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リアクション
「おーらいおーらい……すとーーっぷ!」
ゆっくりと、美羽のアルバトロスのハッチが開く。
とりあえずヒールをかけておいたが、まだ口は開かず、餌は食べてもらえない状態だ。
ヒナはやはり衰弱しきっているため、氷の上でなく陸で手当をしよう、ということになった。
幸いにも毛布があるお陰で体温は回復してきているようだし、アルバトロスならヒナを乗せても十分に余裕のあるフライトができる。
コクピット以外の座席を全部取っ払って、毛布にくるまれたヒナを、皆でハッチから格納する。
「ようし、行っくよー! ……おとなしくしててね、ひよこさん」
アルバトロスは再び浮上し、救護班のいる浜辺へ舵を取った。
旋回を終えたアルバトロスのハッチからは月光が差し、ヒナを照らす。
ヒナが一度、その月に向って小さく鳴いたのを、美羽は気付かなかった。
と、そこへ、麦わら帽子と白いブラウス。
ティー・ティーである。
「……美羽さん、あの明かり、見えますか?」
鉄心に言われて、ここまでやってきていたのだ。
浜辺に灯台が完成したので、アルバトロスを先導して欲しいと。
確かに、遠くの方にかすかではあるが、炎の揺らめきが見えた。
これでもう、少なくとも、海図とコンパスに頼ることはない。
「おおお、こりゃ楽ちんだね! ありがとー!」
「やれやれ、これで一安心かな……」
ヒナの運搬で疲れた体をボートに横たえて、樹は独り言を言った。
とはいえ運ぶ最中、毛布からはだけたヒナの胸が、一瞬顔にもふっとしたあの感触を思い出すだけで、樹は向こう3年ぐらいは戦える力が沸いてくる思いがした。記憶を何度も反芻しては悦に入る。
「うふふふ」
「樹兄さん、嬉しそう……よかった」
ショコラッテは素直に喜んでいる。……彼女の想像する胸の内とは少し違っているのだが。
「まだ終わりではないぞ。親鳥に見つからないとも限らん。……おいお前、聞いているのか?」
満天の星の下。
フォルクスの言葉を聞き終わらない内に、樹はヒナの夢へ突入しているのだった。
◇
(いたいた……すげぇ! でっけぇなぁおい!)
(しぃっ! カセイノ、気付かれますわよ)
物陰でひそひそ話しているのはリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)とカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)である。彼らは昼間からボートでこっそり怪鳥の雌を追いかけ、この小島までたどり着いていた。どうやら、巣もここにあるようである。
雌は一日中飛び回り、疲労困憊の体であるが、疲れたから寝ようという表情には見えなかった。
(カセイノ……やっぱり、帰りませんこと?)
怪鳥の巨体に、リリィは心配そうな目を向ける。
(なに言ってんだ。ここで眠らしときゃなんとかなるんだぜ? つかおめー、なんでついてきたんだよ?)
(た、たまたまですわ。この島が――その、健康に良いと聞いたものですから)
(なんだ、そうなのか。しゃあねぇな。薬屋だもんな)
恐ろしいことに、カセイノは信じたようだった。
(よし、そろそろ行くぜ。目の覚めるような子守唄ってやつを、びんびんに轟かせてやんよ)
(カセイノ、それは……止めた方が……)
(じゃあ、永遠の眠りについちまうようなやつを、しっとりと歌い上げてやるか)
(それ、もっと駄目……)
「ええい! 歌詞も曲も関係ねぇ! 大事なのは寝かしつけてぇというソウルなんだよ!」
カセイノはためらいもなく、怪鳥の真ん前に躍り出た。
怪鳥の目を真っ直ぐに見つめ、大きく息を吸って歌い始める。
(そうだ むしろ アイラヴュー
むしろおまえはねむるべき ドリーミン
もえさかる むしろそれはファーラウェイ
ザ・うみ いやむしろ ザ・しま
むしろおれがねむる それはフォーエバー……いやむしろトゥルー……)
……寝かしつけたいというソウルこそが、子守唄スキルの肝要であることを、これほど見事に体現した例がかつてあっただろうか。
怪鳥は最初こそ、取って食おうかというそぶりを見せたが、徐々に瞼を閉じていったのだった。
「すごい……! カセイノ、やりましたわ! それにしても……なんて……歌詞、むにゃむにゃ」
彼の凄絶なソウルに触れたリリィも、一緒になって昏倒してしまう破壊力。いやむしろ子守力。
一曲終わったカセイノは、すでに体力をほとんど消耗していた。
「はぁはぁ、通用するぜ、俺の魂……しかし、喉より体が持たねぇかもな」
「大丈夫よ、私もいるわ」
そこへ、アリアがトナカイに乗って現れた。
彼女もまた、親鳥を休ませようと思い、ここまで来たのである。
「今夜は寝ないつもりだし、子守歌もできるから……でももう、朝まで起きないかもね。あんな凄まじいのを聴いちゃったら」
「おおっ、ありがてぇ。……褒めてんだよな、それ」
「もちろん」
「じゃぁ、しばらく……頼んだ、ぜ」
そういうと、カセイノもその場で崩れ落ち、リリィの肩を枕にして眠り込んでしまった。
「さてと」
アリアは微笑みながら、寄り添って眠るふたりに魔法使いのマントを掛けると、空飛ぶ魔法で親鳥の側へ寄る。
「私の仲間たちはね」
眠っている親鳥の横顔に語りかける。
「……きっとあなたたちの子供を助けて来てくれるわ。だから、信じて、今はお休み」
親鳥は動かない。
月の光が照らす巣の中で、親鳥の呼吸の音を聞きながら、アリアは目を閉じる。
誰にも聞こえないような、かすかな声の子守歌が、島に打ち寄せる遠い波の音に混じった。
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