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第7章 救出活動2


 両手の先に二丁の魔道銃を回転させながら。
 メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(千雨)は機晶姫の突き出したブレードを掻い潜り、体勢低く懐へ入った。
「――――」
 ヒタリ、と手に改めた黒の魔道銃の銃口が機晶姫の身体前に魔法円を描き出す。
 虚空へ幾重の波紋を残すように放たれた火術が機晶姫を吹き飛ばし――千雨は、音少なに空中へ跳んだ。
 黒髪、舞う。
 身を翻した千雨の足先の残像を機銃の銃撃が走り、地面に火花が爆ぜる。
 火術の名残りを引き連れながら巡らせた身体。もう一方の手に在った白の銃を、空中で身を捩った機晶姫の装甲へ、下から上へ抉るように擦りつける。
 虚空に展開する魔法円。
 氷術。白く散り伸びる氷塵。
 撃ち放った反動で床へと迅速に返り――
 その刹那で、前方へ低く転がり跳ぶ。
 己を狙って放たれた四方からの機銃をかいくぐり、千雨は二方向へ炎と氷を咲かせながら、再び、地面を足裏で捉えた。
 勢いを殺さずに床を鋭く擦って、機晶ロボの鼻先へと距離を滑り詰める。
 鈍い風音を切ったアームの関節に佐々良 縁(ささら・よすが)の銃撃が叩き込まれ――
 その甲高い音と細く散る金属の焦げた匂いを摺り抜けて、千雨は魔道銃を起動させながら機晶ロボの下方へと潜り込んだ。

 機晶ロボが下方からの衝撃に体を大きく震わせて、床に崩れ落ちる。
 そのそばを駆け抜けながら、縁は火縄銃に弾を込めていた。
 魔鎧の点喰 森羅(てんじき・しんら)が感心したように、
「こっちの種子島って当たるようにできてるんだね」
「当たらない銃は使わないよぉ?」
「そういう時代もあったってことさ」
 と――後方で戦闘を観察している天達 優雨(あまたつ・ゆう)からの精神感応。
(「縁さん、さっきの感じで良いと思いますぅ〜。後は、脚関節を狙うなら――」)
 機晶技術と物理学の観点からのアドバイスが続く。
 それを聞きながら、縁は指定されたポイントへと狙いを定め、引き金を引いた。
(「優雨さん。後方は大丈夫かい?」)
 こちらを狙って放たれた機銃から逃れながら、
(「はい、問題ありません〜。志位さんが頑張ってくれてますからぁ」)
「お?」
 弾込めを行いながら、後方をちらりと覗く。
 後方――こちらの討ち洩らした手負いの機晶ロボを志位 大地(しい・だいち)が刀で素早く斬り払っているのが見えた。
「おー、やるやるぅ」
「ほら、よそ見してると予測外から攻撃がとんでくるよ、おちび」
「へぅあっ?」
 森羅に言われて、振った視界に機晶姫が迫っていた。
 振り出されてきたブレードをなんとか銃身で受け、バタバタと足を捌いてその衝撃を逃がしながらも第二撃を受けるために体軸を立て直す。
 ギ、ィン、とブレードが銃身を擦って火花が散る。
「ったぁ、きっついなぁ」
「ほらほら、どうした。受けてばかりでは、いつまで経っても氷月君の手伝いが出来ないよ」
「お爺やかましい」
 言い捨てて、縁は身体を相手と垂直になるよう滑らせ、銃身に刃を受けた衝撃を外へ逃がしながら、深く踏み込んだ。肩を相手の胸元に叩きつける。
 わずかに出来た隙の間に、銃を構えて相手の中心へ撃ち放とうとした瞬間、目の前の機晶姫が側方からの炎に吹っ飛ばされた。
「余計なお世話だった?」
 炎塵と氷塵を引き連れながら、千雨とが縁の後方へ着地し、
「や、ちさー。お掃除の塩梅はどーだい?」
「おかげさまで」
 背中合わせ、三つの異なる銃声を鳴らす。


 九条 風天(くじょう・ふうてん)とそのパートナーたちは、共に救助活動を行っていた。
 通路を進みながら、風天が、隠れているだろう人々を探し、呼びかけていく。
「ボクたちは救助に来た者です!」
「誰か居ねぇーのかぁ!?」
 宮本 武蔵(みやもと・むさし)が風天の呼び掛けに続く。
「出来るならば、別嬪さんだと素晴らしいぞー! 怪我してても喜んでおぶって――っっうぐお!?」
 ずびしっ、とスネに坂崎 今宵(さかざき・こよい)の蹴りを受けて武蔵が呻く。
「要救助者が戸惑うような呼びかけをしないでくださいますか? 助平浪人」
「おー、痛ぇ。だあもぉ、冗談だって! 冗談! そう睨むな、嬢ちゃん」
「武蔵さんが言うと冗談に聞こえない上に、その冗談は全く全然さっぱり面白くありません」
「厳しいねぇ、どうも。大丈夫だ、怪我してる奴ァ誰でも運ぶぜ。任せとけって」
「そこな二人。仲睦まじく戯れているところ悪いが――」
 白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)は、転経杖を掲げながら告げた。
 今宵の目の端が、ぴんっと跳ねる。
「姉さま、酷い侮辱です!」
「戯れの蹴りの強さじゃなかったがなぁ」
「探し人と、敵だぞ。風天と私だけに任せるつもりか?」
 言ったセレナの視線の先に居たのは、通路の角から「うぁああっ」と悲鳴を上げながら駆け出てきた二人の一般男性と数体の機晶姫と機晶ロボだった。
 セレナの撃ち放ったサンダーブラストが、男性らのすぐ横を走って機晶姫らを飲み込む。
 その先――雷撃の嵐より一拍置いて、風天が鋭く群れの中へと身を滑り込ませた。
 栄光の刀とブリンス・オブ・セイヴァーの二刀が瞬息の間に閃いて二体を斬り払う。
 今宵が銃を抜き放ち、武蔵が虎鉄の柄を取りながら駆ける。
 風天が無駄のない体捌きで八方からの攻撃をかわし、受け、流しつつ、刃筋を走らせ、敵を斬り伏せていく。
 その一方で武蔵の轟雷閃を受けた機晶ロボが傾き、武蔵の背を狙っていた機晶姫の頭部を今宵の魔道銃の射撃が撃ち弾いた。
「こちらへ」
 セレナは、ガクガクと震える二人を己の背へと導いた。
「大丈夫だ。あの程度すぐに片がつく」
 後方へ言ってやって、セレナは転経杖を掲げた。
 しばしの後――
「本当に怪我人の男を背負うことになるとはなぁ」
 武蔵がカンラと笑い、彼の背中の男が「すんません……」と申し訳なさそうにうめいた。
「冗談だから気にすんな。そう萎縮されっと、あそこでこっちに怖ーい睨み効かせてる嬢ちゃんに蹴っ飛ばされちまう」
「余計な口を効かなければ良いことではありませんか?」
 今宵が、もう一人の男へお茶と保存食を渡してやりながら、武蔵を睨みやる。本当なら既に蹴っていただろうが、今は背負われている怪我人のことを考え、抑えているのだろう。
 要救助者の様子を一瞥してから、セレナは風天の方へと視線を返した。
「一度、こやつらを外へ連れて行くか?」
「いえ、このまま彼らを守りながら他の人を探しましょう。戻っている時間が勿体有りません」
 風天が静かに返す。
「怪我人を背負っている以上、武蔵は急事に対応できんぞ?」
「今宵に警戒をお願いします。敵が来たらボクが抑えている間に、センセーは彼を白姉に預ける……というので、どうでしょうか」
「殿。そのお役目、ありがたく拝命させていただきます」
 今宵が恭しい所作で言って、その向こうで武蔵が「俺は構わないぜ」と笑む。
「私も問題無い。では、このまま要救助者の探索を続けよう」
「はい」
 風天が頷いて、今宵が先頭に立つ。


 通路のあちらこちらに転がる残骸の中――
「ええとぉ……駄目ですねぇ。個体の認証パスは構造が複雑過ぎて……転用は出来なさそうですー」
 優雨が、比較的綺麗な形で沈黙した機晶ロボの残骸を調べながら漏らす。
 彼女に、その調査を頼んだのは、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)たちだった。
 機晶ロボをちょこちょこ調べていた優雨をたまたま見つけ、その機晶技術の知識を見込んで調査をお願いしたのだ。

「そうか。我を警備用の機晶姫だと誤認させられれば、と思ったが……」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は零した。
「じゃあ、えっと、警備システムとか制御装置については何かわからないかな! 場所とか、止める方法とか!」
 カレンが、優雨の横にしゃがみ込みながら言う。
「やってみますねぇ〜」
 優雨が、のんびりとした作業を進めていく。
 その手つきを見るカレンの顔が、段々とむずむずしてきている。
 落ち着かないのだろう。人の命がかかっているため、彼女は焦っているようだった。
 ともあれ、技術を持つ者に出会えて良かった。
 先刻、機晶姫から情報を引き出そうとしたが、ジュレールたちでは上手くいかなかった。
「制御装置、ですか?」 
 優雨を守っていた志位 大地(しい・だいち)の声に、カレンが、こてっとそちらへ顔を向ける。
「うん、機晶姫や機晶ロボに命令を送れる装置とか、そういうの! それか警備システムのどちらかを、少しでも何とかできれば救助の皆の手助けになるかなって――」
「なるほど」
「……あれ……?」
 優雨が、ふと、顔を上げて技師ゴーグルを目元からずらした。
 カレンが、ぐっと勢いよく彼女に顔を近づけて、
「何か分かった!?」
「命令は、メインブリッジから――」
「ってことはメインブリッジに制御装置があるんだね! よし! メインブリッジを探そうっ、ジュレ!!」
「では無いようですねぇ」
 優雨の一人時間差発言にカレンは、ずっこけ掛けた。
「遊ばれた!?」
「優雨さんは天然でこうなんです」
 大地が軽く苦笑めきながら首を振る。
「おそらく、悪気も茶目っ気もありません」
 ジュレールが、
「どういうことだ?」
「普段はメインからの命令で活動するのでしょうけど、現在は整備管理用のサイン付きの命令を実行中みたいですー。――でもぉ、何で戦闘命令がこちらから……?」
「ふむ……理由は分からんが整備管理用の系統で命令が下されているのだとすれば、格納庫の方を調べた方が良さそうだな――。メインに何かしらのトラブルがあったために、こちらを使っている、ということかもしれん」
「格納庫、かぁ。場所の手掛かりは無いかなぁ」とカレンが落ち着かない様子で思案する。
「例えば、この機晶ロボたちが、最初に現れた方向とか……?」
 ふむ、と大地が零した言葉に、優雨が、ぱちと瞬きしてから、
「ラットさんたちはそちらの方を調べに行くと――」
 そして、優雨がラットたちが向かったという方を告げる。
「ありがとう!! 行こう、ジュレ!」
「ああ。――助かったぞ。礼を言う」
「お役に立てて良かったですよぉ」
「急いては事を仕損じます。どうか、気をつけて」
 そして、カレンとジュレは、優雨の「頑張ってください〜」という声を背に駆けていった。
 

 襲いかかってきた機晶姫をアーミーショットガンで吹き飛ばして、国頭 武尊(くにがみ・たける)は鼻を鳴らした。
 部屋の隅で丸まっていたTVクルーらしい男が、ばたばたと床を這うようにしてこちらの足元へと辿り着き。
「たた助かりました!」
 その声をスッキリと放置しつつ、武尊は部屋の中をずかずかと歩んで物色した。
「ロクなもんがねぇな。外のジャンクの方がマシってとこか?」
 しばし後、銃型HCのマップを更新しながら呟く。
「何かありそうな感じはするんですけどねぇ」
 シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が、はるか昔に機能停止したらしい小型警備ロボを撫でながら、うーん、と小首を傾げる。
「やっぱり、動力中枢の方だな。下に行くか」
「エレベーター類は止まってるようでしたね。それにここからだと、回り道をしなくちゃ……」
 シーリルの声を後ろに、武尊は銃型HCのマップを覗き込みながら、部屋の壁に手を滑らせた。ゆっくりと歩んでいって、立ち止まる。そして、その壁をコンッと叩き、
「ここだな。縦に太い排気管が通ってる筈だ。壁も比較的薄い。シーリル、頼む」
「やってみます。でも、空けられるかしら」
 シーリルが魔術で壁の破壊を行っている間、武尊は部屋のガラクタの物色を再開していた。
 すっかり忘れられていた感のあるTVクルーの男が、武尊の方に少し戸惑いながら近づいてきて、
「きゅ、救助に来てくれた人ッスよね?」
 問い掛けられて、武尊はそちらに顔を上げた。
「救助して欲しいのか? 俺達に」
「え? あ、はい、もちろん!!」
「幾ら出す?」
「は……?」
「だから、幾ら出すんだ? 助かりたいんだろ? この飛空艇にあるかもしれない”お宝”以上の対価を払うなら、助けてやってもいいと言ってるんだ」
「そ……そんなぁ」
 TVクルーが世にも情けなそうな顔で嘆いたと同時に、ギィィ、と鈍い金属音が響き、部屋の壁に穴が開く。
 シーリルが開いたものだ。武尊は、目の前に転がっていた古い機晶ライターをひっ掴んでリュックサックに詰めながら、その穴の方へと向かった。
「ちょちょ、ほんとに助けてくれないんですかぁ!?」
 後ろから飛んでくる声はそのままに、武尊は穴の奥にあった通気口を確かめ、シーリルから渡されたロープで降下の準備を始めた。
 ちょっと困ったような表情を浮かべていたシーリルが、TVクルーの方へ、
「この部屋を左に出て3ブロック先まで抜ければ、正規の救助隊の方々と合流出来ますから」
「そ、そんな、3ブロックも!?」
 武尊はロープの固定を終えて、その端を持ちながらシーリルの身体を抱いた。
「これに懲りたら――」
 穴に足を掛けながら、TVクルーの方へ薄く顔を向ける。
「今度からは、遭難する前に金を貯めておくことだな」
 言って、武尊は、縦に伸びた通気口の中に身を踊らせた。


 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と共に、動力中枢があるだろうフロアへと急いでいた。
「――っと?」
 大きな十字路を曲がり込んだところで、目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏している八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)と、通路の奥に落ちている小型飛空艇ヘリファルテだった。ヘリファルテの方は機晶ロボに突っ込んだ形で煙を上げている。
「おい、大丈夫か!?」
 優子へと駆け寄り、ケイは、すぐに回復魔法を構成し始めた。
 横で、カナタが向こうのヘリファルテの方を見やり、呆れと驚きを綯交ぜにして呟きこぼすのが聞こえた。
「ここまで小型飛空艇で突っ込んで来たのか……無謀は無謀だが、大した腕よな」
 周囲の様子から、恐らく機晶ロボの銃撃を受け、コントロールを失い、クラッシュしたのだと推測できた。彼女の身体に魔法を開放する。怪我の方は、魔法でどうにか出来そうなレベルだったようで、ケイは少しばかり表情から力を抜いた。
「……っ」
「気づいたか?」
「…………」
 優子が眉根を歪ませながら、そろりと瞼を開き、ケイとカナタを見やった。ケイはカナタの方へ、
「カナタ、彼女を救助に来ている皆のところへ――」
「……待ちな」
 優子の手がケイの腕を掴む。彼女は、ずるりと上半身を起こして、一度頭を振った。二、三度、深く呼吸してから、改めてケイの方を見てくる。
「救助組じゃないんだな。あんたたちは何処に向かうつもり?」
「動力中枢だ。メインの機晶石からの供給をコントロールすれば危険な警備システムや暴れている機晶姫やロボットたちを止められるかもしれない」
「……私も行くよ」
「無理をするな」
 カナタが小さく息をついて言う。
「多数の機晶姫、ロボット。そして外の大型兵器。おそらく、この大型飛空艇は戦争に関わるようなシロモノだろう。戦艦か、兵器の輸送艦――どちらにせよ、この先の動力中枢への道のりは更に厳しくなるやもしれん」
 優子が口端を笑ませた。
「どうであろうと、飛空艇乗りとして――同じ空を飛んでいた者に果たしてやりたい事があるのさ」
「だが……」
「分かったよ」
 ケイは、カナタの渋りかけた声を遮るようにして頷いた。
 優子に手を貸して立たせてやる。
 彼女は本調子ではないにしろ、自分で動くには動けそうだった。
「感謝するよ」
「仲間は多い方が良いからな」
 ケイは軽く笑いやってから、改めて通路の奥へと視線を強めた。