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小ババ様騒乱

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小ババ様騒乱

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「なんです、今の爆発は?」
 蒼空学園の廊下に堂々と軍用バイクで乗り込んでいた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、ヘルメットのバイザーをあげてつぶやいた。
「さあ、私たちの他にも派手にやっている人がいるということですわ。こちらも、参りましょう、翡翠様」
 サイドカーに乗った柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が、さっと前方にむかって手を翳した。彼女たちに追われて逃げていた小ババ様の群れが、一瞬にして凍りつく。
「まったく、こうなる前に、ちゃんと始末はつけてほしかったものですね」
 躊躇なく凍った小ババ様たちをバイクで轢き潰しながら、神楽坂翡翠が言った。
「こら、君たちは廊下で何をしている!」
 学校の廊下をバイクで疾走するという暴挙に、後から駆けつけたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が強い語調で叱責した。他校の生徒とはいえ、彼はイルミンスールの教師である。さすがにこれは見逃せない。まして、多数の小ババ様が氷づけにされてバイクに轢かれているではないか、なんという悪逆非道。
「生徒指導室に呼ぶまでもありませんね。今ここで灰にしてあげましょう」
 怒りに駆られて、アルツール・ライヘンベルガーが、ファイヤーストームの呪文を唱えようとする。
「ま、待つのだ」
 それを見て、司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)があわててアルツール・ライヘンベルガーにしがみついて攻撃を止めさせた。
「何をするのです、仲達君。俺は、教育的指導を……」
 邪魔をされて、アルツール・ライヘンベルガーが怒鳴った。
「ここで他校を破壊してどうするのだ。それに、範囲魔法などを使ったら、せっかくの小ババ様まで全滅してしまうではないか」
「ううむ、それはそうであった」
 司馬懿仲達の忠告に、アルツール・ライヘンベルガーは渋々納得した。保護してイルミンスールへお連れすべき小ババ様を、攻撃魔法に巻き込んでしまっては本末転倒だ。それでは、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)たちにお土産にするという目的が達成できない。
「さあさあ、アーデルハイト様? こちらにくれば安心です。何者からであろうと、我々がお守りしますので、御安心を」
 アルツール・ライヘンベルガーが小ババ様たちに呼びかけたが、氷づけにされているため返事がない。
「無駄だと思うんだもん」
 神楽坂翡翠の乗る軍用バイクの陰から、小柄な人影が飛び出して言った。空中でクルリと一回転すると、床で氷づけになっている小ババ様を容赦なく踏みつぶして着地する。
「これは、もうやられちゃってるんだよ」
 そう言うと、榊 花梨(さかき・かりん)は、床の上で氷の人形と化している小ババ様の一体をポンと蹴りあげた。ミニスカートからのびた足が綺麗に頭上まで蹴りあげられ、氷づけの小ババ様がそのままの形で宙に舞う。
「えいっ」
 榊花梨は拳を突き出すと、落ちてきた小ババ様をそのまま打ち砕いた。
 砕け散る氷の破片とともに、光の粒子が飛び散って小ババ様だったものが消滅する。
「な、なんということを……」
 アルツール・ライヘンベルガーが絶句する。
「うん、すばらしい柔軟性ね。でも、女の子がそんな格好でキックをしてははしたないですわよ」
 デジカメを片手に、エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)が言った。しっかりと、今のシーンは撮影したらしい。
「それに、死んだ先輩の大切な形見を、そんなふうに足蹴にするなんて、許せませんよ!」
 言うなり、エヴァ・ブラッケは、榊花梨の眼前に光術を放った。ちなみに、アーデルハイト・ワルプルギス本人は死んではいない。
「まぶしい!」
 フラッシュのような閃光に、榊花梨が目を閉じてうずくまる。
「教師のようだが、何をするんだ」
 神楽坂翡翠が怒る。榊花梨をピックアップして、サイドの柊美鈴の膝の上に乗せると、神楽坂翡翠は、バイクを反転させて残った氷づけの小ババ様をすべて打ち砕いた。
「連れて帰りたいのなら、他のを探すんだな」
 そう言い捨てると、神楽坂翡翠はバイクで走り去っていった。
「なんて酷いことを」
 光となって消えてしまった小ババ様たちを見て、エヴァ・ブラッケが悲しそうに言った。
「だが、あの者たちの言ったことも正しい。早く、他のアーデルハイト様の分身を保護しなくては。後手に回っては、お救いできるものもお救いできなくなってしまう」
 アルツール・ライヘンベルガーは、神楽坂翡翠たちへの教育的指導よりも、小ババ様の保護を優先することにした。
「それがいい。で、わしも三人ほど連れて帰りたいのだが……」
「三人では足りぬであろうが。可能な限り、すべてお連れするのだ」
 アルツール・ライヘンベルガーは、そう司馬懿仲達に言い渡した。
 
 
3.屋根の上の小ババ様
 
 
「ふははははは……。蒼空学園の愚かなる者どもよ、もっと慌てふためくがいい。わたくしたちぺったんこの力を思い知るのだぁ」
 懐かしき蒼空学園の屋上、そのさらに給水塔の上に一人立ちながら日堂 真宵(にちどう・まよい)が高らかに笑い声をあげた。激しい風とともに青みを帯びた長い髪が激しく踊り、チャイナドレスの裾からすらりとした脚をのぞかせる。
「おーい、日堂真宵、パンツ見えてるぞー」
 下から見あげながら、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が両手でメガホンを作りながら小さい声で無表情に言った。
「う、うるさいわね」
 とうっとばかりに給水塔から飛び降りて、日堂真宵がベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの前に着地した。下からのぞかれないようにしたつもりだが、当然落ちるときは裾が全開でまくれ上がってしまっている。
「日堂真宵、皆に迷惑をかけるのはよくないですよー」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントは、耳まで真っ赤にしている日堂真宵に言った。
「そんな些細なことはいいのよ。見てらっしゃい、今日この日を境に蒼空学園は! 世界は! 依存しきったネットワークから隔絶されたナラカよりも深いどん底世界へと陥るのよ!」
「建前などどうでもいいデース。さあ、こちらの準備はできましたー。今こそ、光ファイバーカレーで、新しい世界の扉を開くのデース」
 スパゲッティ状に切りそろえた光ファイバーケーブルの上にカレーをかけた物が載った皿をいくつも用意しながら、アーサー・レイス(あーさー・れいす)が言った。およそ食べ物とは言えない物ではあるが、小ババ様であれば食べられるかもしれない。いや、光ケーブルはまだしも、カレーの方はどうだか分からないが。
 
「それにしてもうまくいったものだ。このままイルミンに帰還して、小ババ様を使い魔にしてもらえるように頼み込むぞ」
 バンと屋上のドアを開けて飛び出してきた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、素早く周囲を見回して言った。
「えへへ、やったね、おにいちゃん」
 タワーシールドの裏で光条石をかじかじしている小ババ様をそっとだきかかえながら、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が言った。
「後は、ここから魔法の箒に乗ってひとっ飛びするだけ……」
「そうはさせん。そこまでだ、幼女誘拐犯!」
 頭上から降ってきた口上に、本郷涼介は振り返った。
「何者だ!」
「スーパー・ヒーロー・ターイム。この世に悪が現れるとき、人知れず正義の影も現れる。風よ呼べその名前、光よ照らせその姿、心よ刻めのそのすべてを。パラミタ刑事シャンバラン登場!!」(V)
 おりからの風に長すぎる赤いマフラーを靡かせながら、腕組みをしたまま直立している神代 正義(かみしろ・まさよし)が名乗った。
「いや、今の季節にマフラーは、そろそろ暑いだろう」
「何を言う。正義の炎に燃える俺は、いつだって暑苦しい。とうっ、シャンバランダイナミィィィック!!」(V)
 本郷涼介たちが呆気にとらわれた瞬間を見逃さず、神代正義が取り出したシャンバランブレードで、クレア・ワイズマンの持つタワーシールドを真っ二つに叩き割った。
「こばぁ!?」
 光条石にしがみついたままの小ババ様が、コロンと空中に飛び出す。
「危ないデース」
 ずざざざーっと音をたててスライディングしてきたアーサー・レイスが、光ファイバーカレーの皿で小ババ様をナイスキャッチした。助かったのはいいが、小ババ様がカレーまみれになる。
「よくやったわよ、アーサー。このー、小ババ様をいじめる奴は許さないんだからね」
 駆けつけた日堂真宵が、神代正義を指さして叫んだ。
「それが、小型怪人コババーか。蒼空学園のネットワークを守るために、今ここで成敗してくれよう」
 神代正義が、シャンバランブレードを持ちあげた。
「待て、さっきと言っていることが違うだろうが!」
 本郷涼介が突っ込む。
「どうやら、あなたは排除しなければならんようだな。さあ、戦闘開始だ! クレアは下がっていろ」(V)
「はい」
 本郷涼介に言われて、半分の大きさになってしまった盾を持って、クレア・ワイズマンがアーサー・レイスの保護する小ババ様を守るように立った。
「このかわいそうな存在に何かするのであれば、まずはこの美少女魔道書であるテスタメントになさい。美少女魔道書テスタメントが代わりにどの様な仕打ちでもこの身に受けます。さあ、正義の味方なら、美少女魔道書を傷つけたりはできませんよね」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、ずいと前に出て言った。
「ふっ、美少女に化けたと言っても、しょせんは魔道書。悪は倒す。電子兵機 レコルダー(でんしへいき・れこるだー)!!」
 神代正義が、サポート機晶姫である電子兵機レコルダーの名を呼んだ。
「了解でありますですオタク野郎」
 出入り口の陰から姿を現した電子兵機レコルダーが、光の精を放って一同の目をくらます。さらに、そこへ煙幕ファンデーションを投げつけた。
「もらったぁ!」
 素早く飛び出した神代正義が、けほけほと咳き込むアーサーの手から、カレーの皿ごと小ババを奪い取った。
「よくやったわ、シャンバラン。さあ、早くサンプルをこちらへ」
 キャスターのついたテーブルを押しながら姿を現したフィルテシア・フレズベルク(ふぃるてしあ・ふれずべるく)が、神代正義を手招きした。
 なぜか手術着姿のフィルテシア・フレズベルクの前のテーブルには、これまた不似合いな大工道具一式が並べられている。
「ふふふっ。話を聞いたときから、どんな構造をしているのか、すっごく興味があったのよねえ。中を見てみるのが楽しみだわぁ」
 ノコギリとドライバーをゴム手袋を填めた手に持って、フィルテシア・フレズベルクが言った。解剖する気満々である。
 さすがに、それを見た一同が絶句する。
「なんということを……。たとえどんな小さな存在でも、精一杯に生きているのです。それを滅ぼしてしまおうだなんて、なんて野蛮で卑劣なんでしょうか」
「さあ、シャンバラン、早く小ババ様をこちらへ」
 非難するベリート・エロヒム・ザ・テスタメントを無視して、フィルテシア・フレズベルクが神代正義を急かした。
「そうはさせない!」
 本郷涼介が飛び出したが、電子兵機レコルダーがその前に立ち塞がった。
「すまぬコババー……俺にはお前らを救ってやることができない……!」
 涙ながらに、神代正義が、カレー皿をテーブルの上においた。何も知らない小ババ様が、無邪気な顔でカレーのかかった光ファイバーを食べている。
「オペ開始」
 フィルテシア・フレズベルクが小ババ様に手をのばした。クレア・ワイズマンが悲鳴をあげる。
 そのとき、突然小ババ様が真っ青になって苦しみだした。
「こ、こばばば、からばばばばば……」
 そのまま、光の粒子になって消えてしまった。
「アーサー、あなた、また今度も何をしたのよ!」
 また殺人カレーかと、日堂真宵がアーサー・レイスの胸倉をつかんで叫んだ。
「夭折されてしまった……」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントは、静かに合掌した。