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リアクション
設楽 カノン(したら・かのん)の家も、{山葉の家に劣らずの平凡な一戸建てだった。
その門前で、一つの憎悪が膨らんでいた。
「…… ここがあの女のハウス……」
白滝 奏音(しらたき・かのん)が見つめるは、扉までの勝手道、土に埋まった横長の石板が足場を成している。
「…… この足場を、あの女が……」
ぬるい風が、髪を揺らした。白く長い髪を、あの女に似せて造られた、この髪を。髪だけじゃない。この赤い瞳も、輪郭だって、あの女に似せて造られた。
「おぃ奏音、もう良いだろ? 行こうぜ」
奏音…… そう、私の名、強化人間である私に付けられた適当な名前、それが 『シラタキ・カノン』。適当、いや、安易に付けられた判別の為だけにつけられた名、悪意すら感じる名。
「あの女が居なければ… あの女さえ居なけれ…ッ!!」
「おぃ、奏音っ!!」
サイコキネシス。カノンの家に向けて両手を広げた奏音に、パートナーである天司 御空(あまつかさ・みそら)が飛びついた。
「やめろ奏音! 止めるんだ!」
「邪魔をしないで御空! こいつが、こいつの所以で私は−−−!!」
「うっ!」
サイコキネシスが屋根の一部を吹き飛ばした。すぐに御空が腕を押さえ直したが、発動を止めない奏音のサイコキネシスは石壁や道にぶつかり、砕いていった。
「や、め、ろ、奏音! 奏音!」
「うおっ! 何だっ?」
砕いた道端の先に、その男が見えた。設楽 カノン(したら・かのん)の幼なじみ、山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿が。
「ちょっ、奏音っ!」
「山葉ぁ! 涼司ぃ!!!」
手のひらを向けて握りつぶした。素早く避けた山葉の代わりに、少し先の標識がヒシャゲた。
「お前っ、いきなり何すんだっ!」
「お前があの女を捕まえておけば、あの女が事故にさえ遭わなければ−−−」
「止めろ奏音〜!!」
叫ばれた名前が注意を誘い、改めて見つめ見た風貌が山葉の思考を一瞬で止めた。
…………………… カノン………………
「ヤマハリョウジ!! お前さえ、お前があの女を、あの女をしっかりと−−−」
最後まで、それは耳に入ってこなかった、それ以前に思考が停止してしまっていた。カノンがそこに居る、山葉にはそう思えた。
「涼司先輩っ!!」
「ちょっと、止めなさい!」
「止めるんだ!」
平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が山葉を庇い避けさせ、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、奏音に飛び組んで押さえつけた事で、ようやくサイコキネシスも収まった。
それでも奏音の怒りは収まりを見せなかった。
「離せ! 大嫌いなんだ! あの女に似せて造られた赤い瞳も! お化けみたいな白い髪も! 離せ! 離せ!!」
『似せて造られた』、それは設楽 カノン(したら・かのん)を強化人間にする直前に、彼女の実験体として白滝 奏音(しらたき・かのん)が先に造られた事を指していた。
肉体の起動、記憶と人格の復元を目指しての実験だったようだが、結果として、どちらも記憶と人格の復元には成功しなかったようだ。
「涼司先輩、涼司先輩!!」
「あ…… !! …… あぁ」
レオに揺られて、山葉は瞬きをしたが、焦点は未だに揺れていた。
「しっかりして下さい! あの人はカノン先輩じゃありません!」
地に伏せ、組み押さえられている奏音に目を向けた。見れば確かにカノンではない。しかし−−−
ボゥンドゥンゥゥンボダゥンゥゥゥンゥン!
遠くに聞こえた爆音が、あっという間に近づいて来た。それは大量のエンジン音だった。爆音の先頭がカノンの家の前を過ぎたと思ったら、すぐに引き返してきた。
「見つけたゼぇ! 山葉 涼司(やまは・りょうじ)!!」
先頭のバイクがカノンの家に向き止まると、後続の爆音バイクも次々に集まり、決して広くない2車線道があっと言う間に埋まってしまった。
「何だ、お前たちは」
レオが叫んでも、男たちはバイクから降りては来なかった。涼司先輩の名を呼んでいたという事は…… 狙いは涼司先輩?
「オィ山葉ァ! チームを組んで戻ってきたってのは、本当だったみたいだなァ!!」
まだ陽も沈みきっていないというのに、奴らはライトを山葉に向けて一斉に照射した。
「眩しいだろ、止めろよ」
目を細めることもなく、山葉は真っ直ぐに奴らに向いて、一歩を歩んだ。
「バイクに跨っての登場か。ついに自分の足で歩けなくなったのか?」
一斉にフカシ音が上がった。この爆音の中でも奴らは聞こえてるみたいだが…… 一体どんな耳をしてるんだか。
「随分と余裕じゃねぇか山葉ァ! チームに女なんか入れやがって、ナメテんじゃねぇぞ!!」
数人がバイクから降りてきた。特効服にサングラス、金属バットやバーベルを持つ者も見える。……ある意味、稀少種だよね。
「おぃ、メガネよ。あんなんと抗争しとったんか?」
「あぁ、昔はもっと可愛いかったんだけどな」
「山葉君、ヤッシー、今は流石にボケないからね」
「あぁ。そうしてくれ」
日下部 社(くさかべ・やしろ)と五月葉 終夏(さつきば・おりが)が山葉の横についた。そして山葉の背についた影野 陽太(かげの・ようた)がそっと告げた。
「どうするつもりです? 戦うにしても、この人数は面倒ですよ?」
「……………………」
応える事なく山葉は更に歩みを進めると、族の先頭に立つ男とサシで向き合った。
「狙いは俺だろ? 俺だけでやる………… つーか、好きなだけ殴らせてやる」
「!!!?」
「何言うとんねん!!」
「山葉君!?」
族頭は口端を上げて、汚い歯を見せた。
「イイ度胸だ、どういう風の吹き回しだァ? あァ?」
「好きに殴らせてやるから、それで帰れって言ってんだ。文句あるか?」
「ねぇよ、ケケッ、こちとら最初からそのつもりだったからなァ、家燃やす手間が省けたぜ」
「そいつはどうも。こっちも火を消す手間が省けたぜ」
「おぃ、待てや、行かせへんで、こんな奴ら、俺らなら楽勝やろ」
「そうですよ、今、戦略を考えますから」
「いいんだ! これは俺の問題だ!」
「そんな訳にいくか!」
「そうですよ、好きに殴らせるなんて、どうかしてます」
「下がってろ!!」
荒いだ声は、低く重かった。
「こいつらとケンカしたってカノンが目覚める訳じゃない、そんな事は分かってた、でも狂わない為に狂った、ケンカに明け暮れた、これは。その報いなんだ」
ケジメと言った方が合ってるか…。いや、違う! こんな奴らを敵に回したことも、今こうして囲まれている事も、みんなカノンのせいにしようとしてたんだ、だから。
そう、だから。俺一人が殴られれば、それで良いんだ。
陽太か誰かが拾うだろう、と。山葉は眼鏡を後方に投げた。
「こいつらは関係ない! 俺なら好きなだけ殴らせてや−−−」
左の頬肉が、いきなり潰れた。
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