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第3章  「里帰るは、3日目」

 勢いよく音を立ててカーテンを開けた。朝の日差しを室内へ入れて、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は一声を発した。
「ほら起きろ!! 朝だぞ!!」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が体を捻りながら時計を見れば、針は午前の5時を少し回った所だった。
「はぃ、君、お願いします」
「おぉ…。5時て!! 早すぎるやろ!! …………………… って何で俺にフッた?」
「いや、一応、お役目かと思って」
「おぉ。よぉ分かっとるな。さすがや」
 言いながら目を閉じてゆく紫音日下部 社(くさかべ・やしろ)の枕を、山葉は取り上げた。クレームは一切受け付けません!
「涼司先輩、いくら何でも早すぎませんか?」
 すでに服を着替えて髪を解いている平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)に 『準備万端かっ!』 というツッコミは………… 朝だからかな、誰も入れなかった。
「言っただろ、今日は俺の親戚の旅館に行くって。駅でとも合流するんだ。遅れる訳にはいかないだろ」
「そんなに遠いんですか?」
「いや、それほどでもないけど、山の中だからな。まぁ、山登りもついでに楽しめるっていう、お得な重労働コースになってる−−−」
「ちょっと、まだ準備できてないの?」
 リビングの入り口に、腕組みをした朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が立っていた。2階で寝ていた女子たちも続々と降りてきたのだが……。
「あれ…… まさか準備万端?」
「当然よ。『女は準備が遅い』 なんて思われるのは心外だからね。いつでも出発できるわ」
「なんや、みんなの寝間着姿をもう一度見れる思たんになぁ」
「残念でした」
 千歳の背後から、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)五月葉 終夏(さつきば・おりが)が身を乗り出した。
「あれ〜、涼司さん、眼鏡かけてる」
「ほんとだ〜、朝なら外してると思ったのに〜」
「残念でした。外すのは寝るときだけだ」
「それと、カッコつける時、ですよね?」
「やかましい。御空、お前も早く起きろ」
「了解です」
 台所に、天司 御空(あまつかさ・みそら)のパートナーである白滝 奏音(しらたき・かのん)の姿が見えた。
 カノンにそっくりな奏音。台所にいると、思い出の中のカノンの姿が本当に重なる。
 でも、もう、それはそれだ。あいつの記憶は必ず戻す、俺の事もしっかりと思い出させる。
 どうすれば良いのかは、今は分からないけど。布団の上でダレてるコイツ等と、口を尖らせているコイツ等と、満面の笑みを交わしあうコイツ等と。
 俺一人じゃない、この 『仲間たち』 と立ち向かうと決めたから。
「ほら、早くしろ! 置いてくぞっ!」
 が待つ旅館へ。仲間と過ごす暑い一日が、今日もまた、始まった。



 2020年、秋葉原。
 景観こそ変われど、その魅力は衰えを知らない。むしろ増し続けている。それだけの変化と競争を繰り返してきたのだ。
 故に、人々はこの街へ魅かれゆく。
「来る日を… 間違えたようですね」
 同じに思う者あれど、初めに雫したのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だった。
 土曜に来るものではない。午前中だと言うのに、駅周辺は既に人で溢れていた。
 まぁ、本当に厄介なのは…… すでに集まってきてますね。
「おお? なんだアレは?」
「え? どれです−−−!!!」
 反射のように、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はそれから顔を逸らした。
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が指さしていたのは、『ミニスカで前屈みのまま振り向く女の子』 の看板だったのだ。
「唯斗、唯斗! アレは何だ!?」
「み、見なくて良い…」
「ねぇねぇ、こう?」
「やらなくて良いんですっ!!」
 ポーズを取るエクス唯斗が押さえつけようと−−− って、若干襲っているようにも見えるよ。
 そう忠告しようとして、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は止めた。それほどエッチな絵には見えないのに、あんなに顔を真っ赤にするなんて…… 唯斗兄ちゃん、可愛いですね。
「こんな、こんな感じか?」
「だから止めなさいっ!! 睡蓮も見てないで手伝って−−− って……」
 違和感に気付いた。唯斗が辺りを見回していると、同じにしていた小次郎と目があった。これは…………。
「人… 増えてますよね?」 
「えぇ。これは…… 早くもダメかもしれません」
 駅前広場に在る視線のほぼ全てを集めていたのはティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)だった。
 いつも通りのウェディングドレス! ロングウェーブと締まった肢体! そしてその美貌! ここが秋葉原でなくとも注目の的になること間違い無しな高スペック娘は、エクスと同じく、ビル壁面の看板に目を奪われていた。
「何か、気になるものでもありましたか?」
 視線を追って、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が彼女に訊ねた。ティセラの瞳はキラキラキラキラ輝いていた。
「大きな看板がたくさん♪ あっ、あの作品は知っています。あちらは現在放送中のアニメですね♪」
「そうなのですか? 詳しいのですね」
「えぇ、見聞を広める為に観始めたのですが、とっても面白くて。ですから今日は楽しみですわ」
 そう言えばティセラさんは 『アニメイト秋葉原店』 に行きたいと言ってましたっけ。アニメイトと言えば−−−
「ティセラさん、はい」
「これは…… !!! アニメイトのカタログですか?!!」
「情報誌…… の類ですかね。パッフェルさんから預かっていたのを忘れてました」
「パッフェルから?」
 今回、秋葉原のモデルガン購入を果たすべく、パッフェルさんはまず、カタログ集めを行ったそうです。多くは空京デパートで調達、そして事前に相談を受けた桐生 円(きりゅう・まどか)さんもカタログ収集に協力したといいます。アニメイトの情報誌は、2人で集めたカタログの中に混ざっていたようですよ。
「右の方は見えないでしょ。だからボクが。」
 パラミタを出た時から、さんはパッフェルさんの右傍に添いながら、彼女の右手を握っています。 それは今も変わらず、なのですが………… 吸血貴族の法衣を着たさんと、ゴスロリメイド服のパッフェルさんが並んで手を繋いでいる光景というのは…………。
「姉さん達、絵になりますよね?」
「ひっ!」
 耳元で。それすなわち並ぶようにして浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が顔がすぐ傍にあった、しかも…… 心を読まれました?!!
 状況は、確かに異常でした。2人の周りや、ティセラさんの周辺、そして同じく多くの視線を集めているセイニィさんに、集まった人々がカメラや携帯電話を向けている事もそうなのですが、何より、人が多すぎるのです!
「ちょっと… 何なの? この数…」
 広場を見渡して、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は焦りを覚えた。それはパートナーのヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)も同じであった。
 溢れかえる程の人が駅前広場に集まっている。しかも今も人の数は増している、人がどんどんどんどん集まって来ている。
「えぇ、この短時間でこれほどの集まり方… 違和感がありますな」
 花火大会の帰り道? いや、このまま人が集まり続ければ、満員電車に乗り合わせたような、そんな圧迫感すら覚えてしまいそうである。
 これだけの人が、いったいどこから集まってくるというのだろうか。とにかく−−−
「アストライトも、ティセラ様をお守りする準備を−−−???」
 パートナーであるアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が何名かと顔を突き合わせていた。服装からすると広場に集まってきた一般の地球の方々のようですが…。
 リカインと同じ疑問を感じて、ヴィゼントは、その輪へと歩みを始めた。寄るにつれて聞こえてきたのは、悪代官のように笑うアストライトの声だった。
「ほぉおぉおぉ、凄ぇ反響じゃねぇか。よぉし次は、こいつをくれてやる」
 アストライトの携帯を見つめて、男たちが喚声をあげた。そこにはティセラが秋葉原の改札を通っている姿が映し出されていた。
 …… ティセラの事を極端に嫌っているはずのアストライトが、なぜ彼女の写真を? 
「画像は、まだまだあるからな。欲しけりゃ流せ! ここからは出来高制だ」
 …… 流す? 携帯画像を一体どこへ? アストライトは男たちに何をさせているというのか−−−
 カシャッカシャシャシャシャシャシャガジャッとピロリィ〜ンカシャシャっ。
 大量のシャッター音に、思考を遮られた。
 一眼レフやデジカメ、携帯電話の者も居るようだが、皆、行為は同じ 『カメラでティセラを撮る』 であった。
「ちょっ、あなたたち、一体何なのです?」
 突然の被写体化にも、堂々とした態度で居るのは流石というか、少し可愛げが無いと言うか。見ろ、同じように囲まれているパッフェルセイニィだって………… いや、弱っていないか。無関心無表情に、爆発不快感。カメラ小僧と化した秋葉原人に寄られた位では心折れるという事はないか。このまま囲まれ続けたなら光条兵器である 『星剣ビックディッパー』 や 『星双剣グレートキャッツ』 を持ち出すのではないか−−−
 アストライトが…… 笑っている…………?
 爆発的に人が集まった事、衆人のカメラ小僧への転身、そしてアストライトの笑顔と、アノ言葉−−−
 なるほど、そういう事か。
 アストライトを囲む男たちの携帯を見て、確信を得た。彼らはネットの掲示板に画像をアップしていた。
「なるほど、あぁして物見の対象として多くの人間にカメラや携帯電話を向けられれば、さすがのティセラたちも苛立つ。そうなれば」
「あぁ、我慢できずに乱闘騒ぎ♪ そうなりゃあ、こっちの警察とやらに強制収容っ! そのまま帰って来れなくなっちまえ! ざまーみろバカ女が−−− 痛って!!」
 耳たぶを干ぎる勢いで引いてやった。全く、何を考えているのやら。
「いででででっ、離せって! 何をしても、もう遅いんだよっ」
 負け惜しみのようなセリフも、広場の状況を見れば馬鹿には出来ない。オタクたちのネットワークと行動力、そして多勢を成した事で気を大きくしたのか、遠慮もなしにカメラを向けている。
 押しつ押されつ。押され押されつ。いよいよもってこれは、猶予がない。間一髪、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が気付いて止めた。
「だめです、ティセラさん! ここで力を振るったら台無しです」
「睡蓮さん…」
「今は我慢して下さい。唯斗兄さんが何とかしますから」
 人混みの中、唯斗は瞬撃で衝撃を与えて、気付かれないようにカメラを壊していたのだが……。
「くっ、数が多すぎます」
 壊しても壊しても。派手には動けない、動きやスキルを制限された状態では、とても処理しきれない。このままでは、守りきれない−−−
「数が多すぎます。撤退しましょう!」
「えっ、ちょっと−−−」
 ティセラの手を取って駆け出した。それを合図に、パッフェルセイニィに添っていた者たちも駆け出した。
 バラバラになって撒くことに。
「俺は探すものがあるからな。悪いっ」
 そう言ってハニカみながら国頭 武尊(くにがみ・たける)が一人、皆とは別の方向へ駆けだしたが、ほとんどの生徒がティセラたちと共に逃げ出した。オタクたちから、カメラ小僧たちから。
 秋葉原駅に到着して10分たらず。一行は散り散りになっての散走を始めた。