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リアクション
★ ★ ★
「黒子ちゃん、そっち行ったよー」
「分かってはいるのだが……」
網ですぱーっと小ババ様をすくいながら、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)は言った。その勢いで、網に切り裂かれた小ババ様が光になって消えていく。
「もう、潰したらだめなんだからね」
秋月 葵(あきづき・あおい)に叱られても、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』としては一所懸命やっているつもりである。
「だいたいにして、小ババ様が脆すぎるのだ」
「そんなこと言ってないで、ちゃんと責任とらなくちゃだめだよー」
もとはといえば、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』がアーデルハイト・ワルプルギスに飴を無理矢理食べさせたのが、今回の騒動の遠因とも言える。
「かわいそうだし、早く保護しなきゃね。きっと、大ババ様の所へ連れていけば、消えちゃわないようにしてくれるよ」
「分かってはいるのだが……」
網ですくっただけでお亡くなりになるのでは、どうしろと言うのだとフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は途方に暮れた。すばらしく優しく上から網を被せれば大丈夫そうなのだが、ちょこまか動き回る小ババ様相手では、それは結構難しい。だいたい、網の縁で叩き潰してしまうことになるのだ。
「やあ、せいがでていますねぇ〜」
ペチペチと、はえたたきで容赦なく小ババ様を叩き潰しながら、望月 あかり(もちづき・あかり)が陽気に話しかけてきた。
「きゃあ、何やってるんだもん!」
それを見て、秋月葵が悲鳴をあげる。
「だって、面白いじゃないですかぁ。普段かなわない大ババ様を、こんなにペチペチできるんですよぉ〜」
その言葉に、思わずフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』がうなずいてしまう。
「だからといって、潰すのはかわいそうだよー」
やめてやめてと、秋月葵が望月あかりの手を押さえた。
「そこまでじゃ!」
突然、朗としたとした声が響いた。
「幼女に対するそれ以上の狼藉は、幼女スキーたるこのわしが許さぬ!」
臆面もなく、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が言い放った。
「あのー、あくまでも小ババ様であってえー、幼女では……」
分類が間違っていると言いたげに、望月あかりがファタ・オルガナを見た。
「そうなのだ。幼女というのは、主のような体型の者を言うのだ」
自分のことは棚にあげて、一応わずかに年上に見えるフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が秋月葵をぐいとファタ・オルガナの方にさしだして言った。
「それはそれで守備範囲ではあるが、今は小ババ様じゃ。こんなにちっちゃくてかわゆいものを愛でなくてどうするのじゃ。ゆえに、すべての小ババ様はわしのものなのじゃ」
「はいはい。では、そういうことでぇ」
聞くことは聞いたと、望月あかりが近くを走り抜けようとした小ババ様をペちっと叩き潰した。
「こばぁ」
しゅわわーん。
「おのれ、口で言っても分からぬようだな」
業を煮やしたファタ・オルガナが、その身を蝕む妄執を唱えた。
「うきゃー」
望月あかりが悲鳴をあげる。「よくも潰してくれたのう」と言いながら、アーデルハイト・ワルプルギス本人が迫ってきたのだ。
「ああ、ごめんなさい」
秋月葵とフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』も、思わずその場にうずくまって謝りだす。無数の小ババ様が、「こば、つぶすの、つぶすの?」とか「こばば、おかあさん、こばー」などと言いながら、潤んだ目でまとわりついてきたのだった。
「さあ、心を入れ替えて、小ババ様捕獲に精を出すのじゃ。目指せ、幼女ハーレム!」
ファタ・オルガナが勝ち誇って言った。
★ ★ ★
「悪く思うな。しょせん、文明社会では共存できぬのだ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、右手に発現させたカタール型の光条兵器を振りあげた。
「きゃー、悪く思うから。こんなかわいい子たちを潰すなんて無理。むしろ阻止しちゃうんだから」
小ババ様をかばうように立ち塞がりながらルカルカ・ルー(るかるか・るー)が叫んだ。
「どけ。このまま光ケーブルが全滅してしまっては、情報社会が崩壊してしまう。それでは、大昔に逆戻りだ。小ババ様をこのまま放置してはおけんのだ」
「じゃ、せめて捕獲。捕獲しよ? 殺さないで。それから、小ババ様はださいから、ハイドちゃんって呼んで」
「ハイドちゃん!? しかたない。じゃあ、捕獲ならいいのだな、捕獲なら」
ルカルカ・ルーの無茶振りに、ダリル・ガイザックが折れる。
「わーい。よかったね、アーデルちゃんたち」
「こば?」
喜ぶルカルカ・ルーに、小ババ様たちがよく意味が分からないが集まってくる。
「アーデルちゃん? ハイドちゃんではなかったのか?」
いったい、どれが正解なんだと、ダリル・ガイザックが顔を曇らせた。
「ええと、この無口な子がハイドちゃんで、のんびりしているのがハイジちゃん。頭よさそうなのがハイナちゃんで、他にも、ハイリちゃんに、ハイリフレちゃんに、ハイリホーちゃんに、ハリハリちゃんに、フレッホッホーちゃんに……」
もうほとんどままごと遊びのお母さんのような雰囲気で、ルカルカ・ルーが勝手に名づけた小ババ様たちを紹介していった。
「だんだんいいかげんになってきてないか」
やはり面倒だから潰してしまった方がいいんじゃないかと、ダリル・ガイザックが小ババ様たちを睨んだ。
「はゃー、こばばばー」
殺気を感じたのか、小ババ様たちが一斉に逃げだす。
「ああ、待ってー。もう、なんてことするのよ、ダリルったら」
あわてて、ルカルカ・ルーが逃げる小ババ様たちを追いかけていった。
★ ★ ★
「それにしても、やたら数が多いとは思わないか?」
ハリセンで容赦なく小ババ様を叩き潰しながら、杠 桐悟(ゆずりは・とうご)は言った。
「そうですね。でも、これぐらいの方が殲滅しがいがあります」
ピコピコハンマーで小ババ様を叩きながら、朝霞 奏(あさか・かなで)が答えた。
「こば、こばばば……」
「逃げていくぞ」
杠桐悟が、逃げだした小ババ様の群れを追いかけていく。
「こばば」
地下の一室に、小ババ様の一団が逃げ込んだ。
「追い詰めたな」
逃げられないようにと、杠桐悟が、わずかに開いた扉の隙間から中をのぞいた。その直後に、バタンと扉を閉める。
「どうしたのです?」
朝霞奏が、不思議そうに訊ねた。
「見ない方がいい」
「そんなこと言われても。せっかく追い詰めたのでしょ」
「ああ、だめだ」
杠桐悟が止めるのも聞かず、朝霞奏が扉を開けて中に入ってしまった。あわてて杠桐悟が追いかけて止めようとするが間にあわない。
「こばー」
「こばばばば……」
「こばっ、こばっ」
中にいたのは、無数に増殖した小ババ様たちの群れであった。部屋いっぱいに広がったその数は、すでに数百を超えているだろう。
「うっ、うそ〜」
思わず、朝霞奏が後ろの扉を閉めてしまう。
「はーい、お菓子ですよ。たんと食べてくださいね」
たくさんの小ババ様たちに囲まれながら、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)がお菓子で餌付けしていた。
「うんうん、食欲旺盛だぜ。ほら、どんどん食べろよ」
エミリー・オルコット(えみりー・おるこっと)も、景気よく持っていたお菓子をばらまいていた。
「本当、かわいいですね」
手の上に乗せた小ババ様にチョコの欠片を食べさせてあげながら、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)も目を細めた。
小ババ様たちの巣とも呼べる場所を見つけた彼女たちは、持っていたお菓子で餌付けを始めてしまったのだ。
「ちょっと待て、お前たち、何をしているのか分かっているのか?」
杠桐悟が絶句した。
小ババ様たちは、かわいらしい手でつかんだお菓子をポリポリと美味しそうに食べている。それだけであるなら、光ファイバーに代わる餌発見ということで状況の打開策になったかもしれない。だが、甘い物を捕食した小ババ様は、なぜかうずくまってもぞもぞしだす。
「こばぁー!」
ぽん。
増えた。
白い煙をあげて小さな爆発を起こすと、そこにいた小ババ様がいつの間にか二人に増えていた。例の飴でこうなったせいなのか、甘い物を食べると分裂するようである。
「面白いです。分裂するならば、合体するかもしれません。きっと、七人集まればキング小ババ様に……」
キランと目を輝かせながら、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が言った。
「それって、すでに大ババ様になるんじゃ……。ああ、でも、大ババ様本人はちゃんとイルミンにいるんだよね。じゃあ、合体した大ババ様は、キング大ババ様で……。あああ、でも、でも、大ババ様は魔女だから、キングじゃなくて、本当はクイーンなんだよね」
だんだん自分でも何を言ってるのか分からなくなって、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が頭をかかえた。
「試してみれば分かりますよ。さあ、この段ボール箱に小ババ様を集めましょう」
ナナ・ノルデンがズィーベン・ズューデンをうながした。
「さあ、怖くなんかないですよ。この中に入れば、新しい世界の扉が開かれるのです。さあ、おいでおいで……」
たくさんいる小ババ様たちに声をかけながら、ナナ・ノルデンが小ババ様を段ボール箱の中に詰めていった。
「ちょっと怖いぞ。小ババ様を箱詰めなんかにするなよ」
ナナ・ノルデンたちのしていることに気づいたエミリー・オルコットが、それを咎めた。
「兄弟、やめさせてやってくれよ」
「うん、分かったもん。こらー、小ババ様はみんなの小ババ様なんだぞー」
エミリー・オルコットに言われて、エドガー・オルコット(えどがー・おるこっと)が小ババ様の群れをかき分けて進みながら叫んだ。
「たくさんいるから、いいじゃないですかあ。そのへんの小ババ様をお持ち帰りすればいいんですよ。さあ、実験です。シェイク、シェイク! シェイク!!」
蓋を閉めた段ボール箱を持ったナナ・ノルデンは、思いっきりそれを振り始めた。
「きゃー、なんてかわいそうなことを!!」
それを見て、浅葱翡翠が悲鳴をあげる。
しゅわわわーん。
段ボール箱の隙間から、光の粒子が零れた。やっぱり、分裂はしても合体はしないらしい。脆い小ババ様は、シェイクされてあっと言う間に光になってしまった。
「よし、よくやった。一気に殲滅するぞ」
気を取り直した杠桐悟が、ハリセンを振り回し始めた。
「モグラ叩きの刑実行します!」
息を合わせて、朝霞奏もピコピコハンマーで小ババ様を叩き潰し始めた。
あちこちで、光にされた小ババ様が、しゅわわーんと消えていく。それでも、数があまりにも多いので、たいして減ったようには思えない。
「きゃあ、やめてやめて」
あまりの惨状に、プリムローズ・アレックスが泣きだした。
「我の嫁を泣かすとは、許せん!」
怒った毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、プリムローズ・アレックスのポニーテールをすっとなぜた。その手に、蛇腹剣型の光条兵器「ヒュドラー」が握られている。
「やめろー!」
毒島大佐が光条兵器を振った。その勢いに刀身がいくつものパーツに別れ、ワイヤーでするすると鞭のようにのびていく。
「邪魔はさせません」
杠桐悟に襲いかかろうとした蛇腹剣の切っ先を、朝霞奏がピコピコハンマーで叩き落とした。
しゅわわーん。
床で撥ねた蛇腹剣が、何人もの小ババ様を巻き込んで光に変える。
「しくしくしく」
それを見て、プリムローズ・アレックスがさらに泣く。
「うわあ、二次災害がぁ」
毒島大佐が頭をかかえて呻いた。
「きゃー、こばばー、きゃー、こばばー」
突然の被害に、小ババ様たちがパニックになって走り回りだした。
「みなさん落ち着きましょう。さあ、これをお食べください、光り物です!」
突然ドアを開けて中に飛び込んできたいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が叫んだ。そのまま、何やら白い粉のような物を花咲かじいさんよろしく部屋中に振りまく。
何事かと驚いていた小ババ様たちだったが、次の瞬間、床にばらまかれた高分子ポリマーを食べ始めた。
「高分子ポリマーです。提供は、だごーん様秘密教団です。そのことをお忘れなく。イルミンスールにいらっしゃれば、まだまだたくさんポリマーはあります。今、だごーん様秘密教団に入信すれば、食べ放題です。さあ、あなたたちも……」
「こばばばー」
餌を食べて落ち着いた小ババ様たちの大群が、出口のドアにむかって殺到した。小さいとは言え、その数は尋常ではない。
「ちょっとお待ちください。そんなに急がなくても、入団用紙はここに、うぎゃぎゃ、いたたたあ……」(V)
あっと言う間に、いんすますぽに夫が小ババ様の群れに呑み込まれ、踏みつぶされていく。もちろん、小ババ様たちは、だごーん様秘密教団に入団したくて殺到したわけではない。
「小ババ様の暴走だぁ……」
ズィーベン・ズューデンがそう呻いて、パタンと気を失った。部屋の中にいた者たちは、全員小ババ様たちの波に呑み込まれたのだった。
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