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ジャンクヤードの亡霊艇

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ジャンクヤードの亡霊艇

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第9章 出会う者・人工遺物調査部


 通路の奥から戦闘音が聞こえ――
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は槍を構え、駆けていた。
 狭い通路を抜け、少し広い空間――倉庫のような場所の入り口に出る。倉庫上部に掛かっていたと思われる連絡橋や天井の一部が崩落した風景の中で、二人の女性が二体の機晶ロボに襲われかけていた。
「真たちじゃないのか……しかし――」
「捨ておくわけにはいくまい」
 至極冷静に言った仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共に倉庫へと駆け出る。
 その後方を七枷 陣(ななかせ・じん)小尾田 真奈(おびた・まな)が追って来ていた。
 女性は片方がウル・ジ、もう片方は宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。祥子は片手にデジタルカメラを持っちながら雷術でロボットを牽制しながらウル・ジを逃がそうとしている。
「真奈、奥のヤツを頼む!」
「はい、ご主人様」
 こちらに気づいた手前の機晶ロボへと陣のファイストームが走り、炎を撒き散らした。
 更に真奈の銃撃が奥の機晶ロボたちを牽制する。
 炎の欠片を切り裂きながら、リュースは機晶ロボの身体へ槍先を突き込んだ。
「急いでいるんですッ、多少強引にいかせてもらいますよ!」
 踏み足に力を込めて、全身で更に突き込む。
 ッギ、と鈍い振動を手元に伝えながら、槍先が装甲にめり込み――横を飛んだ磁楠の切っ先が、その機晶ロボの頭部を砕いた。
 機晶ロボが力尽きたように崩れ落ちる前に、身を翻しながら槍を引き抜く。
 と――奥の方に居た機晶ロボが奇妙に震えた。
 そうして、倒れ行く機晶ロボの向こうに見えたのは、床にヘタリ込んだウル・ジを庇うように剣撃を放った格好のバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)、そして、その向こうで、いつかと同じ笑みを浮かべている東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)の姿だった。

 ドォッ、と二体の機晶ロボが床に崩れて、
「あいつ――」
「待て、リュース」
 雄軒の方へ距離を詰めようとしたリュースを磁楠が制す。
 真奈が小首を傾げ、
「お知り合いですか?」
「……どういうつもりだ。また人質でも取ってどうこうしようってんじゃないのか?」
 陣が目を怪訝に眇めながら言って、雄軒のもう一人のパートナーらしいミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)の方を見やった。
 彼女はウル・ジが負った小さな傷に応急手当を行っていた。
 と、ミスティーアが陣たちの視線に気づいて、ハッと顔を上げ、何かしら少し戸惑いを見せた後、
「ふ、何か勘違いしているようですけれど、これは助けたんじゃないですの」
「どの角度から見ても助けてくれたように見えるけど」
 祥子のツッコミにミスティーアは、うっ、と詰まってから、それでもめげずに、祥子の構えているデジタルカメラの方を見やり、続けた。
「情報を得るためですわ。ね? 雄軒様」
 ミスティーアが雄軒の方へと振り返って同意を求める。雄軒は「異論はありません」と戯れた様子の笑みと頷きを返した。
 ミスティーアが陣たちの方に視線を戻し、水筒を片手に、
「つまり、そういうことですの。こんな小娘……情報さえ引き出したら、この水筒の水を少しだけ飲ませて喉の乾きを奪った挙句、救助隊方面に放り出してやりますわ!」
「ご主人様、あれがツンデレというものですね」
「若干……こう、アホの子入っとる感じやけどな」
「誰がアホの子かーっ!」
 ずだんっと床を踏んだミスティーアの方は、とりあえず捨ておいて、リュースは雄軒を睨み据えた。
「二度目は無い」
「さて、そうでしょうか?」
「少なくとも、オレはもう戸惑わない。貴様の行為を無視してでも、その小うるさい喉を潰してやる」
 リュースの冷えた声が響く。今、雄軒が卑劣な手を使って立ち塞がるなら、リュースは本気で彼を八つ裂きにするつもりだった。何があろうとも。
 それほど、真の身を案じた焦りが心中に強く濃くなっていた。
 雄軒が、ヌゥッと笑みを深くする。
「覚えておきましょう」
 と、雄軒が「ですが」と置く。
「安心してください。今日のところは、そういった事は”行えません”」
 言って、彼は何処かしら、やれやれといった風情をのぞかせた。
 と――倉庫の入り口、緋桜 ケイ(ひおう・けい)らと八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)がこちらに気づき、近づいてくるのが見えた。
 磁楠が、スッとリュースの傍らに立ち、
「おそらく、奴の言っていることは本当だ。今は、どうやら奴自身に何かしら理由があるようし、あの白髪のパートナーの方は――」
 ミスティアーナのことだろう。
「要救助者たちに無茶なことをする気配も無い」
 言って、磁楠がケイたちの方を示しながら続ける。
「ここは預けて、先を急いでも問題ないだろう」
「……わかりました」
 ほんの少し間を置いてからリュースはうなずき、雄軒へ一つ睨みを残してから、陣たちと共に倉庫の出口へと向かった。
 後方から祥子の礼を言う声が聞こえる。

 リュースたちが倉庫を出てしばらく後、
「あの時、起こったこと……?」
 祥子とウルが顔を見合わせ、ミスティーアと悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、こくと頷いた。
「そう、飛空艇が起動した前後、混乱が起きている最中の状況――なんでも良いから教えてほしいのですわ」
「と言われても、本当に何が何だか分からなかったから……」
 肩を竦めて頭を振るウルを見やりながら、カナタが、むぅ、と考えるように眉を潜め、
「こういう時の『お約束』といえば――誰かが撮影中に何かに触ってしまっていたりするものだが……」
「お約束?」
 優子が軽く首を傾げた方にカナタが言う。
「よく漫画やアニメでは、そういう展開だったりするであろう?」
 と、雄軒は祥子のデジタルカメラを指差した。
「そちらは事件前から撮影を?」
「うん? ええ、そうだけど――あ」
 はたと気づいた様子で、祥子が、すぐにカメラを操作し始める。
 ケイが小さく「そうか」と漏らした。
「もしかしたら、事件の原因に繋がる何かが映ってるかもしれないのか」
「再生するわ」
 祥子がデジタルカメラに付いている小型モニターを開きながら言って、その場に居たバルトを除く全員はギュッと身体を寄せ合うようにモニターを覗き込んだ。

 ウルや他の出演者が映っている。
 状況は、演出上の緊迫感がありつつも和やかに続いていく。
 そして、飛空艇の起動。
 飛空艇全体が震動し、開くはずの無かった隔壁が開く。画面が酷く振り回され、その端に機晶ロボや機晶姫が見え、銃撃の火花、逃げ惑う人々、それを守ろうとするコントラクター……

「ふむ……少し戻していただけますか?」
 雄軒の言葉に祥子がカメラを操作して、映像は巻き戻されていく。
「そこを、もう一度」
 指示された通りに再び流れる飛空艇起動寸前の映像。
「――止めてください」
「……これって」
 一時停止された画面には、細い、糸のような奇妙な光が一瞬だけ映り込んでいた。斜め下方の床から生え、ウルの胸元へと伸びている。反射や通常の映り込みにしては妙な色をしているし、それは微妙に曲がりくねっているようにも見えた。
「何の光かしら?」
「確かめてみましょう」
 と、雄軒は他意なくウルの胸の方へ手を伸ばして、カナタにコンっとスタッフで叩かれた。
「わらわ等、女子の役目よ」

 ウルの胸元、その褐色の肌の上にあったのは複雑な文様の刺青だった。画面の光は、この刺青と飛空艇内の何かとを繋いだ……ように見えなくもない。
「これは?」
 優子の問い掛けに、ウルは首を振った。
「詳しくは知らないの……物心がついた時にはもうあった。両親は、『これは気が遠くなるほど昔、不要になったものだから気にするな』って」
 言って、ウルが身体を震わせる。もし、己がこの事件を引き起こしたのだとしたらと考えると怖いのだろう。

 雄軒にとって、そんなことはどうでもいいものだった。
 興味はどこまでも、この飛空艇の持つ謎にある。
「さて――これは、いよいよ動力中枢に行ってみたくなりましたね」

■人工遺物調査部
 内部は確かに時間の長さを感じさせる廃墟具合だった。
 とはいえ、機晶エネルギーによる明かりは付いているし、壁も通路もしっかりとしている。
 だから、どちらかというと文化的な匂いのする光景のように思えた。実際の匂いの方は、枯れた侘しいものだったが。
「名は体を表す、というが――あてにはならんな」
 クロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)が言う。
 ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)は笑って、
「幽霊嫌いのクロ子でも、さすがに、こう明るくちゃ余裕ってとこか」
 振り返り見やると、クロシェットが大人ぶったように腕を組み頷いていた。
 しかし、その足の辺りがなんとなく揺らめいているように見える。
「幽霊の、正体見たり、といったところか。この程度のもの、全く、全然、話にならんな」
「なんか話し方が危ういぞ、おい。それに少し足がふらふらしてるじゃねーか」
「大丈夫だ、問題ない」
 クロシェットが真剣な表情で瞳を光らせて言う。
「これはただの超振動だ」
 高周波ブレードも真っ青の震えっぷりでした。
「全然大丈夫じゃない!? 震えが速過ぎて視認できねぇーレベルまで怖がってんじゃねぇーかっ!!」
「ふおおおおお、どうする!? どうする!? 自分はやっぱり全然大丈夫じゃないぞ! なんだ亡霊艇って名前は!? 明らかに狙ってるではないか! 名前付けたヤツ出て来いいいい!!」
「だああ縋り付いてくんなっ!! そんな怖いなら無理せずジェーンと一緒に居ろ!」
 ヴェッセルは、そばに居たジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)の方へ、よっせーい、とクロシェットを放り投げるように押しやった。
 クロシェットがジェーンの背に、なんだか背徳的なくらいにベッタリと張り付き、怯えた瞳をキョロキョロと周囲へ向ける。
「お、お? シショーはジェーンさんと一緒に探検するでありますか?」
 ジェーンのアホ毛はやたらと、びよんこびよんこと元気良く跳ね回っていた。こういった場所を探検出来るのが心底楽しいらしい。
 と、ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が、ひょっこりと脈絡もなく現れて。
「おや、今しがた、あの通路の奥に何かが――」
「え゛っ、何かって、何……?」
 びくぅっとクロシェットが身を震わせる。
 それと対照的に、ジェーンの頭のアホ毛はズギャンっとそそり立った。
「謎の未確認なんちゃら登場! 燃え上がる冒険展開! チャンネルはそのままに今すぐ確認! 全速前進であります!」
「ちょ、ちょっと、待て、おい、ジェーン……」
 ばうんっ。
 と、ジェーンの加速ブースターが起動して、ジェーンのローラーブレードが、床に軌跡を描いていった。
「い゛や゛ーーーーーーーっっ!!」
 クロシェットの悲鳴がもう遠い。
 ヴェッセルは通路の奥の曲がり角へ消えていったクロシェットへ、なむ、と手を合わせた。
「『何かが』……あったとも見えたとも言っておりませんのに」
 隣で、やんわりと微笑んだローザに半眼を向け、ヴェッセルは口元を引きつらせた。

「まったく……人工遺物調査部として、真面目にお宝を探し出すつもりはないのかのう」
 通路の奥へと消えたジェーンたちの方を見やり、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が呆れたように言う。
「ええとぉ、放っておいていいのかな〜?」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は、ファタに後ろから抱きつかれた格好で小首を傾げた。
 ファタが、くく、と笑って顎をミレイユの肩に乗せる。
「わしは大事な部員のパートナーと仲良くしておかねばならぬからのう」
 言って、彼女は、唐突に、かぷっとミレイユの首を甘噛みした。
「――っ!?」
 思わず声が出そうになったが、ミレイユは、それを必死でこらえた。妙な声をあげて探索の邪魔になっては、と健気に我慢して、ぷるぷると震える。
 その様子を見たファタの目が何故か、キラリ、と光り――
「んふ、ういやつめ。ここか? ここが良いのか? それとも……」
「ファタさん、もうそのくらいにしてあげて下さい」
 口調おだやかにシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が言って、ファタはミレイユの肌から顔を離して笑い、からかうように調子で。
「羨ましくなったか? ならば、おぬしも共にミレイユとスキンシップをとってみるか?」
「それはスキンシップではなくセクハラというんですよ。それに――ミレイユはこういう刺激に弱いので、どうかお手柔らかに」
「んふ、それは良いことを聞いた」
「……前フリじゃありませんからね?」
 と――
 シェイドの肩にヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)の手が置かれた。
「吸血鬼兄ちゃん――そんなネンネは放っておいて、アタシとイイコトしナイ?」
「あー……」
 返答に詰まるシェイドにヒルデガルドが、ずぃいっと鼻先を寄せた。その瞳孔が開いている。
「アタシ分かるんっすヨ。強いヤツ。ヤろうゼ? なァ、どっちかがトぶまでドツキ合おうヨ。アンタの骨の砕ける音を想像したら、もう、たまんなくなっちゃって……ッ」
 何かしらのスイッチが入り掛かっているらしいヒルデガルドの目は危うく痙攣していた。
 その一方で、ファタが「よいではないか、よいではないか」といった風情でミレイユにセクハラを繰り返す。
 そして、ミレイユは――
「も、もぉ〜、やんちゃしたら、めっ、なんだよ〜っ」
 ぶんぶん首を振って、ヴェッセルへと涙をたっぷり溜めた目を向けた。
「ベスさん、みんなを止めて〜。ここには何があるのか分からないから危ないんだよ〜」
「げっ、あえて放っておく方向にシフトしようと思ってたのにっ」
「あ、ひどい〜」
「怯えるクロシェット様をジェーン様に押し付け、遠くへ追いやってしまった挙句に、いたいけな少女の危機を見て見ぬふりとは……よほど名のある鬼畜とお見受けしました」
 いつの間にかファタのそばに立っていたローザが彼女へ紅茶の入ったカップを渡しながら言う。
「だ、誰が鬼畜だっ! そして、その紅茶はどこから出した!? 大体、ジェーンが遠くへ突っ走ったのは、お前の余計な一言のせいじゃねぇーか! つか、さっきまで、俺のそばに居なかったか、お前」
 と。
「いいじゃねぇっすカ。早くヤりましょー、なァ! アタシはもう溢れちまいそうなんだヨッ!」
「いえ、ですから、今は対戦できるような状況ではありませんので……」
 ヒルデガルドに詰め寄られるシェイドが横切っていく。
 グダグダも極まったその時、
「マスター! やったであります! 謎の未確認生物を発見であります!」
 通路の曲がり角から、ジェーンが半分気を失っているクロシェットを背中にはためかせながら飛び出しくるのが見えた。
 そして、その後ろを追って現れたのは――”モンスター”だった。