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ジャンクヤードの亡霊艇

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ジャンクヤードの亡霊艇

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戦う者2・探る者


「なかなか丁度良いのが無いですね」
 ナレディ・リンデンバウム(なれでぃ・りんでんばうむ)は、ふむ、と顎に拳の端を置きながら呟いた。
 ジャンク屋協会の在庫置き場だ。一応の分類別に置かれたジャンクが積まれている。
 その中で、ナレディと名無しの 小夜子(ななしの・さよこ)は程良いワイヤーを探していた。
「これはどうッスか?」
 ツナギ姿のジャンク屋協会の青年が、奥からワイヤーの束を持ってきて、目の前にドサリと置いた。
 小夜子がしゃがみ込んでワイヤーの具合を確かめ……
「先ほど見つけたケーブル。あれと繋ぎ合わせれば丁度良さそうだけど」
「あー、そうですね。――できますか?」
 ナレディが青年の方へ問いかけると、「すぐッスよ」との快答。
「にしても、何に使うんスか?」
 という青年の問いに対して、ナレディは朗らかに笑った。
「ちょっと。面白そうだなっと思ったことがあったので」


 小型飛空艇ヘリファルテを駆って天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)は、空に放たれた機銃を避けていた。
「いいねぇ――いいぜ、いいぜいいぜいいぜぇ!! あーーーっはっはっはっは!!」
 眼下には、比賀一らが引きつけた”蜘蛛”が居た。
 飛空艇の尻ギリギリまで迫っていた銃弾の線を引き連れて、ジャンク山の影へと潜り込む。山の向こうで硬い音が並び爆ぜる。
「あいつは間違いなく強え! 強えー奴と戦える!!」
 思わず、舌舐めずりしてしまう。
「あのでけぇー図体ぶっ飛ばしてオレの血肉に変えてやるぜ!!」

「あの飛空艇……鬼羅さん?」
 と、ゴミ山の方を見やった坂上 来栖(さかがみ・くるす)の目の前に、大型機晶ロボが、どっかりと落下してくる。
 ゴバァッ、と吹き荒れた風とガラクタが過ぎ去って……見上げる。
「うわぁ……でっかいですね」
 そのまま暫しの沈黙。
「――なに、上から見下ろしてるんですか?」
 来栖は表情を、ぴきり、と揺らし、そして――ぶちまけた。
「ちょっと図体でかいからっていい気になってんのかぁ!?」

「あら、なんだかご立腹ですな来栖さん」
「ロボット相手に、あんだけ妙ちくりんな因縁付ける人も珍しいよなぁ」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)七刀 切(しちとう・きり)は、少し離れたところで来栖を眺めていた。クド達と切達、そして、来栖は冒険屋の依頼を通して、この大型機晶ロボを倒しに来ていた。おそらく鬼羅も。
 キッ、と来栖の顔がこちらに向けられる。
「皆さん協力しましょうッ!! このデカブツひざまずかせてやるッ!! 神父として許せません!!」
「神父関係ないよなぁ、全然」
「いやぁ、本人が言ってんだからそうなんでしょーや。お兄さんには難しいこたァ良くわかんねえけども」
「そいじゃあ、やりますかねぇ。トランス頼みますわ」
 切が舌切り鋏を手に駆け出す。
「はいはい、行ってらっしゃい。それじゃ、お兄さんたちは後方で援護しますよ、と。怖いから」
 クドは二丁のカーマインを抜いた。

「……妙に緩い会話だったのだ」
 ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)は、うむぅと呟いた。
 その横で、トランス・ワルツ(とらんす・わるつ)が、「えへへ」と笑う。
「みーんなで戦うんだ! 頑張ろうねっ、ハンちゃん!」
「うむ、ボクが守るから大いに安心するが良いのだ」
 向こうでは、既に来栖と蜘蛛が交戦中だった。
 そこへ、囮役の切が飛び込んでいく。

 空中にプラスチック弾をバラまいて。
 来栖は組み上げていた氷術を解き放った。
 弾を中心にして虚空に生み出される氷塊。
 何も無くても出来るが、この方が来栖的に楽らしい。
 ともあれ、来栖は意識を引き絞り、
「大人しく喰らっとけぇッ!」
 片腕を虚空へ振り払った。
 空中でサイコキネシスに弾かれた氷塊が蜘蛛へと撃ち放たれていく。

 生き生きと戦う来栖の後ろ姿というのは、実に、この、愛くるしいものだった。
 蜘蛛の動きに合わせて駆け回りながら氷塊を叩きつけていく来栖を視界の端っこに収めつつ、
「……眼福眼福」
 クドは、なむなむ呟き――狙いを蜘蛛のカメラ部分に絞った。
 一つだけとは限らない、とはいえ、一つでも潰しておいた方が良いだろう。
 忙しく動く蜘蛛にじりじりと狙いを定めて、二発、撃つ。

 蜘蛛のカメラが一つ破壊されたのを端に――
「やー……面白そうだと思って来てみたが、あれだねぇ。やっぱ痛いのは嫌だなぁ」
 囮役をこなす切は、蜘蛛の放つグレネードの爆発を掻い潜りながら零した。
 幾つかの破片を掠めつつも、なんとか避けていく。
「つぅ――もう少し重装にしてくりゃ良かったか? いやぁ、避けられないで全部喰らうってのも、ぞっとしないねぇ」
 機銃の方は鬼羅が引きつけてくれている。
 爆風に背中からあおられながら、よっとっとっと、と様々なガラクタを踏み走って蜘蛛の方へと一気に距離を詰めていく。
「こっちは、早めに武器を一個でも潰しておきますかねぇ」
 と――蜘蛛が催涙煙幕を放射した。
「ッ!?」
 急に込み上げた咳と涙が止まらない。
(……あれ、目から汗が……)
 というところで勢い余って、足を滑らせ、切はスッ転んだ。
(あ、やば……って――)
 涙でぐしゃぐしゃの視界に、蜘蛛の脚が自分目掛けて振り下ろされ来ているのが分かった。
「う――おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
 思いっきり体を振って、地面を転げる。
 ズッパーーンッ、と先ほどまで自分が倒れていた場所が叩き砕かれた音と震動と飛び散る破片。
 心底から肝を冷やしながら転げ回り、
「いてええええええええええええええええ!!?」
 切は全身の痛みと共に体を跳ね起こした。
 ――教訓:ガラクタの上を転がるのは大変危険。――
 何か、そんなのが頭を掠めた。
 それはいいとして。
 クドの援護を受けながら、切は、とにかく距離を取ろうと身を翻した。まだまだ咳も涙も収まらない。
「……参ったぜい。仕切りなおしだ――そいで、この痛みと苦しみはあの蜘蛛にぶつけよう。そうしよう」
 と、巡った視界端。
 来栖が蜘蛛の放ったワイヤーに絡み取られるのが見えた。

「ンなろぉ、人の事を上から見下ろしたあげくに縛り付けるなんざ、どういう了見だコラァ!! でっかいってのがそんなにえらいのかッ!? 私をバカにしてんのか!? カラクリごときが――ッッッッ!?」
 ワイヤーを走った電撃に来栖がバチンッと体を跳ねる。
 そのワイヤーを、なんとか飛び込んだ切が舌切り鋏で切断し、しかし、蜘蛛の脚に吹っ飛ばされた。
 ガラクタの上に倒れ込んだ来栖の身体をクドが拾いに走る。
「いやいや、来栖ちゃんは、ああ言いやしたけども。デカイのはデカイなりに苦労があるもんだって分かってますからねぇ、お兄さんは。あんたが映画館なんかじゃ一生懸命に猫背んなって後ろの人のこと気ぃかけたりする子だって分かってますから」
 来栖を拾い上げつつ、とっとと転身しようとしたところで――キュゥイイ、と蜘蛛がグレネードの射出口をこちらへ向けたのが見える。
「……ああ。あんた、レンタルになるのを待てるタイプ?」
 来栖を庇うように体勢を取る。
 刹那――
「チェストォオオオオオオオオオオオ!!」
 小型飛空艇ヘリファルテで上空から直滑降で特攻を掛けた鬼羅の拳が蜘蛛の前面上部を撃ち沈めた。
 狙いを逸れたグレネードがクドの傍を掠めて、爆風を撒き散らす。

■飛空艇内部
「……確か、我らは商品を受け取りに来ただけでは無かっただろうか? 何故、我はこんなところに居るのか……」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がボヤきに、黒崎 天音(くろさき・あまね)は、クスリと笑みをこぼした。
 天音らは、ラットから『珍しい物が手に入った』という話を聞いてヤードを訪れたところ、事件のことを知り、亡霊艇に潜り込んでいた。
「気にならないのかい? 何故この大型飛空艇がここに埋まっているのか、何故、急に動き出したりしたのか」
「気にならない、といえば嘘になるが……なんにせよ、我はこういった場所に長時間居るのが得意ではない」
 ブルーズは、どうもジャンクヤードに来た辺りから妙にそわそわしている様子だった。天音は少し首を傾げながら彼を見やって考えてから、ああ、と得心した。
「整理整頓好きには、たまらないだろうね。”最高”の場所だ」
「”最低”の場所だ。これは、蛇の生殺しのようなものだぞ」
 ブルーズが真剣な語調で言ったから、天音はくっくと笑った。ブルーズが半眼で天音を見やってから、周囲へ視線を流す。
「しかし、亡霊艇とは、よく言ったものだな。廃墟探訪に似た趣き、といったところか」
「ラットは、”つまらない場所”だと言ったね」
「ジャンクヤードに住む者にとっては――という意味ではないのか?」
「この艇が起動する前に侵入出来たエリアを見たけれど、確かに少し面白みに欠ける、と僕も思ったよ」
 少なくとも、何故この亡霊艇を番組で取り上げようと思ったのか、疑問に思うくらいには。
 天音は、先ほど空京TVへと救助に必要な情報提供を願う形で問い合わせていた。
 なぜこの場所を選んだのか、企画した者は誰だったのか――
 こういった情報は渋られるかと幾つか言葉を用意していいたが、答えは意外なほどアッサリと返ってきた。
「企画を出したのは番組のプロデューサーだった。今までバラエティ番組を何本か担当しているそうだね。今回のような企画も過去に何回か行っているらしい」
「不自然な箇所はないな」
「そう。あまりにすんなり教えてくれたという点以外にはね」
 天音は軽く肩をすくめてから、続けた。
「今回の件は、誰かしらが責任を取ることになるだろう? 救助のための調査に必要な情報だと多少煽ったとはいえ、普通はそう簡単に返ってくる答えじゃない」
「あらかじめ用意されていた答えだと?」
「彼らがプロデューサーを切ってでも庇わなければいけない誰か、それが今回の企画を持ち込んだ張本人なんじゃないかな」
「そいつが飛空艇の起動に関わっているからか?」
「質問に答えてくれた本人は単純に”配慮した”だけのことだと思うよ。例えば、スポンサーや幹部、そういったところが世間からバッシングを受けるのは真実を隠してしまうよりもマズイ、と考える人間は……少なくはないだろうね。ああいった組織の中では」
「……では、結局、何も分かっていないに等しいではないか」
「だから、ここに居るんだよ」


「にしても……地球でもここでも、ああいう人たちって居るんだな」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)が前方を警戒しながらも、こぼした。
 ラットに協力を要請した彼らは、共に警備システムを停止させられそうな場所を探し、とりあえず、最初に機晶ロボたちが現れたという方向を進んでいた。
 派手に暴れて道を作ってくれた人たちが機晶ロボらを引きつけているおかげで、今のところ順調に探索は進んでいる。
 尋人の少し後方で、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が首を傾げる。
「ああいう、って?」
「考え無しで危険そうなとこに入り込むテレビ局の人たち」
「あー……でも、ボク、少し気持ち分かっちゃうんだよね」
 ファルが、ちょっとバツが悪そうに笑って、
「人の命がかかってるから冒険気分じゃいられないけど……古代の船って、やっぱりドキドキしちゃう!」
 ファルが、ぱしっ、と両手を打ち合わせながら周囲を見渡す。
 五千年もの間眠り続けていた巨大な飛空艇の内部だ。無機質で硬い材質の壁や天井、床、張り出した無骨なパイプ類、それらの裏には一体どんな技術や秘密が詰まっているんだろう、と……どうしても心が踊ってしまうらしい。
 尋人が、ぽり、と人差し指で頬を掻いて、
「実は……オレも、ちょっと興味あったりして」
「使われてる技術自体は、今までに何度か発見されてる古代の飛空艇と同じ技術らしいけどな。だから、目新しいものは……」
 ラットが、なんとなくといった様子で言って、振り返ったファルの顔を見やり、あ、と少し気まずそうにしてから。
「いや、もちろん、”今まで見えてた”部分では、だけどさ」
 元々パーツの売買で少しばかり縁があるため、ファルの機械好きはラットも知っている。
「他の遺跡なんかの方が価値の高い技術がありそうだったり、緊急度の高い状況だったりするから、ここを調べた調査団は一応『再調査の必要あり』って結論付けながらも、ずっと放置してるとか、なんとか。詳しいことは分かんねーけど……正直、誰もが、この飛空艇はもう完全に”死んでる”って思ってた」
 そこで、ラットが小さく溜め息をつき、
「まさか、こんなことになるなんて……夢にも思わなかったぜ」
「ラットさんが無事で良かったよ」
 ファルに言われて、ラットは、へたり、と困ったような笑みを浮かべた。
「これで、俺にガイド頼んだ連中が助からなかったら完璧に信用無くすよな」
「あなたが報せてくれたから、私たちは迅速に駆けつけることが出来た」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の凛とした声。ファルがうんうんと頷くのを横に、クレアが続ける。
「その上、危険を承知で協力してくれている。信用が潰れるどころか、公式に感謝状を発行し、金一封を――」
「い、いや、一応ガイドの仕事の範疇っつーか」
 ラットが少し慌てたように言って、クレアが改めて彼を見やる。
「責任感が強いな」
「……い、やー……俺、連中に、ここに危険が無いかって聞かれた時、『欠伸が出るほど安全だ』って言っちまってて……これで謝礼なんて貰ったら、そういう商売だったんじゃねーかって疑われちまう、っつーか……。――……はぁ、ほんと何でこんなことになってんだか」
「ヤードにポイポイっとゴミを捨て過ぎたから、亡霊艇が怒っちゃったのかな?」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の言葉に、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が微笑み、
「もったいないおばけ、ですか」
 ヘルが「なにそれ、かわいいー」と笑う。

 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、彼らを眺めながら静かに息を落とした。
(地球との接触の深まりと新たな遺跡の発見によって次々にもたらさられる新技術の副産物、か――地球が抱える問題と変わらない……悪習だとは思うが、そこから生活の糧を得ている者もいるのだから複雑なものだな……)
 発掘された遺跡の中には、古王国時代の廃棄施設ではないかと思われるものが幾つかあるともいう。場所も時代も問わず存在する命題なのかもしれない。
 ともあれ――
「……このタイミングで船が目覚めた、というのは気になるな」
 呼雪のこぼした言葉に、尋人が振り返り、
「何か、兆候はなかったのかな?」
「兆候?」
 首を傾げたラットの方へと尋人が顔を向け、
「そう。いつもとは違う、何か変わったこと。例えば、普段は居ないような人物を見かけた、とか」
「フリーでジャンク漁りしてる連中を除けば、撮影隊がそうだけど……」
「撮影中の様子は?」
「特には……。一応、事前に俺とスタッフだけで確認した通りの場所でやってたし……というか正直、あん時、俺、わりと気合抜けてたから」
 たは、と笑うラットに、尋人は軽く口端を落とした。