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リアクション
第四章 出入りの激しい工房ですので。
「ふはははは! 来てやったぞ、リンス!」
開け放たれていた工房のドアを、一度閉め、そして再びバァンと大きな音を響かせドアを開け――という、一見無意味な行動をしてから新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)は言い放った。リンスはいつもの冷めた目で、
「で、その行動の意味は?」
「俺様の登場インパクトだ。どうだ? 惚れたか?」
「いやそもそも俺男だし。男が男に惚れるということはあまりないよ」
「こう、男気を感じるとかそういう意見もないのか」
「ドアは壊さないでね」
「……さすが俺様の親友だ、ツッコミとスルーの兼ね合いが上手いじゃねーか」
「で、何? 新堂は俺の工房のドアを破壊しに来たの?」
蝶番が外れて、ギィギィと不吉な音を立てて揺れるドアを見遣りながらリンスが言う。「まさか!」と祐司は大きく胸を張り、
「お前が人を頼るケースなんて滅多にないと思ってな! 手助けに来てやったぞ、俺様率いる『メルクリウス』直々にな!
何、遠慮することはない! お前のとこの商品をうちに何体か納品してくれればいいだけだ!」
「ちゃっかりしてるね、新堂は……」
嘆息して、リンスが呟いた。
「ま、困ってるのは事実だし。手伝ってもらおうかな。納品するものについては、また後日電話ででもなんでも連絡くれればいいし」
「馬鹿だな、そんな文明の利器を使わずとも親友なら会いに来るのが必定だろ?」
「親友、ね」
「不満そうだな?」
「これでも喜んでるんだけど」
「お前は少し表情筋を鍛えろ」
「そうしようか。たまに言われるし」
小さく二人が笑ったところで、
「ねえリンス、最近掃除してないでしょ」
岩沢 美咲(いわさわ・みさき)の指摘が入った。無表情の中に、若干の「やべっ」という思いを含ませたリンスが、そっぽを向きながら「俺、掃除苦手なんだよね」ぼそぼそと、言う。
「もー! ちゃんと掃除しなきゃダメって前に言ったじゃない!」
「俺だって綺麗好きだよ? なんだけど、まとまった時間が取れなくてなかなかできないんだって」
「お仕事があるってことはいいことだろうけれど……それで環境や体調が崩れていったらダメだと思うわ」
「……だね。ごめん、今度からちゃんと気をつけるから」
「今日は、いいわ。仕方ないから私が掃除してあげる。エプロンと箒借りるからね!」
美咲は、勝手知ったる人の家、の代表のようにてきぱきと仕事場から掃除に使う物品を拝借する。準備が終わると、陳列棚の上からはたきで埃を落していた。
それらを見ながらリンスが仕事に戻ると、くいくいとエプロンが引かれる感触。動きを止めて、振り返る。
岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)が体育座りのような格好で、リンスを見上げていた。
「岩沢。どうしたの? 退屈?」
「お姉ちゃんのお手伝いを頑張ろうと思うの」
「そっか、ありがと。でもその恰好、パンツ見えそうだから止めた方がいいよ」
「こら、リンスゥ!! 俺の妹のパンツを見ようとするな!!」
「と、君のご主人様……でいいんだっけ。まあいいや、ご立腹だし。ほら、椅子あるからここに座りなよ」
ニコォと美雪が微笑んで椅子に座る。そして、修繕依頼に出されていたぬいぐるみたちの裁縫を手掛けた。
本職であるリンスほどではないが、かなり手際も良く、また、綺麗に縫っていく。
「やるじゃん」
というと、嬉しそうに美雪は笑った。
「リンスさん、この書類ですが――」
「あ、ごめんそれもう終わってるやつ」
「ではシュレッダーにかけて破棄で」
作業用の机に背を向けるような形で、簡素なウッドテーブルがある。そこに岩沢 美月(いわさわ・みつき)が向かい合って、大量にある書類の整理をしていた。
締切までの期日が長い依頼。短い依頼。終わっているもの。それらをざっくりと分類し、ファイリングまでしてくれる。
リンスは決してズボラなわけではない。ないのだが、どうも人形師としての仕事を優先してしまう傾向にある。なので、美咲の指摘するように掃除をサボってしまったり、こうして書類があちらこちらに点在してしまったり……ということになる。
だから、それを手伝ってもらえるのは、
「うん、ありがたい。助かるよ」
そう、素直に言えるほど助かることで。
てきぱきと、無駄のない要領の良い動きで書類をまとめ終わったあたりで、
「ねーちょっとリンスくん! どういうことどういうこと!?」
大声に作業と思考が中断。振り返ると橘 カナ(たちばな・かな)が操り人形の福ちゃんを持って、目をキラッキラと輝かせて立っていた。「どうって」とリンスが口を開くよりも先に、
『アタシ達ニモ詳シク教エナサイヨ!』
福ちゃんが、正確には福ちゃんの口を借りて喋るカナが、言う。
「魂吹き込むってすごいことよね! どういうことなのかしら。ね、福ちゃん」
『早ク教エテヨ、気ニナルノヨ!』
「モチーフ……モデルさんも居るんでしょう? その人の人格が宿ったの? それとも別の何かなの?」
『ソレトモ自分好ミノ性格ニナルノカシラ?』
「もしそうなら、福ちゃんはどんな魂吹き込む?」
『ソウネ、見タ目ハかっこヨクテ、ソコニ優シクテ紳士ナ魂ヲ吹キ込ミタイワ』
「もう福ちゃんてば贅沢なんだから〜」
リンスが何か言葉を挟む間もなく、カナと福ちゃんの一人芝居が続く。
その一人と一体を見ていた兎野 ミミ(うさぎの・みみ)が、「カナさんが白熱しちゃってて、すみませんッス」謝ってきた。
「いいんじゃない? 人形師として、人形を大切に扱っている人を見るのは心が温かくなるし」
「違うわよリンスくん、福ちゃんは『あたしのお友達』なの!」
『ソウヨソウヨ! 人形扱イナンテヒドイワ!』
「それは失言だった。ごめんね、福ちゃん」
『許シテアゲナイコトモナイワ』
胸を張るカナと福ちゃんに、リンスが少しだけ表情を変え、苦笑いのような顔になった。ミミも苦笑いだ。
「ねえ兎野」
「はいッス?」
「ほつれてるところがある。直していい?」
「お手間じゃないッスか?」
「手間取るほど酷くない。さ、じっとして」
椅子に座らせ、ミミのほつれたきぐるみを直す。
「申し訳ないッス」
「だって俺人形のお医者様だし」
「なんスか、それ?」
「高原に言われた」
「素敵ッスね」
「でしょう。はい終わり、お疲れ様」
「早いッスね、相変わらず」
「これで食ってるからね。ところで橘はどう思ってるんだろ? いつもとちょっとだけ調子が違うよね」
いつもなら。
ひたすらに福ちゃんとの仲良しラブラブをアピールし、しばらく経ってから福ちゃんと一緒に納品前の人形を見て「かーわーいーいー、まっ、福ちゃんには劣るんだけどね!」などと言う、明るいテンションをいかんなく振り撒いているのだが。
なぜか今日はおとなしい、気がする。納品前の人形を見ている仕草などはいつもと変わらないのに。
「カナさんは魂の吹き込まれたお人形様を羨ましく思ってる気がするッス」
「……へえ?」
「カナさんは腹話術がお上手で……はたから見ると、本当に福さんが喋っているようにも見えるッス。そして、仲良しッス。
けど、カナさんはわかってるッス。所詮は一人芝居なんだって」
「だから、本当に命がある人形のことが羨ましいって?」
その二人の会話が聞こえていたのか居ないのか。
納品前の人形を見ながら、
「ねぇ福ちゃん」
周りには聞こえないくらいの小さな声で、カナは呟く。
「あたしも福ちゃんに魂を吹き込めたらいいのに……ね」
「……、リンス様、自分、そろそろカナさんを連れて戻るッスよ」
「うん。よろしく」
「はいッス。カナさーん、帰りましょう! リンス様は忙しそうッスよ!」
「えっ、やだ、あたしリンスくんの邪魔?」
「邪魔じゃないからいつでもおいで。でも今日は、ほら人口密度高いから」
「はーい。じゃあね、またね!」
手を振って、工房を出て。
福ちゃんの治療や、友達として遊びに来るために通い慣れた道を歩く。
「カナさん」
歩いている際、ミミが唐突に呼びかけた。
「カナさんは福さんにしっかりと魂を吹き込んでるッス。そういう意味ではリンス様と同じッスよ! もしかしたら愛情の度合いでカナさんの方が上かもしれないッス!
それになにより、福さんに魂を吹き込めるのはカナさんだけッスよ。
福さんも自分と同じ、カナさんのパートナーに違いないッス!」
そして、その言葉を受けて。
ちょこっとだけ沈んでいたカナの気持ちが、心からの笑みを浮かべられるほどに上昇していった。
*...***...*
「……私の記憶では、リンスさんの店は隠れた名店……だったのだが」
リンスの工房に入ってすぐ、鬼崎 朔(きざき・さく)は呟いた。工房の中、外、関係なしに人が居る。工房への出入りも激しかった。
「たった一週間やそこら来なかっただけで、こうも満員御礼になるのか? 才能人がそれを認められる速さはすごいな……」
ぼやきながら、作業台で黙々と人形を作っているリンスを見る。リンスはまだ朔の存在に気付いていないようで、ちまちまと針を動かしていた。白くて細い指が、人形を撫でるような滑らかな動きをする。手が止まったかと思えば、作業はほとんど終了していた。
「……あれ? 鬼崎、来てたの?」
「集中していたようだな」
「仕事だからね。俺、仕事好きだからつい」
「身体は壊すなよ」
「わかってる。ありがと」
いつも通りの会話をしたところで、朔はリンスの耳に唇を寄せて、囁いた。
「ところで……依頼の品は……」
「紗月さん人形?」
「言うな! 他に人が居る所で、言うな!」
「鬼崎、大声を出すと注目されるけど」
「……くそ、リンスさんのそういうところが、嫌いだ」
「俺は鬼崎のことが好きだけどね。可愛いものが好きとか、感性合ってるし」
椅子から立ち上がったリンスが、陳列棚から一体の人形を取り出した。
全長わずか12センチ程度で、朔の手にすっぽりと収まる大きさ。
ポニーテールにした金髪。女の子のような可愛らしい顔と、強い意志を秘めた青の瞳。
「あ……紗月だ」
思わず朔は呟いた。手に乗った人形を、きゅっと抱く。その朔の様子にリンスは少しだけ表情を緩め、「気に入ったみたいでなにより」と言った。そこで朔が我に返る。
「べ、別にそのっ……!」
「大丈夫だよ、誰にも見られてなかったし」
「……そうか」
「でもまだ顔赤いから気をつけてね」
言われて朔が俯いた。次に顔を上げた時は、いつもの凛とした表情の彼女になっており、
「それで、リンスさん。私に手伝えることがあるのだろう?」
もうひとつの本題へと、入っていった。
*...***...*
朔が工房を出て行って、そう時間がたたないうちに、開け放たれた工房のドアから「こんにちは〜」と間延びした柔らかな声が聞こえて、リンスは顔を上げる。
そこには、ふわふわとした金髪をボブカットにした可愛らしい子――ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)と、
「志位」
友人の志位 大地(しい・だいち)が立っていた。
「どうも、ご無沙汰ですね」
「久々に来たと思ったら、何。彼女連れなの」
からかい半分にリンスが言うと、照れたように大地は笑う。一方でティエリーティアは、
「人形師って……機晶技師とは違いますよね〜? すごいなぁ、動くぬいぐるみとか作れるんですか?」
人形師の……というより、動くかもしれないぬいぐるみに目を輝かせて陳列棚を見て回っていた。
くるくると動き回り、服の裾がひらひら揺れた。あっちを見て、くるり。こっちを見て、くるり。ちょこちょこと動く姿は小動物を連想させる。
しばらく動き回っていたティエリーティアが、
「動くぬいぐるみが作れるなら、僕も作ってもらいたいです」
わくわく、きらきら、そんな擬音満載にリンスに言う。
「ティエルさん、リンスさんは今お忙しそうですから。また後日、一緒に依頼に来ましょう」
「あ……そうでした。ごめんなさい、はしゃいじゃって……」
「いいよ、自分の手掛けた作品を見て、そう喜ばれるのはこっちも嬉しいから。いつでも来てね、依頼待ってる」
「はいっ、ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべたティエリーティアが、真面目な表情を作った。
「それで、リンスさん。差し支えなければ、事情をお伺いできますか?」
「俺が作った人形が、逃げ出した。それ以上でもそれ以下でもないんだよね」
「原因とかは……」
「わからない。前から俺、自分が作った人形に魂込めることよくあったから。逃げ出されたこともあるしね。あの時は諦めるしかなかったなー」
「え? じゃあどうして今回はこんなに捜してるんです?」
「高原が協力を申し出てくれたことと、あと……うん、まあ」
言いづらくて、リンスは言葉を濁した。
それまでの二人の会話を黙って聞いていた大地が、「あの」と声をかける。
「ドールにはモチーフが居るんですよね? ドール制作を依頼してきた人が関係しているのでは、と思ったのですが。
先程別の方に話を伺ったのですが、ドールは外に出ることを楽しみにしていたんですよね? 病弱で外で遊べないとか、親が過保護すぎて外に出そうとしないとか……そういう事情の子、なのかもしれませんよね」
大地の言葉を受けて、リンスは作業台に肘をついた。指先を組んで、その指先に額を当てて顔を隠す。目線だけ、二人に向ける。
「それは、ありえない」
そしてそのままの体勢で、言った。
「どうしてですか?」
ティエリーティアの、きょとんとした声。大地は嫌な予感に襲われているのか、難しい顔をしていた。
「……リンスさん、まさか――」
一つの結論に大地が到達して。
表情が歪むのを自分でも珍しいと感じながら、リンスは苦しそうに笑った。
あたり。
言葉にはしなかったが、察しのいいこの友人なら気付いただろう。
「地図を、いただけますか?」
「大地さん? どうしたんですか?」
「いえ、ティエルさんとお散歩に行こうかなぁと」
「お散歩ですか? 今日はいい天気ですし、素敵かもしれませんね」
気付いていないのであろうティエリーティアの無邪気な声を背に、地図を取り出す。依頼人までの家の地図。
「この辺り、だったかな。ちょっとうろ覚えだけど、まあそこは二人のラブパワーで乗り切れると信じている」
「ラブパワーって、リンスさん……あなたそんなことを言うようなキャラでしたっけ?」
「高原をはじめとして、みんなが無愛想とか表情筋鍛えろだとか言うから少しは改善しようと努力をだね?」
「いえ、今までのままのリンスさんの方が、俺は好きです」
「そ? 俺も志位のこと、好きだよ」
「〜〜っ、大地さぁん?」
好き好き言っていたら、ティエリーティアがむくれた顔をして大地の服の裾を引っ張った。
可愛い恋人に笑いかけながら、地図を手に大地が工房を出ていく。
「じゃね、また来てよ。二人で」
「ええ、また来ます。二人で」
「その時はぬいぐるみ、作ってくださいね!」
大地とティエリーティアが出て行って。
作業机の前に座ったリンスは、モチーフの少女の写真を見た。
「早く見つけてやんなきゃなぁ……」
頼むよ、みんな。
なんて柄にもなく嘆願して、ごつんと机に頭をぶつけた。
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