First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第三章 お人形との鬼ごっこ。
国頭 武尊(くにがみ・たける)はケータイの電話帳から高原 瀬蓮(たかはら・せれん)の電話番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
トゥルル、と聞き慣れた呼び出し音が鳴ること四回。
『はい、瀬蓮です』
「国頭だ。人形を見つけた」
前方15メートル。リンスの工房で見た写真の少女が居た。
「しっかし……写真の娘そっくりだぜ? むしろモチーフになった本人じゃないのかってくらいの」
『うーん、それは瀬蓮にはわからないけど。今から葵ちゃんと向かうね! どこに居るの?』
「場所は――」
人形を追いながら逐一報告し、瀬蓮と合流したのは十分後、はばたき公園入り口だった。瀬蓮と手をつないで、秋月 葵(あきづき・あおい)が立っている。どうやら二人揃って人形を捜していたらしい。
人形は、ブランコに座りキィキィと揺らしていた。高く漕がないのは、そうやって遊ぶという知識がないからか。それとも歩き疲れて休んでいるのか。と思えば、ぴょこんと飛び跳ねて滑り台へと向かい、滑り降り、一人で楽しそうに笑っていた。
「はわぁ、可愛いねぇ……」
との瀬蓮の言葉に、
「うんうん、人形さん可愛い〜……!」
葵が同意している。
「なごみすぎだろ、高原たち……」
確かに緊急性はあまり感じさせない依頼だったが、それにしても瀬蓮と葵はなごんでいた。
「こっちはパッフェルとセイニィの抱き枕がかかってるっていうのに」
武尊はリンスに、人形捕獲を手伝う代わりにパッフェル人形とセイニィ人形をモデルにして、抱き枕か抱きつきぬいぐるみを作ってくれと交換条件を持ちかけていた。もちろん返事なんて待たずに工房を出て行き、そして今に至っているのだ。リンスは女みたいな見た目に反してなかなか男らしい性格なので、一度約束を取り決めたら守るだろう。一方的だったが、まあ、多分。
なので、もう少しで抱き枕がオレの手に……! と、武尊はやる気なのだが、いかんせん女子二人の雰囲気が、ゆるい。
「作ったお人形が動き出すなんて凄いことだよね〜」
「だよね! 瀬蓮のテディベアも動くのかな?」
「修理してもらったんだっけ?」
「うん。あ、でもリンスくん、俺が作った人形じゃないからそれは動かないー、って言ってたなぁ」
「お人形さんが動いたら楽しそうだけどね」
「突然だったらびっくりしちゃいそうだけどね。お人形さんとお話とか素敵だなあ、してみたいね!」
「ね! あとあと、可愛いお人形さん……たとえばウサギさんとかが動き出したらピョコピョコ跳ねて可愛いと思う☆」
「猫さんだったら、日向ぼっこしながら寝たりするのかな?」
「きゃー! かわいいー♪」
「気まぐれにいなくなっちゃうかもだけどねー」
「ワンちゃんだったら守ってくれるかな?」
「頼もしいね!」
「今度私も作ってもらおうかな〜」
ゆるい上に、別の方向で盛り上がっていた。
あれオレ高原に手伝ってーってお願いされたんだよな? と思いつつ、人形の動向を伺うと、
「やべっ!」
人形は遠く離れていた。公園を出て行ってしまう。
「待て、人形!」
隠れていた茂みから飛び出して追いかけると、人形が振り向く。いままできちんと人形の顔を見ていなかったが、その顔はやはり写真の人物そのものだ。まさか本当に本人、と一瞬思ったが、関節の球体が誤魔化しきれていない。人形だ。
「きゃー、きゃー!」
そして武尊が追いかけてくることを知ると、人形は叫んで逃げて行く。小さいわりになんという速さか。飛び出した体勢も悪く、また幼女を追いかける青年という体裁も悪く。
仕方なく追いかける足を止めた。
「クソ……抱き枕がッ……!」
本気でほぞを噛む武尊を、追いかけてきた瀬蓮と葵が、
「逃げられちゃった」
「でもあの子、追いかけられているのに楽しそうだったね」
やはりどこかのほほんと、会話をしているのだった。
*...***...*
「怒るなよ」
「いいえ許しません」
「いいだろちょっと耳が切れただけだし」
「そう仰るのでしたらスレヴィさんの耳もちょこっと千切ってあげましょうか」
繁華街を、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)とアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が若干険悪な雰囲気を漂わせながら歩いていた。
ゆる族である、アレフティナの兎耳。その耳が、ちょこっと切れていた。原因はスレヴィの悪ふざけで、その後スレヴィなりに気を遣ってリンスに修理を依頼しに訪ねて行った。
まではいい。
工房内には結構な人が居て、ついぞ入って行くことはできなかった。「取り込んでるみたいだし俺が直してやる」と言いだしたかと思えば。
「その上……その上っ、皮用の針で縫おうとなんてっ! スレヴィさん、私のことをなんだと思ってるんですか!」
アレフティナが叫んだ。
「冗談だったって言ってるだろーが。悪かったって」
ため息を吐きながら、スレヴィ。
「そう思っていないでしょう。謝ればいいと思って……っ、うぅ……」
そしてついに泣いているような声を出す、アレフティナ。
スレヴィとしては、冗談で、また、仲直りも兼ねてからかい調子で言った言葉だったのだが、アレフティナを予想以上に傷つけてしまった、らしい。
おかげでずっとこんな調子だ。
もう一度工房を訪ねるか、それとも誠心誠意謝罪の気持ちを伝えるか。後者は難しそうだと頭を掻いた。その時、黒いドレスの女の子が後方をちらちらと伺いつつ走ってくるのを見た。
「? 子供が一人で何やってんだ?」
「……子供?」
独り言のようなスレヴィの言葉に、アレフティナが顔を上げる。子供はまっすぐにこっちへ向かい――、
「え、こっちってオイ、ちょ待っ」
スレヴィに激突した。思わず子供を抱きとめる。おかげてガツンと頭を打った。痛い。
よそ見して走っているからだ、馬鹿。そう心中で苦い思いを吐き捨てた。アレフティナは「大丈夫ですか!」と声をかけて、子供を助け起こした。それからスレヴィも起き上がる。
「きゃぁぁ。はぁ。ごめんなさいおにぃちゃん。ぶつかっちゃったね」
「前は見て走れよ。もしぶつかったのが怖いオニーサンだったらどうするつもりだ」
「ちょっとスレヴィさん、こんな小さな子を脅しつけないでください。
こんにちは、お嬢さん。どうかしたのですか? 急いでいたようですけど……」
「こんにちは、おしゃべりするうさぎさん! おいかけられていたから、はしっていたのよ」
「追いかけられて?」
少女の来た方向を見ると、「どこだ!?」と男の声が聞こえた。「お人形さーん」という聞き覚えのある声もした。が、まあいいやと少女に向き直る。
「鬼ごっこか何かだったら手伝ってやる。俺はそういう遊び、上手いぞ」
「スレヴィさん、悪ガキみたいですしね」
「うるさい」
「貴方はなにさんですか? 私は、アレフティナと申します」
「わたし! クロエ! さっきお名前もらったのよ、すてきでしょ?」
「クロエさん。ええ、素敵なお名前です。貴方はゆる族なのですか?」
「ゆる族? お人形さんってこと?」
「ええ」
「そうよ! クロエ、お人形なの!」
「そうなんですか! じゃあ、私と同じですね」
意気投合してにこにこと話し合うアレフティナとクロエに、
「おいお前ら、鬼ごっこならまず静かにしろ。そして人気のない場所を選んで逃げるぞ」
低くスレヴィが声をかける。
「人気のない場所? 逆に見つかってしまうのでは?」
「人気がないから、向こうの動向も察しやすいんだよ」
「なるほど。スレヴィさんなかなか悪知恵が働きますね」
「素直に褒めろ」
繁華街は小道が多い。
わざとそういう道を選んで、スレヴィたちは走り出した。
*...***...*
ヴァイシャリーには観光で来ていたのに、なぜ今こうしているのか。
答えは単純で、逃げる少女と兎と男に、「鬼ごっこ中だ。こいつをかくまってくれ」と少女を預けられたからで。
樹月 刀真(きづき・とうま)は細く長い息を吐いた。今思い返せば怪しさしか感じない発言と、状況。しかしそれでも彼女――クロエと行動しているのは、一緒に居る二人が頑なな態度を示したからだった。
そもそもの発端は、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が逃げる三人に「どうしたんですか?」と声をかけたことで。そこから押し付けに近い形で彼女を預けられて。
「困っているならお手伝いします。ねえ、刀真さん?」
白花一人相手でも、じーっと見つめられて頼まれるのはつらいと言うのに。
「私と同じ髪の色だ! うん、可愛い」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、彼女を気に入ってしまった。
「私達、今ヴァイシャリー観光してるの。一緒に行こうよ! ……ね、刀真?」
そして白花とタッグを組んで、じーっ。クロエまで真似をして、じーっ。
三対の瞳を向けられた刀真は、
「……わかったよ、付き合うから。そんな目で見ないでくれ」
観念してそう言った。
それが始まり。
そして今、カフェテラスでのんびりと喋っている。
「アイスコーヒーひとつ。砂糖とミルクはいりません。月夜はチョコパフェで、白花は紅茶で良いかな?」
「うん、パフェで良いよ」
「はい、紅茶で良いです」
「きみは?」
「わたし? わたしは、あまいものがすきよ。チョコレートとか」
「じゃあチョコレートケーキで」
「ところで、何処か目的があるのですか?」
各々の注文をウエイトレスに伝え終わると、白花がクロエに向かって尋ねた。
「良かったら教えてください。一緒に向かいましょう」
その言葉にクロエはにこりと微笑み、しかしその表情がふつりと固まる。
「どこ……へ、っていうのは、ないの。わからないから」
「わからない?」
月夜が問う。クロエは頷いた。
「だってわたし、いろいろと知らないことばかり。名前もさっきもらったばかり。見るものぜぇんぶ、はじめてなの。
でもね、だからね、とっても楽しい」
そして、微笑み。
それを見て、クロエの隣に座っていた月夜がクロエを抱きしめた。
「どうしたの、おねぇちゃん」
「ぎゅってされることを教えてあげたいなって思ったの」
「はじめてね。こんなふうにやさしくされるの、わたしはじめてだわ」
その言葉を聞いて、刀真は悲しくなる。隣の白花もそうなのだろう、眉をハの字にして、クロエを見ている。
優しくされたことがないなんて、そんなの。
注文したものが運ばれてきて、そして食べる間も月夜はクロエを甘えさせていた。パフェを「はい、あーん」と口を開けさせて食べさせてあげたり。白花が紅茶を飲ませてみたところ、「もっとあまいほうがいいわ」とクロエは渋い顔をしていたが。
喫茶店を出てからは、月夜の提案でアクセサリーショップに入った。クロエにカチューシャやコサージュ、リボンを代わる代わるつける。刀真からすればどれがどれでも可愛かったのだが、
「白花、これどう思う?」
「こっちの方が似合っていませんでしたか?」
「あ、やっぱり?」
女子二人の目から見ると、どうやら違うらしい。
「青系より赤系よね」
「そうですね。赤系統の方が似合います」
「ピンク……よりはもう少し濃い感じ?」
「チェックはいかがでしょう?」
長い髪に赤いチェックのリボンを結び、「うん、これね!」月夜が笑った。クロエも「これ、すきよ!」にこにこと笑う。そんな二人を見て白花が微笑み、つられて刀真も笑った。
月夜がクロエの髪からリボンを解き、
「刀真、このリボン買って」
刀真に渡す。
「って、俺が買うのかよ」
「だって、似合ってるでしょ?」
「ん〜……、良く分からない。だってどれでも可愛かっただろ?」
「もー。わかんないんだなぁ、男の子って」
ぷぅ、と頬を膨らませる月夜に、やれやれと思いつつリボンを手にする。少し困ったような顔をしてクロエが見上げていたから、「可愛かった。だから、いい」と言って頭を撫でる。くすぐったそうにクロエが笑った。
レジで会計をしながら白花を見れば、イヤリングをじっと見ていて、
「これもください」
一緒に会計に出す。
「えっ!? いえ、そんな……刀真さん?」
「俺からのプレゼント。二人に」
「いいの?」
「いいんですか?」
「どうぞ」
「私には?」
「月夜へは、また今度」
再び月夜がぷぅと頬を膨らませて、それからクロエの髪にリボンを結った。
「やっぱり可愛い」
微笑んで、ぎゅっとクロエを抱きしめた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last