力が強ければ潰されてしまう。明確な戦略や長期的な計画を持たない烏合の衆に近い側面も持つ集団だった。年長者や経験者には従うが、彼らにはブレーンとなるような者もいない。
 とにかく、こういった者達を、教導団が兵としてそのまま組み入れてしまうのには、やはり問題があった。
 先程の男……
 そう、岩造だ。
 彼は、岩造が食い詰め達に呼びかけを行った際に、身振り手振りで、「ちょっと待て」と合図したのが、ほぼ後の祭りだった。それに、気付いてももらえなかったが……
 かなりの数が、岩造のもとへ走ってしまった。(他にも教導団を信用せずに動かなかった者達があるが、それはメニエスの演説を個々に信じた食い詰め浪人達だった。)
 無論、敵か味方かもわからない軍勢が接近しているこの非常事態においては、岩造の行動は間違っていたとは言えない。が、後のことを考えると、……どうだ?
 しかし、まあ私達の集団は、一集団だけで100程を構成する。
 まだまだこれを動かしようはある。
 ひろしは考え込んだ。
「お、おいひろしよぉ。さっきからずっと考え込んでんじゃねえかよぉ。俺達は、せっかくの教導団に雇い入れてもらう機会を逃したんじゃねえだろうなぁ」
 食い詰めの一人が、ひろしの肩をゆさぶる。
「まあ、待ってください。どうか」
 ひろしと共に流れてきた、端正な顔立ちの色白の女性、甘利 砲煙(あまり・ほうえん)だ。
「ちっ。おいこの状況だってぇのによぉ。女は黙ってなってんだぁよぉ」
「女だって……なめるんじゃないよ!」
 姐さん口調に変わり、牙を剥いて見せる。
「何なら……」
「ち、ちっ。わかったぁよ。何だってぇんだよぉ、こいつら」
「ソウデスゾ。拙僧カラモ、オ願イ致シマスゾ」
 ずい、と進み出たのは……
「お、あんたは……」
 フランシスコ・ザビエルだ。彼も、何故かひろし達と一緒にこの集団に流れてきた。
「ウマイ話ニハ、必ズ、裏ガ、アル」
「む、むう……」
 どことなく思慮深く、毛並みのよさを感じさせるザビエルに、押し黙ってしまう浪人達。
 そうなのだ。
 ひろしが彼らに強調したのも、そこだった。
 あくまで教導団の方から勧誘があるのを待って、その上で金額・待遇その他の条件を問いただす。
 安く雇われてしまっては、今までの生活と変わりがない。いつ首切りされるかもわからないのだ。
 前金交渉、それに保証に対する交渉までせねばならない。
 そう言って、浪人らを黙らせたが。
 岩造の勧誘は、あまりに唐突で強引であった……何とか彼らを押しとどめたが。
「あ、あの頭ぁ。何か、俺達のとこへ、使者ってぇのが来てますぜ」
「来たか!」
「よっしゃ、ひろし! 来たぞ、教導団の遣いが。頼む、俺達を高く売りつけてくれよ、交渉を破綻させるんじゃあねえぞ!」
 浪人らに引っ張られていくひろし。
 黒尽くめの使者。黒羊旗から遣わされた使者だった。
「この地の食い詰め浪人を調べ上げてあるが、教導団の呼びかけに、安易に呼応しなかったそちらの動きは見事だ。
 ……五月蝿ひろし殿、だったか。貴方が集団のブレーンと見た。我々、黒羊軍の力にならんか。条件は悪くないぞ」



 貴族館にも、黒羊旗からの使者は訪れていた。
 街では、教導団に味方する食い詰め浪人も現れ、混乱が生じているという。
「何と……くっ、あの女魔法使いの言った通りか。
 しかし、お前らの目的はなんじゃ。お前らが現れたせいで、教導団を刺激しこのようなことになったのではないか?!」
「いずれにしても、教導団を追い払いたいのだろう?
 貴方達は、我々を受け入れればいい」
 騎士システィーナも、ここに居合わせた。(こいつら……教導団の敵、か……。)
「だが……今、教導団の先兵が、貴方がたバンダロハムの食い詰めどもを引き入れ、境界に陣取っている。
 これは、片付けてもらわねばならん。バンダロハムの外まで兵を出せとは言わん。後のことは我々がする」
 貴族は唸った。
「ううう……わかった。
 ええい。ギズム・ジャトはおらんのか?!
 ドリヒテガ。残る傭兵どもを率い街へ出ているジャトらと合流せい。境界にまで入り込んでいるという教導団の連中を、食い詰め浪人ごと蹴散らせ。
 その後、黒羊旗を迎え入れよ」
「ぐふへへ。こくよーき、くろいやつら、こここころすのだな」
「違う! 教導団だ。教導団を殺すのだ!
 ……システィーナ。そなた、ドリヒテガに付いて、教導団を討つ役目を果たすのじゃ」
「……はい」「お姉様」「さ……、いやシスティーナ。では、このデニムは貴族殿を守り、ここに残りましょうか」
「デニム?」
「ふむ。そうしてくれるとありがたい……まあ、ここまで教導団が侵入してくることはないであろがな」
 ドリヒテガが出て行く。
 館に残る十数の傭兵が動いた。
 システィーナ、カチュアもそれに続く。

 この貴族館から一人、いつの間にか姿が見えなくなっている傭兵がいたのだが……誰もそれに気付いていなかった。



 バンダロハムの雑居区。
「はあ、はあ……」
 迷路のように入り組んだここを、何かに追われ、逃げる二人。
健勝さん!」
レジーナ、こっちであります!」
 壁に隠れて、アーミーショットガンをかまえるが……
 よく耳を澄ますと、ひた、ひた、とかすかに足音は聞こえる。
 だが……
 ひゅん。また、弾丸がかすめた。
 姿のない狙撃手だ。
 文字通り、
「光学迷彩でありますか……!」
 ひた、ひた。高まる緊張感。
(考えていた可能性なのですけど、本当に光学迷彩で狙われますとは……しかも、こんなに執拗に。)
 レジーナは、パワーブレスをかける。
 集中する金住 健勝。
 ひた、ひた。
 ……そこでありますか!
 どんっ。壁に銃弾。
「……くっ、だめでありますかっ……」「健勝さん……」
 ひた、ひた。
 辺りは廃墟のように静かで、人影一つもない。
 姿のない狙撃手……どうやら相手は、ゆる族の殺し屋のようだ。



 貴族に雇われの傭兵達は、ほとんどが一旦指示を仰ぎに貴族館に引き返し、途中でドリヒテガらと合流した。
 彼らはすぐ、バンダロハムの教導団に攻撃を仕かけるべく、丘陵を下りる。
 そんな彼らとは別のところにいるのは、
「おいタカムラ」
「何でしょう?」
「はあ? おい何だ、その丁寧口調は? さっきの勢いはどうした。……不思議な野郎だぜ」
 ギズム・ジャトだ。彼は貴族館とは別の方へ歩き出した。
 鷹村と一緒に。
「あ、ああ。……そうだな」
「俺はどうも、その黒尽くめの集団ってのが気にいらねえ気がするぜ」
「俺達の偵察隊が、教導団の敵対勢力だと言っていた。
 となると、バンダロハムにとっては、味方かも知れないぞ」
「バンダロハムにとってはな。だが、この俺が気に入らねえって言ってんだ!」
「そういうのは……わかる気はするが」
「おいタカムラ。お前、教導団じゃなく、お前個人的に協力してくれないかって言ったな。
 いいぜ、そういうことにして、黒尽くめと戦ってやってもな。但し、」
 ジャトは立ち止まり、鷹村の方を向いた。
「さっきの続きだ。お前が俺に、勝ったらな」
 はあ、という感じの鷹村。
「こんな時に、か……?」



 また、バンダロハムの貧民窟。
 自警団【黄金の鷲】を結成したエルギルガメシュのもとにも、軍勢迫るの話は届いていた。
「やはり、か」
 静かに答えるギルガメシュ。戦いは避けられそうにない、か。
「えっ。でも、教導団と街の傭兵が衝突したのではなく、新手の軍勢が、か……」
 エルは、考え込んだ。
 いずれにせよ、この街が戦場になれば、いちばん被害を被るのは、こういった何をすることもできない、民達だ。
 だからこそ、守らねばならない。
 しかし、自警団を組めたことはよかったが、この力なき大勢の人々を、どう守るのか、といった問題もあった。
 武器らしい武器もなく、また武器を手にとったことのない者もあり、自警団といってもどこか頼りない。
「皆さん。安心して、落ち着いてください」
 不安がる人々を、ギルガメシュが何とか落ち着かせてはいる。
 だがもし戦闘になれば……。
 エルは、人々に話しかけた。
「どなたか、傭兵や、あるいは湖賊をやっている人の家族はいないだろうか?」
 食い詰め浪人らの中には、家族をこの辺りに置いている者らもいるようだ。
 がやがやと、騒ぎ出す人々。その中から、小さな子どもが連れられてきた。
「この子が」
「父ちゃんが、湖賊やってっけど……」
「内緒だけどうちのパパは貴族のとこでいけないことしてる。下っぱって呼ばれてた……内緒だけど」



 更に……貧民窟より東に行ったところ。
 丘陵が完全に終わり、低地となり、川に至るまで広範囲の沼地となっている。
 この沼地との境界に、沢山の露店が立ち並んでいる。
 沼に住まう者が、街の者や旅行者と売り買いをする、沼人マーケットだ。
 ここを訪れていた沙 鈴(しゃ・りん)綺羅 瑠璃(きら・るー)は、見飽きない様々の物品を眺めながら、ここを歩いていた。賑わいもそこそこだ。
「何処の国のだかわからないような雑貨、家具、服や靴。壊れているものもありますし……気味の悪い彫刻や趣味の悪い絵画、誰なのかわからない肖像画、……
 かと思えば、きれいですわね、えっと魚竜の鱗の鎧……20,000G? この宝石の首飾りもいいですね……っと、水神の涙、30,000G……これ何か特殊効果ありますの?」
「購買じゃ売っていないようなものばかりね、沙鈴さん」
 貧民窟では少々心が塞いでいた瑠璃も、少しは気が晴れたのか、笑顔を見せている。
「掘り出し物もありそう」
 日によって閉まっている店もあるが、ざっと、二百、いやもっとあるだろうか、種々の露店、露店。
 一体ここにあるような物がどこから入ってくるのかというと、どうやら、沼人は、川や、湖を行き来しているらしい。その底をあさっているのだろう。川をずっと下って、ここの人が見知らない地方に行くという話も、それにまた、湖賊と取り引きがある、という話もある。湖賊も川を伝い、昔程ではないがその活動範囲は広い。湖賊にとっては要らない宝や、訳ありの物品を、沼人と売買している、といったことだ。そういったものを、沼の底にある家で磨いたり、細工や加工をしたりして売りに出している。
 川の幸を使った焼きそばだとか、ラーメンの屋台もある。
「沼人が作ったラーメンとか……あまり食べたいとは思えませんわね」
「沙鈴さん……お昼は、たこ焼き食べたよね」
 たこ……沼たこ……だろうか?
「……」
「沙鈴さん?」
「オウネーチャン。沼ビールモアルデヨ?」
「……一本、頂きますわ。瑠璃は?」
「遠慮しておく」
「オウ、ネーチャン、ドッカラキテルデ?」
 沙鈴は警戒されないため、空京あたりの旅行者の服装で来ている。
「え、ええ……教導団の卒業生で、旅行しながら仕官先を探しているのですわ」
「キョドウダンカァ。シャンバラニモイロイロ、ガッコウデキテルラシイネ? キョドウダンッテ、パラジツノコトネ?」
「……」
「パラ実は知ってるのね。沙鈴さん」
「オウ。パラジツ、湖賊ニイチジキシュウショクサキ、オオカッタヨネ?」
「……(知らないわよ)」
「……(沙鈴さん、沙鈴さん)」
「ネーチャンモ、シュウショクスルナラ湖賊、イイヨネ?」
 湖賊、ですか……。その辺りの状勢を探るのもありかも知れませんわね。沙鈴は思った。セイカさんのいない第四師団のために何か、ここで役に立つことができればいいのですけれど。……