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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-1/3

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chapter.8 7日目(1)・深夜の船内 


 団員が増加し、無事空へと漕ぎ出せた新生ヨサーク空賊団。
現在時刻は深夜0時を少し回った頃であり、カシウナまではまだ半日ほどかかる。船内では、来るべき襲撃の時のため多くの者が休息をとっていた。が、中にはここぞとばかりに船の中ではしゃぐ者もいた。

 医務室。
 ヨサークに堂々と「高級バイト」と言ってのけた月実は、その強引な性格でどんどん周りを巻き込んでいた。主に今までその被害者はセシリアとそのパートナー、ミリィであったが、今回も例に漏れず彼女らは被害者となった。
「というわけでセシリアさん、私が船医なのだから、セシリアさんはもちろん看護士ね」
「ええっ、勝手に私たちの分まで決めたのかえ!? というかまず、ごく自然に地の文から『というわけで』などと繋ぐのはよすのじゃ!」
「うん、ちょっと何言ってるか分からないわね。ええっと、セシリアさんが看護士でリズは助手……と。えーとあとそっちの子。名前忘れた。あったっけ? 名前」
「あ、あるに決まってるでしょっ!? 何であたしだけ名無し扱いされなくちゃいけないの? ていうかあたし、なんでここにいるのかな……」
 ミリィは、このメンバーだと始めから知っていれば、おそらく乗船はしなかっただろう。月実に「バイトよ」と呼び出されたセシリアの後をついてきたら、お馴染みのこのメンバーが揃っていただけのかわいそうな子なのだ。
「名前はまあどうでもいいとして、仕事ね。確か最後のひとりは人体模型ってことで申し込んでおいたはずよ」
「いや、名前はどうでも良くな……人体模型!? 何それ、仕事? 仕事なのそれ!?」
「人体模型……ぷぷ、変な仕事……」
 リズリットが堪えきれず含み笑いを漏らすと、ミリィはつくづく思った。このコンビ、本当に教導団かしら、と。言動が完全にパラ実あたりのそれである。そんなミリィの視線などお構い無しに、リズリットは全員に制服を配り始めた。
「んーと、月実と私は船医と助手だから白衣で……セシリアお姉ちゃんは看護士だから、ナース服をどうぞ! あ、でも調達出来なかったから代わりにこれで」
「うむ、無いものは仕方がないのう……どれどれ。いやっ、あれっ、私の見間違えでなければこれは……メイド服じゃな。ナース服の代わりにこれって、こんなピンチヒッター見たことないぞえ!」
「えーとあと子分は人体模型だっけ? ぷぷ、人体模型って」
「あんたたちが勝手に決めたんでしょー!? いつまで笑ってんの?」
 すっかり肩で息をするセシリアとミリィ。きっと彼女たちは、月実とリズリットが何かしらボケる度に結構なカロリーを消費していることだろう。
「とりあえず模型は横になって。ここに」
「だから、模型じゃないって何度言えば……」
 ぶつくさ言いながらも、ちゃんと言うことは聞いてあげるミリィ。が、そのせいでいつも痛い目に遭っていることを、彼女は学習しなかった。
「模型は動いちゃダメなのだー」
 急に全身をくすぐり始めるリズリット。ミリィはすぐさま呼吸困難になり、顔を真っ赤にしていた。
「は、はぁ……はぁ……」
「服装はそのへんで大丈夫ね」
「服装っていうか……あたし……ただくすぐられただけなんだけど……」
「次はシフトよ」
 基本的に、月実は人の話を聞かない子である。
「まず朝勤がセシリアさん、そして昼勤がセシリアさん、夕勤がセシリアさんで、夜勤はもちろんセシリアさん……」
「私ばっかりではないかえ! 不平等シフトにも程があるのじゃ! 月実もどこかに入るのじゃ!」
「わがままね。じゃあ私は夢勤ね」
「夢勤!? 何を勝手に変な時間帯つくっておるのじゃ!」
「夢を見たら、そこできっと私は働いてるわ。素敵よね、そういうのって」
「何ちょっと綺麗な風に言っておるのじゃ! 要はただ寝てるだけではないかえ!」
「失礼ね。そんな失礼なセシリアさんは、サービス残業してもらわないと」
「サービスも何も、このシフトが既にもう私以外にとってサービスになってるではないかえ!」
「ちょっとセシリアさん、さっきから言おうと思っていたけど、医務室ではお静かに、よ」
「……もう好きにするが良いのじゃ」
 最終的に、セシリアが医薬品のチェックや準備、ミリィがそれらの整理、そしてふたりがナーシングを行うことで一応船医の体裁は整うという結論に達した。

 機関室。
 この飛空艇は運良く機晶石を動力としていたため、アタッシュケース機晶姫、リリはその機晶技術を遺憾なく発揮出来ていた。
「自分が工具箱以外で役立てるとは、嬉しい限りでありますなー」
 簡単な整備や点検を行っているリリの横で、アリーセは恍惚とした表情でごくりと喉を鳴らしていた。
「ステキです……こんなに黒くて、硬くて、大きくて。もう、そんなに激しく動くなんてっ……!」
「……アリーセ殿、独り言が多いでございますよ」
 リリによって一気に現実へと引き戻されたアリーセは、はっとした表情をして我に返った。
「いけませんいけません、つい出ちゃいました」
 独り言が、である。そしてアリーセが見ていたのは、エンジンである。アリーセは極端な話、空賊とか十二星華とか女王器とか、割とどうでも良かった。アリーセはただ、エンジンを愛でられればそれで良かったのだ。世に言うエンジンフェチである。アリーセhこのためだけに入団し、船に乗ったと言っても過言ではなかった。とは言え、乗せてもらった以上仕事はきっちりしなければならない。アリーセは機関部の動作の把握に努め、時折清掃をして動力部を綺麗に保っていた。
「アリーセ殿、生き生きしてますな」
「エンジンが私を見ていますからね」
 エンジンが少しでも綺麗な環境で活動出来るよう、アリーセは念入りに掃除を繰り返す。
「……髪が邪魔ですね」
 機関部は、細かいところが多い。その隅々まで綺麗にしようと思っていたアリーセだったが、その長い髪が幾分鬱陶しく思えた。
「……」
 すると次の瞬間、突然何のためらいもなくアリーセはその髪を肩のあたりまでばっさりと切ってしまった。
「アリーセ殿!?」
「どうせ後から生えてきますし。今はとにかくエンジンに失礼のないようにしないと」
 恐るべきエンジン愛である。しかし、その場で髪を大量に切ってしまったため、まず自分が散らかした髪の毛の清掃をやるはめになったのは誤算であった。
「アリーセ殿……」
 心なしか、リリの声が悲しそうに聞こえた。

 船内衣類スペース。
 急な増員のため荷物の出入りが激しく、ここはやや乱雑になっていた。それを見かねた清泉 北都(いずみ・ほくと)は、パートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)を半ば強引に引きつれ、整理を始めていた。そこには、酒場で元団員の説得をしていた路々奈のパートナー、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)もいて衣類の洗濯を行っていた。彼らは皆団員ではなかったが、ヨサークを手伝いたいということで乗船し、雑用に励んでいたのだった。
「おい、これはどこに持っていきゃあ良いんだ?」
 ソーマが小さめのダンボールを持って北都に尋ねる。
「うーん、たぶんそっちの方に置いといて良いよ思うよ。ねぇソーマ、身長高いんだし、せっかくならもうちょっと大きなの持ってよ」
「おいおい、俺は体力がないってこと知ってんだろ? そのへん甘く見んなよ?」
「……威張れることじゃあないけどね」
 ソーマは雑用することにあまり納得がいっていないようだったが、後で北都から血を貰えると聞き、仕方なく手伝っているようだった。
「ってく……ちゃんとたっぷりサービスしてもらうぜ?」
「はいはい、ちゃんと仕事したらねぇ」
 ぽつぽつと愚痴るソーマを、掃除しつつ北都は返事する。モップをかけながら、北都はヨサークのことを思った。
「前はソーマに引っ張られちゃったけど、いつか世間話とかしてみたいなあ」
 北都は空賊団に入るつもりは全くなかったが、その空賊をまとめているヨサークには少し興味があった。
「僕のところの校長先生と会わせたら、どうなるんだろうなぁ。ちょっと面白そうかも」
 きゅっきゅっと。モップの音を鳴らしつつ、北都はそんなことを考える。考えごとをしながらでも床はどんどん綺麗になっていき、さすがは執事というべきだろうか。洗濯や掃除に関して北都は、素晴らしい手際の良さを誇っていた。反対にソーマは出来ることが少なく大きくないダンボールを運ぶので精一杯であった。そしてヒメナは、彼らのそばで洗濯をしていた。前回なぜか戦いの直前に団員のパンツを洗い、あまつさえ風に飛ばすという失態をしでかしたヒメナにとってこれは一種のリベンジでもあった。
「ちゃんと裏返して洗わないと、ですね……あら」
 そこに、一枚の男性用パンツが落ちていた。
「洗い漏れがあるところでした。危なかったですね」
 ぽい、とヒメナはそのパンツをカゴに入れ、そしてまとまった洗濯物を洗い始めた。

「あれ……拙者のパンツがないでござる」
 団員の薫は、シャワールームから出てきて不思議そうに呟いた。
 彼は、シャワールームを掃除するため、一旦全裸になりその服を近くの衣類スペースに脱ぎ散らかしていたのだ。後はもう皆さんお察しの通りである。ヒメナはどういうわけか、パンツだけを洗っていたようだ。下着以外の服を着直した薫は、下半身がスースーするのを感じた。
「この時期の夜にノーパンは、まだちょっと冷えるでござる……」
 薫は、ただでさえシャワールームに長時間全裸でいた上にその後もノーパンでいたことにより、この後風邪をひくこととなる。
 ちなみに、なぜ彼、薫が掃除するだけなのに全裸でシャワールームに入ったのか、それは彼の所属している部活動がのぞき部であることに関係していた。つまり彼は掃除をしつつも色々と準備を整えていたらしいが、女性が誰もシャワーを浴びにこなかったので徒労に終わったようである。しかしそれももっともなことで、残念ながら今回船に乗り込んだ生徒は、そのほとんどが男性だったという驚きのデータがある。

 厨房。
 駿真のパートナーのセイニーと一緒に朝に備えて料理をつくっていた東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、部屋に入ってくるヨサークを見つけると包丁を一旦置き、声をかけた。
「よお、こんな時間にここで会えるなんて奇遇だねぇ。ちょおっと待っててくれるか、今なんかつまみでも作るからさ」
「おめえは、島で一緒にツレションしたヤツだな」
 あまり厨房という場にそぐわない言葉を発するヨサークに、カガチは相変わらずだねえ、といったニュアンスを滲ませつつ、笑みをこぼした。
「あん時は色々楽しかったし、迷惑もかけたっけなあ。もうバレてるたあ思うが、俺もあの島村組の一員、しかもそのボスのペットときたもんだ。最初は確かに騙そうとしてたけど、今は純粋に協力したいと思ってる」
 トントン、と包丁の音の合間に、カガチの声がヨサークに届く。
「あの女装ばっかしてる野郎も、前に同じようなこと言ってたなあ……最初がどうとか実はどこの組入ってたとか、気にすんじゃねえっつうんだ。今俺の団員なら、そう名乗りゃ良いだけの話じゃねえかよ」
「……すまねえ、俺は大和ちゃんと違って、島村組に入っている以上他の組と掛け持ちは出来ねぇ。けど、自由な空っつうあんたの夢に惚れたのは事実だ。だから、協力させてくれってのも本当の気持ちだ」
 入団は出来ないが手伝いはする、というカガチ。ヨサークはそこで強引に勧誘することもなく、笑って「うまそうな匂いじゃねえか」とだけ言葉を返した。
 深夜の厨房で男ふたりが静かに話していると、そこにぴょん、とカガチのパートナー、柳尾 みわ(やなお・みわ)が姿を現した。
「汚い船で靴が汚れるわね、もう。それはさておきやっとあたしのお夜食が出来たみたいね。早く盛り付けなさい。そうそう、かつおぶしのトッピングも忘れずにね!」
 猫型の獣人であるみわは、それを体現するかのごとく自由気ままな言動で男ふたりの会話に割って入った。
「みーちゃん!? なんでみーちゃんここにいるのおおお!?」
 それを見て驚いたのは、ヨサークよりもカガチの方であった。どうやらみわは猫化した上で隠れ身を使いこっそり船に乗り込んでいたらしいが、彼もそれを知らなかったようである。カガチの反応が少し嬉しかったのか、微かに背筋を張りみわはヨサークに話しかける。
「あなたがヨサーク? 随分むっさい顔ね。まあでもいいわ、下僕にしてあげる。喜んでいいのよ?」
「……あ?」
「あああ何でもない何でもないよー与作ちゃん。まだこいつ毛も生えてねえつるぺったんなガキなんで、許してやってくんないかね」
 カガチがみわを大人しくさせようとするが、みわはカガチが制止させようとしているのもきかず爪を振り回しカガチを引っ掻きだす。
「いてっ、いてて、みーちゃんお願いだから大人しくしてて。いてて……!」
 思わぬ形で韻を踏むことになってしまったカガチ。ヨサークは、厨房でドタバタしているふたりを見て、「食器壊すんじゃねえぞ……」と小さく呟き、厨房を出ていった。

 自室に戻ろうとしたヨサークは、団員ではないながらも船に乗り込んでいた仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)に通路で声をかけられた。後ろには契約者の前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)も立っている。
「おめえは、雲の谷ん時にいたヤツか」
「ヨサーク殿、また会ったでござるな。憶えていてもらえたようで、光栄でござる」
 伐折羅は軽くお辞儀をすると、一旦間を置いてからもう一度深めに頭を下げた。
「以前は邪魔をしてしまったようで、本当に申し訳なかったでござる」
 どうやら彼は、戦いの最中にヨサークを引き止めてしまったことが心に引っかかっていたらしい。ヨサークに「気にすんな」と言われた伐折羅は少し気が楽になったのか、その口を開きヨサークに語りだした。
「話を聞くに、今度は空賊同士で荒れ始めているようござるな。お主の団員が抜けたという話だが、頭の様子が少し変わったくらいで心変わりするとは、全く忠義というものが足らぬでござる」
 ブラックコートを羽織り、フードを目深に被った風次郎は黙ったまま伐折羅の言葉を聞き、誰にも聞こえないよう小さく呟く。
「伐折羅……やけにヨサークにこだわりを見せているな……」
 風次郎にそんなことを思われているとは気付きもせず、伐折羅はさらに言葉を続ける。
「生憎、拙者は空賊団に入るつもりはないのだが……助太刀という形でなら、先日の詫びも兼ねて喜んでお主に協力させてもらうでござるよ。こんなことを言い出すのも、お主の野望がどこまで通用するのかを見届けたいからでござる」
「へっ……好きなだけ見届けてけよ。ただ……」
 ヨサークは一通り彼の言葉を聞くと、そう言った後やや真剣な顔つきになって伐折羅に告げる。
「あんまり悪く言うんじゃねえ。いいな?」
 それだけを言い残し、ヨサークはふたりの前を通り抜けていった。言わずもがな、それは先ほどの伐折羅の言葉を受けての、ヨサークの元団員たちに対する言葉だろう。
「……なるほどな、確かに見ていて面白い男だ」
 彼の背中を見つめながら、風次郎の言った言葉に伐折羅も頷きながら言葉を返した。
「だからこそ、話してみたくなるのでござるな」



 その頃、襲撃に向かった何隻もの空賊船は、ヨサークの船よりもやや前方をカシウナに向けて進んでいた。その船の群れとヨサークの船の間に、2機の小型飛空艇が飛んでいた。それに乗っていたのは、蜜楽酒家でバイトをしつつ襲撃情報を集めていた、美羽とベアトリーチェであった。
「待っててねフリューネ! ロスヴァイセ家襲撃なんてさせないよ!」
「美羽さん、無茶はくれぐれもしないように……」
 ベアトリーチェの言葉を聞き流すように、美羽は飛空艇の速度をぐんぐん上げると、高らかに宣言した。
「ふっふーん、新たな空賊狩りの登場だよ!」