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それぞれの里帰り

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それぞれの里帰り

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「おかえりなさいませ、ご主人様」
 店内にまで押し入ろうとした男共を、ネル・ライト(ねる・らいと)は天使の心構えと鬼眼を込めた笑顔で出迎えた。
「うっっ」
 タジロぎ、後ずさる。もう一声、同じに「おかえりなさいませ、ご主人様」の出迎え(と鬼眼)を叩き込んで追い返した。
 店内に逃げ込んだパッフェルを追うべく、客を装って 『ご帰宅』 した男共も、さすがに諦めたであろう。中には3度目の顔もあった。懲りない駄目主人である。
 ネルの見事な出迎えに、店内のメイドさんたちは感心するばかりであったが、孫 尚香(そん・しょうこう)だけは、全く別の点が気になっていた。
「来店時には 『お帰りなさいませ、ご主人様』、退店する人には 『いってらっしゃいませ、ご主人様』 って言うのか…… なんか変な店だね」
 挨拶方法。もはや嫁と婿のスタンダードになりつつある挨拶方法が気になったようだ。
 尚香は「この服もフリフリだし、キツいし。動きづらいのよね」なんて言いながら、胸元の最上ボタンを外していた。確かに、あの豊満な胸にはキツイのかもしれないが−−−
「はしたない格好は、ダメですよ」
 月島 未羽(つきしま・みう)に注意された。ボタンも留められて、もとのパッツンパッツンに戻された。…… こっちの方が 『はしたない』 という事も……。
「さぁさぁ、準備ができたら働いてください。ちゃんも、早く来るですよ」
「うぅ〜… こんな服で人前に出るだなんて… 恥ずかしいよ〜」
 くぅぅぅぅ〜!! メイド服を着て恥じらう月島 悠(つきしま・ゆう)を見て、未羽の頬は一気に緩んだ。
「大丈夫です、とっても似合ってますから。さぁ、お仕事して下さい」
「あぅ〜… 接客、しなきゃダメ?」
 当然です、なんて言われて更に萎縮してしまったを、朝野 未沙(あさの・みさ)は見ていられなかった。
「ダメだよっ、メイドさんはもっと笑わないと」
 メイド喫茶で一度は働いてみたかった、と念願叶った未沙は大いに楽しんでいた。フリルたっぷりの裾をヒラヒラさせては凛とした笑顔で接客をしていた。そんな彼女からすれば、のぎこちない笑顔に嘆息するのも無理はない。
 そして、彼女の瞳に留まった不合格笑顔が、もう一つ。
「パッフェルさんも、もっと笑って♪」
「…… こう?」
 ぎこちない、というか全然笑えていなかった。いつも通りのメイド服に、お店のメイドカチューシャをつけていて。見た目は完全にメイドさんなのに、なんだろう、ツン過ぎるというか… 無関心というか。『放浪メイドさん』 なのかな?
「んん〜 そうだなぁ。『お客さんをティセラさんだと思って』 接客すると良いかも」
「…… ティセラだと思って?」
 何度かブツブツ呟いて、パッフェルは客の元へと向かった。戻ってきた彼女は…… 不機嫌そうだった!
「…… ティセラだなんて…… 思えない」
 ダメだったかぁ。『お客さん』 を 『ご主人様』 と思えるようになって初めて、メイドさんの笑顔の境地に辿り着ける、と聞いた事があるけど、正にそれなのかも。
「…… メロンクリームソーダと、一口ハンバーグセット」
 パッフェルが厨房で告げると、麻上 翼(まがみ・つばさ)の元気な声が返ってきた。
「了解。あぁ、パッフェルくん。はい、『密林サラダ』 あがったよ。ドレッシングを忘れないようにね」
「…… わかった」
「あぁ、それから、悠を呼んできてくれないかぃ」
「…… わかった」
 見たいのですよ、メイド服を着たくんを。恥じらいの雄姿は瞳に焼き付ける必要があるでしょう、せっかくだもの、パートナーだもの。
 実際、はホールに行ったきり、もうだいぶ戻って来ていなかった。ボクたちに姿を見られるのが嫌なのか、それなら接客をせざるを得ないという事になるよね。客の前に立てば、またホールでの時間が経てば経つほどにの恥じらいも増すわけで。それを考えただけでも、ニヤニヤが止まらない訳ですよ。
 調理担当も、悪くない。うん、悪くないね。
「あ、パッフェル様、待ってですぅ」
 調理場から離れ行くパッフェルを、朝野 未那(あさの・みな)が呼び止めた。彼女は調理場でスウィーツ作りを担当していた。
「今日は 『イチゴのソース』 がたくさんあるので、ご主人様に、パフェをオススメしてみて欲しいですぅ」
「…… パフェ……」
「あとは、『バニラアイスソーダ』 に 『イチゴのソース』 をかける事もできますぅ」
「…… 美味しそう」
「でしょでしょ。それから、『思い出に暮れる砂浜フレーク』 にかける 『オレンジソース』 の代わりに使う事もできるですぅ」
「…… 『ホットケーキ』 に生クリームと一緒にかける…… とか?」
「それも美味しそうですぅ! さっそく店長に提案してみるですよ」
 声をかける対象が増えた。パッフェルがホールに戻ると、自分の担当席の片づけを朝野 未羅(あさの・みら)がしている所だった。
「あっ。手が空いたから、やってただけなの。だから、あの、その…」
 布巾を握りしめて未羅は不安そうにしていたが、パッフェルが「…… うぅん、ありがとう」と応えると、パアッと顔を明るくした。
 食器を重ねてテーブルを拭く。手際の良さと丁寧な仕草が共存している、何より楽しんでしている事が見ていて伝わってきた。
「男の人は苦手なの。だから、お片づけをメインでやるの。私もみんなと一緒に、一生懸命頑張るの!」
 未羅がそう言っていた事をパッフェルは思い出した。
 すぐ横のテーブルには苦手な 『男性』 が居るのに、彼女は懸命に働いている。みんなの役に立てるように、出来ることを一生懸命に。
「…… それに比べて私は……」
「パッフェルさん? どうかしたですぅ?」
 私は、『お客さん』 に満足して貰えるような笑顔一つ出来なかった。
 未那はメニューにアレンジを加える提案をした。楽しそうに働く未羅の姿はみんなを幸せにした。
 それなのに私は、何も。ただメイド服を着ているだけ、テーブルの片づけも代わって貰う役立たず。私は、みんなの力になれてない……。
 ただ一人も 『ご主人様』 を満足させられてなぃ−−−−−−
 −−−−−−−−−−−−−−−!!!−−−−−−−−
「……………… 違う!」
「パッフェルさん? どこに行くですぅ?」
 厨房を抜けてスタッフルームへ。 
 鏡に映った自分を見て、もう一度。
「……………… 違う……」
 間一髪だった。
 自分がメイド服を着ていたから。容易に隠れられると思ったから、だから店に入って留まった。そこには 『メイド喫茶でのアルバイト』 を体験している仲間が居て、騒ぎが収まるまでの繋ぎとして店を手伝っていた。ただそれだけだったはずだった。
 …… あと一歩で 『メイドさん』 になる所だった。
 働く仲間たちや 『メイドさん』 を卑下するわけじゃない。でも……。
「私は、ティセラが愛しい」
 ティセラを愛している。だから。
「みんなに好かれる 『メイドさん』 には、なれない」
 パッフェルは静かに 『メイドカチューシャ』 を化粧台の上に置いた。持参したカタログを手に取り、裏口から店外に出ると、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)三船 敬一(みふね・けいいち)清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)が彼女を出迎えた。
「待ってたぜ、姫さん」
「カメラオタク共を蹴散らすのにも飽き飽きしてた所だ」
「僕たち、エアガンを売っている店を調べてきたよ」
「えぇ、いつでもご案内致します」
 店内から、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が、そしてパッフェルの手を取りて桐生 円(きりゅう・まどか)が合流を果たした。
 『エアガンならミリタリー系の方が種類も豊富だ』 という敬一の提案を元に北都が調べた店へ。
 軍服に執事、貴族にメイド服。誇りと共に、その身に纏う。
 意外に、間違いなく目立つ集団が、ミリタリーショップへの移動を開始した。