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リアクション
邪魔なコードを慎重にどかしながら、10人は室内を捜索していた。ジロウは最初、やる気が出ないと渋ったが、悪斗さんのようになりたいの? とファーシーに揶揄されてしぶしぶ従った。この機晶石、意外にいい性格をしている。
「このコード、何とかならないのか? 機動力を抑えたいのなら切断しても……持って帰っても良いんじゃないか?」
「駄目です!」
何気なく欲望を含めたエヴァルトに制止の声を上げたのは、以前からここにいる人物ではなかった。神野 永太(じんの・えいた)が真剣な顔をして入ってくる。
「それを切ると、熱気が出てくるんです! 下手したら火傷じゃ済みませんよ!?」
「う、そうか……残念だな」
エヴァルトは心底残念そうに項垂れた。
ファーシーの前には、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が立っていた。彼女は、壊れた少女型機晶姫と機晶石を見据えていた。いつもと変わらぬ様子なのになぜか引き込まれ、銅板捜索をしていた面々も動きを止める。
「ザイン……」
頑張れ、という気持ちを込めて永太が呟く。
契約したばかりの頃は、無口で感情を表に出さない静かな子だったザイエンデ。でも、最近では自己主張をするようになったし、何より歌を歌っている時に時折見せる微笑みが永太にとってなにより嬉しいものだった。
いまの彼女なら、機晶石と上手く対話してくれるんじゃないだろうか。
「あなたは何がしたいの? 何を望むの? 何を求めるの?」
「わたしの望みは……一つだけ……」
その時、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が立ち上がった。
「あの、良かったら……今だけ、ルミーナさんやみなさんに言葉が届くように、電波を出してもらってもいいですか……? 私やあなたと同じ機晶姫や、たくさんの人達が別の場所で頑張っています。その人達にも……聴かせてあげていいですか……?」
「セル……」
セルウィーがこれだけ喋るのは珍しいことだ。それだけ、想いが強いのだろう。
『ごめんなさい……』
草原を進んでいたルミーナが立ち止まった。護衛の8人に振り返る。磁石のように、機晶石に向かって引き寄せられているルミーナを止めることは、今のファーシーにとっては難しいことだった。ルミーナは、すぐにまた巨大機晶姫に向かっていく。だが、その口が閉じることはなかった。
『わたしは……ファーシー……』
全員に教えるように、ファーシーはもう一度言った。
『マスターの名前は、ルヴィ・ラドレクト……今、探してもらっている銅板は……マスターに頂いたものです……』
「そのマスターは、どこに行ったの?」
『わかりません……』
ザイエンデの問いに、彼女は小さな声で答えた。その声には、寂しさや哀しさ、気掛かりが含まれていた。
『わたしは壊れてしまうけど……感謝の気持ちと一緒に、銅板を返したい……できれば、意味も知りたかったけれど、返せるだけで……』
「あなたは、そのマスターのことを……」
『はい、大好きでした……いつも、自分よりわたしのことを考えてくれて……それが申し訳なくて、いやで……でも、うれしくて……すごく、尊敬できる人でした……』
「…………」
ザイエンデは、ちらりと永太を見る。
『きっと、わたしは……あれを返したくて……守りたくて……気持ちを伝えたくて……復活したのだと思います……』
『もう……時間が無いけれど……』
優斗とラスは、彼女の声を聴きながら、電波発生装置の前まで来ていた。1メートル四方の、鈍色の箱だ。
「きれいな、声ですね」
優斗が言いながら、高周波ブレードで慎重に蓋を開けていく。中には、コードに繋がった一つの機晶石が入っていた。石は動力を受けて輝いていたが、そこからは何か切羽詰まったものが感じられた。壊れる寸前のような。だが――
「この石は、ただの媒体だな。小型飛空艇や、ハートの機晶石ペンダントと同じだ。心は、無い」
「じゃあ、壊しても……」
戸惑いを隠せない優斗に、ラスは笑いかける。
「大丈夫だ。なんなら、俺がやってやろうか?」
「いえ――僕がやります」
高周波ブレードの刃が、機晶石を2つに割った。
ぷつっ……
途端、携帯電話からノイズが漏れた。画面の圏外表示が消える。
「んじゃ、とりあえず仕事は終わったな。俺は他にも、やることがあっから」
ラスはそう言うと、優斗から離れた。
「え、何ですか? 僕も……」
「宝さがしー」
軽い口調で答え、彼は奥へと消えていった。しょうがないなあ、という感じでふっと息をつくと、優斗は早速弟に電話しようとした。そこで、気付く。
「あれ……? もしかして、僕……」
着信音が鳴る。
『あほかお前は! 機晶姫の声が聞こえなくなったじゃねーか! どうせ切るならもう少し待ってからにしろよ!』
「あ、やっぱり?」
『やっぱりって……ああもういいや。その代わり、ルミーナさんが目覚めたしな』
「本当に!? 良かった……」
『とにかく、早くそこから出ろよ。かなり危ないって、ルミーナさんが言ってる』
「建物に見えるけど、機晶姫なんだよねぇー。ってことはここが頭かにゃー?」
小型飛空艇で巨大機晶姫の頭まで辿り着くと、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)はその上に乗った。
なんで登るのかって? そこに機晶姫がいるから! ただそれだけ!
地上を見下ろして、言う。
「きゃっはー! 人がゴミのようだよぉー!」
外の生徒達の耳に届けば全員もれなく青スジを立てる発言だが、幸いというか何というか、声は空中で霧散して地上までは聞こえなかった。巨大機晶姫上部の風が、少々荒いことが原因だろう。
ちなみに、きゃっはーと言ったのは、元百合園生でヒャッハーまではっちゃけきれていないからである。
「行け行けゴーゴー! 機晶姫ロボ! このまま蒼空学園をぶっつぶせー! つぶした後なら、なんでも協力するよー! LOVEは大事だからねー!」
心臓部に到達した四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、光術で照らした室内を見て感嘆の息を漏らした。
「すごいわね……」
そこには、大きな機晶石が鎮座していた。土台に固定されたそれは、唯乃の身長を軽く超えた大きさだった。縦3メートル、横2メートルというところだろうか。室内には、蚤や槌といった道具が散乱している。
「でも、しゃべりませんよー? 巨大機晶姫はまだ動いてるし、死んじゃったわけじゃないですよねー?」
エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が言う。
「え、じゃあ……ハズレ?」
唯乃達は、動力源である機晶石が心臓部にあると考え、侵入時の穴の位置から銃型HCのマッピング機能を使ってここまできた。機晶姫であるフィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)も波動を感知せずに情報攪乱で自身に干渉する電波をジャミングしてしまい、予測が外れていることに気付かなかったのだ。
「これは、ただの未使用機晶石です」
とどめのようにフィアが言って唯乃をがっかりさせたが、彼女は、すぐに気持ちを切り替えた。
「まあいいわ。これは大発見よ! こんな大きな機晶石見たことないわ。というか、へえー、こういうのから切り出して使っていたのね。フィア、何か感じる?」
「そうですね。何か……変な感じです」
「そっかー……うん、これ、持って帰りましょうよ。全部は無理だけど、折角の貴重な資源だし。で、さっき電話が話した銅板とかいうやつも探してみましょう。やばくなったら、道も記録してあるし逃げればいいわ」
唯乃はそう言うと、落ちていた鑿を拾った。
乗用大凧を操り、巨大機晶姫の左肩にシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が降り立った。サンタのトナカイに乗ったガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)がそれに続く。
シルヴェスターは、頭部の耳があるべき部分に取り付くと、穴を探した。名乗りを上げてから入ろうと思ったのだが――
「ありませんね、穴」
「しゃぁないのぅ。耳が無いなら開けるまでじゃ」
頭から距離を取ると機晶姫用レールガンを構え、電磁加速された弾を発射する。弾は土壁を貫き、衝撃が頭部を揺らした。開いた穴を中心に土が割れ、崩落する。
「きゃあ!」
それに驚いたのは、頭の上に寝転んで携帯をいじっていた真菜華だった。頭部から身を乗り出して下を確認し2人を見つける。彼女の中に生まれたのは、不満よりも悪戯心だった。
「あっ! 邪魔してやろっと!」
「わしゃぁシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)っちゅうもんじゃ! こがぁなぁはガートルード! 機晶姫は皆兄弟、協力しちゃるから本体はどこじゃ?」
真菜華はトミーガンを取り出し、威嚇射撃程度、という気持ちで弾をぶっぱなす。
殺気看破でそれに気付いたシルヴェスターは、ガートルードの胸を突いて押しやり、ぎりぎりで銃弾の雨を避けた。
バランスを崩したガートルードが肩から落ちそうになり、寸でのところで腕を掴んで引き寄せる。
「あ、危なかろ!」
シルヴェスターが見上げると、真菜華は悪びれもせずに飛び降りてくる。
「ごっめーん! そーだ、知り合い記念にマナカとケー番交換する?」
「へ?」
ぽかんとするシルヴェスターの横で、ガートルードが携帯を取り出した。
「いい? やったー! ほら、あんたも!」
「あ、あんた?」
面食らいながらも、シルヴェスターは携帯を取り出していた。何故か抗う気になれない。訳の分からないうちにケー番交換は終了し、シルヴェスター達は改めて、巨大機晶姫に入っていった。
「ばいばーい!」
手を振って2人を見送ると、真菜華は頭部に戻ろうとした。だが、耳の穴から黒いぼさぼさ頭が出てきてぎょっとする。
「ん? なんだここ……耳か? てことは、さっきの場所は……」
ラスはきょろきょろしてから言うと、真菜華とばっちり目を合わせる。
「…………」
「…………」
「……おい、お前! こっち来い!」
「え、えぇ〜っ!?」
無理矢理に手を掴まれ、真菜華は中に引き込まれた。
「さっき、腕っぽい所に何か見えたんだ。宝くさかったんだけど、奥まで手が届かなくて……ちょうどいいから、協力しろ!」
「何その自己チューな理由! ちょっと! マナはてっぺんに居たいんだってばー!」
「おい、よく聞けよ。ただ建物が壊れるだけと、建物と人の両方が壊れんの、どっちがいいと思う?」
応接テーブルに靴を履いたままの右足を乗せて身を乗り出し、瀬島 壮太(せじま・そうた)は禿頭のシャンバラ人に啖呵を切った。左手の人差し指には、アーマーリング型機晶姫のフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)が嵌っている。
環菜の放送を聞いて、すぐに巨大機晶姫に向かおうとした壮太だが「お願い壮ちゃん、あの子を傷つけないで」というフリーダの言葉を受けてツァンダ市民を避難させようと自治体の役所を訪ねていた。
被害がなければ万々歳。たとえあっても死者を出すのは避けたいところだ。
「しかし、先程電話から流れていた声からは、悪い者とは思えなかったが……」
「悪い奴だろうが良い奴だろうが、現実にこっちに向かってきてんだよ! 保身のためにある脳みそ使っても解んねえか!? その脂肪、焼肉にして食っちまうぞハゲ!」
フリーダはその様子を、申し訳ない気持ちで見守っていた。
(ごめんなさい壮ちゃん……例え侵攻を止めるためとはいえ、壮ちゃんが機晶姫を傷つけるところは見たくないの。エゴだって分かってるけど、こればっかりは仕方ないわ)
「な、なんて常識の無いやつだ! 目上のものに対する礼儀というものが……」
「あんたのどこをどう尊敬しろってんだ。避難させないまま市民が死んだら、あんた、殺人者だぜ? ……まあいいや、このことは御神楽校長に……」
「ま、待て! わかった、避難指示をするからそれだけは止めてくれ!」
環菜に多額の出資を受けている禿頭のシャンバラ人は、手元の固定電話に手を伸ばした。
役所を出た壮太は、ずっと黙っていたフリーダに笑顔を向けた。
「さて、落とし穴でも作りに行くか? 取り越し苦労になるかもだけど、下宿先が潰されんのは困るからな」
「ありがとう、壮ちゃん……」
せめてものお詫びといってはおかしいけど、疲れたらいっぱいSPリチャージしてあげるからね。
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