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小ババ様騒乱

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小ババ様騒乱

リアクション

 
 
1.復讐するは小ババ様にあり
 
 
「こば? こばばば……」
 ぺちっ!!
 しゅわわぁん……。
「よし、また一匹仕留めたぜ!!」
 金色のピコピコハンマーを高々と掲げて、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は雄叫びをあげる。
 ピコピコハンマーで叩かれた小ババ様は、あっけなく光の粒子となって消滅していった。
 元々があまりにも不安定な存在である。なぜ今まで存在できていたかが不思議なほどだ。ちょっとした衝撃やストレスで、小ババ様は簡単に光の粒子となって消滅してしまうのだった。
「蒼空学園の平和は、この俺が守る。けっして、ホワイトデーの恨みなんかじゃねえぜ!」
 いや、見るからにもろ逆恨みである。
「きゃー、こばばばー」
「そーれそれそれそれ!!」
 校庭の花壇の花の間をわきゃわきゃと逃げ回る小ババ様たちを、山葉涼司が容赦なく叩いていく。
 その一撃ごとに、しゅわん、しゅわわんとソーダの泡が弾けるように、小ババ様の小さく愛らしい身体が光の粒子となっていった。
「ははははは、思い知れ、キャンディーの恨み!!」
 叫びながら、山葉涼司がゴルディピコピコハンマーを振りあげた。
 ジュッ。
 突然の狙撃で、ハンマーの柄が砕け散った。
「何者だ!」
 素早く身を翻して身構えた山葉涼司が、いずこからともなく予備のゴルディピコピコハンマー2号を取り出す。
「そこまでだ。これ以上の残虐非道は、この私が許さん!」
 キラキラと電飾で彩られた桜の大木の上に立った支倉 遥(はせくら・はるか)が叫んだ。その肩からは、「超★ババ様FC会員No.000001番」と書かれたたすきを堂々とかけている。よく見ると、支倉遥の上っている桜は、電飾によって御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の顔の形になっていた。そのおでこの部分が、真昼でも分かるぐらいにピカピカと輝いていた。
「なぜ邪魔をする。こいつらを放っておいたら……。ちょっ、危ねえ。撃つな!」
「問答無用!!」
 支倉遥は、容赦なく星輝銃で山葉涼司を狙い撃った。
「さあ、小ババ様、早くこちらへ。皆の者、一斉攻撃じゃ。メガネを小ババ様に近づけさせるでない!」
 「超★ババ様FC会員No.000002番」と書かれたたすきを着けた御厨 縁(みくりや・えにし)が、支倉遥の横で叫んだ。
「あっ、俺はパスな。この電飾飾るだけでも大変だったんだぜ。後は任すわ」
 木の下に敷いたブルーシートで、電飾見をしながら伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)が言った。
「うむ。特にデコの部分の飾りは大変だったぜ」
 伊達藤五郎成実の紙コップにジュースをお酌しながら伊達 藤五郎成実(だて・とうごろうしげざね)が相槌を打った。
 屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)が買ってきたつまみやジュースなどが周囲には積みあげられていて、すでにそこだけ宴会モード全開だ。
「かげゆも無理だぜ。今手が塞がってて、あっ、あわわわわわわ!」
 電飾の頂点にあたるおでこ部分のLED電灯を磨きながら、脚立の上の屋代かげゆが答えたのだが、そのままバランスを崩して後ろ向きに落下した。
「かげゆ!」
 一緒にデコを磨いていたサラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)が手をのばすが間にあわない。
「おっと」
 猫型獣人にあるまじきあわてっぷりで落ちてきた屋代かげゆを、伊達藤次郎正宗が受けとめた。
「まったく。さあ、早くこちらへ、小ババ様。美味しい食べ物もありますよ」
 しかたなく自分一人で山葉涼司を牽制しながら、支倉遥が叫んだ。
「ハーイ、光ってますよー」
 シャチ・エクス・マシーナ(しゃち・えくすましーな)が、光精の指輪から呼び出した光の精霊で小ババ様を誘導した。
「こばばばばば……」
 一人生き残った小ババ様が、一所懸命走って逃げてくる。足がちっちゃいからなのか、まっすぐ走ってこないところがまたかわいい。
「こばっ!」
 電飾の光めがけて、小ババ様がジャンプする。
「はーい、こちらなのである」
 キラキラと輝くルミナス装備で身をかためたベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)が、空中の小ババ様を捕虫網ですくい取った。
「こばっ!?」
 しゅわわわーん。
 網にぶつかった小ババ様が、その衝撃だけで光に分解してしまう。脆い、脆すぎるぞ小ババ様。
「うわああああああ、ベアトリクス、何をしている!!」
 あまりの出来事に、支倉遥が身を乗り出して叫んだ。
「はれっ!?」
 支倉遥の身体に、電飾のケーブルが引っかかる。
「わあ、ちょっと、やば……」
 そのままバランスを崩してしまう。わずかに咲き残っていた桜の花を盛大に散らして、電飾のデコが支倉遥ごとベアトリクス・シュヴァルツバルトやサラス・エクス・マシーナの上に落ちてきた。
「むぎゅう……」
 配線の山に絡まって、八人がじたばたする。
「ははははははは。小ババの駆除、みごとだったぜ」
 勝ち誇った山葉涼司は、新たな獲物を求めて校舎へと走っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「小ババ様を救いましょう。小ババ様だって生き物です!」
 『セーブ・ザ・小ババ様』と書かれたプラカードを掲げながら、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がエントランスホールでデモを行っていた。
「小ババ様にも、生存権をなのである」
 サンドイッチマンよろしく、前後二枚のプラカードで身体を挟んだジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)も、とりあえず一緒に参加している。
「大変な状況なのは分かります。でも、小ババ様に悪意はありません。ただ、存在していたいだけなんです。だからお願いです。小ババ様を守ってください。みんなで力を合わせれば、きっと何もかもうまくいきます」
 カレン・クレスティアが、必死に訴えかけた。その真摯な言葉に、小ババ様を追いかけていた学生たちが思わず立ち止まる。
「ふーん、何やら騒がしいと思えば、こんなことになっていたとはな」
 カレン・クレスティアの訴えを聞きながら、斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)はどうしたものかと考え込んだ。
「本当に危険な状況なら、手伝うべきなのでしょうけれど、どうも、意見が分かれているみたいです」
「ああ。そのようだな」
 ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)の言葉に、斎藤邦彦はうなずいた。
「今日はもう授業もないし、直接命令されたわけじゃないんだから、手伝う必要もないな。人手は余ってるんだ、無理して私たちが出ることもないだろう」
 さすがに、小さな小ババ様を叩き潰すのは気が引けると、斎藤邦彦は早々と傍観を決め込んだ。
「こばっ」
 そのとき、エントランスに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に追われてきた小ババ様が逃げ込んできた。
「待てー」
 エヴァルト・マルトリッツが、手に持ったスリッパで、バンバンと小ババ様を叩こうとする。
「ああ、小ババ様。だめ、つぶしちゃ。こば? つぶすの?」
 小ババ様を追いかけてきたエヴァルト・マルトリッツにむかって、カレン・クレスティアが潤んだ瞳で訴えた。
「そんなことを言われてもだなあ。ここで見逃したら、御神楽校長に後で何を言われるか……」
 逃げ疲れて床の上に大の字になった小ババ様を前にして、エヴァルト・マルトリッツが困った。
「でも、殺すことはないでしょう」
 カレン・クレスティアが、エヴァルト・マルトリッツに詰め寄る。
「ふむ、これが小ババ様であるか。確かに、かわいいものではあるが……」
 自分の方が、ちょっとだけよけいにかわいいと内心思いながら、ジュレール・リーヴェンディが床の上の小ババ様を見つめた。そこへ、突然ピコピコハンマーが振り下ろされた。
「こばーー!!」
 しゅわわわーん。
 小ババ様が光になって消える。
「よし、仕留めたぜ」
 ジュレール・リーヴェンディの前に立った山葉涼司が、満足気に言った。
「はうぅぅぅぅ!!」(V)
 あまりの出来事に、カレン・クレスティアが悲鳴をあげる。
「ああ、俺の獲物が……」
 密かに用意しておいた金色のハンマーを残念そうにつかみながら、エヴァルト・マルトリッツが言った。
「容赦ないな、メガネの奴」
 さすがに、斎藤邦彦も呆気にとらわれる。
「ここから、本気モードだよ! ジュレ、やっておしまいなさい!」(V)
 堪忍袋の緒が切れたカレン・クレスティアが叫んだ。
「了解したのじゃ」
 ジュレール・リーヴェンディが、背負っていたレールガンを手に取る。折りたたみ式のバレルが展開し、四角い砲身が山葉涼司にむけられた。
「ちょ、ちょっと待て。俺は任務を遂行しているだけで……。そんな武器、こんなに所で使ったら」
「発射」
 あわててやめさせようとする山葉涼司を無視して、ジュレール・リーヴェンディが肩に担いだレールガンのトリガーを引いた。
「ぐわ」
 電磁加速された弾体が発射されるが、さすがに場慣れている山葉涼司は素早く遠くに逃げていた。そうでなければ、弾体の衝撃波だけでも、かすめただけで相当なダメージだっただろう。無論、直撃を受けたエントランス外壁の大ガラスはひとたまりもない。強化ガラスが粉々のシャーベット状に割れて吹き飛んだ。
「おい、人の学園で何をしやがる……」
 怒鳴りかけた山葉涼司の足下に、光弾が突き刺さる。
「そう、そいつは蒼空学園の獲物だ!」
 ずるずると全身に絡みついた電飾を引きずりながら、支倉遥と御厨縁が現れた。
「違うだろが!」
 やばいと感じた山葉涼司が、一目散に逃げだした。
「待て、小ババ様の仇!」
 その後を、カレン・クレスティアたちが追いかけていった。