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リアクション
・3days ――時を越えて――
三日前。
イルミンスールの遺跡でヘリオドール・アハトを保護した旨が、御堂 緋音(みどう・あかね)から桐生 ひな(きりゅう・ひな)に伝えられた。
以前、ツァンダの遺跡では彼女と同じワーズワースによって造り出された、人間の少女を素体にした有機型機晶姫、ジャスパー・ズィーベンが発見されている。
彼女達は感情に偏りがあり、「失敗作」であるとされていた。しかし、ひなの機転によってジャスパーの突出した『狂気』は打ち払われた。
ヘリオドールは、緋音と共に行動していた桐生 円(きりゅう・まどか)、厳密には彼女のパートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)によって、『悲哀』の感情を抑えるに至った。
その経緯から、ひなはヘリオドールとジャスパーの二人を会わせようと考えた。
「どうします、ジャスパー?」
とはいえ、本人の意向を無視するわけにはいかない。ジャスパーに問う。
「うん、会ってみたい」
狂気が払われたジャスパーには、機晶姫となった後の記憶が残っていない。事実上の初対面になるわけだから、僅かに顔が強張っていた。
すぐに、というわけにはいかないので、顔合わせは明日という結論になった。
そして翌日、ジャスパーの個室にヘリオドールがやって来た。
「ひっ……」
ジャスパーの顔を見た瞬間、ヘリオドールが後退する。彼女からすれば、ジャスパーは狂気の存在のままなのだ。対し、ジャスパーもヘリオドールを見るなり、緊張の色をあらわにする。
二人はどことなくぎこちない。
そこで、緊張をほぐすためにひなが二人の仲介をする。
「戸惑うのも無理はないですが、少しずつでいいんですよー。まずは改めて自己紹介ですっ」
「ジャスパー・ズィーベンです。久しぶり……でいいのかな?」
それを受け、ヘリオドールがジャスパーの目を合わせる。
「……ヘリオドール・アハト。ほんとに……ジャスパーなの?」
「そう……みたい」
ジャスパー・ズィーベンとしての記憶がないため、断言が出来なかった。
「ヘリオドールくん、今のジャスパーくんはキミが恐れてた頃とは違うんだよ」
円がヘリオドールを見る。
「うん。あたしが知ってるジャスパーだったら、こうやって話なんて出来ないから」
「わたしって、そんなに怖かったの?」
ジャスパーは自分が『狂気』に囚われていた事を知らない。その事実は彼女に酷だと思ったから、あえてひなは説明していなかったのだ。
「……うん」
ヘリオドールが泣きそうになる。今は安定しているとはいえ、悲哀の感情が抜き出ている事に変わりはない。そこがジャスパーとは異なるのだ。
「ごめんね、覚えてはいないけど、迷惑かけたみたいで。でも、もうそんな事はしないよ」
静かに微笑みを浮かべ、右手をそっと差し出すジャスパー。
「だからそんな顔しないで、ね」
目元を拭い、ヘリオドールもそれに応じ、ジャスパーと握手をする。二人とも、もうお互いを警戒してはいない。
「二人が仲良くなったようで、良かったのですっ」
場合によっては暴走の危険もあったが、もう大丈夫なようだった。
ヘリオドールが顔を上げ、ひなの方を振り向いた。彼女はイルミンスールの遺跡には行ってないので、初めて顔を合わせたのである。同様に、ツァンダで助けられて以後、一ヶ月間眠っていたジャスパーにとっても、緋音や円とは初対面である。
ひなが名乗ろうとした時、ジャスパーが目配せをして口を開いた。
「この人は桐生ひなちゃん、わたしの友達だよ」
彼女にとって、ひなは初めて出来た友達だ。まだお互いに話すようになって間もないが、共にそう認識している。
ジャスパーに応じ、ヘリオドールが一礼した。
一通り自己紹介を終え、しばらく談話した後は一時解散する。ジャスパーの個室で寝泊りするわけにはいかなかったからだ。
明後日もう一度集まるという事で話はまとまっていた。
* * *
一日前。
「ヘリオドールさん、まだネガティブな感じになってるわねぇー。昨日ジャスパーさんと再会出来たのにぃ」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が心配そうにヘリオドールを見る。
ジャスパーと会えば多少はマシになるのだろうが、一人でいるうちはまだまだ憂鬱な表情を浮かべる事が多かった。
そっとヘリオドールに近づくオリヴィア。
「そうしてると、せっかくの可愛い顔が台無しよぉ〜」
「あたしが、可愛い?」
意外そうにするヘリオドール。
「そうよぉ。だからもっと自信を持っていいのよー。それに、おめかしすればもっと映えるわ」
コスメセットとSPルージュを手に取り、オリヴィアはヘリオドールに化粧を施す。
「え……何してるの?」
化粧、というのが彼女には分からないらしい。ただ、戸惑いながらもなされるがままである。
「うん、可愛い、とっても可愛いわぁ〜」
化粧の出来を自画自賛するオリヴィア。手鏡を取り出し、ヘリオドールに見せる。
「これが、あたし?」
自分の変貌に驚いているようだった。
「どーお、自信はついたかしら? ってすぐにはいかないわよねぇ」
とはいえ、ヘリオドールの顔は多少明るくなっていた。
「今度お洋服も買いに行きましょうかぁー、自分に自信を持つ物を増やす、これが大事よー」
そんな話をしている時に、今度はミネルバがヘリオドールのもとに来る。手には『首刈り上等』全三巻を持っていた。
「これ貸してあげる! マンガを読むと楽しい気分になってくるよー」
そもそもマンガというものを彼女が知っているのかといえば疑問だが、興味を持ったらしく、熟読し始めた。
そんなヘリオドールを、ミネルバは膝の上で抱きかかえている。ヘリオドールは、円ほどではないが小柄なのだ。
「ずるーい、私もぉ〜」
と、オリヴィアまでちょっかいを出す始末だ。それでもヘリオドールは嫌な顔はしない。
「いろいろと戸惑うことはあると思うけどね、ヘリオドールちゃん」
ミネルバがヘリオドールの後ろから呟く。
「悲しければ思いっきり泣けばいいんだよ、楽しい事やりたかったら。泣いて、すっきりしたら一緒に遊びに行けばいいんだよ。ジャスパーちゃんともちゃんと話せたんだし、今度はみんなで遊びに行こう」
まだ今はゴタゴタしてるが、近いうちにそんな日が来て欲しい、そう願う。
「それに、悲しくてまた暴れたくなっても――ちゃんとミネルバちゃんが受け止めてあげるから、安心して!」
にっ、とヘリオドールに笑いかける。
彼女は静かに頷くだけだったが、その表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。
* * *
PASDが内海の遺跡に向かう事になる、その当日。
再び一同が空京大学に集っていた。
「ヘリオドールさん、どうしたんですか?」
緋音がヘリオドールを見て目を見開いた。
一昨日まで髪の毛はぼさぼさで、泣いた目をこすり過ぎて目元を腫らしていたのだが、今は髪の毛も整い、表情も心なしか明るかった。
「おめかししたのよぉ、似合ってるでしょ?」
それはひとえに、オリヴィアのおかげだった。
「ジャスパーさんも、そのままじゃ前が見にくいでしょ〜。少しいいかしら?」
彼女は櫛を取り出し、ジャスパーの髪も整えた。前髪が目を隠してしまっていたが、髪の毛を結うことで彼女の顔があらわになる。
「あら、綺麗な顔じゃないのぉ」
さらに、ヘリオドールにやった時と同じように化粧の仕方を教える。
その様子を、ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)がにやにやしながら眺めていた。
(ほんとに可愛いのう――おりぷーが)
どうやら背伸びして精一杯化粧を教えようとしてるオリヴィアが微笑ましいようだった。
ヘリオドールにこっそり耳打ちをする。
「こう突っ込んでやると、ウブな反応みせるから注目じゃっ」
すぐにオリヴィアの方を向く。
「よし、可愛いくなったわぁ」
「そんなおりぷーも可愛いぞ」
不意打ちである。
「あら……あ、ありがとう」
まさか自分が言われるとは思ってなかったのか、照れる素振りを見せる。
「ああ見えて、結構純情なんじゃよ」
ヘリオドールにこっそりとあれこれ伝える。
一方で、オリヴィアによるジャスパーのメイクも完了していた。
「似合ってるですっ!」
ひなが彼女の顔を見る。ジャスパーは嬉し恥ずかし、といった様子だ。
「そうです、ジャスパーに話そうとしてた事があるのですっ」
「なーに、ひなちゃん」
「私と契約してみませんかっ?」
今後も彼女を傍で守るために、契約を持ちかけるひな。
「契約……ってどうやるの?」
パートナー契約の事を彼女は知らないようだ。それも仕方のない事である。
「うーん、人によって様々だから何とも言えないのですー……」
実際、パートナー契約がいかにして成り立っているのかは、まだ未解明だ。
「もしかしたら、一緒にいればそのうちに……ってことはあるかもね」
契約自体がどういうものか、彼女はまだ完全に理解はしていないが、なんとなく安易に決めていいものではないように感じられた。
それが例え、初めての友達であったとしても。
「だから、まだ契約するって断言は出来ないけど、わたしなんかでよかったらよろしくね、ひなちゃん」
契約としての形がこの場で成り立つわけではないが、これからも一緒に行動する事には同意なようだった。
「契約……?」
二人のやり取りを見たヘリオドールも、契約という言葉が気にかかったようだ。
「ヘリオドールくん」
円が声を掛ける。
「ボクと契約してみるつもりはないかい? 悲しい事を忘れたいなら、それ以上の楽しい事を見せる自信はあるよ。キミがよければ、で構わないけどね」
もっとも、ヘリオドールも契約について理解してはいないようであるが。
「少し……時間が欲しいかも。みんなといると楽しいけど……まだ、その契約って事についても、知りたいから」
ヘリオドールもまた、直接の契約はしないまでも、彼女達と一緒にはいたいと考えているようだった。
彼女達がそれぞれ契約の話を始めた時である。
リヴァルト失踪により、彼を探すためにエミカが人を集め出したという情報が入る。その行き先が、パラミタ内海だという事も。
ジャスパーが今いるこの個室は、PASD本部の管轄だ。当然、何かが起こればここにも知らせは入る。
「パラミタ内海、まさか……」
それは緋音とひなが『研究所』で発見した地図に印が付けられていた場所の一つだった。同時に、合成魔獣の一体が封印されいてる場所でもある。
「まだ調べられてない、最後の遺跡ですっ!」
五機精関連の施設で、まだ未調査なのがそこだった。
「だったら、きっといるんじゃないかな? 最後の一人、ルチル・ツェーンが」
有機型機晶姫は五機精と同じく、全部で五体。アズライト・ゼクスは『灰色の花嫁』の刃の前に散ったが、ルチルに至ってはまだ未発見だ。
「PASDのデータでは、彼女の性格特化は『喜楽』でしたね」
ヘリオドールとは対照的な性格を想起させる。とはいえ、会ってみなければ分からない事の方が多い。
「ヘリオドールさん、ルチルさんはどんな方ですか?」
それでも一応尋ねてみる。
「いつも笑顔で元気な子……何をしてる時でも」
ヘリオドールの表情は決して明るくはない。どうやら明るい性格ではあるが、何か問題があるようだった。
もっとも、だからこそ「失敗作」という烙印を押されているわけだが。
「とにかく、そこへ行ってルチルくんを探さないとね。二人も一緒に来るかい?」
ヘリオドール、ジャスパーの二人も同行する事になった。その方が、ルチルと会った時、スムーズに事も運ぶだろう。
「では、行きましょうっ!」
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