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リアクション
リリとユリを乗せたボートが、音もなく海面を進んでいく。
二人の空飛ぶ箒をくくりつけ、それを推力としているのだ。
精神力は使うが、静かに移動することができる。
――ここまで探索してきて、誰もヒナの鳴き声らしきものを聞いていない。
それは、ヒナが弱っているか、または声の届かないところにいるか、もしくは……
ユリはその先を考えたくはなかった。
非力な自分ではあるが、できることをやろう。
大丈夫、きっとうまくいくのです。
リリがボートを停める。
「ではユリ、始めるのだよ」
ユリはボートの舳先に立つと、静かに、だが良く通る美しい声で、歌い始めた。
(雌雄空中に鳴く
声尽くるまで呼べども帰らず――)
「あれは……」
「うゅっ、どうしたの、ネーネ?」
「『驚きの歌』ね――。エリー、ちょっと静かにするわよ」
ネージュとエリーは飛空艇のエンジンを限界まで落とし、歌の邪魔をしないようにする。
「(コハク! はやくエンジン切って! ほらはやくはやく! ほら!)」
「う、うん」
美羽のからの通信は囁き声だったが、ボリューム最大なのは変わらないので、やっぱり耳がキンキンする。なんかもう、美羽の通信を切った方が騒音レベルは下がるのではないか。いや何でもない。頑張ろう。
そんな個別的な喧噪をよそに、海上を流れていくユリの声。
「――」
聞こえた。確かに。
「!」
「!!」
その場で息を潜めていた全員が反応する。
あまりにも小さかったが、ある一つの岩礁から、確かにヒナの鳴き声が聞こえたのだ。
コハクが、オイレに搭載された大型サーチライトで闇を切り取り、その岩を照らした。
「そこの岩にいる、間違いない!」
最小にしたボリュームをまた最大にして、コハクが叫ぶ。
箒に乗って、ミハエルと満夜が駆けつける。
「任せて! 小回りは利きますから」
さらに、光術で岩を照らしながら、箒に乗って樹、フォルクス、ショコラッテもやってきた。5人がかりで岩を調べつくす。
しかし。
「いない!?」
「おかしい、声は確かに……」
フォルクスがはたと、ある可能性に気付く。岩肌に耳を当てる。
「ぴぃーーーっ」
冷たく固い岩を通して、それははっきりと彼の耳を打った。
「――この中だ。岩の中にいる!」
◇
「そうか、……。あの辺は干満が激しい。おそらく洞窟のようになっていて、入り口は今は沈んでいるのだろう」
鉄心と陽太は即座に通信を開始した。
「近くにいるのは……ローザマリアさん、お願いできますか」
「了解よ。任せておいて!」
言いながら、片手でスロットルを思い切り開けた。RIBのエンジンが唸りを上げる。スクリュー以外はほとんど海面に触れていないほどの速度で疾走して、ローザマリアはすぐさま現場に到着した。
素早く岩にRIBを固定し、そのまま、暗い夜の海にダイブする。
夏とはいえ、ウェットスーツを通して感じる温度は低い。
周囲と連絡を取りながら、ヘッドライトで岩礁の底部をつぶさに見て回る。
――すると……あった。岩の横壁、確かに、大きく口を開けた洞窟のようなものが。
酸素ボンベの残量を確認して、その中へ飛び込む。
穴の内部は、すぐに上へと向っていた。ライトに揺れる水面が、暗闇の中に浮かび上がる。
(水面……!)
ゆっくりとそこへ近づき、頭を出した。
縁に手をかけ、ライトの絞りを広角にしつつ、水から体を引き上げると、ローザマリアは洞窟内を見渡した。
「ここに……いてくれたのね……」
まばゆいばかりの黄色い羽毛が、ライトの光をきらきらと反射していた。
◇
「見つかった!?」
「見つかったアルか」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とチムチム・リー(ちむちむ・りー)は、現場に急行している途中で、その連絡を受け取った。
「あの岩だ! 見えたよ!」
レキが叫ぶ。
「ヒナの姿は……ないアルなぁ」
「洞窟の中にいたって話だから、助けるのに手間取ってるんじゃないかな」
「であれば、チムチムの出番かもしれんアルな」
「? なにそれ」
「古来中国のことわざにもあるアル。毛には毛を、ファーにはファーを」
「なんか、全てが間違ってるような気がするけど……とにかく急げ!」
「はいアル〜」
チムチムの手は猫の手だが、器用に櫂を操り、岩礁へ向ってボートは進む。
◇
「でも、どうしましょう……海の中を引っ張ってくるわけにも行かないし……」
ユリが呟く。
ヒナを発見したはいいが、岩礁から助け出すことができないのでは意味がない。
ローザマリアによると、ぴよぴよ鳴けるくらいの元気はあるようだが、いつまで持つか分からないとのことだ。
「リリに考えがあるのだ」
「氷術であろう。一度洞窟部分までを凍らせ、然る後に、掘る」
答えたのはミハエル。
リリが笑う。「貴兄、話が合うな」
「ここには氷術の使い手がたくさんいる。全員でかかれば出来るだろう」
かくして、その場で氷術を使える者が、同時に海を凍らせることになった。
全員の詠唱が終わると同時に、海中から一気に氷柱が吹き上がり、砕ける波飛沫が結晶となって舞い落ちる。ものすごい迫力。
あっというまに、岩礁一体は凍り付いた。
そこを、今度は各自が持参した武器と、炎術に自信のある者が掘り進んでいく。
通路内にたまった水は、蒼也とエリシュカがサイコキネシスで汲み上げる。
ほどなく、ヒナの洞窟と海上がつながった。喜びに沸く一同。
「やったー!」
「よーし、引き上げるよ〜!」
「……どうやって?」
ヒナの体は2メートル。ロープはあるが、くくりつけるのも忍びない。
サイコキネシスか? いや、ヒナが怖がるだろう。しかし、強引にでも行くしか。
でも、親鳥を呼んでしまう可能性も……
うーん。
しかし、膠着しかけた場に、救世主が登場する。
「チムチムにおまかせアル!」
ばばーんと、氷の岸に到着した、巨大な黒猫と少女。
「おお! ゆる族か!」
「確かに、怖がらせることはないかもな」
フォルクスと樹が安堵の声を上げた。
「チムチム、調子に乗ってヘマしたらダメだよ!」
レキが釘を刺す。
「大丈夫アル。信頼と実績のゆる族アルよ」
――そんなわけで、チムチムにはロープが結ばれ、洞窟の中へ。
「おおお……また、大きいひよこさんアルな……」
ヒナはまさに、ひよこを2メートルにしたものと言って良かった。
目に光は残っているが、ぐったりしていて動かない。
「いま上げてやるアル」
チムチムはひよこを怖がらせないように、出来る限りゆっくりと近づくと、そのままぐっと抱きかかえた。抵抗はない。毛皮を通して伝わるヒナの体温が冷たい。チムチムはかすかに胸が痛んだ。
「OKアルよ〜〜」
その声で、盛大な綱引きが始まった。
カーブしている部分はサイコキネシスのフォローを受け、二匹(?)は徐々に入り口へ近づいていく。
そしてついに。
きゅぽん、と栓の抜けたような音がして、ヒナは凍った海上にその姿を現した。
「ララ、急いで!」
「んふふ、待ってました〜〜!」
ボートが次々と到着する。その中には、波音とアンナ、ララの姿もあった。
「あんな場所にいたなんてね〜、散々探しても見つかんないわけだよ……うぅ」
波音の額にはゴーグルの跡がみっちりと付き、まだ乾かない髪からは水滴が滲んでいた。
「昼間に見た鳥さんは、巣に帰る途中だったのかもしれませんね」
「でも、無事に見つかって良かったねっ!」
走れないほど疲弊していた波音だが、ヒナを見ると笑顔が浮かぶ。
「毛布、もってきたよ〜!」
おお、と声がして、道が出来る。
ララは結局ずっと服の中に仕込んでいた毛布を、先に敷かれていたローザマリアの毛布の上から、一枚ずつヒナに掛けてやる。
手伝う波音とアンナ。
5枚の毛布は、ヒナをすっかり包むことができた。
「あったかい、かな……」
ララが心配そうにヒナの目を覗き込む。アンナが言う。
「暖かいに決まってますよ。ララがずっと着ていたのだもの。頑張りましたね」
「えへへへ……はっくしゅっ……ふにゃぁ」
ララはいきなり薄くなった服と、氷の上だったのとで、今度は風邪で目を回した。
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