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ジャンクヤードの亡霊艇

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ジャンクヤードの亡霊艇

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第3章 救出活動開始


 数時間後、ジャンクヤード――
「なんでこんな役目になるかねぇ」
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)がボヤく。
「不満?」
 ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)は頭上に大きく張り出した巨大な金属フレームの下を駆け抜けながら問いかけた。
「俺、実は結構好きなんだよウルちゃん」
「亡霊艇に閉じ込められてる、芸能人の人……」
「そう。本当なら俺もウルちゃんを助けに行って――」
 横をジャンクを踏み鳴らして駆ける惣介が、ギュッと両腕を身体の前に寄せて、ブンブンと頭を振ってみせる。
「キャー! 惣介さん素敵!! あたしをこのまま連れ去ってー!! ――とか、言われてぇ」
「絶対に有り得ない未来を妄想するより、今、僕らが助けられる人を助けることに集中した方が生産的だと思うけど」
 ジョシュアは至極冷静に言った。
 彼らはジャンクヤードにやってくるだろう野次馬らを警戒していた。
 そうしたら、案の定、TV局の報道チームらしき人物らが亡霊艇の方へ向かったのを見たという情報を得た。
 現在、そちらの方は大型の機晶ロボが暴れている。
 大事に至る前に、その人たちを見つけて遠ざけるために、ジョシュアらは、がらくたの海原を駆けていた。


 ジャンクヤード・亡霊艇付近。
「おーおー、随分とデカいロボットだこと。聞くと見るとじゃ印象は大違いだな」
 比賀 一(ひが・はじめ)は、砕けて斜めに傾げている壁材の影から、遠く、亡霊艇の入り口付近をうろついている二体の蜘蛛型の大きな機晶ロボを伺っていた。
「連中引きつけて道を作る、なんてカッコつけて言っちまったが……どう戦ったもんかな。あんなナリで動きは機敏、充実した装備、しかも二体と来たもんだ――」
 後ろ頭を掻きながら、近くで、機晶ロボを引き付けるルート確認を行っているハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)の方を見やった。
「なー、そこのヒゲ天使さんよぉ」
「なんだ?」
 ハーヴェインが半ば鬱陶しげにこちらを見上げてくる。
「何か無いのかよ? 持ち前のガッツで突っ込む必殺のヒゲドリルだとか」
「お前は俺を殺す気か! あんな馬鹿デカいロボットに突っ込んだら、いくら俺でも吹っ飛ぶわ!」
「いやいや、気合入れりゃ突き刺さるくらいは出来るんじゃないか? そのまま弱点とか探って来いよ、自慢のヒゲサーチでさ」
「出来るか! というか、さっきからお前はなんなんだ? 俺のヒゲに妙な希望を持ち過ぎだろ!」
「じゃあ何のためにあるんだよ、そのヒゲは」
「ヒゲはヒゲだろう。ヒゲ以上でもヒゲ以下でも無い。しかし、あえて言うなら、こういう生き方という――」
「ま、それは良いとして」
「おい」
「神の目で弱点を探ったりはできないのか?」
「あれは、そういう風に使えるもんじゃない。あの手の物の弱点を探るとなれば、むしろ技術屋の役目だろうな」
「もう、良いだろうか?」
 なんとなく話しかけるタイミングを計っていたらしい藍澤 黎(あいざわ・れい)が声をかけてくる。
「我と我のパートナーで一体を受け持つ。そして、我々はそのまま東側に待機している者たちの方へ導いていく。これで、問題は無いか?」
 黎の傍らではあい じゃわ(あい・じゃわ)が水筒と水鉄砲を手に、ふんふん、と気合を入れている。
 一は、「ああ」と頷き、
「こっちは、もう一匹をなんとか西側で待機してる連中の方に引っ張ってみる。まー、互い頑張ろうや」
「幸運を」
 黎が頷く。
 そうして、黎は、あいじゃわの方へと言った。
「救出に向かう皆へ合図を頼めるか。これより、我らで道を作る」


 ジャンク屋協会――
 少し思い違いをしていたかもしれない。
 キリカ・キリルク(きりか・きりるく)はジャンク屋協会の工房に集まって、現状の対策を練っているジャンク屋たちを眺めながらそう思った。
 ジャンクヤードのような場所に居る人たちは、みな、かつての場所を追われ、仕方なく燻っている者たちだけかと考えていた。自分たちが役立たずだと自棄になった者たちだ、と。
 確かに、中にはそういった者も居るのかもしれないが、ここに居る多くは、それなりの誇りと好奇心と技術欲に溢れているように見えた。
「だからこそ……今の問題はもちろん、”未来”の問題も解決しなくてはならないのですね」
 一人つぶやき、彼は『親方の塒』と札のかかったボロボロの扉の方を見やった。

「いいか。目の前の事件だけが事件ではない」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、毅然とした調子で言った。
 ジャンク屋協会の協会長の事務所だ。協会長といっても周りからは親方と呼ばれ、事務所にしてもガレージか何かと間違えてしまいそうなほど様々な工具や、わけの分からないガラクタが溢れていた。
 ヴァルは、顔見知りであるラットの名を通じて、親方に、あることを交渉しに来ていた。
「一番恐ろしい事件は、目にみえているのに大き過ぎるが故にそれに気付けない……そういった事件だ」
「回りくどいのは得意じゃねぇんだ。ボーズ。単刀直入に言ってくれ」
「不法投棄問題だ」
「……確かにデカイ”問題”だが、恐ろしい”事件”じゃねぇな。そもそも、ありゃ一応、不法投棄なんかじゃねぇ」
 親方がいかつい髭面を撫でながら、片目を細め、
「一定のルールに基づいた物が適正な処理を施された後で廃棄されている、ことになってる。形骸化してきてる部分も確かにあるが……むしろ、そりゃ俺たちジャンク屋に恩恵がある場合が多い。今のとこは有毒ガスだの発生するもんが捨てられてたなんてこた無かったしな」
「だが、現状を鑑みるに今後は分からないだろう? 今の内に仕掛け、ヤード住民の安全を図るべきだ」
「こっちから決め事を打ち出すってことか? ルールを無闇に押し付けたとこでどうなる? そもそも、俺たちは”勝手に上がり込んで商売してる身”だ。説得力皆無、相手にされるわけがねぇ」
「フンッ、そんな事は分かっている。だが、手はある」
「……言っただろう? 回りくどいのは苦手だ」
「スクラップリターン。投棄業者から事前に棄却代を得る。そして、後でこちらの利潤を一部還元する――そうすればギブ アンド テイクの間柄となり、正規手続きに旨味を持たせることが出来る」
 ヴァルが言った言葉を噛み砕くような顔で親方は、しばし、じっと彼の顔を見据えていた。その口がゆっくりと開かれる。
「今、思いついただけでも、そいつには多くの問題がある。利潤の分配率、フリーのジャンク屋によるヤード利用の管理、投棄者の性質の違い、廃棄物の審査方法――」
「そんなことは分かっている。だが、その先に得るべき未来があるならば、一つ一つ解決していけば良いだけのことだ」
「なぜ、『今』なんだ?」
 親方がヴァルに渋面を近づけ、
「何故、このゴタゴタしてる時にそんなことを持ち出した」
 ヴァルは、フンッと鼻を鳴らし、彼の方へと自ら顔面を近づけた。
「TV関係者が巻き込まれたこの事件によって、今、ジャンクヤードは世間からそれなりに注目を集めている。だからこそ、ヤードが動き出すという宣伝になる。正確な理念が周知されれば協力者も現れる」
「……ボーズ。おまえさん、一体なんなんだ?」
「ただの通りすがりの帝王だ」

「つまり――あの亡霊艇を蘇らせることを一つの象徴にしてはどうか、ということなのだよ」
 神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)は、協会の工房に集まっているジャンク屋たちへと告げた。
「飛空艇を再生する過程を空京TVに取材してもらう。そうして、『ジャンクヤードには強固に結束された、信用に値する組織がある』ということを世間に知らしめるのだ。そうすることにより、交渉が有利になる他にも、ヤード管理力の向上、協力者の確保などの効果が得られると考えられる」
 実現すれば、きっと彼らの更なる自信にも繋がる。そうすれば、多少の困難で座礁することは無いだろう。
 存外、真剣に耳を傾けるジャンク屋たちをゼミナーは見回し、頷いた。


「真正直に装甲の厚い本体狙ったって仕方無ぇよな――」
 遮蔽物の隙間から巨獣狩りライフルの先を覗かせて、比賀 一(ひが・はじめ)は意識を引き絞っていった。長年放置されてきたガラクタに埋もれるように身を潜めているので、先刻まで水の腐った匂いやら錆の匂いやらが鼻をついていたが、今はもう慣れてしまった。
 スコープの先に見えるのは、獲物を探すように動き回る”蜘蛛”の脚。
「……関節――いや、欲張っても仕方ないか」
 自分の役目は蜘蛛を引きつけて、入り口から引き剥がすことだ。
「とりあえず、当たればいい」
 引き金を引かれた銃は、だだっ広いゴミの大地と秋晴れの空の間に乾いた音を立てた。
 風を巻き切って、弾丸が蜘蛛の脚部へと吸い込まれ――爆ぜる硬い音。
 一拍を置いて。
 放たれたグレネードが一の潜んでいた辺りをふっ飛ばした。
 既にその後方へと逃れていた一は、ザァッ、とゴミ山を滑るようにしながら、
「ヒゲ!!」
「抜かりはない!」
 ハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)のブリザードが、こちらに向かって来ていた蜘蛛の正面を飲み込む。
 足元の廃材どもを蹴散らし、氷の渦を突っ切った蜘蛛が脚を縮めた予備動作の後、跳んだ。
「おいおい……」
 蜘蛛はゴミ山の上に着地し、にわかにジャンク雪崩を起こしていた。雪崩の先に軽く飲み込まれながらも、一は身を反転し、銃を構えた。
 引き金を引こうとした時、光が爆ぜ、一は視界を奪われた。
 と――
「ひぇええ!?」
 どこぞで上がった、聞き覚えの無い間抜けな悲鳴。

 彼らは空京TV報道班のクルーだった。カメラマンとリポーターの二人組。
 ニュース映像を撮るため、この飛空艇近くまで入り込んでいたのだ。
 ゴミ山の上の蜘蛛が、無防備に転がり出てきた彼らの方へと体を向ける。
 しかし、先ほどのフラッシュで視界を奪われた彼らは、その事にすら気づけずに身悶えている。
 そこへ、半ば闇雲に放たれたらしい一の銃撃と、ハーヴェインの魔法が蜘蛛を掠めて、少しばかり注意を逸らさせた。
 
(助けなきゃ!)
 というような表情を、ジオヴァナ・レガザ デル・ヴィオ・ロッソ(じおう゛ぁなれがざ・でるう゛ぃおろっそ)が向けてきたので、草薙 真矢(くさなぎ・まや)は全力で返答した。
「絶っっっ対に、イヤ!!」
 ロッソが非難顔で首をかしげる。
 それを真っ直ぐに見返し、
「痛い目を見るのはもうイヤだもん。人にはできるだけ関わらない。そう決めたの。――それより、このチャンスに亡霊艇に乗り込むよ。中にはきっとお宝が……」
「――――」
 ムゥウウっと訴えかけるように真矢を睨んだ後、ロッソは物陰から飛び出していった。

 先に視力が回復したらしいカメラマンが自力で物陰に向かってバタバタ駆け込んでいく。
 蜘蛛の前へと駆け出たロッソは、目を抑えて呻いているリポーターの襟首を掴み、それを引き連れながら、そのまま走った。
 後ろを機銃の線が走り抜けていく。
 と――ぐぅぎゅうう、と空きっ腹が鳴って。
(ひ、ひもじぃ。せめて残りのチョコを食べておけば良かった……)
 力が入らない。クラクラする。栄養失調寸前の状態で無茶をしたものだから限界が早い。ジャンクに弾かれた跳弾が足元に爆ぜて、よろける。
(も、無理……)
 ガシャ、とガラクタの上にへたり込み、ロッソは機晶ロボに、へとへとな視線を向けた。
 機晶ロボは、こちらに狙いを定めているように見えた。
(――これで、死ぬの? わりと呆気無かったなぁ)
 ぼんやりとそんなことを考えていたロッソへ、機晶ロボの放ったワイヤーが唸る。
 と――目の前に立つ影。
 それは真矢で、彼女は飛び来るワイヤーをカルスノゥトへ絡み付かせて受けた。
「ほらほら、さっさと動ーく!」
 真矢の声に弾かれた勢いで、ロッソはリポーターを抱えて再び駆けた。
 真矢が轟雷閃でワイヤーに雷撃を通してから、ロッソたちの後を追う。
(助けてくれた? あんなに嫌がってたのに)
 ロッソは、胸に感動を覚えつつ、真矢の方をチラリと見やった。
 視線に気づいた真矢がニィッと微笑んで、
「でかしたわ、ロッソ! よーく見たら、この人たち良いパーツ持ってるじゃない!」
 ほぼ盗賊や強盗と同じ眼差しで、リポーターらの持っている機材をギラギラと見つめていた。
 そして、逃げ損ねていたカメラマンの首根っこをひっ捉えて物陰を目指していく。
(鬼や……ほんまの鬼がいてる……)
 ロッソが口元を思い切りひくつかせた刹那。
 機晶ロボ周辺に雷撃が走る。

「彼らみたいだね」
 ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)は、サンダーブラストを放った格好で、瓦礫の向こうを駆けていく真矢たちが連れているリポーターとカメラマンを見やった。
「説教ついでに脅してやろうと思ったが、もう十分懲りてそうだな」
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)が刀を抜き放ちながら笑う。
「フォローするよ、ソースケ。あの人たちを安全な場所まで――」
「分かってるって」
 惣介が気楽に、ひらっと片手を振りながら蜘蛛の方へと駆けていく。
 蜘蛛がこちらを認識して、辺りに廃材を巻き上げながら迫ってくる。
 ジョシュアは再び魔術を構成し始めながら、蜘蛛を見据えた。
 もしかしたら、”彼ら”は、ただ何かを守ろうとしているだけなのかもしれない。悪いのはテリトリーに侵入してしまった者の方かもしれない。
(でも、人が傷つくのを黙って見ているわけにはいかないんだ)
 両手を突き出して、組み上げた魔術を解き放つ。
(……ごめんね)

 空中の塵を焦がし爆ぜた激しい雷撃が蜘蛛の動きをわずかに牽制する。
 惣助は、思いっきり踏み込みながら蜘蛛の脚へとソニックブレードを叩き込んだ。関節付近に斬筋が馳せる。
「――硬い野郎だな」
 口端で笑けた、次の瞬間。
「ッッ!?」
 惣介の体は死角から迫って来ていた脚に吹っ飛ばされた。
 鈍く重い衝撃と浮遊感、そして、すぐに乱雑な地面に叩きつけられる。
「ソースケ!」
「来んな! ッ……俺ァ大丈夫だ!」
 周囲に、さっきの落下の衝撃で巻き上げられていた廃材がバラバラと降り落ちる中、惣介は乱暴に体を起こして言い放った。
(何してんだ、俺は。あいつが心配で付いて来といて、逆に心配されてちゃ世話ァねぇぞ)
 正直、しばらくヘバっていたかったが、そこは意地で耐えて体勢を整えてみせる。
 蜘蛛は既に次手に移っていた。
 背中の装甲が開き、見えたのは――ミサイル群。
「……豪勢だねぇ」
 くたりと笑ってしまう。

「やるしかないか――?」
 比賀 一(ひが・はじめ)はライフルを構えながら、奥歯を噛み擦った。
 景色の向こう、蜘蛛の背から数発のミサイルが発射される。狙いはこちらではない。真矢たちやジョシュアたちだ。
 ジョシュアたちがTVクルーを連れた真矢たちを手助けするため、そちらへ駆けている。
 一箇所にまとまってくれるのはありがたかった。その方がフォローし易い。
「っても、限界があるからな。なるたけ自力でどうにかしてくれよ」
 祈り混じりに零して、一は、彼らを狙う”ミサイルを撃ち落とす”べく引き金に掛けた指に力を込めた。そのための能力も技術も、この身に揃っている。あと必要なのは、運と冷静さだけ。
 放った弾丸が一基のミサイルを空中で爆発させる。
 その時、一は、既に次のミサイルへと狙いを定めていた。


 小型飛空艇ヘリファルテの下方には、ジャンクヤードの雑多な風景が流れていた。
 それらは、まるで色々しい大海のように見える。
 沈み佇む亡霊艇の姿。
「――ジャンクになっちまった飛空艇、か」
 二体の蜘蛛が引き離されて出来上がった道を辿り、八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、そのままヘリファルテごと亡霊艇の入り口へと滑り込んでいった。